九話 ふたりの冒険者
俺は宿の部屋で目を覚ました。決して気持ちのいい朝だとは言えないが、それでも昨日よりはだいぶ気持ちは楽になっていた。
だがリューシアは一晩中涙を流し、今は目を赤くして寝息を立てている。
(昨日の死体はどうなったんた・・・・・)
無論俺が殺したさんにんの男である。昨日、俺は初めて自分の手で人を殺した。それは拍子抜けするほどあっさりしたもので、簡単に人を殺せてしまった。その死体も俺はほったらかしである。昨日は片付ける余裕も時間も無かったのだ。さんにんも処理すると言ってもひとりでしたら相当な時間がかかる。俺の魔法の中に入れても良かったのだが、常に魔力を放出してないといけないしアイツらの死体を近くに置いときたくなかった。
(様子、見に行くか)
リューシアを起こさないようにベッドから起き、ってデジャヴったな今。
宿の人には流石に気づかれたが、散歩という事にした。事実、今の時間帯散歩に行く客はザラだそうだ。俺もそれに便乗した。
ある程度遠回りをして昨日の場所に行く。別に人殺しをしたし捕まっても良いかなと正直思ってるが、リューシアの為に・・・・・。
(ただの言い訳かな)
実際は俺はリューシアの為に捕まれないなんて思ってないかもしれない。ただ、やっぱり捕まりたくない。この一心かもしれない。苦笑いを浮かべて歩いていると、もう昨日の場所に着いた。だが、そこの光景は俺が思っていたものと百八十度異なり、俺を驚かせるものになった。
(どういう事だ!? 死体も、血の跡すらない!)
人も周りには居ない。俺は大規模な人だかりでも出来ているだろうと思ってここに来たはずだ。だが、そこは昨日俺が人を殺した痕跡すら残さず、依然と変わらず日常生活に溶け込んでいた。
騎士みたいな奴らに見つかってこうなったなら理解できるし、実際そうなのだろう。だがこれは早すぎる。死体の処理も血の処理も。その騒ぎに周りの奴らが気づかないはずがないから人の処理もだ。
それに、死体が見つかったのに周りの奴らはナチュラルすぎる。平然とこの近くを歩き、商人はもう店の用意をしていた。日常を謳歌しているといった感じだ。
(なにが起きた?)
いくら考えても今目の前にある状況を説明できることが見つからない。それにリューシアも部屋に寝かせてあるからそろそろ戻らないといけない。
(タイムリミットか)
もう帰ることにする。帰路は出来るだけ平静を装い、でも周りの人々を見ていたらそれも徒労に思えてくる。途中おばちゃんの店を遠くから覗いてみたのだが、おばちゃんも昨日との違いはなにひとつ見受けられず、せっせと開店の準備をしているのだった。
その中で俺は、俺がただひとり異端であるかの様な錯覚に陥る。この世界から、俺の全てを否定されたかの様に。俺が忘れられたかの様に。そんな馬鹿なと頭で考えても次から次へと嫌な考えばかりが脳に焼き付けられる。
俺はその場に立ち尽くした。
(この感覚は、あの世界の・・・・・)
ひとり孤独の中生きていく。暗闇をひとり走っている。人生をいう名の、絶対脱出不可能の檻。その中に閉じ込められている時を思い出した。
(違う、あの世界は俺の中から滅びた。俺は自由な鳥になったんだ)
昨日まではそう思っていた。
カナンの人当たりの良さ、リューシアの笑顔、おばちゃんのフランクな性格。もっと言えば、昨日大会に出た奴らは怖がらせてしまったが、最初は俺はなんも特別ではないと思っていた。それもある意味救いになっていた。
いじめで一番怖い事はなにか。それは他人に自分の価値を勝手に決められて、それが周りに伝染して当たり前になることだ。屑、キモい、馬鹿、空気、ウザい、邪魔、ぼっち。それが世界の当たり前になっていくのを黙って見ているのは無視されるよりも辛かった。
(俺はどこまでいってもこうなのか)
どこに行っても疎まれ、蔑まれ、怖がられ。この力さえなかったら、俺はこうならずにすんだのか。
『―――――違うよ』
誰だ、俺の気持ちも知らないでそんな事言ってる奴。俺はこんな性格だが友達も親友も、出来るなら彼女も欲しかった。それなのに孤独というこの矛盾。それをひとことで分かった風に。
『違うよ』
「違わねえよ!」
俺は叫んでいた。ホントに叫んだか分からない、虚空に向かって頭の中だけで叫んだのかもしれない。でもそれは間違いなく久しぶりに俺の感情を吐き出した瞬間だった。
それがトリガーだったかの様に、孤独の檻は崩れていく。なにが起きてるか分からない。ただ、すぐそばにぬくもりを感じたのは確かだった。
「お兄ちゃんはひとりじゃない。私が居るから。ずっと一緒に居るから。絶対にひとりにはならない」
「リューシア、お前・・・・・」
現実に戻ると俺の後ろにリューシアが居た。それに、俺を後ろから抱きしめているというオマケ付きだ。それを知覚した瞬間ここが道の真ん中であることと単に女の子から抱き付かれているという事実によって恥ずかしくなった。
「ばか、なにしてんだ! 離れろ!」
「いやだ。今日はお兄ちゃんと一緒に居たい気分だし、お兄ちゃんも・・・・・」
「・・・・・。どうしてここに? つーかなんで場所分かった」
「外に出たっていうのは宿の人に聞いたの。後は自力かな」
ははっ。俺はよくできた妹を持って幸せだな。俺の為にここまでしてくれるんだから。
馬鹿みてぇ。俺って奴は、なんでこう身近なものに気づけないんだか。妹に励まされてるし。もう呆れる通り越して笑うわ。
「なっさけねぇお兄ちゃんだな俺は」
「そんな事ないって! お兄ちゃんは私と一緒に町から出た時、私を同じ方法で励ましてくれたもん! だから私もこうやって・・・・・」
さらに力が加えられる。強いとは言えないが、リューシアの必死さが伝わってきた。それを感じると不思議と完全に落ち着くことが出来た。
「・・・・・それは了解した。だから、今すぐ離れて宿までは手を繋ごう」
「ん。分かった」
なんとかリューシアの了解を得て抱き付くのをやめさせる。そして手を繋ぐのだが、なぜかそれが俗に言う「恋人つなぎ」となっていて、抱き付いていた時よりもなぜか恥ずかしくなった。
「ひとつ問う。なんでこのつなぎ方なんだ?」
「んー。絡まってる感じが良いから?」
首をかしげながら言うリューシア。この分じゃ自分でも分かって無かったみたいだ。いや考えていなかったと言うべきか。
もうこれで諦めることにして宿に向かう。確か馬車は十時には出ると聞いていたから、それまでに朝食と旅支度を終わらせなくては、この後10日はこの町に留まっていなければならなくなるのだ。出来れば俺はそうなりたくないと思っている。
「じゃ、歩くぞ」
「うん!」
「こちらが朝食でございます」
宿に戻ると良い匂いが漂ってきて、思い出したように空腹感が俺を襲った。そうなったなら勿論食堂に直行である。リューシアも勿論のごとくついてきて今はちょうど朝食が来たところだ。
メニューは焦げ目が全くない白いパン(めっちゃ軟らか!)、目玉焼き?(真ん中が赤い。食えるのか?)、サラダ(最早料理か?!)だった。
これらの感想は一日本人として言わせてもらった。とにかくこの世界の野菜や果物は色がおかしい。サラダの感想は、うん想像でもしてくれ。
でもリューシアは嬉しそうに食べているのでもう仕方ないと思って口に入れた。
「お、意外と美味い。野菜はみずみずしいっつうか、なんか酸っぱいし。これは果物でも混ざってるのか?」
「これじゃない?」
リューシアがフォークに差して見せてくる。なんども言うが果物の種類が色によってちょっと理解不能なため見ただけじゃ当然分からない。よって自分のサラダからそれを見つけ出し、口に放り込んだ。
(これは、みかんか?)
噛んだら果汁がブシュっと一気に出てくるし、やっぱり酸っぱいし。切っていて原型は分からないが、みかんで間違いなさそうだ。
「うん。やっぱりちゃんとしたもの食べるべきだな。最近の食事はアレだったし」
この世界に来たばかりは変な果物ばかり見つかって食べなかったし、船の食事は質素なものだった。別に不味かったわけじゃないのだが、なにぶん量と味がいまいちだった。
あ、今まで食事のシーンを語らなかったのはめんどくさかったからじゃないぞ? 忘れてた訳でもないぞ? 色々ありすぎて忙しかっただけだからな?
「お兄ちゃん。これ食べたらもう出るの?」
「そうだな。旅の最後の準備を終わらせたらな」
昨日買い貯めた食料やら服やらは部屋にある。別に特段準備というものもないのだが、昨日買った巾着袋みたいなのとバッグにいれないといけない。それはリューシアにも手伝ってもらうつもりだ。
食事を終えて俺達は部屋に戻った。ガサツな俺が服などをたたまずに巾着に居れるとリューシアが怒ったりして時間を食って、色々あったのだがここはあえて割愛させていただこう。
とにかくそうしている内に出発三十分前になって、そろそろ出発することにした。
「あ、もう出ていかれるのですか?」
「そうです。一晩お世話になりました」
「お世話になりました」
「それが私たちの仕事ですので」
昨日と同じで淡々と答える受付の女性。もうそこには突っ込まない事にして、聞きたかったことを聞く。
「あの、バルケイトに「雀の巣」ってあるんですかね」
「ええ、ありますが、ご利用される気ですか?」
「まあ、この雰囲気が気に入ったんです。出来たらどこでも使いたいと思いまして」
「それは私たちからしたら嬉しい限りです。「雀の巣」はどこの町にもあります。どうぞご利用ください」
「ありがとうございます」
もうそろそろ時間が押してるので、宿を出る。
「リューシア行くぞ。―――――じゃあ、ホントにありがとうございました」
「はい、またのお越しをお待ちしています」
背中にその言葉を聞きながら宿を出た。振り返る余裕が無かったが、なんとなく笑い声が聞こえた気がした。
「バルケイト行きの馬車。最後に予約されていた方はどなたですか?」
「あー、俺達です!」
その呼びかけを三十メートル位離れたところから聞いた俺は、そこから大声で返した。遠くからの声で首をキョロキョロとさせていた馬車の騎手が俺達が走ってくるのを見てふぅと安堵のため息をついた。客を置いてけぼりにしなくてすんだと思ってるのだろうか。
「昨日予約したリョーカさんとリューシアさんですね」
「はい。遅れてすいません」
「いやいや、今点呼を終えたところですから。まだ出発の時間じゃないですし」
俺の謝罪に対して律儀に返す騎手。だがまあ困らせたのなら謝っておくべき、という考えは間違いじゃなかったという事だ。
「これで全員揃いましたか。では今から出発します!」
そう言って騎手が馬車まで先導する。ちょっと歩いたところの、町から出た小屋みたいなところに馬車は止めてあった。ここに止めておいて馬車は魔物とかに襲われないのだろうかと疑問に思ったが、近くに小さな魔力を感じたから、トラップみたいな魔付加具が周りにあるのだろうと予測した。
今俺は馬車に揺られている。やっぱり道は整備していないから揺れすぎて酔いそうだ。
その気持ちを察したのか、ある男が自己紹介をしようと言ってきた。俺はしたくないと言ったのだが、しばらく一緒に旅をするんだからお互いの事を知っておくのは大事だと言ってきて、それにリューシアが賛同。そして俺は逆らえずに渋々自己紹介に付き合うことになった。
まずは言いだしっぺからの自己紹介である。
「俺はグレイ、冒険者をしている。今回はちょっとした依頼を受けて別の大陸に行っててな。見ての通り武器は刀。これはちょっとした曰くつきでな。ただの刀じゃなくて妖刀って訳だ」
図体のデカいおっさんが自己紹介をしてくる。自慢なのか刃の部分が紫色をした長い刀を出してきた。別に自慢なんか聞きたくなかったのに。でも、妖刀ってのはちょっと興味がある。
「私は、ミリー」
それだけで自己紹介を終えたのは女の子。グレイから聞いたが、彼女も冒険者らしく、「ギルドでの仲間だ」と紹介してくる。もちろんの事だがそれ以上の関係は無いとのこと。
これで俺達以外の奴らは全員だ。やはりと言えばいいのだろうか、冒険者しかいなかった。バルケイトの状況を知っていてわざわざ近づこうとするのは冒険者だけだと思ってたから別に驚きもしない。
「俺はリョーカ。ある事情で旅をしている。バルケイトに着いたら冒険者登録するつもりでいるから、そん時はよろしく。武器は勿論コレね」
そう言って拳をグーにして出す。しばらくぼぅとしてグレイとミリーが見ていたが、すぐに正気を取り戻した。
「そ、れ?」
「ホントにそれなのか?」
「今までな。流石にバルケイトに言ったら武器屋でなんか買うけどな。あとこいつ、俺の妹だから。グレイ、口説こうとしたら殺すぞ?」
リューシアの頭をポンポンと叩きながら言い放つ。こいつに限ってなにもないと思いたいが、一応忠告しておく。
グレイを見る時結構殺気を放っておいたのだが、グレイは全然動揺しなかった。それなりの強さと予測する。
「あの、私はリューシアです。お兄ちゃんとは街から出てずっと一緒なんです。よろしくお願いしますぅ」
リューシアはドギマギしながら自己紹介する。リューシアは他人と話すのは苦手の様だと今初めて知った。おばちゃんとも普通に話してたし。それともあいつらのせいで少し対人恐怖症になってしまったか。つくづく殺しておいて正解だった。
「まあ旅は道連れっていうしな。バルケイトまでよろしく頼む」
なんかいつの間にかリーダーみたいなポジションにつけていたグレイが皆の気持ちを代弁して言った。このメンツを見て、代弁と言えるかどうかはさておき。だってミリーはなんかずっと黙ってて自分からしゃべることは無いし、リューシアは俺に身体をくっ付けていて、正直苦しいが出来るだけ話すことはしないようにしている。俺は俺でこの通りやる気が無いし。
「そうだな。ふたりも冒険者がいるなら、護衛も兼ねているのか?」
「おう。馬車も出る時は出来るだけ冒険者を乗せるようにしているらしい。その方が雇うより金も掛からないし安心だしな」
「それもそうか。盗賊も出るし、魔物にあって襲撃されたらひとたまりもないだろうし」
人を運ぶというのは即ち命を預かってるも同義。それだけ危険な仕事なのだろう。冒険者よりかは危険じゃないだろうけど、ある意味その次に危険だと思う。
「今のバルケイトの帝都の周りの状況を考えると、保険の意味でも冒険者を乗せといた方がいいだろうという意味もあると思うがな」
その言葉に反応する。港町である程度の情報は聞いていたのだが、条件反射というものだ。
「なあ、その魔物襲撃に関して、知ってることは無いか? リューシアも居るから、出来れば安全に行きたいんだけど」
「そうだなぁ。今出回ってる情報以外は持ってない。だが関係あるか分からないが、ソブラストライト大陸で、なにか凄い物の跡が見つかったらしい」
「凄い物の跡?」
「ああ。話で聞いただけだが、とにかく凄かったらしい。議会の方は、どっかの国が魔法か魔付加具を試した後じゃないかっててんやわんやさ。今、事実確認してるらしいが、全然情報が入ってこないんだと」
そうなのか。カナンが帝都の騎士だったから今忙しいんだろうな。色々な対処とか上からの命令とかで。元気でやってくれていたらそれで良いんだけど。
「お前はソブラストライトに行ってたのか?」
「そうだが」
「そうだったか。いや良いんだ、聞いただけだから」
ソブラストライト大陸には帝都以外の街や村が無い。それはなんでかカナンに聞きそびれたのだが、それなら帝都に寄っただろうと思った。あわよくばカナンの事を聴こうと思ったのだが、こいつがカナンの事を知っている可能性なんてたかが知れてるだろうし、つーか知ってる訳がない。あんな広い帝都でカナンに会って話してる確率なんてゼロに等しいだろうから。
そこから結構グレイと話した。冒険の事とか、討伐依頼で狩った魔物とか、別の大陸の事とか。
話を聞いていて分かったが、グレイは雷属性の魔法の使い手らしい。使える魔法とかは流石に教えてもらってないが、妖刀と雷属性魔法の併用で冒険者として今までやってきたらしい。一応、彼女は居ないとのこと。リューシアって可愛いよなと言っていたりもしたから腹を殴っておいた。
一日目、二日目は順調にバルケイトの帝都に近づいていた。
だが三日目、問題が起こった。