八話 業
大会が終わった。あっけなく。それは俺のせいなのだが、もうちょっとこの世界の人間の動きとか魔法とか見たかったんだけどな。これからの旅にそういった情報は必要になってくるし、なにより、
「お兄ちゃんお兄ちゃん。見て、あそこに大きな真っ黒い人がいる!」
「こらこら、指を指すなよ。お前は社会のマナーとかもちゃんと学ばないといけないな」
この無垢で人間なりたての妹、リューシアを守らなくちゃいけないのだ。こいつは本当は天使族という珍しい種族なのだが、翼を千切られ天使族の街を追い出されて俺の元に迷い込んだ。会ったのは昨日が初めてだったが、記憶の混濁が見られて俺がリューシアの兄になっているらしい。
「ねぇ、町を歩いてなにしてるの?」
「色々だよ。明日にはこの町は出るから、旅の分の食料やら情報やらを集めてるんだ」
だからこそここに来たのだった。港に着いて、ヴェイング大陸に降りた後に少しお世話になったおばちゃん。その店の前に来ていた。やっぱり受けた恩は返さないとスッキリしないし、出る前にあいさつをしておきたかった。
俺の顔を見たおばちゃんはまず最初にはぁ~とため息を吐いた。ん?と疑問視を浮かべていると励ましてきたので、俺が戻るのが早すぎたから負けたと思ったらしい。そう思われ続けるのも癪だったから真実を話したら、今度は声をあげて驚いた。信じたは信じたらしいが、半信半疑だったので、持ってきた金を見せてあげた。
「これは、なんか聞いていた大会の賞金より数倍多いね」
「まあ俺にかかればこんなもんよ! と言いたいが、まあ察しろよ、としか言えないな」
「そうかい。不正な手段じゃなかったら良いけど・・・・・」
なにを言う! 俺は俺の命を狙ってきた男たちに、笑顔を浮かべながら慰謝料を求めただけだ! それは全然不正などではなく、れっきとした俺の金である!
(とは言えないんだなぁー)
だってそれがこっちの世界の「法律」の類に位置するもので正当性があるかどうか書いてあるか俺知らないし。下手な事言ったら騎士なんかに捕まっちまう。思わぬところでカナンと再開したりしたら笑えない自信がある。
「とにかく、金は手に入れたから、俺達は明日この町を出ていく」
「そうかい、元気でね。あと命を大事に」
「ハイハイかーちゃんかよ」
「私はみんなのお母さんのつもりさ。この歳になると、そんな感情がふと生まれてきちまうんだよ」
「お母さん? おばちゃんは私のお母さん?」
「そうだね~。私はアンタのお母さんさ~」
(こいつ、俺の妹に変な事言いやがって。純粋なんだぞ? それを鵜呑みにしたらどうする!)
「お母さん、行って来るね!」
「ハイハイ行ってらっしゃい。元気でね」
マジで鵜呑みにしやがったよこの妹は。いくらなんでも、こう言っちゃなんだが馬鹿すぎだろ! まあ仕方ないんだろうけどさ、もうちょっとアレって言うか。天使族も同じ知的生命体なんだからさ、そこら辺の常識は身に着けておこうよ。忘れてるだけかもしれないけど。
「おばちゃん。この町は港町なんだからさ、魚の乾物でもなんでも売ってる店無いかな」
「乾物ねぇ。――――――――――あそこならあるだろうよ」
そう言ったおばちゃんは、店のカウンターから身を乗り出しある店を指で指す。そこはおばちゃんの店からふたつ隣の「うおや」という店だった。単純だな~、ネーミングが。
「あそこにあるのか。分かったありがとよ」
「良いって事よ。困った時は、だよ」
「いや俺みたいな見ず知らずの餓鬼に。そうだ、これ受け取っておいてくれ」
そういって俺は金が入っている袋から10万C位を鷲掴みにして差し出した。
説明が遅くなったが、Cとはこの世界の共通通貨で、1C 10C 100C 1000Cの硬貨と1MCの紙幣がある。俺は日本との貨幣価値の違いが分からないから、1C=1円と考えている。なんか昔の硬貨である銅貨、銀貨、金貨、白金貨なども出回ってるらしいが、滅多に手に入れられないらしい。ちなみに銅貨はCに直すと1MCになる。
これは全てカナンに教えてもらった事だ。
「なんだいこんなに! 旅に必要じゃなかったのかい?」
「良いんだよ。さっきと違って金は結構持ってるからな。俺達に親切にしてくれた礼だよ、実際助かったしな」
「そうかい。じゃあありがたがらずに貰っておくよ」
ありがたがれよ!と突っ込みたくなったが、さっきこの金は賞金以外にも沢山あるって言った様なもんだから不安なには当然か。
「じゃ、俺達は準備をするからな。今はこれが最後かもしれない。じゃあまた会おう」
「はいよ! また来るんだよ」
俺はちょっと笑いながら、リューシアはぶんぶんと手を振りながらおばちゃんと別れた。
そしてすぐおばちゃんが教えてくれた店へと向かった。移動に10秒位しかかからず、おばちゃんの姿も見えているから締まらないものだ。上手くいかないな。
「おっす。今度はじいちゃんか」
そこに居たのは、安楽椅子に座っている、顎の髭を腹の位置まで伸ばしコックリコックリと寝ているお爺さんだった。少しは若い女の人がやってる店無いのか!と文句を言いたくなってくるじゃないかこの町は。ああ別にちょっと若さが無くて寂しいと思っただけだから。他意は無いからな? 信じろよ? 信じたな?
「じいさん! 起きてくれよ!」
「ん、あぁ分かったよ誰だ貴様は」
「ひっ・・・・・」
おい爺さん! うちの妹がビビってるでしょうが! 殺すぞゴラァ!・・・・・落ち着こう。客は店主が居ないと商品を買えないのだから。「お客様は神さま」なんて事を掲げてるスーパーなんかもあっちの世界にあったが、立場上強いのは店の方なのだ。
起きた瞬間俺を貴様って呼ぶあたり、普段から怖いのか、寝起きに弱いのか。どっちにしても相手にしたくない部類の人種だ。
「ちょっと見させてほしいんだけど」
「勝手に見ろ。そしてさっさとどっか行っちまえ」
それからジジイは返事をしなくなり、さらに眠ろうとまた安楽椅子に身を預けた。え、なんで呼び方が変わってるのかって? そりゃ単にムカつくのさ!
とまあ冗談っぽい本音はやめにして、店に並んでいる商品を見て回る(ほどの大きさもなかったが)←「ああぁ?」
スミマセン。つーか心が読めるのですねジジイ。
まあ目的の物は比較的簡単に見つかった。見た目もアジの様な魚から鯛の様な高級そうなものまで。現物を見て、色がアレだったからちょっと引いたが、文句は言えんと思って買うことにする。
「おいジジイ。会計頼む」
「・・・・・」
「おいジジイ!」
「起きてない? それとも生きてない?」
(ちょっと物騒だぞ!)
「ちっ。金はここに置いとくからな! あとで万引きとかいちゃもんつけんなよ!」
宣言通り俺はカウンターに金だけ置いて店を離れた。もちろん金は全部きっちり払ったはずだ。あ、今俺を疑ったなお前。俺はこう見えても常識は持ってるぞ?
「なんか態度の悪い店だったな」
「ホントだよね。でもなんかお兄ちゃんとしゃべってる時、恥ずかしそうだったっていうか、そんな感じがしたんだよね」
「それ本当か?」
リューシアの話が本当なら、ジジイはコミュ障って事だな。俺も一回なってしばらく誰とも話してない時があったし。もちろん克服したが。じゃなきゃ今こうしてリューシアと一緒に町を歩いてない。
ジジイ、コミュ障だったら少し同情するぜ。
「次は毛布でも買っておくか」
それから俺は旅に必要だと思ったものを片っ端に買った。流石に馬車代が無くなるなんてヘマはしなかったが、あいつらから貰った分を合わせた200MCは150MCまで減っていた。十分あると思うが、金がこんなに早く減っていくのはなぜか不安を誘って来る。俺の中の価値じゃ一日で50万円も吹っ飛んだのだから。
で、買い物を終えた俺とリューシアは、宿に来ていた。探し始めてすぐに目に入った「雀の巣」という宿だ。中に入ると、その名前の通りくつろげそうで、雰囲気も和風の宿だったから運が良かった。俺は食も住まいも、出来れば和が良い生粋の日本人だったのだ。流石に洋服は違ったけど。
「すみません、宿をとりたいんですけど」
カウンターらしきところに立っている人に言った。ここに来て初めて若い女の人と話した。町ではすれ違ったりしてたんだけど。
着ている服は和服だった。実に俺好みだ。
「何日ですか?」
「1日でお願いします」
「部屋は、一人部屋と二人部屋がありますが、どちらになさいますか?」
「あー・・・・・」
そうだった。
どうしようかな。流石にリューシアと同じ部屋に一緒に一晩ってのは、不味いかなぁ。俺の妹と言っても歳は3歳位しか離れてないみたいな印象があるし。俺も実際の歳は聞いていないが。
で、色々考えた挙句、もうリューシアに聞けばいいんじゃね?という結論に至った。つーか最初から聞かなければいけなかったのだ。
「どうだ? リューシアはひとりが良いか?」
「お兄ちゃんとふたり!」
即答した。されてしまった。
なんという事だ。いやさ、実際この答えは少し予想してたよ? でもやっぱりやばいじゃん。色々さ。
妹が良いって言ってんだから良いじゃないかって? ふざけんなよ。
あ、誤解されそうだから言っとくが、一緒になってもなにもしねえよ? 神に誓うぞ俺。
「いや、やっぱりひとりずつが良いんじゃ・・・・・」
「私とふたりは、嫌・・・?」
上目づかい・・・・・。
うんこれも大体は理解してたよ? 女の子の上目づかいって破壊力が抜群だって。俺なんかが抗える代物じゃないって事くらいさ。
だってさー、本当に可愛いんだぞ? カメラがなんで無いんだ!って叫びたいくらい可愛いんだよ? これは逆らえないでしょー。
「分かったよ。二人部屋でお願いします」
「かしこまりました。今夜と明日の朝の食事とお風呂の方はどうしましょうか」
「んー。どっちもお願いします」
「分かりました。料金をいただくとご利用されなくても返すことはできないのでご注意を。では料金として3000Cお願いします」
「はいよっと」
「部屋は302号室です。ではごゆっくり」
最初から最後まで従業員していた女の人。まあ今の地球ならああいう人ほど優遇されるんだろうけどさ。ちょっと笑ってくれたっていいじゃんか!
「むぅ~!」
「ん? リューシア、なにをそんなに怒ってるんだ?」
「ふーんだ。良いもん別に」
グハァ!
遂に、遂にリューシアが反抗期に陥ってしまった! それになんだこの胸の痛みは。これが、子育てに追われ、中学高校まで育てた自分の娘息子に拒絶されたお父さんの痛みだとでも言うのか!
ゴメンね全国のお父さん! 今までこんな思いをさせて。俺達子供が馬鹿だった!
「ここか」
「ここが今夜の私たちの部屋だね! うーん、なんかいい匂いがするー」
「そうだな。俺の予想通りで良かったよ」
外観と部屋が和風と洋風で違ってたらクレームつけるところだったよ。まあそんな事はほとんど有り得ない事だろうけど。
「じゃ、俺は早速風呂に行くか」
「私も行くー!」
「じゃあ一緒に行くか」
今日買ったばかりの服を適当に選び出し、風呂に向かう。風呂には大きく「男」と「女」という文字が、暖簾に書いてあった。こういうところも日本と一致してんだなと感心する。
「じゃあ、後で、な!」
リューシアが俺の後ろまで周り、俺の服を掴んだ。その行為そのものに驚いたのだが、次に出たリューシアの言葉には、俺も動揺を完璧に出してしまった。
「一緒に入る・・・・・」
「へ?」
「お兄ちゃんと一緒に入る」
そう言ったのだリューシアは。
流石にこれはダメだろう。普段はちょっとふざけている俺でも説得しなければいけないと思う。
「ダメだよ。お前は俺と一緒には入れないんだ。だから女風呂と男風呂に分かれてるんだし」
「嫌だ! 一緒に入る! それとも一緒に入りたくないの?」
「一緒に入りたくない・・・とは違う。入っちゃいけないんだ」
正直に言おう。俺とて周りの目は気にするし、変な視線は向けられたくない。そんな視線、地球で浴び続けて生きてきたから。だから、出来ればリューシアとは入っちゃいけないと思う。俺の為にも。
ハハハ。我ながら自分の都合ばかり考えてるな。
「前も言ったが、お前はもうちょっと常識を覚えろ」
「むむむ」
「そんな顔してもダメだ。だが、寂しいのなら後で甘えて来ても良い。それにリューシアには俺以外の人間に触れあってほしいからな」
「甘えて良いのなら。うん、私頑張って中の人と話してみるね!」
「おう、頑張れよ」
いつも通り元気に暖簾を通り抜けたリューシアを見て、内心ホッとする。リューシアは天使族の町から降りてきたばかりで他の人と接してほしい。できれば、今は無理でも仲の良い友達でもできればと思う。一生大事だと言い切れるほどの友達を。
その時は俺も・・・・・。
「いや、今こんな事考えても仕方ない。とにかく風呂だ。しばらく入ってなかったから体中がベタベタだし」
俺も暖簾をくぐり、風呂に向かった。
扉を開けると、そこは日本の露天風呂の様な風呂があり、急いで入らねばという気持ちにかられる。実際俺は地球に居た頃でも露天風呂に入ったことが無かったし、いつか入りたいと思っていたのだ。
湯に浸かると、これまでの旅の疲れが一気に出てきて湯に溶けていった。
「はぁ~。気持ち良すぎだろコレぇー」
身体の芯から温まっていくって言うのかな。テレビでレポーターが言ってた意味がようやく分かったよ。
生きてきてよかった!
俺はしばらく風呂に入り続け、時間を忘れていた。
「―――――はっ!」
俺はやっと目覚めた。どれくらいの時間が経ったのだろうか。流石に1時間は経ってないだろうが、本気で気持ちよすぎてボーっとしてた。
リューシアが待っているかもと慌てて湯から上がり、服を着る。
(待ってるかなリューシア)
いつまでも待ってないで部屋に戻っていてくれたら嬉しいのだが、生憎と鍵は俺が持っている。鍵を持っていてもリューシアの性格なら俺を待っていたと思うが。
外に出たらまずリューシアを探し、すぐに見つけ出した。数人の男どもと一緒に。嫌な声が耳に入ってくる。
「だから、私はお兄ちゃんを待ってるんです!」
「そのお兄ちゃんも全然出てこないじゃん。ほっとけよ」
「そうだよ。良いから俺達についてきて。楽しい事してあげるからさ」
はいぞうですねナンパですね。それも古典的というかバカと言うか。こっちのナンパと地球のナンパは全然かわりゃしない。屑ってるな。
そう思った時、リューシアが俺に気づいた。
「お兄ちゃん!」
「んあ、兄貴が来たのか」
「邪魔すんなよ? これからこの子と遊ぶんだから俺ら」
「つーか邪魔もなにも、俺達になにか言う勇気も無いんじゃないか? さっきからあそこで固まってるし。ギャハハハ!」
ん、なにか言ったかあいつら。俺耳が良いはずなのになにも聞こえないんだけど。
でも、リューシアの声だけは聞こえてきたんだ。
「助けてお兄ちゃん!」
助けてって言ってるぞうちの妹が。なにやってる屑ども。さっさと離れろよ。嫌がってる奴を無理矢理引っ張っていくのか? ってそうか。だから屑なんだ。
俺は自分でも無意識の内に口をゆがませていた。
「お? なんだよ、やっぱり邪魔するのか?」
「もしそうなら容赦しねえぞ!」
吠えるなよ豚が。テメェらみたいな人間やめた奴の発した声なんて聴いてたら、耳が腐るわ。
殴ってきた男の腕をとり、逆に俺が殴る。
もっと殴る。5発も、10発も。まだまだ。
「な、テメェ!」
こっちに向かってきた奴を蹴り、壁に叩き付ける。そして殴っていた男を捨てて、残った男の元にゆったりと歩いて近づく。
「ひぃ!」
「騒ぐんじゃねぇようるさい」
逃げていく奴に向かって跳んで、そのまま回し蹴りし、ふたりの男の元に蹴り飛ばした。
今見て気づいたのだが、全員死んでいない。俺の狙いが狂ったのだろうか。
「「「あわあああ!」」」
「逃げるくらいなら最初からナンパなんか、俺の妹にナンパなんかしてんじゃねえよ」
背中が見えなくなるまでその情けない男どもを見て、泣いているリューシアの元に行く。
「お兄ちゃん・・・・・お兄ちゃん!」
「大丈夫だ。さっきの奴らはお兄ちゃんが蹴散らしたからな」
「私、お兄ちゃんを待ってたら、あの人たちが声かけてきて、それで友達つくれると思ったんだけど、無理やり連れて行こうとして・・・・・」
「ああいう奴らは無視して、さらにしつこかったら俺を呼べば良いんだ」
コクっと首を動かすリューシア。そこにはさっきまでの楽しい雰囲気は無く、ただ人が怖い、世界が怖いと言う、完璧に昔の俺の様な感情を出していた。
リューシアは友達がつくりたかっただけだ。それなのにあいつらはそれに付け込んでリューシアに迫り、無理矢理連れて行こうとした。
(俺は、どうしたんだ)
部屋に戻ろうとして聞こえてきた「人が、怖い・・・・・」という言葉を聞きながら俺は考えた。
町が完全に寝静まったあと、男たち3にんは行動していた。
「あいつマジやべぇよ! 早くこの町から出て行こうぜ!」
「でもどうすんだよ。町から出るにしても魔物と会ったら死ぬし、今日はもう船は出ない」
「あいつみたいな奴と同じ町に居るくらいなら町から出た方がマシだ!」
三人寄れば文殊の知恵などということわざとは縁遠い3人。今すぐ町を出るか、このまま明日まで待つかを話し合っている。
「次会ったら殺されるかもしれないぞ」
「人の多いところでか? それは流石に無理だろ。明日になって広場に居れば安全だと思うぞ」
「確かにそんな状況では暴力も振るえないだろ」
3人はここに明日まで留まることを選んだ。どちらを選んでも地獄に行くことになっていたというのに、必死に討論を繰り広げていた3人をずっと見ていたリョーカは、そろそろかと思った。
「じゃあとにかく、明日まで・・・・・。!」
「どうした・・・・・。!」
「テメェは」
「よう。人生最後の時間は有意義に過ごせたか?」
俺は不敵に笑い、月明かりを背にして聞いた。これは自然に出てきた言葉だ。自分でも驚いていた。
「『幻想なる闇の世界 全ての光を閉ざせ ブラックボックス』」
魔法の詠唱が終わると、俺と男たちを含んだ空間が黒く染まった。
うん、大体想像通り。なら効果もちゃんと働いているはず。
確かめるために、俺がつくった空間の端まで言って殴った。俺の拳は闇の壁に阻まれた。これなら中から脱出することも出来ないし、外から俺達の姿が見えることもないはず。
「なんだこれぇ!」
「お前らの為にわざわざ創った、俺の拷問用魔法だ。あ、拷問つっても俺がお前らを殺すだけだから口は開くな」
「くっ」
急いで手で口を塞いで声を出さないようにする。結局殺されるのに、それを理解していないみたいだ。冷静な判断が出来なくなっている。
「じゃあ手っ取り早く終わらせないと、リューシアが起きたら俺を探しちまうからな。『死神の力 暴虐の限りを尽くせ 悪には永遠の沈黙を デスサイズ』」
俺の手に巨大な、死神が持っている様な大鎌が出現した。もちろん闇属性の魔力でつくったものだが、ちゃんと人を斬ることが出来る。これもダークペインと同じ、さっき即興でつくった魔法だ。
「さっきつくったばかりだから力の制御が出来ないかもしれないなぁ!」
わざとらしく大声で言ってみる。この空間は完全防音でもあるのだ。
「ちょっと待て! なんで俺達を殺そうとする! まさかさっきの事を怒ってるのか? だったらさっきもう俺達を殴っていただろう!」
「あ?」
なんだこいつら。自分たちが死ぬ意味も分からないのか。どうしようもないゴミだな。ゴミだから考える頭が無いのかな。
「最後に教えてやるよ、テメェらが死んでいく理由。自分の苦行を詫びながら死んでいけるようにな」
そうだ。こいつらにはただ死んでいくってだけじゃ足りない。自分たちがしてきた事の愚かしさを分かった上で、その上で殺す。
「さっきの子は俺の妹だ。あいつは頑張って友達をつくろうとしていた。だが、テメェらがその気持ちを踏みにじった。踏みにじった事すら気づかない。テメェらのせいでリューシアは人が怖いと言ったんだぞ!」
最後は感情的になったが、なんとか冷静を保つ。そして俺は断頭台に突き出すつもりで死刑宣告を言い渡す。
「もう良いか? 反省はしたか? じゃあ死ね」
俺の創り出した鎌はまずひとりの命を、首を絶つことで完全に吹き飛ばした。
「くそっ! なんだこの空間は!」
「俺から逃げるってそりゃ無理だよな」
脱出しようとして背を向けている男は背中を斬りつけた。
「いってぇ!」
「口開くなって言っただろうが」
まだ命の消えなかった男は再度、今度は顔を半分に割ることで殺した。
「ば、化け物が!」
「そうだな化け物だ。だがじゃあお前らはなんだ? そんな事が言える身分か?」
ゆっくりと、絶望を与えながら近づく。すると懺悔の声が聞こえてきた。
もちろんそれに耳を貸す俺ではない。そこまで優しかったらここまでの事は元々してない。
「最後か。同じ殺し方もアレだろうし、苦しみながら死んでもらうか。『悪魔 死神 鬼 地獄の番人 今降臨し眼前に七つの苦しみを ブラックアイ』」
この魔法は、闇で光を歪め、幻覚を見せる魔法。意外と難しくて、常に俺が魔力を放出してないと効果が無くなるし、俺の創造の元幻覚を見せているからそれすらも俺がコントロールしなければならない。魔力の枯渇、精神的疲労を誘発させる。
「うあああああ! 来るなぁ!――――――――――」
最後、男は自らの舌を噛み切って死んだ。もちろん俺が狙ったことだ。
(そういえば、前に戦った盗賊にかけられてた魔法もこんなモンだったのか?)
だとしたらおかしい。幻覚は光を操れるから見せられる物。だとしたら、光属性の使い手がいるか闇属性の使い手が他に居ることになる。確かリューシアが闇属性は魔族にだけ使い手がいるって言ってたし、光属性か?
まあ今考えても仕方のない事だし、今日の仕事も終わったから別良いや。早く帰らないとリューシアに見つかるかもしれないし。
俺は心では急いで、でもゆっくりと慎重に宿に戻った。返り血は闇の魔力で隠して。
でも死骸のある場所は、俺が出て行った瞬間月明かりで照らされ、紅い血が池の様に溜まっていた。
シリアスって難しい。
戦闘を書くのも難しい。
ただ辛い。