三話 美女と魔獣
声の主は思いの外早く見つかった。
その出で立ちは中世の騎士の様な鎧を身に纏い、剣を持った人だった。
髪色は紫色。性別は分からないが、髪が長いから女だろうか。身長も低いし。
その騎士は、大きな狼の様な動物に襲われていた。
名付けるなら北欧神話から取ってフェンリルだな。
激しい剣と爪での攻撃。少しだけここまで戦いの風が届いている。
「しばらく見守るか」
あの中に加わったら死ぬような気がするし、騎士も戦いながらは流石に話せない。
あのフェンリルを狩った後で近づいた方が良い。
という訳で、木の陰に隠れて見ることにした。
あれから十分、激化していた戦いもここで戦況が動く。
騎士が疲労して足がもつれた。バランスが崩れて地面に倒れる。
フェンリルもチャンスといわんばかりに口を大きく広げた。騎士を丸呑みできそうな大きな口。あれで食う気なのだろうと予測していたが、思わぬ現象が起きた。
フェンリルの口になにかが収束していき球体をつくった。それはどんどん大きくなっていく。
「まさか魔法か! それともビームブレス!?」
思わず声が出た。
騎士がこちらを向いている。しまった騎士がこっちに気を取られてる!
このままじゃまともにフェンリルの攻撃喰らうぞ!
そう思ったらすぐさあそこに向かうだけだ。俺のせいで人が死んだなんて後味が悪い。
幸いフェンリルが背を向けていてこちらに気づいていない。あの魔法の様な物の用意で精一杯なのかもしれない。
一気に駆け出す。
「そこの姉ちゃん! 衝撃に備えろ!」と目で語る。フェンリルに気づかれたら意味が無いからだ。伝わるはずもないが。
拳でグーをつくり、それを肩の位置で引き絞る。
後10m位でフェンリルに届く。フェンリルはもう準備が終わったのか、収束は終わっていた。
ここからは秒単位での戦い。
俺が今出せる最大の脚力で地面を蹴ると、そこから直径2m位のクレーターが出来た。
だがそれに構ってる暇は無い。
フェンリルがタメに入った。発射する気だと日本ゲーマーの俺の本能が告げる。
だが、それが発射されることは無い。
なぜなら、
「届いたぁぁぁ!」
俺の拳がフェンリルの身体にめり込む。
そこから台風並みの風が巻き起こり、起きようとしていた騎士がまた倒れる。すみません!
フェンリルは、呻く様に鳴き、スーパーボールの様に吹っ飛んだ。
恐らく20mは転がったか。
「いってぇ! フェンリルの身体って硬いなぁ」
だがまあ、確実に骨と内臓位は壊れたはずだ。命を奪えたかは分からないが。
手を振りながら痛がっていると、呆然として騎士がこっちを見ているのに気づいた。
「ほら大丈夫か。手ぇ貸そうか?」
騎士はまだ呆然としているのか、動こうとしない。
「仕方ねぇな。ほれ」
パァンと手を鳴らす。
それでやっと正気に戻ったのか、ビクッと身体を震わせた。
慌てた様子で立ち上がる。当然の様に差し出した手は無視された。
「なんだ君は! あろうことか騎士を助けて、手まで差し出すとは! というかあれで助けたつもりになるなよ!」
なんか怒っていた。
「いや俺も助けたつもりはないんだよ」
「嘘を吐くな! 貴様の様な平民が、誇りあるアルダイト騎士に向かって手を差し出すなど!」
「まあ確かに結果的に助けたな」
「それにしてもなんなんだあの馬鹿力は! 貴様はどれだけの精霊を宿しているというのだ!」
「精霊?」
精霊とは、俺の想像が正しければ、火とか水とかを司っているとかいう奴か?
それを宿すとは、この世界の人はどれだけ常識から外れてるんだよ。
「ギルドでも貴様の様な奴の噂は聞いた事がないぞ」
「あー、そりゃあれだ。俺は小さい村から来たから、ギルドとか騎士とかからは縁遠いんでね。礼儀とか知らないんだよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、ポカンッという効果音がピッタリの顔をした。
顔の力が全て抜けた様な感じだ。
すぐにブルブルと顔を振り、気を取り直す。
「ふざけるのは大概にしろよ。今のソブラストライト大陸に帝都以外の街や村があるはずないだろう」
ドスの効いた声で脅してくる騎士。まあ女だから全然怖くないのだけれど。
「お、落ち着いて落ち着いて。クールダウン」
「くぅるだうん?」
(英語は通じないか。というよりなんで日本語は通じてるんだ?)
とりあえず、あの街の共通言語が日本語の様なものだと分かった。それだけで十分だ。
ならばと、情報収集に入る。
「えーと、俺は他の大陸で漁をしてたら嵐に襲われてな、偶然ここに流れ着いたんだ」
「ほう。・・・・・まあ良いだろう。名前は?」
おっとそう来たか。
俺の日本名は多田無涼花。俺が恐ろしかったのか人が近づかなかったから名前はあって無いようなものだったが、そのまま名乗るべきか。
あの街で俺の名前が珍しいかもしれないし、この世界自体でも珍しいかもしれない。
迂闊に答えればまた怪しまれる。ま、もう怪しまれてると思うがな。
「まずはお前が名乗れよ。人に名を尋ねる時は、ってやつだ」
「貴様に名乗る名は無い、と言いたいところだが、治安維持も我ら騎士団の務めだ。貴様の様な素性も知れない奴のことは把握しておいた方が良い」
納得していただけた様だ。
これで俺の出方が変わるから考えておかないといけない。
「私はカナン・ドロイドだ。その脳みそに叩き込んどくんだな」
相変わらず口調はきついが、うん。
ん~どうしよう。本名を名乗るか、偽名を使うか。
他の大陸から来てると言っているし、調査には時間がかかるだろう。
だが、名前が分かる魔法とかあったら一発でばれる。そしたら俺に向けられるのは疑惑になる。
「リョーカだ。村人だから性は無い(はず)」
こんな時は村人は性は無いはず。
思わず名乗ってまた騎士の誇りがどうとか言われたら敵わないからな。
「ふむ。偽名ではないな」
(なんか言ったぞこいつ!?)
偽名じゃないって、それはどうなってんだ? もしかしなくても魔法か?
なんか俺の頭の上に視線を移している。多分そこに俺の名前が表示されているんだろう。
だが性が出ていないのはおかしいな。
涼花ではなくリョーカと名乗ったからそれもおかしいし。
「もしかして、俺の頭の上に名前見えてる?」
「当たり前だろう。私も精霊を宿してるのだからな。ディスプレイくらい簡単に使える」
ディスプレイか。英語では表示という意味。意味的には名前が見える魔法と予測できるが。
ならなんでさっきクールダウンという言葉の意味が分からなかったのか。
ま、異世界だしそんな事もあるか。
「なら、なんで俺にわざわざ名前を聞いた?」
「貴様が偽名を使って私をだますかもしれないからだろう」
「まるでディスプレイを俺が知らなかったと分かっている様な口ぶりだ」
「さっきから貴様には常識が無さすぎる。他の大陸から来たと言うのも後付けだろう。さらにスピッドウルフのビームに驚いていた様子だったからな。魔法自体知らないと予測した」
「あらら。名探偵が居たもんだな」
そのまで見抜かれていた。それに俺は素直に驚いた。
カナンの言ったことは全て当たっているし、自身も持っている。
洞察眼は中々のモンだ。
「この分じゃ、記憶喪失と言っても、」
「記憶喪失の者がそんな飄々としていられるか」
「と言われるのは確実だな」
かと言っても早速異世界から来ましたと言うには、カナンの事は信用できていない。
信用できても言わないつもりだが、今の状況は切り抜けないといけないし。
「スマン。信用できるか分からないが、今は俺の事は言えない」
深々と頭を下げる。あわよくば、これで解放してくれないかと思って。
今日中には帝都に着きたいし、いま時間を食われるわけにもいかない。
「フン」
カナンが花を鳴らした後、すぐに頭に衝撃を感じた。
なにかで叩かれた。上を見ると、そこには柄の方を俺に向けている剣があった。
「いきなりなにすんだよ」
「最初から頭を下げていれば私とてきつくは当たらん」
「偉そうに・・・・・。最初はマジだっただろうが」
だがつまりは、最初にきょどらずに素直に俺の名前を名乗って頭を下げれば良かったと言いたいんだな。
どこまで偉いんだよ騎士様はよ。
「改めてよろしく。私はカナン・ドロイド。帝都アルダイトで騎士団に所属している」
「俺はリョーカ。ある事情で話せないが、この大陸の常識などを教えてもらいたい」