十三話 勇者の仲間
あれからさらに一時間歩き、俺はやっとのことで聖地に着いた。なにやら鳥居の様なものがあり、そしてその先には木造の建物。
それは確実にあっちの世界の神社だった。
「なんだここは」
「聖地、だよ? お父さん」
「ここが? 神様を祭っているとかじゃないの?」
「ある意味、神?」
曖昧な神様だなおい! 聖地とまで言われているところに居る神様がそんなんで良いのか?
「ここは、多分勇者を崇拝しているからこうなったんだよ。それに古臭いのはずっと昔から建て替えられてないからじゃないかな?」
「でも勇者って昔に居たんだよな。木造の建物が今残ってるってのはおかしいだろ」
「今の、建築は、魔法を利用している」
なんだ、ここは異世界だから魔法で万事解決って訳ですね。はい分かりますよ私は。もうこの世界に来てから何日か経ったんだから。
でもやっぱり反論が浮かんでしまう。
「いやだからさ、勇者が居たのは昔だろ?」
「この建物から、今の建築技術は、来ている」
「おいすげえな。昔の人ってそんな感じだったのか」
「でも私たちが住んでた街って、結構技術進んでたよね。なんか勝手に動く階段があったような気がする」
「? そんなもの、ない」
「いやぁアハハハハハ! この大陸からずっと遠くから来たから技術にずれがあってもおかしくないんじゃないか?」
リューシアぁ。中途半端に記憶を保持してんじゃねえよ! 多分天使族の街にあったんだろうけどさ、エスカレーターが。明らかにミリーが疑いの目を向けているじゃないか。
まあ可愛いから怒らないけどね!
「でだ、本題に移るけど、巡礼ってどこですれば良いの?」
「多分、あそこ」
「多分て曖昧だな」
ミリーが心外だと言う様な顔をしている。なにがそんなに不満か分からないが、ひとまずはミリーが指差した方へと行ってみる。
まあそこは神社の中で、真っ直ぐ進んだだけなのだが、建物に近づくと小さな魔力を感じた。俺がこれだけ近づかないと分からないほどの魔力って、どんだけ雑魚だよ。
「すんませーん。ちょっと巡礼しに来ましたー」
屋台のおやじに「よう来たぜ」と報告するノリで入り口を通った。
中はめっちゃ暗く、準備していたランプを使わないと前が見えないほどだった。
そのランプを使った瞬間、俺はビビった。目の前には明らかに百歳を超えているほどのおばあちゃんが立っていて、俺の目を見ていたから。
「うわあ!―――――誰だアンタは! びっくりさせるなよ!」
「おばあちゃん、久しぶり」
「お前さんかい。なんだか久しぶりに見たのぅ」
「私が、冒険者になりたての頃、パスをバキッと、折った時以来。懐かしい」
「やっぱりか。あの時はなんともめんこい子供が来たものだと思ったが、中々に強くなった様だの」
「いやいや、俺を無視するな」
「おばあちゃん久しぶり!」
「なんと、リューシアまで来たのか。よくぞここまで来たな。あそこからここまで来るのは大変だっただろう?」
「うん! ちょっと魔物に襲われた時もあったけど、お兄ちゃんがやっつけてくれたの!」
「ほほう。まあその兄の事はほおっておいて、今日は何用だ?」
「おいコラババア。絶対意図的に無視してるだろ」
なんか俺だけ話についていけてないし、ミリーとリューシアはこのババアと知り合いみたいだ。つーかリューシアを天使族だって知っている人と話させたらやばくね? 下手したらリューシアの記憶が戻るか発狂するかしそうなものだが。
「スマンスマン。初めて見る者はからかいたくなるのじゃ。これは自分の昔からの性、許せ」
「あー、もうそれは良いよ。巡礼したらさっさと出ていくから済ませたいんだけど」
「(なるほど。そういえばあの者がこいつにそんな事を言っていたな)。ダメじゃな」
「なんでだよ! 俺はさっさとパスを手に入れてギルドに入りたいんだよ!」
速攻で拒否られてしまった。その前になんか考えるような顔をしていたが。
「ここの決まりを教えよう」
「決まり?」
「パスを発行するためにお主はフリーパスを貰いたいのじゃろう。だが、そのためには自分と戦ってもらう」
はい? 自分って俺と戦う? こいつはなにを言っているんだ?
「自分とは、自分が自分を自分と呼んでいるのだ」
益々分からなくなったが、ようやく成程と思う。
要するに、自分とは一人称でババア本人の事を指している訳だ――――――――――ますます訳が分からない。
「俺がお前と戦えと? 馬鹿も休み休み言え。一瞬で勝負が決まっちまうよ」
「そうかな? 案外そっちが一瞬で倒れる事になるかもしれんぞ?」
睨み合う俺とババア。その殺気は俺の身体の芯まで伝わってくるものだった。それに心底驚き、俺は即断即決する。
「おもしれえな。受けてたとう」
「後悔するなよ小童」
「ふぅ。おばあちゃん。お父さんはなにも知らない。これ以上、いじめないで」
「ふふ、アッハッハ! 分かって折おるわそんな事。だから言ったじゃろ。からかうのが好きだと。だがお父さんという単語には興味があるのぅ」
さっきの殺気が急に消えた。あ、駄洒落じゃないぞ? ホントだぞ? 俺こんな時に駄洒落なんて言うほど馬鹿じゃないからな?
で、なにやら高笑いをしているババアと、それを無表情で見ているミリー。
「知ってるって、やっぱり凄い」
「おばあちゃんて昔からそうだもんね」
「お主らが言う昔と自分の言う昔は違うぞ。自分からしてみれば、お主らとあったのなんて昨日の事の様に思えるわ」
「そうだねぇ。おばあちゃんは五百年生きてるからねぇ」
・・・・・おいリューシア。そんな説明口調でサラッととてつもない新情報俺に漏らすのはやめてくれませんかね。驚きのあまり一瞬俺の耳を疑ったぞ。
で、このババアが五百年生きている、だっけか? なにをバカな事を。そんな人間居たら怖いわ。他種族ならあり得るけど、目の前に居るのは確実に人間族。人間の寿命は儚いのだ。
「驚いているねぇそこの小僧。自分は昔、勇者のパーティに居た魔法使いだ」
「はぁ!?」
「ホントだよお兄ちゃん。この人はずっと昔から生きているって証明されているから」
「これも、勇者の魔法、らしい」
勇者って、おい。不老不死の魔法を勇者が使えたってのかよ。それほとんどチートじゃないか? さらにその魔法の効果でこのババアが生きてるって。
「勇者は昔成長しすぎた魔物、魔王と戦って世界を救った。だがその討伐戦の最中に魔王に時限式の魔法をかけられていた様でな。街の門を通った時には勇者はもう限界に来ていた。そして宿に泊まっている時に相談してきたのだ。『俺は明日の朝には内側にある魔王の魔力によって死んでいるだろう。だが、魔王は完全には死んでいない。今は死んでいるが、魂までは消せなかった。だから、いつかまたこの世界に産み落とされる。俺も魂まで消される事は無いが、魔王よりも早く産まれるとは断定できない。だから、お前は生きていてくれないか。俺が不老不死の魔法をかける。だから、後の世を護る為に、お前には生きていてほしい』とな」
「うん。あまりに突拍子な話しすぎて、俺の頭はついていけないや」
「これはもう世界常識になってるよ。なんでお兄ちゃんは知らないの?」
「馬、鹿?」
「おいミリー! 馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 俺は、そうだ、ちょっとした事情があってだな―――――」
「うむ。自分はお主にその事情とやらの事で話がある」
俺がミリーに言い返していた時に、ババアの口から出た言葉だった。
リューシアとミリーはこの話というものがなんなのか分かってない風だったが、俺にははっきりと分かっていた。
首を超スピードで動かしてババアを見たが、そこにはさっき居た俺をからかって来るババアの姿は無く、勇者の仲間のひとりとしてそこに居るかの様な雰囲気を出していた。
「アンタ、まさか・・・・・」
「この話、この者達には聞かれたくないか? それとも聞かせたいか? お主自信が知らない事もあるんじゃが」
俺は悩む、までも無く口に出していた。
「ダメだな。この話には、絶対に伏せておく必要があるものがある。それさえなかったら良いんだけどな」
この話をしたら、確実に俺が異世界人だとババアは言うだろう。だが、それは同時にリューシアに「俺とお前は本当の兄妹じゃない」と言っている様なものだ。それだけは、リューシアがちゃんとした記憶を取り戻すまでは聞かせることは出来ない。もし今の状態で聞いたら、実際どうなるか分からないし。
「じゃあ魔法で隔離空間をつくるぞ。『封護結界』」
ババアが魔法の名前を口にするだけで、相当強力な結界が出来る。
リューシアとミリーも見えなくなり、外の音が一切聞こえなくなった時、ババアが口を開いた。
「スマンかった!」
「どうしたんだよ急に!」
「これだけは謝っておいた方が良いと思ってな。実は、この世界にお主を呼んだのは自分なんじゃ!」
「はいぃ?」
「ここの守役をしている時に、ここにずっといるのもつまらなかったし、異世界転生魔法を使って別世界に行ったのじゃ」
「おいまさか」
「その世界が地球じゃった。そこで自分は自分よりも強力な魔力を感じたのじゃ。その者の近くに行くとな、悪い意味でなんとも懐かしい魔力を感じた。それがお主じゃった」
それじゃあ、俺が地球に居た頃にこいつに会っているか、最低でも俺が知らなかったまでもこいつは俺を見ていたってのかよ。
「これはこの世界に留めておくのが危険だと思った自分は、すぐにここに戻って、召喚術を使った。そしてお主がこの世界に来たのじゃ」
「なにしてくれてんだお前は・・・・・」
最低限、本当に最低限事前に俺に話してくれて良かったと思うのだが。話してくれれば、もっと気持ちよくあの世界にさようならが言えただろうし、この世界に来たばかりの時にテンパることもなかったと思う。
話してくれていたら、証拠さえあれば俺は喜んでその話に乗ったと思うし。
「って、俺のなにが危険なんだよ。俺はこの力を悪用したことも無いし、使う気も無かったんだよ」
「いや違う。お主の存在そのものが危険なんじゃ」
「存在そのものが、だと?」
「そうじゃ」
ババアが神妙な面持ちになる。空気がピリッとするのが感じられ、俺も気を引き締める。
「お主はな、魔王が死んだ後の魂なんじゃよ」
「―――――はい狂言頂きました。ご馳走さん」
「信じろ!」
「いや流石に冗談だろ俺が魔王の生まれ変わりなんて!」
そんな事信じられるか! どっかの宗教を信じている人が聞いたら狂乱しそうな事だが、俺は生憎信仰している宗教は無い。
だってさ、いきなりこんな事言われても全然実感が湧かない。出会って十分程度の相手に与えられる衝撃じゃない。
「お主が使える魔王の力、闇属性の魔法がその証拠じゃ」
「闇属性が、証拠?」
「お主がこの世界に来てから、自分はずっとお主を見ていた。お主が使っている魔力は、前魔王から受け継いだ物じゃ。威力も本気で使えば常人の百五十倍はあるしの。肉体強化なら底が知れん」
マジかよ! そんなの最初魔法使った時に思ったように、俺って世界滅ぼすほどの力持ってるんじゃね?
「それに、この話を信じた方が合点がいく事もあるだろう?」
「まあ、そりゃあな」
子どもの時からの超的な身体能力。この世界に来たばかりで魔法を使ったことも無いのに強力な魔法を使えている魔力。魔法は俺がつくっているが、威力は魔王から引き継いだと思った方が良い。
「それで俺が魔王だったとして、俺を消すか?」
「無理じゃ。お主の魔力が高すぎて自分の魔力じゃまた魂を消せずに死んでいくだけ。それに自分は、お主は悪い奴じゃないと思っている」
「良いのかよ。魔王様をそんなに簡単に信用して」
「今のお主は魔王ではなく、多田無涼花。リョーカだろ?」
「甘い考えだな。俺だったら見つけた瞬間消してるけどね」
俺は義理や人情だけで動いてる訳じゃない。だからムカつく奴が居たらイライラしてボコッたり、ある時は殺したりするし、目的の為なら手段を選ばないという自信がある。
ただ、俺を殺さない事はありがたいけどさ。実際まだこの世界を見て回りたいし、リューシアとミリーも居るし。
「そんな簡単な事じゃない。魂が残ったらまたいつか生き返る。勇者の不老不死の魔法の効果が永遠に続くわけも無い」
「ケチい魔法だな不老不死って」
「単に体に残留する魔力が無くなったら効果が解けるだけじゃ」
「おいあっさり言ってるけど、それって凄いんじゃないか? 勇者ひとりの魔力で今まで効果が続いたことって」
「確かに。あの頃は、勇者と戦える者は魔王くらいのものだったからの」
おいおい勇者凄すぎだろ。さらにその勇者と戦ってた俺の昔の魂も凄いな。二人とも相打ちで死んでるけど、未来に名を残してる偉人なだけある。魔王は悪い方の偉人だが。
「話を続けよう。自分は勿論、リューシアの事も知っている」
「リューシアが闇属性を持っている原因も?」
「いや、流石に分からないな。だが、推測なら」
「言ってくれ」
「天使族は本来魔族と対をなす種族。魔族が闇属性を使う反面、天使族は主に光属性を使う。昔のその二種族の戦いは世界を巻き込むほどだったという。その中で一体の天使族の中に闇属性の魔法が入ったとする。その魔力はそのまま身体に残ったままその天使族の者は成長し子どもを産んだ。その子孫がリューシアだったら有り得ない話でも無い。無理矢理だがな」
「まあ考えられなくもないと言っておこう。面白い考えだしな」
いわゆる、アレだな。名前忘れたけど、親の髪の色は遺伝せずひいおばあちゃんの髪の色が遺伝したりする奴だ。それの大規模版だと思えば良い。今のところは一番納得出来る理由だな。
「自分はな、罪滅ぼしがしたいんじゃ」
「罪滅ぼし?」
「お主を自分の勝手な都合で連れて来たことを。そして、お主は関係ないが、この世界にまた魔王の足が付いたことを」
「そんな事良い。俺もあっちの世界は苦労してたから丁度良いと思ってたところだからな。それに俺はこの世界に対してなにもしない」
「いや、お主は闇属性を上手くコントロールできていない。お主の戦いを見ていたが、確実に人格が変わっておった。元々魔王の魂だからな、出てきているのかもしれん」
出て来てるって、魔王が? 俺ってそんなに人格変わってたのか。
確かに元々俺の魂が魔王だということは認めざるおえない。だけど、一度死んだはずの魔王の意識が魔法を使った時の俺に反映されているってのはちょっと信じられない様な気がする。下手すると、それは俺が暴走しているって事だし。そんな自覚すらしていなかったし。
「だから、お主にはここで闇属性のコントロールを身に着けてもらう」
「ここでって、出来るのか?」
「自分を誰だと思ってる? 勇者のパーティの中に居た人間だぞ」
「あー、確かにそんな肩書きなら常識外れなのも理解できるわ」
そもそも勇者が不老不死の魔法を行使している時点でおかしいだろ。そんな魔法は普通魔王の方が使おうとして、それを勇者が止めるっていうのが定番かと思ってたのに。まあ後から魔王が産まれてくる可能性があったそうだから仕方なかったんだろうけど。
目の前にはその不老不死で超長生きしているババアが居るし、それは世界公認だ。
「では、お主をお主の心理の中に入れるぞ」
「そんな事できんのか、ってもう突っ込まねえわ。さっさとやってくれ」
「自分もなにが起こるか分からない。気をつけろ」
「はいはーい」
「『入心魂』」
俺の足元にいくつもの魔法陣が出来る。それは何重にも重なり最終的にひとつの魔法陣になった。それが終わった瞬間、天に光が伸びて、俺の意識は飛んだ。