十話 魔族の存在
馬車に揺られ続けて3日。グレイは妖刀の手入れをして、ミリーは本を読み、俺は密かに魔法の練習をし、リューシアは俺の練習を見ている。
・・・・・なんだこのまとまりの無い集団は。俺もめんどくさいって言ったけどさ、もうちょっとなんかあるだろ。特にグレイ! 初日の勢いはどうした!
「はぁ」
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
「大丈夫さ。身体的な面はな」
ここ三日間俺は息苦しい雰囲気の中で生活していた。
馬車では誰一人ひとこともしゃべらない、見向きもしない、武器を手入れしたり本をめくったりの物音だけ。こいつらにとっては特段気にすることもないのだろうが、もうちょっと俺への配慮というか。この雰囲気のせいで、休憩の時に馬車が止まってそこから離れないとリューシアでさえしゃべらないのだ。
「『死神の力 暴虐の限りを尽くせ 悪には永遠の沈黙を デスサイズ』」
俺の手の中から一本の棒が出てきて、その先端に三日月形の様な刃が出来る。死神の持っている鎌を真似て創った俺の魔法だ。だが何回練習しても力の加減が出来ない。持ち手のところを1.5m位にしようと思ったら、軽く倍以上の長さになるし、それに比例して刃の部分も大きくなる。見た限りでは確実に凶悪な武器だ。
(バルケイトでまともな武器が見つからなかったらこれ使おうと思ってるんだけどな)
流石にこの長さじゃ振りにくい。俺の力なら魔法付加無くとも振り回せるが、長すぎるのは不便だ。
(もっと短いやつを想像してみるか)
もっと短く、コンパクトに。形は、もう刀で良いや。普通に使うなら鎌より刀の方が良いだろうし。えっと、刀も想像では長すぎず、短刀のつもりで――――――――――
「『具現されし武者の怨念 墓場より来たれ流麗なる刀 ブレイド』」
魔法発動後、俺の手に握られていたのは普通の刀より50センチメートル位は長いかなという感じの刀だった。色は柄から刃の部分まで黒一色。黒刀ってちょっとカッコいいな。ま、流麗とはほど遠いが。
「ふぅ。ひとまずこれで良いか」
「終わったの?」
「ああ。今日はこれだけで十分だ」
俺の練習が終わって遠くから見ていたリューシアが駆け寄ってきた。
こいつも闇属性使いなのだが、俺はリューシアに闇属性の魔法は使ってほしくないと思ってる。そもそも俺が護ってやれば使う必要も無くなってくるのだ。
「あとバルケイトまで二日だからな。休憩も必要って事」
教えるようにリューシアに語る。リューシアには常識がない。元天使族なのだから当たり前なのだが、覚えないと人間に溶け込むのは無理だし、身の危険に陥る可能性まで出てくる。休憩しといて良かったと思う時が無いと良いのだが。
「お兄ちゃんって、基本的に魔法強いよね」
「そうなんだよなぁ。これはこれで良いんだけど、困る時もあるし」
「単に宿してる精霊が強いだけなんだろうけど。ここまで魔法使って魔力切れが起こらないのは凄いし」
「普通の奴ってどのくらいなんだ?」
「お兄ちゃんがやってた、おっきい鎌つくる魔法使ったら命の危険になる位かな」
「そこまでかよ。この世界の人間はどこまで・・・・・、って俺がおかしい部類なのか」
普通の奴が使ったら命の危険になる魔法を俺が連発しているのがおかしいんだ。自覚していたのだが、普通じゃないって本格的に分かってくるとちょっときついかな。
その気持ちを知ってか知らずか、リューシアはさらに話を重ねる。
「でも、お兄ちゃんみたいな人がいるって話は聞いたかな。ギルドのSSSランクの人とか」
「なんだそれ。―――――つーかそれどこで聞いたんだ?」
「ん? ミリーさんに聞いたんだよ」
「いつ話したんだよお前ら」
リューシアって大体俺の近くに居るし、いつ聞く機会があったのだろうか。俺が尿意を解消してる時にでも話したのだろうか。
そういえば、それはリューシアから聞いたのか? そうだったら嬉しい限りだ。ミリーが自分から教えると考えるのもちょっときついし。
「ん?」
これは魔力反応か? それに結構デカい。少なくともグレイより少し弱いくらいだ。馬鹿みたいな数も居るし。なにかが近づいてきている?
「お兄ちゃん?」
「急いで戻るぞ。なにかが凄い勢いで近づいてる。それに魔力反応が軽く三百は超えてる」
「! 分かった! 急いで戻ってふたりに知らせないと!」
よし、そうと決まったらいつもより速く移動しよう。今はリューシアが居るから本気では走れないのだが、リューシアが耐えられるレベルで急ごう。
俺はリューシアをお姫様抱っこした。
「ちょっとお兄ちゃん!」
「揺れるぞ。ちゃんと捕まっとけ」
距離は大体五百メートル。魔法の練習の為に結構な距離をとっていたのが今になって仇になるなんて。
集団が馬車に接触するまでは推測であと二十五秒。間に合うか?
「キャアアアアア!」
耳元でリューシアが叫び声を上げたからちょっとうるさかった。口には出さないが。
もうすぐ馬車に着く。集団はもう馬車に着いている。あいつらが全員無事でいてくれたらいいのだが・・・・・。
そう思った時、俺の横をなにかが通り過ぎた。俺の頬が少し斬れているところを見ると、斬撃だろうか。とにかくリューシアに当たらなくて良かった。
馬車が見えるところまで行くと、そこには驚くべき光景があった。
そこには俺の言った通り、三百の数の集団。それも全部が魔物だった。その中には見た事がない魔物や、スピッドウルフの様な大型、前に見た翼が着いた馬が居たりした。一番大きな反応は集団の後ろから感じることが出来る。集団のせいで姿は見えない。
グレイとミリーは・・・・・見つけた。集団の中、大立ち回りを繰り広げている。
グレイは自慢の妖刀を振り回している。でもただ振り回しているだけじゃない。振った後に前方の魔物がなにも無いのに吹き飛ばされていた。恐らくは、使えると言っていた雷属性魔法を妖刀に一時的に纏わせて飛ばしているのだろう。さっき飛んできた斬撃も恐らくはこいつのせい。リューシアに当たっていたらと思うと、後からお仕置きしないといけないな。
ミリーは銃を使っていた。この世界に銃ってあったんだ。じゃなくて、その銃からは見ている限り無制限に弾が出ている。弾切れを起こす様子が無い。あれも魔法の類だろうか。
「グレイ! なにがどうなってる!」
「リョーカか! 近づくな! 俺達でなんとかする!」
必死に魔物と戦いながらこっちに向かってこっちを見て言ってきた。勿論素直に聞く俺ではない。特攻作戦だ。
「リューシア。今から約束通り、俺が魔物を倒してやる。見てろよ。リューシアはここで見てるんだ」
頭をポンポンと叩き、怖がってるリューシアを落ち着かせた。まだ震えているが、俺の言葉を聞いて少しは落ち着けた様で良かった。
馬車の方に行こうとしたら、後ろから大声で「お兄ちゃん!」と呼び止められた。
「なんだよ、心配するな」
「心配するよ。たったひとりのお兄ちゃんだから。―――――えっとね、怪我だけはしないでね」
その問いに俺は無言で、笑って返す。死亡フラグの様にも見えなくもないが、立っていても俺はそんなものには縛られない。
「おい、こっちに来るなと・・・・! ちぃ」
「危ない、逃げ、て」
「危なくないし、ミリー。そんな声じゃ普通は聞こえないぞ」
俺の登場で少しだけ動きが止まった魔物勢。だがどこからか雄叫びが上がると、それに先導されるように魔物たちは、俺達に向かってまた走り出した。
(広域殲滅に特化、飛翔速度も速く)
思いついた武器の形を、ふたりには気づかれないように詠唱して魔法によって出す。
「『一閃の闇 我に歯向かう者にせめてもの慈悲を アルテミス』」
俺の手に現れたのは大きな弓矢。
これは矢を魔力で造るから矢が切れることは無いし、一撃の威力は計り知れないはずだ。俺が精巧に想像して創り上げたから。
俺は弓を引き絞る恰好をして、矢を具現化する。バチバチと電気が通っているかの様な音が出ているが、俺が一本に込めた魔力を多くし限界まで濃縮しているからだ。
「ほらぁ屑どもぉ! 喰らいな!」
引き絞っていた弓を話すとまさに一閃。魔物にぶつかっても勢いは死なず、そのまま集団の最後尾まで届いた。通り過ぎるのが一瞬過ぎて魔物たちは自分がどうなってるか分からない様な顔をしている。そして、死んだことを思い出したかの様に大量の魔物が倒れた。
「これでざっと百体は死んだな」
まあ俺がちょっと真面目に魔法を使えばこうなるのだ。こんなのピンチでもなんでもなかった。
若干隣の冒険者二名がこっちを見てポカーンとなっているが、それは無視しておこう。
「俺はさっきの攻撃で死ななかった魔物のボスみたいなのをぶっ飛ばしてくる。雑魚はお前らに任せたぞ」
その問いかけに「あぁ」という声と、「・・・・・」という感じで変な目を向けてきたミリー。
いや俺は気にしないぞ。ボスを倒しにいかないといけないからな。
遠回りをしてボスの元に向かう俺、実際はさっきの攻撃で殺すはずだったのだが、俺の攻撃をちゃんと避けていたのはこいつだけだ。俺が気にくわなかったのと、やっぱりボスを倒すのは俺が良いという感情の元俺は動いている。
「あいつか?」
木の上に乗って、遠目で魔力の発生源を見る。そこには異様な雰囲気を持った大きな肉の塊があった。顔が身体のいたるところから出ていて、ちゃんと首に繋がっている顔は鬼の様な顔だ。手もデカいのが何本も付いていて、足はまるで百足だ。鞭にもなりそうな長い尻尾は合計10本。自由自在に動いている。名付けるならキメラだ。
(端的に言えば、キモイな)
あの魔物がリーダーであることは確かだ。あの魔物の周りに何体もの魔物がうろついてるし、やっぱりあの集団の中で一番強そうだ。
「じゃ、行くか」
さっさとしないとリューシアがひとりのまま可哀想だし、休みたい。運動しすぎて疲れた。
木が倒れないように思いっきりの脚力で蹴って飛び出す。すぐに俺の存在に気付いたキメラは、俺に向かって拳を出してきた。
「力比べといこうかぁ!」
俺も拳を振りぬき、キメラの拳にぶつける。ぶつかった瞬間周りに風圧が拡散していき、木の葉っぱがハラハラと落ち、取り巻きっぽい魔物たちは飛ばされていた。キメラは関係ないと言うように力を入れてくる。がやはり、結果は分かりきっていた。
「それで本気かよぉ!」
俺が力をちょっと加えたら、キメラの腕は後ろに弾け飛んで、肉を引き千切った。これで腕一本。そしてさらに一本貰っておく。
「ちょっとは楽しめると思ってたんだけどなぁ」
なにぶん魔物が弱すぎる。これでこの大規模な集団のボスなのか? それとも他に居て、どこかに隠れているとか? そうじゃなかったら興ざめだな。この世界に来て初めて結構強い奴に出会えたと思ったのに。
俺の思考を途切れさせる為なのか、全ての腕を使った波状攻撃が俺を襲ってきた。それが地面に着弾すると地面が揺れていたが、俺は手で埃を掃う様に手を動かすだけで俺には当たらなかった。攻撃が雑になって逆に止めやすかった。力も入ってない。
「感情的なモンがある。お前、魔族か」
攻撃を流しながら俺はキメラに問いかけた。
魔族とは、魔物の中で長い間を生き残り、知識を蓄えて知的生命体になったものの事を言う。大体50年生きていたら魔物は魔族になれるらしい。だが魔族と魔族の子どもは知的生命体になるから、日々魔族は繁殖している。魔族は魔物だった頃、もっと言えば動物だった頃にあった理性の無い「生存欲」によって大体が狂暴な性格なる。だから人間からしたら増えては困る存在なのだ。
それが今目の前の存在かもしれないのだ。
「魔族ならしゃべられるよな。答えろ。今バルケイトを襲ってる魔物はどういう事だ? なにが目的で動いてる? なにも目的が無いのか?」
俺の問いに対して、降り続いてる拳は止まらない。必死に俺に向かって拳を振っている。つまり、これが答えだ。
「なにも言わないならお前は要らない。消えろ」
アルテミス本日2射目よーい。発射!
「俺の妹を危険に晒す奴は消えろ」
アルテミス3射目よーい。発射!
「他の種族に迷惑をかける奴は消えろ」
アルテミス4射目よーい。発射!
近距離でアルテミスの矢を3発も喰らったキメラは、ほとんど跡形もなくなっていた。あと残っているのは胴体の上の部分と顔くらいだ。これでもまだ生きてるんだから大した生命力だ。
「魔族が動いてるなら、ある程度の理由はありそうだな。もうお前らを殺すことは妹をちょっとでも危険に晒した時点で決定だが、バルケイトを襲う理由があるのなら聞かないでもない。話せるなら話せ」
俺は最後に、バルケイトを襲う理由を改めて聞いた。やっぱり情報はどうしてもほしい。
「お前らが街を襲撃する理由が正当なものだったら俺は一時的にお前らに味方する。一応、俺ってお前らと通じるものがあるんだぜ」
身体から魔力を拡散させる。手加減したつもりだったが、キメラは一瞬「あ、ぅ」と呻いた。弱った身体には堪えるものだったみたいだ。
「お前は、闇属性の精霊を宿しているのか」
「―――――そうだよ。ついでに、妹もな」
「そう、か。人間族にも居たのだな」
「妹は天使族だけどな」
「そう、なのか。ふっ、皮肉なもの、だな」
やっとしゃべり出したキメラは意外とおしゃべりだった。最後はなにが皮肉なのか分からなかったが、このさいはどうでも良い。それよりも今はバルケイトを襲っている理由と情報を聞き出したいのだ。
「お前らはなんで―――――」
「それなら、言っておこう。我らが人間の町を、襲う理由を」
グッと苦痛に顔を歪め、身体をよじったキメラ。情報を聞き出すにはちょっとやりすぎたか。今さっきのアルテミスは力の加減はしたつもりだったんだが。
「我らは、あのお方を、助け出したいだけなのだ」
「あの方?」
「あの方は――――――――――――――――――――」
それ以降、キメラが動くことは無かった。だがキメラが死ぬ前に言った言葉。「あの方を助け出したい」と言った。それはちょっと気になる。
助けたいということはどこかに幽閉されていて、魔族と魔物はそいつの奪還を目的として動いている。あの方とやらが捕まった理由で人間側と魔族側の正当性が変わってくるから難しい。例えば、あの方が先に人間に手を出していたら、今魔族がしていることはただの自分たちの事だけを考えた自己満足、ということになる。
「はぁ」
(あっちはそろそろ終わってる頃か)
グレイとミリーがそれなりの実力者だということは、ここまでの旅で分かっている。数が居ようと、よほどの事がない限り大丈夫だろうと思う。
だが、それでもまだ魔物は残っているだろうから、俺は馬車に急ぐことにした。
「はぁ、はぁ、はぁ。一体一体は雑魚だが、なにぶん数が多すぎる。そろそろ体力的にきつくなってくるな」
「それ、私も、同意」
ふたりとも体力の限界だ。数が減っているのが実感できないほど数が多すぎるのもそのひとつの要因だった。普段冒険者として働いているグレイとミリーだが、ここまでの長期戦は滅多に無いから体力がほとんど無いのだった。
「くっ。『雷を纏う一振り 全てを切り裂く突風となれ サンダースラッシュ』!」
体力を気にしながら、なんとか唱えた詠唱は不発に終わった。なにも起きることは無く、ただ森にその大きな声が響くだけだ。
「クソッ。魔力切れなんて久しぶりに味わったな」
「私も、そろそろ、無くなる」
話している内に魔物の一体が後ろから襲ってきた。いつもなら簡単に気づくことが出来るふたりだが、身体的疲労と精神的疲労がいつもの勘の良さを出すことを許さなかった。
「御二方~。あーぶないよ~」
遠くから小さい声で聞こえてくる。それがあいつの声だと分かった瞬間、ふたりは最後の力を振り絞り、足をなんとか動かして跳び退った。その瞬間、流れ星が真横を通り抜けた様な衝撃がふたりを襲う。
地面に着地した後、バッと顔を上げて、その衝撃を起こした張本人を見た。出来る限りのジト目で。
「おいおい助けたのになんだその顔は! もっと感謝しろよ!」
「感謝できる余裕も無いんだよ」
「うん。色々な、意味で・・・・・」
ミリーがバタリと意識を失った。リョーカが地面に着く前に受け止めたから良かったが、ここで倒れるのは仕方ない事だ。事実、グレイ自身も意識が削れていく。
(くそぉ・・・・・)
後輩となる者がが平然と立っていて、さらにそいつはさっきの激しい音を出していた戦いを繰り広げていたことを思うと、先輩として倒れたくなかったが身体の疲労感には逆らう事が出来なかった。
バタリと倒れる。
(あれ、俺は受け止めてくれねぇの?)
目の前でリョーカが少し笑っているのを見て、後で絶対殴ろうと心に誓ったグレイであった。