こうして世界は平和になった。
遂にここまで辿り着いた。
手を伸ばせば触れられる距離にある荘厳な扉を見上げて、俺は漠然とそう思った。
魔王城、玉座の間。この扉の向こうにいるのは、一年前に突然人間界を侵攻し始めた魔族の王、魔王だ。
この一年、一体どれ程の苦労があっただろう。俺は隣で静かに佇んでいる幼馴染み……今や勇者と呼ばれるようになった男を見た。
平和そのものだった世界に突如『魔王』を名乗る奴が現れ、人間界侵略を宣言した。
そしてその最初の標的にされたのが……俺たちの住む小さな村だった。
あの日の出来事はあまり思い出したくない。ただ、目を覆いたくなるような出来事があったとだけ言っておく。
それから一年。俺たちは奴を追い続け、今に至る。
だがこの旅もここで終わる。
この扉を開け、最後の戦いに臨む。それだけだ。
正直に言えば、負ける気はしていない。その根拠も、ある。
「……心の準備はいいか?」
高まる緊張感を押し殺すように、静かに問う。
幼馴染みは視線を俺に移して、小さく笑みを浮かべた。
「もちろん」
「よし、じゃあ……行くぞ」
互いに頷いて、勇者は聖剣を、俺は精霊王の杖を手に取り……扉を、開け放った。
長い長い赤絨毯の先。数段高くなった場所にある豪奢な玉座に、奴はいた。
肘掛けに凭れて、悠々と足を組んでいる魔王。シャンデリアから降り注ぐ光に照らされて妖しく光る紅い瞳。明らかに人間と違う青白い肌。手にはワインなのか血なのか分からない赤い液体の入ったグラス。そしてどう考えても戦いには向いてない、露出度が高いドレス。
……そう、魔王は女なのだ。
玉座を見上げる俺たちの方を見もせずに、魔王はグラスをくるくると回しながら口の端を吊り上げるように笑った。
「フ……よくぞここまで辿り着いたな、勇者達よ。褒めてやろう。
だが、たった二人で乗り込んでくるとは愚かな。聖剣とやらの力を過信しているようだ」
壁際に控えている魔族達から笑い声が上がる。
俺が魔法で攻撃して黙らせるのは簡単だが、それは今やるべき事じゃない。
横目で隣を見ると勇者の目がだんだん感情的になってくるのが分かって、俺は焦った。
頼むから、もう少し大人しくしててくれ。作戦を忘れた訳じゃないだろうな。
「貴様らを殺せば我々の人間界征服がまた一歩近づくという訳だ。人間の分際で我々魔族に挑んだ愚か者よ、せめて苦しまぬよう一瞬で――――げっ!?」
魔王がようやくこっちを見た、その途端に発せられた奇声。盛大に引きつる綺麗な顔。
ああ、やっぱり気付いたか。
「き、貴様っ!何故ここにいる!?」
そう叫んで魔王が俺たちを指差す。いや、正確には俺の隣の勇者を。
その顔に浮かんだあからさまな焦燥に、俺は作戦の成功を確信した。そして恐らく、勇者もそうだろう。
勇者はゆっくりと構えていた聖剣を下ろし、そして……
「何故って、あなたに会いたかったからに決まっているでしょう?」
と、非常にキラキラしい笑顔で宣った。
右手にはまだ聖剣を握ってるが、左手にはいつの間にか無駄に大きな花束。同時に見ると違和感しかないその二つを持ったまま真っ直ぐ玉座に歩み寄っていく勇者に、魔王は元々青白い顔を更に青くして立ち上がり、後ずさった。
「く、来るな寄るな近付くな!貴様、まさか一年も私を追っていたというのか!?」
「もちろんその通りです、美しい人。この一年、あなたのことを思い出さない日はありませんでした」
「ふざけるな!私は貴様になど二度と会いたくなかった!やはりあの時殺しておけば……って待て、来るなと言っているだろう!」
玉座を中心にして、ぐるぐると回る魔王と勇者。しかも片方は恐怖に顔を引きつらせて、もう片方は勇者スマイルを振りまいて。シュールな光景だ。
魔王の取り乱しぶりに唖然とする魔族達にこっそり魔法を掛けて眠らせて、俺はのんびりと二人を見守ることにした。口を挟むと色々と面倒臭そうだし、そんなことをすれば多分幼馴染みに殺される。ここは、とりあえず魔王が落ち着くか疲れるかするのを待つのがいいだろう。これも作戦の内だ。
* * * * *
さて、話は一年前のあの日……魔王が俺たちの村を襲い、人間界侵略を宣言したあの日に遡る。
何の前触れもなく村を襲った魔族達に、村人のほとんどは為す術もなく逃げ惑うしかなった。当時あの村で一番の剣士だった幼馴染みと唯一の魔法使いだった俺は魔族達と戦い、そしてあっさりと負けて捕らえられた。
まあ、あの頃は勇者でも賢者でも何でもなかったし、そうなることは目に見えてたんだが。けど何故かすぐに殺されることはなく、魔族の指揮を執っていたらしい魔王の前に連れて行かれた。
『これが我々に刃向かった人間か?愚かしい行為だが、その無謀なる勇気は褒めてやろう』
勝ち誇り、地面に転がされた俺たちを見下ろす魔王。その時もかなり露出の多いドレスだった。
今思えば、その時俺たちが縄で縛られていなかったことは幸運としか言いようがないだろう。もちろん、散々痛めつけられてた俺たちはもし縛られてなくても抵抗する気力も体力も無かったんだが、そうなってたら歴史が変わっていたかもしれない。
『その勇気を称え、貴様らの首を以て人間界侵略の第一歩としよう。光栄に思――』
魔王の言葉は途中で途切れた。
さっきまで地面に倒れていたはずの俺の幼馴染みが、ふらつきながらも立ち上がって、真っ直ぐに魔王を見据えていたからだ。
魔王は一瞬目を瞠ったが、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
『まだ戦うか、面白い。いいだろう、私が直々に相手をしてやろうではないか』
『……』
しばらく、家や畑が燃える音だけが響いていた。
魔王が自分で相手をすると言ったせいか、魔族達は動かない。俺は顔を上げて魔王と対峙する幼馴染みを見ているのが精一杯で、その幼馴染みも黙って立っているだけだった。
繰り返すが、この時俺たちが、と言うよりも幼馴染みが縄で縛られていなかったのは本当に幸運だった。
というのも、両手が自由だったからこそ、幼馴染みは魔王の手をしっかりと握り締めて、ハッキリとその言葉を口にしたからだ。
『……好きです』
『…………は?』
『あなたが好きです。一目で恋に落ちました。俺と付き合ってください』
その瞬間、世界は止まった。いや、止まったのは俺の思考だけだったかもしれないが。
魔王はあまりに予想外すぎる言葉に呆然として、手を握られていることにも気付いていないようだった。同じく唖然としている魔族達と俺を尻目に、幼馴染みは更に言い募る。
『あなたのような美しい女性は今まで見たことがありません。魔族だとか、魔王だとか、そんなことはどうでもいいくらいに好きなんです。絶対に後悔はさせませんから、俺と付き合ってください。お願いします』
この時のことは、本当に思い出したくない。正に目を覆いたくなる、いや、耳を塞ぎたくなる出来事だった。
だってそうだろ?自分の幼馴染み兼親友が、傷だらけでダクダクと血を流しながら真顔で女性を口説いてる場面なんて、どう考えてもホラーだ。怖すぎる。しかも相手は魔王で、俺たちの村を現在進行形で焼き払ってる連中のトップで、そしてこんな状況じゃなかったら多分同情していたであろう程に顔が引きつってるわけで。
『い、一体何なんだ貴様は!は、離れろ!』
『嫌です。あぁ、あなたの手は温かくて柔らかい……』
今まで真顔だった幼馴染みがにっこりと笑った、直後。
その瞬間、魔王の腕にハッキリと鳥肌が立ったのを、俺は目撃した。
『……!わ、私は魔界に戻る!お前達、後は任せたぞ!』
と言って魔王は何回か力任せに幼馴染みの手を振り払おうとして失敗し、最終的に転移魔法か何かでその場から掻き消えた。
後を任されたらしい魔族達はこの急展開に脳が追いついてないらしく、まだ唖然としている。
この隙に何とか魔族の一人だけでも仕留められるか……と力を振り絞る俺の努力をあざ笑うかのように、幼馴染みは悲痛な声を上げた。
『あぁ、せめてお名前だけでも聞きたかった……ついでに住所と好きな食べ物と好みのタイプと…………そうか、そこの魔族に聞けばいいのか』
『!!』
幼馴染みが周囲の魔族達に視線を向けた途端、魔族達は一斉に顔を真っ青にして後ずさった。
それはさっきのこいつの態度が怖かったせいなのか、それとも俺からは見えなかったがこいつの笑顔が怖かったせいなのか。それともこいつの背後から立ち上る殺気にも似た冷気がヤバイと感じたのか。
幼馴染みが一歩踏み出し、魔族が一歩下がる。それを何度か繰り返し、そして、遂に他の魔族も全員撤退していった。いや、恐れをなして逃げ帰ったと言うべきだろう。
その時幼馴染みの口から零れた「ちっ、使えない奴らめ」という呟きは聞かなかったことにしておく。
こうして俺たちの村は、幸い死人はなく家屋が燃えただけで助かった。
……が、ここで話は終わらなかった。
何と次の日、幼馴染みは村の長老の所へ行って、ハッキリと、
『俺は魔王を追います』
と言い放ったのだ。
例のやりとりがあった場所には、俺たち以外には村人は誰もいなかった。つまり、他の村人はあの会話を聞いてないし、魔王と魔族達が撤退した理由も知らない。
ああ、長老や他のみんなはこう思ったことだろう。こいつは、村を襲った魔王を倒すつもりなんだろう、と。人間界がこの村と同じ目に遭わないように、魔王を止めるつもりなんだろう、と。なんて勇敢で正義感に溢れた青年なんだろう、と。
だが俺には分かっていた。こいつにあるのは勇気と正義感じゃなくて、初恋の相手を捜し求める危ない情熱だけだ。多分、いや絶対に、人間界の平和とか故郷への愛とかは眼中にない。
まあ、こいつが何をしようが自由だ。というか関わりたくないし、放っておこう。
とか思ってぼんやり突っ立っていた俺だったが。
『ご心配には及びません。こいつも連れて行きますから』
『……え?』
ぐい、と腕を掴まれ、状況を理解したときには既に全てが終わっていた。
具体的には、長老や他の村人達が盛り上がり、俺たちを送り出す準備と雰囲気が完璧に整っていた。
周囲から魔王討伐に向かうと思いこまれている幼馴染みから指名されて、俺に拒否権があるはずもなく。
こうして俺は、幼馴染みの恋路に付き合わされることになったというわけだ。
* * * * *
……ああ、嫌なことを思い出した。
まあ、その後の一年間の旅路の方がもっと思い出したくないが。でも今となってはそんなことはどうでもいい。
ようやく魔王城に辿り着いて、魔王に再会したわけだしな。作戦を成功させれば、この旅はここで終わる。そのためには、どんなことだってやるさ。ああ、どんな非情な作戦だってやってやるとも。
「ええい、いい加減にしろ!貴様、一体何の恨みがあって私を追いかけ回すのだ!?」
「あるのは恨みではなくて、愛だけです。さあ、この花束と共に受け取ってください」
「要らん!!」
で、俺が長々と回想してる間にも追いかけっこはまだ続いてたわけだが。
勇者はともかく、魔王に疲れが見えないな。ちょっと予想外だ。
どうにかして話を先に進めないと……と思った矢先、痺れを切らした勇者が二人の間にあった玉座を掴んで、それを笑顔のまま持ち上げて後ろに放り投げた。それは真っ直ぐ俺の所に飛んできたが、避けるのも面倒なので魔法で木っ端微塵にする。
障害物がなくなったことに焦ったのか、魔王は今までずっと持っていたワイングラスを勇者に向かって投げつけ、それをあっさりと避けられてじりじりと後ずさった。
「くっ……それ以上近寄るな!」
「近付いたらどうするんですか?」
「私の炎で黒焦げにしてくれるわ!」
気を取り直したのか自棄になったのか(多分後者だと思うが)、魔王は左手から巨大な青い炎の玉を作り出して勇者の目の前に掲げて見せた。
――来た。
「今だ!」
俺が杖を構え直しつつ叫び、その言葉が終わる前に勇者は動いていた。
青い炎をものともせず、勇者が一瞬で魔王との距離を詰める。予想だにしない行動とその速さに驚いて隙が生まれた魔王の手首を、勇者が花束を捨てて掴んだ。そのまま攻撃されるかと魔王が身構え、勇者は聖剣を振り上げて――……
魔王の左手の薬指に指輪を嵌めた。
「よし、【婚姻成立】」
俺の簡易呪文に従って指輪が淡く発光し、それを魔王が唖然と見ている。
明らかに状況が把握できていないという表情で、まだ手首を拘束されていることにも炎が消えたことにも気付いていない感じだ。
ここまで、全て作戦通り。
振り上げられた末に派手に投げ捨てられた聖剣が、綺麗な放物線を描いた後に硬質な音を立てて床に刺さった。
「これで俺たちは夫婦ですね」
にっこり。
幼馴染みの俺が殴り倒したくなるような笑顔を浮かべた勇者が、自分の左手を魔王に見せた。正確には、その左手の薬指に嵌った同じ指輪を。
魔王は自分と勇者の指輪を見比べ、暫く黙り込み、そして絶叫した。
「き、貴様、一体どういうつもりだ!!これは……これは『祝福の指輪』ではないか!?」
「ええ、そうです」
「ふざけるな!すぐに外せ!」
そう言いながらも魔王は勇者の手を振り切り(勇者があっさりと手を離したので今回は成功した)、力ずくで指輪を外そうとした。
が、取れない。いくら引っ張っても取れない。当然だ。これは、この世界に二つとないと言われるほど貴重な呪いの……もとい聖なるアイテム、『祝福の指輪』だから。
このお揃いの指輪を着けている二人は永遠に伴侶でいられるという、世の恋人達が憧れるアイテム。ごく一部の魔術師や聖職者だけが使える特殊な術によって、何があっても外れないように出来る優れもの。
……その欠点は、互いの同意がなくてもこの指輪の効力は発揮されるという所だ。
つまり、こんな風に無理矢理嵌めた上にその特殊な術を使ってしまえば、強制的に夫婦になるってわけだ。
珍しい道具の割に知名度は高いから、魔王も知っていたんだろう。早々に諦めた魔王は、怒りと恨みを込めた目で俺を睨んだ。
「そこの魔術師、今すぐに術を解除しろ。殺されたいのか」
「いや、術を解除すると幼馴染みに殺されるから無理」
事実、魔王の視線が俺に向いたという理由だけで既に幼馴染みから殺気を向けられてるんだよな、今。あんまり魔法が得意じゃない勇者はこの術を使えないから、流石に殺されはしないと思うが。俺が死ねば術は無効になるし、魔王が俺を殺そうとすれば勇者が全力で止めるだろう。つまり俺は今、非常に安全な状況というわけだ。殺意を向けられてるのに安全っていうのも変な話だが。
まあそんなことはどうでもいい。ここまで順調に進んできた作戦を完遂するために、俺は対外用の賢者スマイルを浮かべて魔王に詰め寄った。
「さて魔王、俺たちと取引をしないか?」
「と、取引だと?」
「知っての通り、その指輪は俺が術を解除しない限り外れない。あんたがこっちの条件に従うって誓うなら、解除してやるけど?」
我ながら、もうどっちが悪役か分からなくなってきた。
まあ、元はといえば人間界征服なんてことを企んだ魔王が悪いんだが。俺たちの村を襲った運の悪さを恨むんだな。
「条件とは……人間界への侵攻を止めろと言うことか」
「それと、現在人間界にいる魔王軍を全部撤退させることと、あんたが魔王やってる間は二度と人間の領土で破壊活動をしないことだ。もちろん全部誓約書に書いてもらうぞ」
魔術師の誓約書に書いた内容は、魔術によって縛られる。約束を違えば、魔術師の力量に応じた罰が下るらしい。その辺の魔術師なら罰って言ってもちょっと胸が苦しくなるくらいだろうが、一応は賢者と呼ばれてる俺の誓約書なら魔王でも下手すれば死ぬだろう。
こっちの条件を呑めば勇者との結婚を破棄できるが、世界征服の道は完全に絶たれる。
条件を拒否すれば世界征服の可能性は残るが、これからの一生を勇者の伴侶として過ごすことになる。
魔王は射殺すような眼差しで俺を睨み、暫く沈黙していたが……やがて、地を這うような低い声で言った。
「分かった……人間界は諦めよう」
はい、作戦成功。
あらかじめ作ってあった誓約書にサインを書かせながら、俺は内心ほくそ笑んだ。
もちろん勇者は不満そうな顔をしているが、魔王に結婚を拒否されたのはお前の言動がいちいち怖すぎるせいだ。あれは誰でも引く。
ところで、もし魔王が条件を拒否してたらどうするつもりだったか。
実のところ、指輪を嵌めさせた時点で作戦は成功してたも同然だった。なぜなら、もしこのまま婚姻が成立してたら、勇者は魔王を攫って山奥の新居に閉じこもるつもりだったから。祝福の指輪はお互いに自分の位置を教えるから、魔王が逃げ切ることは出来なかっただろう。
なんで結婚前に新居を建ててるんだとか、なんで山奥なんだとか、色々と突っ込み所はあるがそこで何をするつもりだったのかはあんまり知りたくない。ただそうなると魔王が可哀想なことになるのは目に見えてたから、条件を拒否するって言ったら全力で魔王を説得するつもりだったが。
つい遠い目になってる間に魔王はサインを終えて、不機嫌そうな様子を隠さず俺に突き出した。
「これで満足だろう」
「ああ。さて、じゃあ……【婚姻解除】」
再び指輪が発光し、指輪は自然と魔王の指から外れて床に落ちた。
これで人間界は平和になり、魔王も勇者の魔の手から逃れて一件落着……なんて事にならないのは、まあ分かり切ったことだ。
ほっと息を吐く魔王に、勇者が今度は憂い顔を装備して近付く。
「約束ですので、俺もあなたとの結婚は諦めましょう。まずは恋人からお願いします」
「は!?ちょっと待て、条件は……」
「いや、俺は『祝福の指輪を外す』とは言ったけど、『こいつの求愛をやめさせる』とは言ってないぞ」
言ってないというか、言えなかったというか。
俺も止めてやりたいのはやまやまなんだが、そんなことをしたら本気で命の危機だし。
この一年で、こいつは魔王の居場所やら好みやらを聞くためにその辺の魔族を倒しまくってたからなぁ……おかげでレベルが上がりまくって、俺じゃ太刀打ちできない。
騙したようで非常に心苦しいが、まあ仕方ない。可哀想だとは思うが一年前のことを許した訳じゃないから、俺が身を挺してまで止める義理もないし。
そんなわけで、人間界侵略を止めるっていう俺の役割は果たしたわけだ。あいつはともかく、俺はもうここに用はない。
というわけで。
「じゃあ俺は帰るから、後は何とかしろよ」
「分かってる。俺も後から帰るから、みんなによろしく」
「おい、ちょっと待て!こいつを連れて帰れーーー!!」
転移の術を展開し、白い光に包まれながら最後に聞いたのは、魔王の絶叫だった。
後日、上機嫌な幼馴染みから話を聞くと、それから一週間に一度だけ魔王に会いに行くことを許されたらしい。まあ、あいつと魔王の最大限の妥協だろう。
それから俺は村に帰って平穏に暮らし、あいつは一年に何回か村に戻る程度になった。それからは以前のように頻繁に顔を合わせることもなくなったんだが……およそ三年後。
勇者から、結婚式の招待状が送られてきた。
同封されてた写真には、満面の笑顔を浮かべた勇者と、その腕に抱かれて呆れたように笑う魔王。あの嫌われようから何をどうやってこうなったのか謎すぎる。
まあとにかく、これで本当のハッピーエンドって事で。
ただ、これが後世に語り継がれることだけは俺が全力で阻止することを誓った。
賢者の作戦……魔王を動揺させる→隙を突いて指輪を嵌める→例の二択を迫る
賢者なのに作戦はすごく大雑把。