(8)
「本当に・・・・・・本当に、みっともないところをお見せしてしまった。それと、うちのバカ弟子が本当に迷惑をかけてしまって・・・・・・何と謝ったらよいものか」
フェイトのお説教の後、シーダートの部屋の丸い机の椅子に二人で向かい合って腰掛けて、その際にシーダートに深々と頭を下げられた。
「本当にごめんなさい」
それとほぼ同時に、斜め下の床に正座した、フェイトも頭を下げる。
「まぁ・・・・・・そんなに気にするな」
俺が逆に居心地が悪くなってそう返答すると、フェイトの顔がぱっと明るくなる。
「そうですよね、よかったぁ・・・・・・・いたっ」
そのフェイトの頭を、シーダートが杖でばこん、と殴る。
結構力いっぱい殴ったな、今。
「まったく・・・・・・、とそれはさておき、じゃ。このバカ弟子が何を勝手に約束したかは知らんが、申し訳ないがここにある魔力結晶はほいほいとお渡しすることはできぬ」
「えー師匠のケ・・・・・・いたっ」
チ、まで言う前にまた頭を殴られる。
今度は、さっきよりも強く。
こいつ、本当に懲りないな。盗賊に何回も絡まれたのも、本人なんとも言わなかったが、こんな風に何か絡まれて当然なことを言ったんじゃないのか。
「話は最後まで聞いておれ。そんなんだからお前は素質はあるのにいつまで経っても半人前なのじゃ。で、なんだったかな、そうじゃ。ほいほいお渡しするわけにはいかんのじゃ。まぁ、見ての通り、この研究室は王宮のご厚意でわしに与えてくださっているもの。あれも、これも、すべてわしの持ち物じゃが、その前に王宮の物でもあるのじゃ。おわかりかな?」
そう言って、古文書や魔導書などを指差す。
「つまり、すべて王宮内の経費で落とした王宮の物、ということか?」
「そういうことじゃ。そうなればもちろん、あれらも王宮の物じゃ」
今度は、部屋の片隅にある机に置かれた、淡く光を放つ大小さまざまな色とりどりの魔力結晶を指差す。
「なるほど。あんたの一存では決められない、ということか」
結界の影響でどれほどの魔力が宿っているかどうか、たとえ道具を使ってでも判断は出来ないが、おそらく純度の高い魔力結晶なのだろう。
「そういうことじゃ。お解りいただけでよかった。そういうわけだから・・・・・・」
あきらめてはいただけないか、そういったニュアンスの事を言おうとしたのだろう。
だが俺も、いらん他人助けをし、興味の無い話を延々とされ、話す気の無かった事を喋らされ、面倒な入国審査を受け、その上この師弟のいざこざに巻き込まれ、その上聞く必要の無い説教まで一時間も聞かされたのだ。
おいそれと引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、王宮の責任者に許可を取ればいいんだな。そうとなったらさっそく案内していただこうか」
元はと言えば用があったのはそっちのほうだ。
会いにいけるというのなら願ったり叶ったり、いままでの全ての苦労が報われるというものだ。
「いやそうもいかない事情があってのう、責任者は王宮の魔導全般の指揮権を持っている王女なのじゃが、今少々お忙しいと言いうか、何と言うか・・・・・・」
ものすごく、歯切れが悪い。
「何と言いうか?」
あまりの歯切れの悪さに少々苛々してきたので、先を促す。
「入国審査の厳格さでお気づきかもしれませぬが、実は今この国は少々厄介事を抱えておりまして、それの関係で王女が忙しく、なかなかわしもお目にかかることができないほどでのう」
少しの間、視線を落として考え込む。
「許可はほかの人間には出せないのか?」
今手が離せないのなら、王宮の責任者に本題の交渉をするのは次回に先延ばしにし、とりあえずこの魔力結晶だけ頂く、というのも有りだ。
「わしの部屋にある魔力結晶は純度が高く、市場に出回っていないものばかりなのでのう・・・・・・アインさんの欲しいものも、そのへんでは手に入りにくい、純度の高いものであろう?」
「・・・・・・」
確かに、それは言う通りだった。
その辺の道具屋で買えるようなものなら、道具屋で買えば良い。
少々金はかかるが、俺だってそこまで貧乏な訳じゃないし。
俺が探しているのは、そこらの道具屋で手に入らないくらい高純度の魔力結晶なのだ。
「副責任者はわしなのじゃが、そうなるとやはり、王女に許可を取らんとならぬのう・・・・・・」
シーダートはちらりと俺を見て、フェイトを見る。
そして、フェイトと二言三言交わしてから、こちらに向き直る。
「でもまぁ、手が無いこともない。王宮の責任者である姫様に会う機会を、作って差し上げる事はまぁ・・・・・・出来ないでもない」
えらく含みのある言い方だな。
今王宮の責任者に会い、本題の交渉をし、ついでに高純度の魔力結晶をもらう。
それがベストではあるが、何か嫌な予感がする。
「おそらく、わしらにとってもお前さんにとっても、悪くない条件のはずじゃ」
「・・・・・・何だ?」
先を促す。
「今、王宮が抱えている問題の解決に一役買ってもらう、というのはどうじゃ?悪くなかろう?」
「断る」
シーダートが言い終わるか否かというタイミングで間髪いれずに返事をする。
「では、仕方が無い。魔力結晶はあきらめよう。失礼したな」
そう言い残し、席を立って踵を返し、出入り口の扉に手をかける。
今まで被った面倒の報酬を貰おうというのに、これ以上の面倒はごめんだ。
ルートとして回りやすかったから立ち寄ったが、別に本題だってどうしても、絶対に今やらなければいけないというわけでもない。
何なら問題が解決したと思われる頃、五年でも十年でも先にここをもう一度訪れればいい。
その時に遠回りをして、わざわざここを通らなければいけないのは面倒だが、ここで厄介事に巻き込まれるよりは面倒では無いだろう。
と、思って扉を開けたところで、背後から思考の停止していた二人の叫び声。
「「えぇええええぇぇぇっっっ!」」
続いて、二人が口々に俺を制止する。
が、その程度で止まる俺では無い。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「そうじゃ、もう少し待たれよ!」
足を止めることなく答える。
「いや、邪魔したな」
「邪魔ではないぞ、全然!いやその、なんじゃ、お前さん魔力結晶がほしかったのではないのかね!」
そう言っている内にも扉は開き、俺は脚を一歩踏み出す。
「欲しかったが、良く考えてみれば、たまには慈善活動をするのも悪くは無い、という結論に至った。失礼する」
部屋を出て、えっと、右だったか。
「いやいやいやいや、少しだけ、手を貸せば魔力結晶は手に入るのじゃぞ? ほら、考えてもみろ、悪い話ではなかろう?」
「いや、問題無い。俺は善意でそいつを助けたまでだ。礼はいらない」
多分右であってるはずだ。体を右に向け、歩き出す。
「さっきと言ってることが違うじゃないですか!」
「そうだったか?」
すたすたすたすた。
シーダートの部屋から、結構なスピードで遠ざかる。
これでもうあいつらも俺を巻き込む事をあきらめたか、と思ったのも束の間、数秒後に背後からこちらに駆け寄ってくる、二人分の足音。
「ちょっと待ってくださいよ、慈善活動だったら、もう少しくらい手伝ってくれてもいいじゃないですか!」
「そうじゃ、減るもんじゃあるまいし、な?」
二人で俺の両隣を挟み、交互に顔を覗き込む。
良く見ると、二人とも若干息が荒い。
日頃、運動をあまりしていないのではないだろうか。
「俺の善意には限りがある。よって、多分減る」
「「そんな馬鹿な!」」
二人の声が重なる。仲の良い師弟だな。
「まあ、諦めろ」
俺は今までの労働分の対価を貰おうとしているのに、それを貰うために労働が増えるのは、どう考えてみてもおかしい。
「いやでも・・・・・・」
「ちょっと、考えてみても」
そうこうしているうちに、王宮の出入り口が見えてきた。さすがの二人も、王宮を出てまで追いかけたりはしないだろう。多分。
「ちょ・・・・・・あの、ですなっ・・・・・・」
ぜえぜえぜえ。
シーダートがすごく息切れしながら声をかけてくる。
「もし、てつだ・・・・・・って、いただ、ければ・・・・・・ほうしゅ、うわ、のせっ・・・・・・げぇっほっ、うえっ」
もし、手伝って、いただければ、報酬、上乗せ。
あまりにぜえぜえしすぎてて、上手く聞き取れなかったが、恐らくそう言ったのだろう。
それを聞いて、ぴたり、と足を止める。
「その言葉に、偽りはないな?」
前を向いたまま、シーダートに尋ねる。
「も、ちろん、じゃ」
「・・・・・・では、上乗せ分の報酬は俺の望む物、そういう条件なら手伝ってやってもいい」
くるり、と踵を返し、二人が立っているところまで戻る。
二人とも、顔が真っ赤で息が上がっている。いや、シーダートに至っては真っ赤を通り越して真っ青だ。だが、そんなことどうでもいい。
「いいな?」
シーダートが、こくこくと頷く。おそらく、もう声も出せないのだろう、苦しくて。
「わぁさすが、アインさんかっ・・・・・・」
きっ、とフェイトを睨む。ついでに、シーダートも。二人がびくっと震え上がったが、関係ない。
「人に物を頼むときは、言うべき言葉があるだろう」
「「・・・・・・」」
数秒間の沈黙。
「なら、俺は帰る」
再度踵を返そうとしたとき、二人の口が同時に動いた。
「「よろしくお願いします」」




