(6)
子供の泣き声がする。
暗闇の中、遠くから。
「おい、泣くな」
俺は、見えないその声に向かって語りかける。
「えっぐ・・・・・・」
だが、その泣き声は止まらない。
もしかしたら、こちらの声が聞こえていないのかもしれない。
「・・・・・・ひっく」
俺は声を発するのを止めた。あたりに響くのは、子供のすすり泣く声だけだ。
「・・・・・・」
俺はもう一度、無駄を覚悟で声をだそうとした、その時。
「ほら、泣かないの。またいじめられたの?」
少女の声がした。
それは、とても聞きなれた、声。
「うん・・・・・・」
「まったく、あいつらもあいつらだけど、君も君だよ?」
呆れたような声。
「君、じゃ、ないもん」
その瞬間、一気に視界が開けた。
目の前には、少女の顔。
見慣れた、彼女の顔。
大好きな、彼女の。
「いっちょ前の口叩くのは、泣き虫卒業してからにしな。じゃあ行くよ、アイン」
遠ざかる、彼女の背中。
「ツヴァイ、待ってよ!」
唐突に、気付く。
泣いていたのは・・・・・・俺だ。
「・・・・・・」
目を開けると、窓の外で月が綺麗に輝いていた。どうやら寝てからまだそんなに経っていないらしい。
こんな夢を見るなんて、いつ以来だ。
あの後俺は、フェイトの母親の手料理をご馳走になり、知りたくも無いフェイトの小さい頃の恥ずかしい話を聞かされ、それから父親の冒険談まで聞かされた。
だから、だろうか。
ほほえましい光景に、郷愁の年でも湧いたのだろうか。
――――この、俺が?
あまりに似合わなさすぎて、苦笑いしか浮かばない。
そういえば、昔のことを夢に見るようになったらもうお前は立派なおいぼれだ、なんて事を彼女に言われたことがあった。
それを言われたこと自体、いつのことか覚えていないけども。
その事が何故か無性に苛立たしくなり、無理やりに思考を別の方向へと向けてみることにした。
そういえば、今回は全体的にできすぎているような気がする。
この国に来る途中でたまたま王宮魔道師の見習いに会い、たまたまこの国では問題が起こっている。
そして、この国には、俺の・・・いや、彼女の探し物がある。
何も言われないが、全部仕組まれてるんじゃないのか。俺は、あいつの手のひらで踊らされているんじゃないのか。
「・・・・・・ふん」
別に上手くいくことは悪いことじゃない。
元々利害が一致しているから協力してやってるだけだ。そっちがそのつもりなら、踊らされてやる。
もう一度、今度は朝まで寝ようと瞼を閉じた。瞼の裏側で、やさしく微笑む彼女の顔が、一瞬だけ見えた気がした。
「あぁあぁぁ・・・あぁ~・・・う~・・・」
王宮の中のある扉の前で意味不明のうめき声を漏らしながら立ち竦むフェイトを、飽きれながら睨む。
「いい加減にしたらどうだ。どうせ逃げられるわけがないんだから、とっとと扉を開けたらどうだ」
「そうなんですけど・・・・・・そうなんですけどぉぉぉ」
今朝、嫌がるフェイトを無理やり王宮まで連れてきて、早二時間。
王宮に入るところまではすんなりいったのだが、いざ彼の師匠の部屋の扉まで来たら帰りたいだの夕方出直しましょうだの踏ん切りの悪いことこの上ない。
待たされている俺の身にもなってみろ。
「わかりました、もう、しょうがないですよね・・・・・・開けますよ・・・・・・」
フェイトが扉に手をかけた、そのとき。
「何をやっておるのじゃ?」
飛び上がるフェイト。
「しししし、シーダート様!」
声のした方、つまり後ろを見てみると緑色の高級そうなローブを着て、手に杖を持った老人が立っていた。
「フェイト、帰っておったのか・・・・・・と、こちらの方はどなたかな?」
老人、シーダートと目が合い、ぺこりと会釈をする。
「俺はアインだ」
シーダートの目が一瞬細められ、そして、何か妙なものでも見るような、そんな顔つきになる。
「おや・・・・・・不思議な、方だのう」
首を傾げるシーダートを、フェイトが嗜める。
「失礼ですよ、シーダート様。アインさんは僕を助けてくれた、いわば命の恩人ですよ! 不思議だなんてそんな、どこからどう見ても騎士さんじゃないですか!」
フェイトが早口でまくし立てると、シーダートは傾げていた首を元に戻し、にっこりと笑顔になった。
「そうか、なら、悪い人ではなかろう。少し妙な気配は致すが、まぁ、問題ないじゃろう。アインさん、悪かったのう。それと、うちのフェイトが何か助けてもらったそうで」
「ああ。だがたいしたことは無い」
そして、フェイトに視線を移す。
「それより、お前言わないといけない事があるだろう」
その言葉で、さっきまでにこやかだったフェイトの顔から一気に血の気が引いた。表情に出やすいにも程があるだろう。
「・・・・・・また何かやったのか、お前は」
シーダートの目に呆れの色がにじむ。
彼の口ぶりからすると、フェイトが何かしらの問題を起こしたのはこれが最初、というわけではなさそうだ。
まあ俺は最初からこの間抜けさ加減からして、問題を起こしやすいタイプだろうと踏んではいたが。
「・・・・・・実は、」
フェイトは真っ青な顔のまま、事の一部始終、つまり俺に会う前の、始の部分から説明をし始めた。




