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(2)

「ふん」


 剣を鞘に戻し、元々行きたかった方の道に足を向け、歩き出そうとした時。


「あ・・・・・・あのぅ・・・・・・」


 脇の茂みから控えめな声が。


「・・・・・・何」


 そういえば、途中から存在を忘れていたが、元々絡まれていたのは金髪の少年だった。


「その、途中で怖くて逃げちゃって・・・・・・」


 茂みからおずおずと金髪の少年が出てくる。

見えなかった服装は、結局濃紺のマントで覆われていて確認することはできなかったが、確かにマントの生地は艶やかで高価そうに見えた。本当のところはどうだかわからないが。


「あの、ありがとうございました! 」


 金髪の少年が、勢い良く頭を下げた。


「別に」


 元々は助けるつもりでは無かったし。あいつらが無謀にも俺に突っかかってこなければ、そもそも戦うつもりは無かった訳なので、元々の予定としてはあいつらを追い払うつもりは無かったのだ。

 とは思ったものの、この金髪の少年はこちらのそんな心境など全くわかっていないようだった。


「まさか本当に見捨てられるかと思ったんですけどね、すいません疑って! そんなこと、するはずないですもんね、ありがとうございます! 」


「いや違・・・・・・」


 訂正しようとした途中で金髪の少年はすごい勢いで俺の両手を握りしめ、きらきらした目でまっすぐに見つめてくる。


「いやいいんですわかってます恥ずかしいんですよね! だからそんなこと言うんですよね! でも誰だって良いことすると少しくらいは恥ずかしいものなんですだから全然問題無いんですよ! 」


「・・・・・・」


 開いた口がふさがらないとは、正にこの事だろう。

 あまりの勢いと凄まじい勘違い、あと根拠の全く無い自信のせいで、こっちの思考が付いていけない。


「本当にありがとうございました! お礼しなきゃいけないんですけど生憎僕今持ち合わせが無いんです。その、盗られちゃって。えっと・・・・・・眼帯の騎士さん、お名前は何ていうんですか? 」


 紺の簡易な上着と、マント、腰に差した長剣と、さっきの戦いを見てこの金髪の少年は俺を騎士だと判断したらしい。

 まぁ、間違ってないのだが。


「俺はアインだ」


 聞くや否や、少年はまた弾丸のように喋り始める。


「アインさんですか、了解です! さっきの話から察するにアインさんもこの先のヴィントクラーデ王国に向かわれるんですよね? 僕実はヴィントクラーデの者でして、国に帰ればお礼もできるんかと思うんですが・・・・・・ご一緒してもよろしいですか? 」


よく噛まずにしゃべれるものだ、と関心するほどの早口。

 確かに、この少年の言うように俺はヴィントクラーデに行くつもりだった。そして、せっかくくれると言っているお礼を、わざわざ断る理由も無い。

 ここからならヴィントクラーデは目視できるほどの距離しかない。

 たとえこの少年が戦闘において全く役に立たないウスラトンカチであったとしても、というか実際そうなのだと思うが、これくらいの距離なら問題は無さそうだ。


「わかった。同行しよう」


 素直に了承すると、少年の顔が一気に綻ぶ。


「ありがとうございますぜひお礼させていただきたいと思っておりまして・・・・・・師匠にも常日ごろ人に対するお礼は正しくすべきだと教えられておりまして・・・・・・あ、僕の名前はフェイトって言うんですけど、実は僕の師匠っていうのが王国一の魔導師であるシーダート様なんですよ、シーダート様は王宮魔導師の長もされておりまして・・・・・・って、あ!こんなことしてる場合じゃなかった! 」


突然少年、いやフェイトの顔がさっと青ざめた。


「どうした」


 フェイトのあまりの狼狽ぶりにこう尋ねなければいけないような心境になり、思わず尋ねてしまった。


「・・・・・・実は、僕今師匠のお使いといいますか、つまり、師匠の友人の、とある高名な魔導師様に会って、手紙を渡してこなければいけなかったんですけど、その~・・・・・・盗られちゃいまして。引き返す途中なんですよ」


 これは面倒事に巻き込まれる流れだ、と本能的に悟り、今からでも遅くない、ここはフェイトからどうにかして逃げなければ、と踵を返そうとする。


「・・・・・・そういえば、さっきの村に忘れ物をしてしまったような気がする。残念だが帰らなけ」


 元来た道へ一歩踏み出そうと右足を踏み出したところで、上半身が後ろに引張られた。上着の裾をひっぱられて首が絞まる。


「やだなぁ本当ですか?! でしたらご一緒しますよ、度は道連れ世は情けって言うじゃないですか! 」


 なんでお前も一緒に来るんだ。

 しかし、こいつの強引さから察するに、村まで返ったら本当に付いてきかねない。

 ここからだとヴィントクラーデのほうが近いし、往復分こいつと一緒に居なければいけないことを考えると、まだ片道で済む分、このまま妙な理由をつけて巻くよりもヴィントクラーデに行った方がいいかもしれない。


「いや・・・・・・やはり何も忘れていない。勘違いだったようだ」


「なぁんだ、そうでしたか! となれば、帰る理由も無い訳だしですよね! さっき同行しようと言ってくださいましたよね? 」


「あ、ああ・・・・・・」


 一応、な。


「やっぱり、騎士ってかっこいいなぁ僕も騎士になれば良かったかな・・・・・・。っていやいや、僕は魔導師ですよ、せっかくスカウトしていただいたんですから! 」


 スカウトされたのか。てっきり押しかけ弟子かと思ったが、一応スカウトされるだけの素質はあるんだろう。


「でも僕まだ騎士を従えられるほどの実力もお金も無いんですけどね。だから、アインさんが初めてです! 良かった、アインさんみたいな強い人が最初で。安心できるってまさにこのことですね! 」


 首を回して後ろを見れば、フェイトが両手で服の裾にしがみついていた。


「俺は・・・・・・魔導師付きの騎士、じゃ、ない! だから、は、な、せ!」


 服がこれ以上自分の首に食い込まないように襟元を手で押さえながら、フェイトを引きずってでもこの場を離れようと試みる。


「魔導師付きじゃないんですか、アインさん! じゃああれですね、魔法を使える魔導師にもひけを取らないほどの凄腕の騎士さんなんですね! やっぱりさっきのを見たら、只者じゃない!って思ったんですよ! ほとんどの騎士が魔法を使える魔導師には太刀打ち出来ないからってお金で魔導師に雇われるという道を選んでいる中、アインさんは魔導師には雇われずに一人で旅すしていらっしゃるという訳ですね! となると、旅の目的は何ですか? やっぱり魔力結晶を探していらっしゃるんですか? あれがあれば魔法の使えない騎士さんだって魔法使えますもんね、商人に売れば高額が手に入りますし! あ、もちろん言いたくなければ言わなくていいんですよ僕だってそんなに野暮じゃありませんので! 」


 が、フェイトもフェイトで俺の服を離す気は無いらしく、一メートル程引き摺られても全く手が離れる気配は無い。


「まぁ・・・・・・近からずも遠からず、だ・・・・・・気は、すんだか・・・・・・そろそろ、手を・・・・・・」


 離せ、と言う前にまたフェイトが口を開いた。


「魔力結晶をお探しなんですか、でしたらヴィントクラーデの僕の師匠がわりと純度の高いものをいくつか持ってるんですよ僕を国まで送っていただければもしかしたら、もしかしたらですが魔力結晶をお分けすることができるかもしれないんですがどうですかいらないですか」


 フェイトがここぞとばかりに今までの倍速の早口でまくしたてる。

魔力結晶を、お分けできるかも、と言ったか。

 そのキーワードに俺の前に出してなおも前に進もうとしていた足が止まる。


「そういうことは早く言え。そういう事なら話は別だ・・・・・・国に着いたら、お前の師匠に魔力結晶を貰いに行く。そういう契約で、なら同行する」


 振り返り、またヴィントクラーデの方に身体を向ける。

その頃にはもうフェイトも手を離していた。


「もちろんです! 土下座でも何でもして魔力結晶を譲ってもらいですよ! 良かったぁアインさんやっぱり話のわかる人なんですね! またさっきみたいに盗賊に襲われたりしたらどうしようかと思って! 実は僕、国を出てから盗賊に襲われたのがさっきの一回だけじゃなくてその前にも何度か襲われてまして、僕って運無いんですかね本当に怖くて、一緒に来てくれる騎士さんとかいたらいいのになぁってずっと思ってたんですよ良かったぁ」


 よくよくフェイトの顔を見ると、確かに痣やら切り傷やら細かい傷が付いているし、纏っているマントもところどころ綻びている。


「最初の方は自分のお金渡したり、自分の装備品渡したりしてたんですけどね、そのうち自分の持ち物がなくなっちゃって。僕まだ半人前だから杖無いと魔法使えないのに杖も渡しちゃったから魔法も使えなくて本当に困ってたんですよ」 


 フェイトは気まずそうに笑いながら頭を掻く。


「お前は馬鹿か」


 そんなフェイトの様子を見ながら頭を不安が過ぎる。

 こんな馬鹿でウスラトンカチが、本当に王宮魔導師の弟子なのか。

 そして何より、魔力結晶をもらえるというあれは、本当なのか。


「・・・・・・」


 しかし、ヴィントクラーデに俺の探し物があるのはほぼ確実、そして、ヴィントクラーデに行くためにはこの道を通るのが一番の近道だというのも事実。

 いらないおまけは付いてしまったが、ほぼ元々の予定通りの行程をたどっている。自分ひとりの身を守るのも、このおまけを守るのも恐らくそんなに変わりは無いはずだ、と自分自身に無理やり言い聞かせた。


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