(22)
長い瞬きの後、目に入った光景はこの間と同じ、真っ白い空間と、そこに佇む少女の姿だった。
「まったく・・・・・・あんたも無茶するな」
溜息混じりに言うと、彼女は不敵に微笑んだ。
「この私に無茶などは存在しない。私にあるのは、やるかやらないかの二つだけだ」
確かに、本来天空の神である彼女に不可能は存在しない。
あるのは、今彼女が言ったようにやるかやらないかの二つだけだろう。
しかし、それは神界にいた、万全の状態の天空の神ならば、だ。
「あんた、今の自分の立場わかってるのか?」
彼女の瞳に疑問の色が映る。
「神に帰るための魔力が足らなくて俺に集めさせているんだろう?それなのにあんなところで無駄な魔法使って」
それに、いきなり天空の神が目の前に現れたあの国の人たちの身にもなってみろ、とも思ったが、こ
れはどうせ言ったところで彼女には理解出来ないだろうから言うのはやめた。
「お前に座標を合わせてそこに飛ぶだけの簡単な魔法だ。そんなに魔力は消費せん。それに、手に入る魔力の分を考えると、おつりが来るくらいだな」
彼女がふふん、と胸を張る。
「良く言うぜ」
俺はもう一度、深く溜息をついた。
「ああ、そういえば。私は一つお前に謝らなければならん」
「何だ?」
いきなり出てきてその場を極限まで引っ掻き回したこと以外に、こいつは何かやってくれたのか。
「あの領主に向かって私はこの少女の名を語った。お前はこの少女に何か深い思い入れがあるのだろう?長い付き合いだ、それくらいわかる。だから、勝手に名前を使って、悪かったな」
そう言って、彼女は少し恥ずかしいのか、そのままぷいと顔を背けてしまった。
「ああ、別に気にしてないから、大丈夫だ。それよりも・・・・・・」
「それよりも?」
彼女は横目でこちらを見つつ、聞き返す。
「あんたにそういう・・・・・・、なんていうか、繊細なところがあったとは驚きだ」
「お前、一度存在ごと消してやろうか」
そういって彼女は右手を振り上げた。
「お・・・・・・おい、ちょっと」
前言撤回。
やっぱりこいつは強引で繊細なんて言葉ははっきり言って似合わない。
何が来るかと身構えていたが、彼女はいたずらっぽそうに笑って、手を広げた。
「冗談だ」
「あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ」
全く、こんな奴が神様で、本当に良いんだろうか。
がっくりと肩を落とした。
「お前、こいつのことが好きなんだろう?」
「・・・・・・は?」
あまりに唐突な発言だったため、眉間に皺を寄せながら顔を上げると彼女が、自らの胸の辺りを指差していた。
「だから、お前、このツヴァイって奴が好きなんだろう?」
言わなくても解る、と言ったような得意そうな顔。
それを見て、俺は小さく溜息をついた。
「・・・・・・そう、かもな。でも、実際のところ、それがどういう好きなのか、解らないでいるんだ」
ゆるゆると首を振ると、彼女は不機嫌そうに首を傾げる。
「ツヴァイは、俺の恩人だ。親父が死んで、村に戻って来た俺と母さんに優しくしてくれたのが彼女だった」
神の一族の掟を破り、村を出た裏切り者と、人間との間に生まれた禁忌の子。
本来なら村に入ることさえ出来ないであろう俺たち二人を、暖かく迎えてくれたのが彼女だった。
それに、村が燃えたあの日。
あの時も、俺は彼女に庇ってもらった。
ホーネットがあの村にやってきたとき、彼女は俺を連れて村の奥の廃屋に逃げた。
俺が彼女より小さかったから、と言う理由はあるだろうが、それでも彼女が俺を助ける理由としてはあまりに小さすぎる。だから、結局のところ、彼女が何故自分を助けてくれたのか、俺は解らないままだ。
そして、俺たちはホーネット見つかってしまい、儀式は行われてしまったのだ。村人全員の瞳に宿った魔力を使った、神降ろしの儀式が。
そこまで思い出して、俺は頭を振った。
「・・・・・・解らないんだ。こんなに長く生きてるのに、ちっとも解らない」
そう言って、軽く目を瞑る。
もしかしたら。
もしかしたら、俺は彼女が好きなのかもしれない。
でも。
「・・・・・・俺と彼女じゃ、釣り合わないしな」。
ツヴァイは元々、その身に神を降ろす役割を持って生まれてきた。
一族の頂点に位置する、神の巫女として。
そんな、天空の一族の頂点に立つ彼女と、俺なんかじゃ遠すぎる。
「・・・・・・それに、な」
本当ならば、俺は彼女を命を懸けて守るべきだったのだ、
生き残るべきは、生き残って天空の一族を引き継ぐべきは彼女だったのだ。
だが、彼女は今、天空の神の器となっている。
俺には今ツヴァイがどうなっているかわからない。
天空の神曰く、眠っているだけと言うことだが、彼女が神界に帰ったとき、ツヴァイがどうなるのか、それは彼女にもわからないそうだ。
「俺は、運が良かっただけだ・・・・・・」
今でもあの時のことは鮮明に思い出すことが出来る。
俺とホーネットの間に立つツヴァイの背中。
たまたま、自分の瞳が片方だけしか魔力を帯びていなかったことと、それとホーネットのただの気まぐれ。その所為で、俺は生き延びることが出来た。
あれが俺にとって最大の幸運であり、そして同時に不運でもあった。
二百年に渡る、長い旅の始まり。
「それはそうと、そろそろここから出してくれないか?この場所は元の世界と時間の流れが違うんだから」
そして、白い部屋を見回す。
この場所は彼女の作った急造の世界。
おおざっばな彼女が適当に作った世界だから、時間の流れも適当なのだ。
前回はこの部屋の中での五分くらいがあちらの世界での三時間程だったが、今までで一番ずれていたときは十分程度で二年くらいだった。
「それはものを頼む態度か?」
「今回はあんたが勝手に出てきて、勝手に魔力結晶奪って、勝手に俺をここに連れてきたんだろ。俺の所為じゃない」
「言うようになったな」
彼女がにやり、と片側の口角を上げたのが見えた。
俺は、目を瞑った。
「おい小僧、失くしたものを、取り戻したくはないか?」
彼女と、初めて会った瞬間。
そのとき、彼女の手を掴んだということを、俺は今でも後悔していない。




