(20)
「わしはヴィントクラーデに帰ろうと思う」
アードヴォークがそう言ったのは、一同の食事が済んだ頃だった。
「アードヴォーグはま、かへってきへくだはるんでふか?」
訂正。まだフェイトはもごもごと何かを食べていた。
「まぁ、いいんじゃないのか」
フェイトの言葉が聞き取れなかったアードヴォークが返答に窮していたので、とりあえずそうとだけ答えてやる。
実際、アードヴォークがヴィントクラーデに帰ろうと帰らなかろうと俺には関係の無い話だ。
ホーネットの居なくなった今、おそらく結界の制御装置も治っているだろうし、王も王女も具合は良くなったはずだ。
それに、そもそも俺の仕事はこいつをここに送り届け、手紙をアードヴォークに渡すことだったはずだ。
その仕事は無事終わったわけだし、となればこの件と俺は最早無関係と言ってもいい。
「これだけのことをやってしまったのじゃ・・・、けじめは付けねばならん。ヴィントクラーデに帰り、事の次第を説明し、然るべき処遇を受けるつもりじゃ。・・・そこで一つ。頼みがある」
アードヴォークが合図をすると、使い魔が便箋を持って来た。
今度の使い魔は泥人形では無く、マネキンのようなメイド服姿の人形だった。
「何だ、これは」
俺は差し出された便箋を受け取る。
すると、使い魔はまたもと来た道を辿り、帰っていった。
「これを王宮に届けてもらいたい。フェイトに聞いたのじゃが、アイン殿はこの後王宮に報酬を貰いに帰るのじゃろう?そのついでに、渡してきてもらいたい」
もう一度、便箋を見る。良く見るとあて先は王宮となっていて、赤い蠟で封がなされていた。
「もちろん、少しではあるが報酬は出させてもらう」
そう言って、もう一度合図をするとまた別の使い魔が透き通った水色の、こぶし大の魔力結晶を持って現れた。
「これでどうじゃろうか」
「見せてくれ」
メイド姿の使い魔から魔力結晶を受け取る。
「十分すぎるな」
魔力結晶の質くらいなら眼帯で左目が封印されていてもわかる。これは大分質の良いものだ。今回の仕事の報酬としては場違いなほどに。
「迷惑をかけた礼、だとでも思っていただきたい。ところで、何故アイン殿は魔力結晶を求める?」
恐らく、そのことは俺が寝ているうちにフェイトに聞いたのだろう。
それで今回の仕事の報酬も魔力結晶になったのだろうが、知らない内にあれこれと話されるというのも若干気分が悪いので、フェイトを軽く睨み付けておいたが、当のフェイトは食事に夢中で気がつかなかったようだ。
「これが俺の仕事だからだ」
天空の神との契約を思い出す。俺は、神に仕える騎士となり、魔力結晶を集める。
神は俺の願いを叶える。
そして俺は力を手に入れた。
「ふむ、これはわしの憶測なのじゃが、もちろん答えたくなければ答えてくれなくて構わん。おぬしがこれを求めているということは天空の神がこれを求めている、ということじゃろう?巷の噂で聞いたことがあるのじゃが、神界に帰るための扉は、同じく神界の魔力でしか開かないと聞く。もしや、我らが神は神界に帰るために、神界からの魔力の結晶である魔力結晶を求めているのではないのか?」
「・・・・・・」
俺は無言で席を立つ。
「もし、おぬしが良ければ手紙におぬしが天空の一族の生き残りで、天空の神の騎士である旨を書き足すが」
「その必要は無い」
食事の礼だけ言って、俺は扉の方へと歩を進める。
「あ、アインさんもう行っちゃうんですか?」
やっと食べ終わったフェイトが慌てて立ち上がる。
それを横目に見つつ、扉の前で顔だけ振り向く。
「そのことは他言無用だ。お前の心の内だけに留めておいてくれ」
本当は、できれば心の内にも留めておいて欲しくは無いのだが。そして部屋を出て扉を閉める。
「お前もだ」
「え?僕ですか?」
口の周りを汚したままのフェイトが、不意を突かれて裏返った声を出した。
実際のところ、一番心配なのはこいつなのだが、王宮魔導師見習いの話などおそらくまともに取り合われないだろう。そうであると信じたい。
「・・・・・・」
「なんですか?」
フェイトの間の抜けた顔を見ていたら、思わずため息が漏れそうになったのを、寸前の所で飲み込んだ。
「アインさ~ん、魔法でびゅーんと帰りましょうよ・・・・・・なんで歩きなんですか」
あの数時間後、準備を終えた俺たち二人は名残惜しそうなアードヴォークに別れを告げ、屋敷を出た。
そして、歩くこと数時間。さっきからフェイトはそれしか言わない。
「甘えるな」
数十回目の返事をして、座り込むフェイトの腕を引っ張る。
「あ~もうだめです~、今度はほんとに。休憩しましょうよ」
「・・・・・・はぁ」
今まで一度も休憩なしで持っていた事を褒めるべきか。
とりあえずこの場は動きそうも無いフェイトの意見を採用し、休憩をすることにした。
「アインさん、こーんな速く歩いて、何をそんなに急いでるんですか」
フェイトが地面に落書きをしながら言う。
「俺はまだまだやるべきことが残っているし、回るべき国もたくさんある」
こんなところで道草を食っているわけにはいかないんだ。それに。
「あいつも、見つけたしな」
「え、何です?」
しばらく黙って考えてみたが、結論が出なかったので頭を振って考えをリセットする。
「なんでもない」
いままでホーネットは何をしていたのか。
あいつは何処に行ったのか。
今ここで考えても、答えなど出ようもないのに、そればかりが頭に浮かぶ。
「っていうか、魔法でびゅーんと帰れないんですか?だってアインさんすごい人なんでしょ?」
「お前・・・・・・」
大きなため息をつく。
「俺の、魔力のある左目は今封印されているから魔法は使えない。そしてお前は転送魔法が使えない。この状況でどうやって魔法でびゅーん、と帰れと言うんだ?」
「だったらアードヴォーク様が送ってくれると言った時に甘えておけば・・・・・・」
「あのじぃさんだって、昨日の一件で大分消耗している。変に魔法を使わせて妙なところに飛ばされたらどうする」
それでもフェイトはだって、とかでも、とかぶつぶつと呟き続けている。
「っていうか、どうしてアインさんの左目、封印されてるんです?自分が天空の一族であることとか天空の神の騎士であることとかも、教えてくれなかったし」
酷いじゃないですか、と言いながら睨み付けられる。
「できるだけ、知られたく無いからな」
「何でです?」
説明をするのが果てしなく面倒なのだが、恐らくこれを説明しない限り、フェイトはここを動かないだろう。
「滅んだはずの天空の一族が生きているんだぞ?妙な魔導師に追いかけられたり、絶滅危惧種の動物みたいに保護されたり、はたまた怪しい宗教の象徴に祭り上げられたり・・・、実際そういう目にあっている神の一族の奴らはいる。普通の神の一族でさえその扱いなんだ。その上、滅んだはずの天空の一族だということが知られたら・・・」
考えただけでも胃がキリキリする。
「なるほどー、それは大変ですね」
フェイトも想像してみたらしく、顎の下に手を当ててうんうんと頷いている。
「で、左目を封印されている理由は何なんです?」
もうたくさん喋ったから喋りつかれてもう話すのが嫌なのに、フェイトは目をキラキラさせて詰め寄ってくる。おい、疲れてるんじゃなかったのか。
ふぅ、とため息をついた。
「この左目に宿っているのは天空の神から授かった魔力だ。つまり、そこらの魔力とは桁違いの強い魔力が込められている。その魔力は、大体普通の魔導師の持つ魔力のざっと数百倍はある。これは、この世界にとって負荷がかかりすぎるんだ。少しくらいなら、その負荷が俺の身体に返ってくるだけで済む。だが、許容量をオーバーしたらどうなると思う?」
「え?・・・・・・う~ん」
フェイトが首を捻って悩み始めた。
「つまり、風船に空気を入れすぎた状態だな」
「あ、破裂しますね。って、え?」
「ああ、この世界が崩壊する可能性がある。元々、今のこの世界には神界から漏れた魔力の塊である魔力結晶が多く存在していると言っただろう?俺が魔法を使わなくたって結構ギリギリなのに、使ったら大変なことになるかもしれない。今回は、緊急事態だったから仕方無いが、本当なら使わずに済ませたかった」
「・・・・・・なるほど」
果たしてこいつに理解できたのだろうか
多分、できていないだろうな。出来ていたとしても明日明後日、酷ければ十分後には忘れているかもしれない。
フェイトの顔を見て、大きく溜息を着く。
「え、ななななな何ですか?」
慌てふためくフェイトを無視して立ち上がる。
そのついでにフェイトの手も引っ張って立ち上がらせる。
「行くぞ」
そして、そのままずんずんと歩き出した。




