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しかし、どうやら止血のために魔法を瞬時に使ったらしく、振り返った時には出血はもう既に止まっていた。
「ちょ、アインさん!何やってんですか!あの体はアードヴォーク様の物なんですよ!それなのに手斬っちゃって!どうするんですか!」
「気にするな」
おそらくああやって悪魔に体を乗っ取られているという事はもう既にアードヴォークの魂は無事では無いはずだ。
「・・・・・・このっ」
ホーネットは右手だった場所から手を離し、残った左手にすごい勢いで魔力を溜め始める。
「アインさん、あんなの出されたら、この洞窟っていうかトンネル崩れちゃいますよ!」
「逃げるか」
とは言うものの、さっきの魔法は体への負荷が大きいため連続して使えるものではない。
逃げるとしたら、走るか転送魔法しか無いのだが、無属性魔法である転送魔法はそもそも得意では無いので、発動までに時間がかかるから、現実的に考えると走るしか無い。
魔力結晶でもあれば別だが、生憎持ち合わせも無い。
「走るぞ」
「えぇっ」
そう言って踵を返そうとした時、突然ホーネットが胸の辺りを掴んで、蹲った。
「何だ?」
「うるさい・・・・・・おとなしくしていろっ、このっ」
耳を澄ましてみると、そういっているのが辛うじて聞こえた。
「もしかして」
次の瞬間、ホーネットの体が崩れ落ち、動かなくなった。
俺はある予感を胸に抱きながら彼に駆け寄る。
「アインさん危ないですよ!」
後ろからフェイトの焦ったような声が聞こえるが気にしない。
彼の顔を覗き込んだ、その時。
「・・・・・・!」
彼の体から黒い影のようなものが飛び出し、研究室の方へと飛んでいった。
「っち・・・・・・!」
舌打ちをして追いかけるが、研究室を覗き込んだ時にはもう影はどこにも無かった。
「アインさん!今の影みたいなの、何ですか?」
その時、背後からうめき声のようなものが聞こえた。
「アードヴォーク様!」
フェイトが、倒れたままのアードヴォークの体に駆け寄る。
どうやら呻き声はアードヴォークの体から発せられたものであったようだ。
「無事だったのか」
フェイトの後を追い、アードヴォークの傍に行く。
「・・・・・・うっ」
「アードヴォーク様!大丈夫ですか!」
フェイトがアードヴォークを抱きかかえながらその頬を結構な勢いで引っ叩くと、うっすらと目が開いた。
そしてそれと同時に若々しかった肌が急速に老いていく。
ものの数秒ほどで、八十過ぎのような老人の姿になった。
おそらく、この姿が元々のアードヴォークの姿なのだろう。
ホーネットはこれに魔法をかけ、自らの望む体に近いものにしたのだ。
「フェイトか・・・・・・、わしはなんと罪深いことを・・・・・・」
そう言いながら右手を上げ、フェイトの手を掴もうとした、が。
「ん?・・・・・・あぁっ!」
当たり前だが、そこには手首から先の手が無かった。
「・・・・・・アインさん」
さっき、てっきりアードヴォークの魂はホーネットに食われたものだと思って躊躇うことなく斬ってしまった。
「悪かった」
二人の悲しそうな視線に晒され、気まずくなったのでとりあえず落ちていた右手を拾う。
「まだ着く・・・・・・と、思う。多分大丈夫だ」
「ちょっとアインさん!何ですかその自信なさそうな答えは!」
フェイトのこの抗議はスルーして、研究室の水道で右手の断面に付いていた砂を洗う。我ながら綺麗な断面だ。
ささくれ立った所もないし、多分大丈夫だろう。多分。
そして、手元にあったビーカーに水を入れ、アードヴォークの元へ戻る。
「・・・・・・失礼」
とりあえずその水でアードヴォークの手首の断面も洗う。
ホーネットがかけた魔法で止血はされていたが、傷口は塞がっていなくて少しほっとする。
おそらくホーネット自身、俺たちを倒した後腕をくっ付けようと思っていたのだろう。
あいつなら、この程度の傷を塞ぐくらいななんてことは無いはずなのだから。
「こう、か?」
手首の断面と右手の断面を合わせ、確認をとる。
「もう少し・・・・・・右じゃ」
「アインさん!真面目にやってください、手首ですよ?工作じゃないんですよ?」
「わかっている・・・・・・、このくらいか?」
フェイトの抗議はさらりと流し、右手のポジションを決める。
「押さえておいてくれ」
アードヴォークに左手で押さえておいて貰うよう頼み、両手を離し、リラックスさせるように両手を振る。
回復魔法なんて、何年ぶりだろうか。
数えようと思ったが、寸前で思いとどまる。
これで百数年前とかだったらものすごく不安になりそうだ。
魔法を使う際には、不安はただの阻害因子でしかない。
自分は出来ると信じることが大切だ。
少なくても、俺はそう習った。
「いくぞ」
そして、アードヴォークの手首に回復魔法をかけ始める。
細胞の自然回復力を最大限まで引き上げ、傷口を治していく。
血管の一本一本、神経の一本一本も、繋ぐイメージ。
「ところで、アインさん、僕アインさんに聞きたいことがたくさんあるんですけど」
「・・・・・・何だ」
アードヴォークの右手を切り落としてしまった謝罪の意味で、この腕を繋ぐ魔法をかけている間だ け、フェイトの質問に答えてやることにした。
「さっきの影みたいなの、何ですか!」
研究室を指差す。
「ああ・・・・・・あれは、悪魔の精神体だ。この場合はホーネットと言った方が良いか。悪魔はこの世界では実体を保てないからな」
「なるほど」
うんうん、と妙に納得したような顔でフェイトは頷いた。
手首をくっつけ終わるまでまだかかるが質問がこれで終わりとなると、こちらとしても都合が良い。
「わしからも・・・・・・、質問してよろしいか?」
「・・・・・・ああ」
と、油断したところで思わぬところから声がしてきた。
今まさにくっつけている手首の主、アードヴォークだ。
何故かこいつは質問してこないだろう、と決め付けていたのだが、フェイトの質問に答えた手前断る訳にもいかない。
そもそも、俺が切り落としたのはアードヴォークの手首なのだからフェイトの質問にこそ答えなくてもアードヴォークの質問には答えるのが誠意と言うものだろう。
切り落としておいて、誠意もクソも無いと言えばそうではあるが。
「君達の会話は体の奥底の方でホーネットを通して、うっすらとではあるが聞こえておった。じゃから右手を切り落とされたことについてとやかく言うつもりは無い。こうして付けて貰っていることじゃし。・・・・・・わしからの質問と言うのは、他でもない。君のその水色の瞳についてじゃ」
「・・・・・・」
「そ・・・・・・そうです、その瞳!僕も聞こうと思ってたんですよ!」
便乗するフェイトは無視して、アードヴォークの質問に答える。
「・・・・・・見ての通りだ」
「つまりお前さんは、ホーネットの言った通り・・・・・・天空の一族、の生き残りなのか?」
無言で頷く。
アードヴォークは信じられない、と言ったように左手で口元を押さえ、何か考え込むような仕草を見せる。
「信じたくないのなら、信じてもらわなくても構わない」
むしろ、俺としては知られたく無い分類の話だから信じてもらえない方が好都合だ。
二百年前に滅びたはずの神の一族の生き残りが居ただなんて事が公になってしまったら、面倒な事になるに違いない。
妙な魔導師に追い回される日々なんて考えるだけで冷や汗が出る。
「信じたくは無いが・・・・・・、信じざるを得まい」
「勝手にしろ」
が、このアードヴォークは頭が良い上になかなか柔軟な思考の持ち主らしく、あっさりと信じてしまった。
「ホーネットの言っていた、つまり天空の神と契約している、と言う話も本当なのか?」
このじいさん、よくもまぁ体の奥底に押し込められていたわりに色々と聞いているもんだ。
俺自身悪魔にのっとられたことなど無いからその感覚は解らないのだが、案外押込められている魂は外と近いところに居るのかもしれない、と場違いにも思った。
「ああ」
右腕がくっつくまで、あと少し。
「つまり、お前さんは天空の神の騎士、と言うことになるのか?」
「そうなるな・・・・・・、質問はここまでだ」
ほぼ完璧にくっついた手首をぽん、と叩く。
「恐らく、完璧にくっついたはずだ」
アードヴォークは名残惜しそうな顔をしながらくっついた右手を握ったり開いたりして感覚を確かめている。
「うむ・・・・・・、大丈夫なようだ。礼を言う」
「礼を言われる筋合いは無い」
元々、斬ってしまった俺が悪いのだから。と、そこで一つ疑問が残る。
「何故お前は魂を食われていない?」
先ほどあれだけ質問に答えてやったのだ。一つくらい聞いても構わないだろう。
「ああ、お前さんはわしがもう食われたと思っておったのか。それがのう・・・・・・、どうもあやつ、ホーネットが言う話によると願いを全て叶えてから悪魔は魂を喰らうらしい。わしの望みはまだ果たされておらんからまだ食われなかった、というだけの話しじゃ」
なるほど。
てっきりホーネットが体を支配していたからとっくにその元々の持ち主の魂は食われたものと思っていたが、ただ単に邪魔だから押しのけられていただけだった、と言うことか。
「なるほどな」
残った疑問が晴れてすっきりしたところで、近くの地面に落ちていた眼帯を拾い、付け直す。
そしてぐっと足に力を込めて立ち上がろうとした、が。
「あ」
しまった、と思った瞬間には視界が傾き、いつの間にか暗転していた。




