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「・・・・・・何だ?」


 数秒間停止する泥人形達。

斜め下で、フェイトが顔を上げたのが解った。


「おい、立て」


「は・・・・・・はい!」


 と、次の瞬間。

 フェイトの転がっていた部分に突き刺さる、泥の槍。


「は・・・・・・?」


 泥人形に視線を戻す。

先頭に立っている泥人形の右手が伸びて、地面に刺さっている。

槍だと思ったのは、この泥人形の腕だったのかと、後れ馳せながらも理解する。


「ちょ・・・・・・アインさん!何冷静になってるんですか!うわわわわわ!」


 フェイトの足元にざくざくざくっと、連続して数本の泥人形の腕が突き刺さる。


「この通路の先に、研究室がある筈だ。そこまでいければ多分こいつらも追って来ないだろう」


 こういった使い魔は、基本的には主を傷つけないようにプログラミングされているはずだから、最悪アードヴォークを楯にすれば問題はないだろう。

問題は、そこまでどうやって辿り着くか、なのだが。


「適当に斬りながら後退、しかないだろうな」


呟いて、直ぐに行動に移す。こういう時は、僅かな迷いが、決定的なミスを生み出すものだと、経験上知っている。

焦らず、そして迷わない。

 じり、じりとすこしずつ後ろに、つまり研究室のあると思われる方向へ進みながらも泥人形達からは視線を逸らさない。

すこしでも気を抜いたら恐らくあの腕で串刺しにされてしまうことだろう。


「ところで・・・・・・なんであの人達、急に怖くなったんですか?・・・・・心なしかスピードアップもしてる気もするし」


 じりじりと、だが確実に先程よりもはやく確実ににじり寄ってくる泥人形を指差しながらフェイトが問う。


「恐らく、何体か倒されたら行動のプログラミングが変わるとか、そういった設定がされていたんだろう。今までは追い返すことが目的だったようだが、今はまぁ、追い返せれば生死は問わず、といった感じか」


「えぇ・・・・・・じゃあ、どうするんですか」


 ちらりとフェイトの持つ杖が視界に入った。

いつの間にか、マントの中に仕舞ってあった杖を構えていたらしい。これはもちろん、盗賊に盗られたものではない。恐らく、その新しさから言って新品を師匠から譲り受けたのだろう。

フェイトの様子を見るに、ろくに魔法を使えないとはいえ、丸腰というのも心細かったのかもしれない。


「だから、適当に斬りながら後退」


「でもあんまり斬りすぎたらもっと凶暴になるかも知れないわけですよね?」


「まぁ・・・・・・それもそうだが」


 どうであろうと俺一人なら確実に助かる、と言う本音は、口から出かかったところでなんとか押し止める。

それから、誤魔化すように目の前に迫る追撃者達を一瞥した。

ただ今のところ足止め、追い返しが目的らしく、致命傷になりそうな場所には攻撃をしないし、このフェイトでさえ当たらない程度に手加減をしていてくれているが、泥人形を斬り倒し続けている限りはいつ彼らが命を奪いに来るか解らない。

さっきは十体で切り替わったが、次も十体だとは限らない。もしかしたら後一体倒しただけで、切り替わる可能性もある。


「斬り倒す上限を超すのが先か、研究室に辿り着くのが先か・・・・・・か」


 シュッ、と音を立てて茶色い物が頬をかする。つう、と血が流れる感触。


「ア、アインさん!」


 フェイトの怯えた声には返事をせずに、じりじりと後退をし続ける。と、先ほど斬った泥人形の成れの果てである泥の山がもぞもぞぐにゃぐにゃと動き始める。

そして、泥人形達が最初に現れた時のように手の形が形成された。


「まずいな」


 斬った泥人形が、一瞬のうちに復活してしまった。

 つまりこの泥人形は斬って泥の山になり、そしてしばらくするとまた泥人形になるといった仕組みらしい。

これじゃあ倒しても倒してもキリが無い。それどころか斬った分だけ凶暴化するわけだから斬らない方が賢明と言う訳だ。

 そういうことならば方法は一つだろう。

剣を構えて後ろを警戒しつつ、後退し続ける。攻撃は避け続けるしかないだろう。

しかし、ひとつだけある可能性が残されている。

まだ確認することは出来ないが、この手の使い魔によくあるパターンのプログラミングだ。

 泥人形の鋭い腕が音を立てる。


「・・・・・・!」


 しかも、今度は明確な殺意を持って。俺は胸に向かってまっすぐ伸びてきたその腕を構えた剣でなぎ払う。


「アインさん、血!」


「そんなことはどうでもいい。ちょっと前を確認してくれ。研究室はまだ見えないか?」


 フェイトが後ろを振り返る。


「あ、アインさん!向こうのほうに光が見えますよ!」


「なるほど」


 つまり、この泥人形達は研究室に侵入者を入れないために研究室とある一定の距離まで来たら行動原理を変更するように設定されていたのだ。恐らく、ここまで来た人間を抹殺するために。


「いそぎましょ・・・・・・うおぁっ!」


 今度はフェイトの頭付近を狙った一突き。

それをフェイトはなんとかギリギリで避ける。


「ちょ、なんか殺意を感じるんですけど・・・・・・うわっ!」


 この鈍い男でも殺意を感じるのか、と一瞬感動したが、次の瞬間にはそれどころでは無くなっていた。

なぜなら、背後からボコッボコッ、と言う、不吉な音が大量に聞こえたからだ。


「あ、ああああアインさぁん!」


「うるさい落ち着け」


 唇を噛む。こいつら全員を俺は倒すことが出来るか、どうか。

最初に斬った奴が復活する前に、全員を斬るなんて、綱渡りも良い所だ。

ましてやここには俺だけじゃなく、フェイトもいる。フェイトを守りながら、全員を時間以内に斬るだなんて、不可能に近い。


「・・・・・・」


 と、そこでフェイトの持つ杖が目に入った。

こいつの師匠曰く、才能はあるらしい。ただ、それを上回るバカさ加減のせいでプラマイゼロというよりも、むしろマイナス側に傾いているようだが。

一つの可能性が脳裏を過ぎる。たとえ付け焼刃でも試してみる価値はあるかも知れない。


「おい、お前・・・・・・何の魔法なら使える?」


 突然話を振られたので、驚いたのか杖を落としそうになりながらフェイトが答える。


「え・・・・・・と、回復魔法くらいしか・・・・・・」


 全く魔法が使えないわけじゃないことが、せめてもの救いか。


「じゃあ、回復魔法の容量で、杖に魔力を溜めろ」


「え、何する気ですか?さっきも言いましたけど、僕回復魔法しか使えませんよ!こんなところで回復魔法なんて使っても、何の役にも・・・・・・・」


 言い訳を続けようとするフェイトを遮るように手を伸ばし、庇うようにして比較的安全そうに見える壁まで押しやり、自分が楯になる形でフェイトを壁との間に挟む。


「回復魔法を使え、と言っているわけじゃない。回復魔法の容量で魔力を集めろと言っているだけだ」


「え、でも」


「もたもたするな。とにかく魔力をできるだけ集めろ。説明はやりながらしてやる・・・・・・大丈夫だ、お前ならできる」


 と、思う。


「え、最後に何かぼそっと言いませんでしたか?」


「言ってない」


 自分でも気づかないうちにうっかり口に出していたらしい。


「ほんとですかぁ・・・・・まぁいいですけど・・・・・・じゃあ行きますよ!」


 フェイトがそう言って、杖に魔力を溜め始める。

するとにわかに杖の先が青白く光を放ち始める。

さて、どれくらいの量がどれくらいの時間で溜まるのか。

 そうこうしている間にも、例の泥人形はじりじりと俺たちとの距離を詰めてきている。

そんなに速く移動できないらしいと言うことがせめてもの救いだが、いつこいつらの腕が伸びてくるとも解らない。そうなると、泥人形が手の届く範囲まで近づくには数分かかりそうだが実質的にはそんなに時間は無いと考えなければいけない。

むしろ、次の瞬間には泥の手が伸びてくるかもしれないわけだから、時間なんて元々無いようなものなのだ。


「で、説明してもらっていいですか?」


 フェイトが魔力を溜める作業は続行しつつ、質問する。

そういえば説明すると言ったばかりだった。

歳をとると忘れっぽくなる、というのは本当なのかもしれない。認めたくは無いけれど。


「天空の魔力というのは、さっきも言ったとおりただの力の塊だ。そこは解っているな?」


「はい」


 フェイトが後ろで頷いたのがわかった。

フェイトにしては口数が少ないな、と思ったがそれだけ集中しているということなのだろう。

それか、そんな無駄口を叩くような場面では無いときちんと理解できているか。


「天空魔法を学ぶとき、一番最初に覚えるのは回復魔法だ。それはなぜか、と言うと回復魔法が一番魔力の質を換える練習に適しているからなのだが」


 ごほん、と一つ咳払いをする。

危ない、脱線するところだった。それでどころでは無いのに。


「そもそも攻撃魔法も回復魔法も魔力を溜めるところまではなんら変わらない。要はそれをどのような形にするかの違いだ。そこで最初の話に戻るが・・・・・・天空の魔力はただのエネルギー、力の塊だ。それをほぼそのまま、エネルギーの形で撃ったらどうなる?」


「えーっと・・・・・・もしかして、攻撃魔法になったりします?」


 フェイトが呟いた。


「そうだ。だから、何のことは無い・・・・・・溜まった魔力をほぼそのまま、衝撃波として出せば問題は無い。できるな?」


「・・・・・・」


 返事が無い。


「大丈夫だ。俺がついている」


 それから一拍置いてからフェイトが呟いた。


「アインさんがついてても、何ともならないじゃないですか。魔法使えないんだし」


「・・・・・・」


「でも、なんとなくですけど、心強いです。死ぬときは一緒ですね!」


「・・・・・・」


 頼りにしてもらえたことは少しだけ嬉しいような気はするが、最後の一言で嬉しさはどこかへすっ飛んだ。

 と、気を抜いた瞬間、幾本もの茶色く鋭い腕が、こちらに伸びてくるのが見えた。

まずい、と思った、その時。


「いきますよっ!」


 フェイトの掛け声。


「天空の神の名において命ず!」


 続いて、空気を押しのけるような、形容のしがたいような重苦しい音。巻き起こる突風。俺は思わず目を瞑った。

 数秒後。体を貫く痛みは、全く無い。

ゆっくりと目を開け、周囲を見回す。


「や、やりました!やりましたよアインさん!」


 そこには、乾いた砂が一面に広がっており、よく見ると壁も二周りほど削られている。

そしてもちろん、空間を埋めるほどの大量の泥人形は、姿を消していた。


「・・・・・・」


 まさか、ここまでとは。

上手くいったとしてせいぜい周りに居た泥人形を吹き飛ばすくらいの威力かと思っていた。

そして、この砂。

おそらく泥人形を形成していた泥が乾いたものだろう。

この砂が泥人形にならないと言うことは、泥の時しか人型を形成できないのだろう。そういうことならば、もうこの砂は無力である。

 そして、フェイトのあの魔法。天空の魔力だけなら泥人形を押しのけるだけのはずなのだが、泥が砂になっている。ということは、おそらくフェイトは天空の魔力だけでなく火の魔力も持っているのだろう。

その上、見た限りではあれだけの魔法を使ったのに疲れているようには見えない。


「どうしました?」


 フェイトが首を傾げる。

フェイトの顔をじぃっと見たまま何も言わない俺が不審に映ったのかもしれない。


「なんでもない。研究室はすぐそこだ。行くぞ」


 そうとだけ言うと、直線の道の約百メートルほど先の光が漏れる扉に向かい歩き出す。

後ろをフェイトが小走りで着いて来る足音が聞こえる。


「ねぇアインさん!何かないんですか?ほらぁ、僕あれだけ頑張ったんですけどよくやったー、とか、さすがだー、とかそういう!」


 はっきり言って鬱陶しい。


「そんなに褒めて貰いたいなら王宮に帰った後お前の師匠に褒めてもらえ」


 俺には褒めてやる義理は無い。

フェイトのおかげで窮地を脱した、と言えばそれはそうなのだが実際のところ俺だけならあの場は難なくすり抜けられたはずだ。

こいつがいたからそれが出来なかった、というだけで別に俺だけならこいつの力が無くてもなんとかなった訳だ。


「アインさんのいけずぅ・・・・・・あれ、生簀?どっちでもいいや。あ、アインさん!眼帯、ずれてますよ!さっきの泥人形と戦ってる時にずれちゃったんですねぇ・・・・・・・直してあげましょうか!」


 小走りで俺の横まで来たフェイトが、俺の左目の眼帯に手を伸ばす。

そして、細長く薄暗い通路に、ぱしんといういい音が響いた。


「あ・・・・・・ごめんなさい・・・」


「いや、すまない・・・・・・」


俺は、そのフェイトの手を叩いた自分のそれを呆然と眺めた。別に触られるくらい、どうってことは無いはずなのに。

  一瞬フェイトの手と重なって見えた、あの記憶の中の手がやけに鮮明で。


「・・・・・・行くぞ」


俺はその記憶を振り払うように、また歩き出す。


「あ・・・・・・はい!」


 その間、フェイトは立ち止まり、しばらくそのはじかれた手を握り締めていたが遠ざかる俺の背中を見て、慌てて走り寄ってきた。


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