(12)
目を開けたら、空の端が白く染まっていた。
「会いたかった奴、か」
会いたかった人間など、彼女以外に存在するだろうか。
彼女の中の、もう一人の彼女。
本当の彼女。
会えたら、俺は何と言って迎えるだろう。
そして彼女は、俺に何と言うだろう。
俺は朝焼けの寒空に、ひとつ大きく溜息をついて、頭を切り替える。彼女に会えるわけは無い。会うのは恐らく、彼女以外の誰かだ。それが誰か、が問題なのだが。
「・・・・・・今日、会えると言ったな」
これから起こることを、俺は予見することは出来ない。というより、普通の人間なら出来るはずも無い。だったら覚悟を決めて、何があっても歯を食いしばるしかないだろう。先にヒントがもらえただけ、俺に有利なのだ。何があっても、俺は立ち止まりはしない。
座ったまま寝たために、凝り固まった筋肉を、立ち上がることでほぐす。
ついでに、何度か屈伸も。
「・・・・・・ぐぴぃ」
と、そこで焚き火を挟んだ向かい側に寝ているフェイトがいびきだか寝言だかを吐いた。
すっかり存在を忘れていたが、そういえば今の俺はこいつの護衛だったんだ、と思い出す。
いつの間にか火の消えている焚き火を踏みつけ、フェイトの横に立つ。
「おい、朝だ。起きろ」
「・・・・・・すぴぃ」
反応は、有ったといえば有ったが、起きる気配は全く無い。仕方が無いので、フェイトの肩に手を置き、前後にゆらす。
「起きろ」
「あと五分・・・・・・」
先ほどの反応よりは、覚醒に近づいているようだ。
もう少し強めに、前後にゆする。
「そんなに・・・・・・ゆすらないでー・・・・・・かぁちゃん」
ふと脳裏に、昨日一昨日と会った、フェイトの母親がよぎる。
フェイトと同じ髪の色をした恰幅のいい女性。
「誰がかぁちゃんだ」
殆ど無意識のうちに、拳が出ていた。
フェイトの右頬に、クリーンヒット。
一瞬しまった、と思ったが、良く考えれば起きなかったこいつが悪い。しかも、俺も母親と間違えるなんて失礼もいいところだ。
「アインさぁん・・・・・・」
「悪い」
いつの間にか起きていたフェイトが、涙目で俺が殴った方の頬を押さえながらうらめしそうにこちらを見ていた。
「到着!ですね、アインさんっ」
フェイトが両手を振り上げる。
目の前には、目的地である魔導師の屋敷。
「俺の予定ではもう少し早く着いていたはずだったんだがな」
太陽はてっぺんを通り越し、少し傾きかけている。
それもそのはず、フェイトはあの後、こともあろうに二度根をし、その上朝飯だけはしっかりと食べ、しかも食後は休憩をしないといけないと言い張り、結局あの場を発ったのは太陽がしっかりと昇ってからだった。
「すいません、すいませんって!本当に反省してるんで!そんな冷たい目で僕を見ないでください!」
「・・・・・・まぁ、それは仕方が無いとして、だ。そういえば聞き忘れていたんだが、ここに住んでいる魔導師の名は?」
「あ・・・・・・そういえば、説明まだでしたか!えっと、ここに住んでおられるのはアードヴォーク様です。えっと、王宮の魔導装置を作られた方なんですけども、それは聞いてますか?」
「ああ、そこは大丈夫だ」
返事を聞いて、フェイトはうんうんと頷く。
「それで・・・・・・ですね、シーダート様と肩を並べると言いますか、まぁ、早い話、二人はライバルみたいな関係だったわけですね。専門は違うんですけど、ほら、一応同じ王宮魔導師なわけですから、比べられたりもするわけです。大方の意見は、魔導装置を作らせたらアードヴォーク様の方が優れているけれど、魔導師としての腕はシーダート様の方が上だ、と言った感じだったみたいですね。正直、僕はアードヴォーク様が居なくなってから王宮に来たんで、よくわからないんですけど」
そこで一度話を区切り、声を潜める。
「どうも、その評価が気に食わなかったと言うか・・・・・・とにかく、シーダート様にアードヴォーク様はすっごい敵愾心を持ってまして、それで王宮を出た、っていう噂なんですよ」
まぁ、よくある話と言えばよくある話だ。まして、プライドの高い魔導師なら、珍しい話でもない。
「別に、シーダート様は何とも思ってらっしゃらないみたいなんですけどね。何度か説得しに来たりして・・・・・・シーダート様はアードヴォーク様を大変評価しておられるんですよ」
そして、多分そのシーダートの行動も気に食わなかったのだろう。火に油というか、下に見られていると思って更にシーダートに対する敵愾心が高まったに違いない。
「あらかた理解した」
これだけ解っていれば、相手を怒らせるような事は無いだろう。ここまで来て、手紙を受け取ってもらえませんでした、じゃ無駄足もいいところだ。
「じゃあいきますよ」
心なしか、フェイトが緊張しているような気がする。
前回来た時それだけ無下に扱われたか、それとも高名な魔導師に師匠無しで会うという緊張からか。
まぁ、そんなナイーブな奴では無いと思うから、恐らく前者だろう。
こんこん、と大きなドアをノックする。
「アードヴォーク様―、いらっしゃらないんですかー」
こんこん、こんこん。
「アードヴォーク様ぁ」
もう少し時間がかかりそうなので、俺は屋敷を観察することにした。
外観からすると、建物は恐らく二階建て。魔導師の屋敷なので、何か仕掛けがしてあるかもしれないから、本当に二階建てかどうかはわからないが。
横幅は、大体五十メートルくらいか。
窓の数から察するに、かなりな数の部屋がありそうだ。
奥行きは、正面から見ても解らないが、これだけ横幅があるのだから、それなりのものがあるのだろう。
屋敷の周りは森に囲まれていて、怪しげな臭いがする、というか、人間嫌いのプライドの高い魔導師の典型的な屋敷の例、と言った感じだ。
ここまで観察したところで、フェイトがわき腹を小突いてきた。
「アインさん、反応無しですよ。うんともすんとも言いません」
「これだけ広い屋敷だからな。聞こえないこともあるだろう。前来たときは、どうやって呼び出したんだ?」
「多分、普通にノックしたら出てきましたよ?」
と、言うことは、前回は何らかの魔法がかけてあったか、それともアードヴォークが扉の近くに居たかで来客がすぐにわかり、そして今回はそうではない、と言うことか。
「・・・・・・」
もう一度、屋敷の窓に目をやる。
明かりの付いている部屋は、見当たらない。
裏側についてはここからは確認することが出来ない。が、何となく、人気が無いような気がする。
「留守かも知れないな、手紙だけ置いて」
「入っちゃいましょう!」
俺の言葉が終わる前に、フェイトはガチャリとノブを回した。
「お前・・・・・・・」
「いないんですかー?」
フェイトは、開いた扉から大声で叫ぶ。が、反応は無い。
「入っちゃいますよー」
そう言いながら、フェイトは悪びれもせずに屋敷の中に入っていった。
もし、この屋敷に侵入者撃退用の魔法がかかっていたら今頃フェイトは生きていないだろう。
「もうすこし常識と危機感を持ってくれ」
小さくため息をつきながら、仕方が無いのでフェイトの後を着いていくことにした。
「・・・・・・?」
屋敷に一歩踏み入れたとき、何か違和感を感じたような気がしたが、あたりを見回しても、特に何かがあるわけでもない。
「気のせいか」
一応、あたりの気配にいつも以上に気を配りつつ、フェイトの横に駆け寄る。
「ここは魔導師の屋敷だぞ。何が仕掛けてあるか解らない以上、無闇に行動するな」
「はーい・・・・・・あ、二階の正面に見える部屋が確か書斎でしたよ!この間来た時聞いた話だと、アードヴォーク様は書斎に居ることが多いって言ってました!」
たったった、と左右から伸びる階段に向かって走って行ってしまった。
とっくにわかっていたことではあるが、あいつ、人の話聞く気無いな。
「アインさぁん、早く来てくださいよ!」
階段を駆け上ったフェイトが、一階と二階の間の踊り場でこちらを振り向いて手招きをしている。
「はぁ・・・・・・」
仕方が無いので、小さくため息をついてフェイトを追いかける。
見た限り、階段には何の仕掛けも無いようだ。そのまま何事も無く二階へ到着し、書斎のドアの前に立った。
「いきますよ」
小声でフェイトが宣言し、俺が返事をする前にノックをした。
「アードヴォーク様ぁ、フェイトです。王国から公文書を持ってきましたぁ、アードヴォーク様ぁ」
こんこん、こんこんと何度も何度も無遠慮にドアをノックしているのに、反応は無い。こんこん、こんこん。
「・・・・・・いないんですか、入っちゃいますよ」
おい、お前やめろ、と俺が言う前に、フェイトはドアノブをガチャリと回し、部屋を覗き込んでいた。
「・・・・・・お前」
「あれ・・・・・・アインさん、いませんよ。どこいったんでしょう。買い物ですかね」
だからそういう軽はずみな行動はやめろ、とか買い物行くのに鍵を閉めない奴がいるか、とか色々と言いたいことはあったが、こんなところでぐちぐち言っても仕方が無いので、ぐっと飲み込み、書斎の中をざっと見回した。
「買い物ではないだろうな。魔導師は、大抵書斎と研究室を持っているはずだ。書斎にいないとしたら研究室にいるんだろう」
そして、研究室には色々と機密情報やら怪しげな物やらが溢れている事が多いので、研究室自体を隠している魔導師は少なくない。というよりも大半の魔導師は研究室を隠している。
しかし、魔導師というのは往々にして外出が嫌いなので、家から研究室に行けるように隠し通路やら転送魔方陣やらを準備しているものなのだ。
とはいえ、ただでさえ広い屋敷で、隠してある研究室への入り口を探すと言うのは、容易では無い。
「研究室は、まず見つからないと思った方がいい。仕方が無いから、ここは手紙だけ置いてこの屋敷を出た方が賢明・・・・・・」
「じゃあ研究室探しましょう!自慢じゃ無いんですけど、僕探し物って得意なんですよー、かくれんぼなんかも得意ですし!じゃあ僕一階探しますから、アインさん二階よろしくお願いしますね!」
俺が呆気にとられている間に、フェイトはするりと俺の横からいなくなり、階段をすごい勢いで下って行った。
「何なんだ、あいつ」
無意識のうちに顔が歪んでいた事に気がついたのは、呟いた更に数秒後だった。




