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「それにしてもアインさんすごいですねっ!」
昼飯を国内で食べ、準備を済ませた後出国手続きを済ませ、昨日歩いた街道を、引き返す形で歩いて行く。
目的の魔道師の館へは、途中まで引き返した後脇道に逸れるルートで行けると言う。
「・・・何がだ」
面倒だが、ここで何も言わないでまとわり付かれるほうがはるかに面倒だと、この二日でとっくに理解していた。
「シーダート様と僕に、人に物を頼む時は言う言葉があるだろう、って言った時ですよ!僕はともかく、シーダート様にそんなこと言えるなんて!シーダート様に勝てる人、レイナ様以外で初めてみましたよ」
「・・・・・・そんなことはない」
そっけなく答えるが、フェイトはひるむ様子も無い。
なんて図太い神経をしているんだろう。いや、鈍感なだけなのかもしれない。
「シーダート様は王宮魔導師の中でも最高位の方ですし、お歳も召していらっしゃるでしょう?誰も口答えなんてできないんですよ!今シーダート様、国内最高齢の百二歳なんですよ!見えませんよね、せいぜい行って七十くらいに見えません?」
「天空魔導師なら、それくらい余裕だろう」
ぽつり、と答えるとフェイトが心底意外そうな顔をする。嫌な予感。
「え、それどういう意味ですか?そりゃ確かにシーダート様は天空魔導師ですけど・・・・・・あれ、僕言いましたっけ?それに余裕って・・・・・・どういう意味です?」
やってしまった。また、言わなくても良い事を言ってしまったようだ。と、いうよりも、シーダートもそれくらいこいつに教えておけ。
「あの国は天空の神を守護神としている国だろう。だから、国内で使われる魔法もメインは天空魔法だし、王宮の魔導師も天空魔導師だ。と、なれば自然とシーダートも天空の魔導師、ということになるだろう」
「なるほど、そういうことでしたか!それで、その天空魔導師ならそれくらい余裕だ、の部分はどういう意味です?」
フェイトはぽん、と手を打って心底関心したような顔をする。
こいつ、やっぱりバカなんじゃないのか。シーダートの苦労が目に浮かぶ。
「天空の魔法は、大気中のエネルギーを扱う魔法だ。元々のエネルギーはただの力の源だ。それを魔導師が加工して扱う。だから天空魔法は効果が幅広い。攻撃魔法から回復魔法まで多種多様、その上威力も強い。だが、その分天空魔法の元になる魔力はとてもデリケートで、よって、扱いにくい。だから魔導師の力量に魔法の威力や種類は左右されるし、とても注意を払って扱わないといけない魔法なため、実戦には不向きだという欠点もある。で、そのエネルギーなんだが、回復魔法の応用で、自身の生命力と似たようなものに加工することも出来る。回復魔法はつまり、エネルギーを上手く生命力のような形に加工し、自然治癒力を高めるといったものだろう?だから、できないことは無い。が、自然治癒高めるのと違い、延命魔法は自身の生命力と寸分違わぬ形に加工しないといけないから、それだけ高度になる。まぁだから・・・・・・シーダートはトップクラス術者なのだということだ。おそらく世界でも五本の指に入るくらいじゃないのか?」
「すごいですねアインさん!・・・・・・っていうか、アインさん、思ってたんですけど、魔法のことになると、アインさん急によく喋りますよね!いつも無口なのに」
いつも無口は余計だ、とかお前があまりにも知らなすぎるからだ、とかそんなので王宮魔導師になれるとでも思っているのか、とかシーダートがかわいそうだ、とか言うことは全て飲み込んだ。
これ以上話しを続ける必要性は感じなかったし、この話をしてしまっただけでも後悔しているのにこれ以上話を続けるともっといらないことを話してしまいそうだったし、それより何より喋りすぎて疲れた。
と思って黙っているのだが、フェイトは返事も待たずに延々と話し続ける。
口から生まれてきたような、と言うのはまさにこいつのためにある言葉なのではないか。
「それにしてもあれですね、そこまで知っておきながらシーダート様にあれだけのことを言えるなんて・・・・・・だって僕がさっき教える前から大体シーダート様は百二十歳くらいだろう、って思ってたわけですよね?で、アインさんはいってて二十歳くらいですよね。それだけ歳の離れた相手に、あれだけ生意気な、あ、失礼しました。とにかく、言える人って、そうそう居ないですよ!」
本当に、よく喋る。そして返事が来なくてもめげない。
その姿勢にあきれを通り越して尊敬の念さえ覚える。
「百二十歳、ねぇ」
「え、ちょっと、どういうことですか?なぁんかぜんっぜんすごいと思ってなさそうな言い方でしたけど。百二歳ですよ、百二歳!今五本の指に入る位だっていったばっかじゃないですか!」
あぁ、しまったと思ったのはフェイトの猛攻を受けた後だった。どうも俺はまたいらんことを言ってしまったらしい。
どうも、フェイトといると自分のペースが崩れていくようだ。
こいつに会ってから言うつもりの無いことを結構言ってしまっている。
これは、いつも以上に気を張る必要がありそうだ。俺もまだまだ、ってことか。
フェイトのマシンガントークを無視しながら、空を仰ぐと、丁度橙色の太陽が地面に沈むところだった。
「おい、フェイト」
「だからアインさんは・・・・・・って、はい?なんですか?」
俺から話しかけることが少ないからか、びっくりしたような顔をして、今まで高速で動いていた口を止めた。
「目的の屋敷まであとどのくらいだ?」
「え~っと・・・・・・そうですねぇ・・・・・・今だいたい、三分の一くらいじゃないですか?いや。四分の一?」
しばらく考え込んで、フェイトが答える。
三分の一、もしくは四分の一。
その堪えに、自分でも気がつかないうちに眉間に深い皺が刻まれていたらしい。
「え、アインさんどうしたんですか?タダでさえ眼帯してるから怖いのに、もっと怖い顔になってますよ?ほら、笑顔笑顔!アインさん元の顔はいいのに、もったいないですって!」
と、フェイトは無駄な笑顔を振りまきながら言うが、無視する。
俺の当初の予定では、今日中に屋敷に着いて、夜はできれば魔導師に泊めてもらい、明日の昼から夕方くらいには国に帰っている手筈だった。
それなのに、三分の一。もしくは、四分の一。
殆ど沈んでいる夕日を見る。もう残り時間は少ない。
俺だけならまだしも、フェイトは夜通し歩く、なんてことはできないだろう。
第一、フェイトは歩くのが亀並みに遅いのだ。フェイトに合わせたスピードでは、一週間くらいかかってもおかしくない。
「急ぐぞ」
そういって、歩くスピードをさっきの大体四倍くらいにする。
仕方ない、今日は行ける所まで行って、野宿をするか。
「え、ちょ、アインさん、早いですって・・・・・・置いてかないでくださいよ!」
後ろからフェイトの焦る声がした。




