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「貴方がアイン様ですか?」


 カツカツカツ、と靴音がし、謁見の間の奥の扉からきれいな栗色の髪と、うっすらと水色がかった瞳を持ち、茶色のローブを着た、ずいぶんとほんわかした雰囲気の少女が出てきた。歳は、十代後半、といったところか。

 彼女の後ろから数分前に王女を呼びに行ったシーダートが出てくる。と、言うことは彼女が王女らしい。


「はい」


 返事をし、ビロードの絨毯に片膝をつけ、頭をたれる。


「そんなに畏まらないでください、私も見ての通りこんな格好ですし」


 顔を上げると、絨毯のせいで解らなかったが、彼女は俺のすぐ近くまで来ていた。手を伸ばさなくても、触れてしまいそうなほどに。さっきまで一つにまとまっていた髪が、いつの間にか解かれている。しかし茶色の地味なローブはそのままだ。


「では・・・・・・」


 とりあえず立ち上がると、少女は俺の手を取った。


「私、ヴィントクラーデの第一王女レイナと申しますの。フェイトを助けていただいたと聞きましたわ。ありがとうございました」


 十センチほど下から、覗き込むような目。



「レ、レイナ様!」

 それに続いて、あわてたようなシーダートの声。

おそらく、俺の手を取ったのがまずいとか、顔が近いとか、むしろ顔どころじゃなくて全体的に近いとか、そんなところだろう。


「あぁもう・・・・・・シーダートはいつもそう」


 レイナはそう言って、手を離し一歩後ろへ下がった。

 おそらく、というか、ほぼ確実に他意は無かったのだろう。


「それで、えぇと、ああ、そう。協力してくださる、とか」


 レイナはぽん、と両手を合わせる。


「ああ。謝礼はいただくが」


「ええ、それについては大丈夫ですわ。シーダートが何と言ったのかはわかりませんけれど」


 ちらり、レイナがシーダートに目配せをすると、あからさまにシーダートが竦みあがった。


「それと、その問題とやらなんだが、良かったら概要だけでも説明願いたい」


 何の説明もないまま、何に巻き込まれているのか全くわからないというのも、気持ちが悪い。

 もちろん、それを聞いたが最後引っ込みが付かなくなるだろうということは解っている。

 だが、俺だってさすがにここまで来て断るつもりは無いし、何よりその分の報酬が約束されている今、断る理由も無い。


「あら、お聞きになられていないんですの?」


 彼女はそう言って小首を傾げた後、シーダートを一瞬鋭く睨んだ。

 頭に花でも咲いてるんじゃないかと思うほどほんわかした雰囲気の彼女とは思えないほどの迫力で。

 竦みあがるシーダートを尻目に、また元の雰囲気に戻った彼女は、言葉を続ける。


「私、てっきりシーダートが話したものだと・・・・・・」


「俺はまた、てっきり話したらいけない類の話なのかと思っていたが」


 彼女の視線が、斜め上を見る。どうやら何か考えているようだ。


「まぁ、それはそうなのですけれども、やっぱりこういう場合にはお話しておくものではなくて?ねえ、シーダート?」


「ひっ・・・・・・え、ええ・・・・・・レイナ様」


 今度はシーダートの方を見ずに声だけかける。


「いずれこのままでは国民の皆様にもお話しなければいけないことですし・・・・・・お話させていただきますわ。もしこれを聞いて関わるのが嫌になりましたら言ってくださいね」


 そう前置きをして、レイナは語り始めた。


「事の始まりは、今から一ヶ月程前のことですわ。一通のお手紙が届きましたの。残念なことに、私はその手紙を読むどころか触れてさえおりませんの。宛名は国王、つまり私のお父様宛で、差出人は書かれておりませんでしたが、いつもの封筒・・・・・・えっと、まずはここから話さなければいけませんね、この国には国民からのいわば目安箱制度のようなものがございまして、国民から匿名で要望書が届きますの。この溶きに使う封筒が使われていたんですの。ちなみにこの封筒は専門店で扱っております。それで、え~、そう、その封筒も、いつもの要望書だと思いまして、お父様はお母様とお読みになったそうですわ。いえ、読もうとなさった、そうですの。と言いますのも、その封筒を開けた途端、この国の防護壁である結界を常に張っている魔導装置が何故か停止いたしまして、私がその後、すぐに予備装置に切り替えて結界を張り直したのですけれど、その一瞬の隙をつかれ、お父様、お母様共に何者かに呪いをかけられてしまい・・・・・・今も意識不明のままなのですわ」


 ここまで話して、レイナは一つ大きなため息をついた。


「これが、今この国で起こっていることですわ」


「なるほど」


 確かに、これは国の一大事だ。

 そうたやすく喋っていいものでも無さそうである。


「それで、あのアホが持っていく手紙とやらと、その事件とはどんな関わりがある?」


 指でフェイトを指しながら尋ねる。


「今、結界を張っておりますのは、予備装置の方ですの。つまり、元々の魔導装置の方は故障したっきりですの。予備は所詮予備、元々の装置と比べますと機能が数段劣りますし、それに予備の方は結界魔法を唱え続ける人が必要ですの。元々の装置の方は、人は必要ありませんわ。わが国の最高傑作ですもの」


 いつの間にかレイナは拳を握り締め、口調も熱くなってきている。


「あんなすばらしい装置は見たことがございませんのよ、本当に無駄が無く、そして美しく、効率よく魔力を使える装置ですの!本当に美しい装置、と言うのはまさにあのことですわ!私もあいつかあのような装置が作りたいと常日頃思っているのですけれど、まだまだ足元にも及びません!なのに、あぁその装置が動かないなんてっ・・・・・・もちろん、修理くらいなら私でも時間をかければ出来ますわ。でも、その間魔導師たちの体力が持つかどうかぎりぎりですの」


 レイナは泣きそうになり、言葉を詰まらせる。

 そこで、俺はこの王女の格好の意味を悟った。

 この王女は、すごい変わり者なのだろう。おそらく魔導装置オタクに分類される人種なのだと思う。むしろ、それ以外の事には興味が無いと言うか。

 なるほど、だから魔導部門の責任者なのか。


「・・・・・・」


 そしてそこでようやく俺の冷たい視線に気づいたらしい。わざとらしく咳払いをし、話を元に戻した。


「えっと・・・・・・そうでしたわ、その装置が動かなくて・・・・・・ですわ、その装置を作った方は、今はこの国にいらっしゃりませんの。シーダートと肩を並べる王宮魔導師だったのですけれど、装置が完成してしばらくしてこの国を出てしまわれたのです。街道のはずれに屋敷を立て、日夜研究に励まれていると言う話ですので、その方に装置が動かなくなった旨を書いたお手紙を出したのですわ。装置が動かない事には、お父様とお母様の呪いを解く方法をおちおち探してもおられませんし・・・・・・結界は軍事力を殆ど持たないわが国の生命線なのですわ・・・・・・、呪いを解くのに必要な儀式を調べる魔道師も、呪文を唱える魔道師も、今は結界を張るほうにまわってしまっております。結界を張るのには、最低でも十人の魔導師は必要・・・・・・順番で交代を取りながら結界を張っているのでございますわ。わが国の魔道師総出で結界を張っているのです。幸いなことに、今のところ簡単な天空魔法の応用で意識は戻らないのの、命には別状がございませんの。ただ眠っているだけの状態ですわ」


「なるほど」


 大まかな流れは理解できた。

 と、そこで一つ疑問が。


「魔道師は総出で、と言ったな。なぜあいつは結界を張っていない?」


 再びフェイトを指差す。当のフェイトは距離があることもあってこちらの会話の内容は全く聞こえていないようだ。


「実はあの子、結界魔法が使えないんですの」


 レイナがささやく。


「そうか」


 なんというか、やっぱり、と言う感じだ。


「あれだろう、あいつ、碌に魔法を使えないだろう」


 こくり、とレイナが頷く。

 魔法がきちんと使えれば、盗賊なんかにやられるはずも無い。そもそも手紙の配達役なんてものを押し付けられるはずが無いのだ。


「・・・・・・はぁ」


 これから先の道中を思うと、気が重くなる。

 足手まといにしかならないじゃないか。


「あいつを置いて、俺が手紙を配達してくる、と言うのはどうだ」


 一つ提案をする。それが一番得策なのではないか。


「国の重要書類なので、国の者がついていないといけない決まりなのです」


「・・・・・・わかった」


 くるり、と踵を返し、扉へ向かう。


「それで・・・・・・どうなされますの?」


 引き受けるか、引き受けないか、と言う意味だろう。

 もちろん、とっくに答えは決めている。すたすたと歩を進め、扉を開けたところで一瞬立ち止まる。


「何をしている。フェイト、行くぞ」


「はい!アインさん!」


 後方からフェイトのやけに明るい声がした。


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