モンスター・ゲスト
客商売のサービス業なら、これまた一度や二度経験はあるであろうこと。
それが、クレーマー(最近の言い方をするなら、モンスター・ペアレントならぬモンスター・ゲストとでも言うのだろうか)だろう。
クレーマーだけじゃない。
値札の張り替えや、万引き等。
普通の人が考えるよりも意外と日常的に、店舗には犯罪が溢れている。
それはここ―「安心堂」も同じだ。
「お会計一点で、800円のお買い上げになります」
完璧な営業スマイルで、瑞希君がレジ応対をしている。
それを横目で見守りながら、僕はカウンターで買取作業をしていた。
「えっ、800円?!100円のとこにあったんだけど…」
するとそのお客さんは、困ったようにそう呟いた。
「…はっ?」
100円の商品と通常の値段の商品とは、きちんと棚が分けられている。
だからそう簡単に混ざるものではないし、分かり易く表示もしてある。
…間違えることは滅多にないと思うけど…
「…申し訳ありません、お客様。100円にさせて頂きます」
こういう時マニュアルでは、瑞希君のようにすることになっている。
しかし彼は納得してないだろうな~、と思っていると、接客を終えた瑞希君が笑顔のままで近寄ってくる。
「…良基さん」
「何?」
「僕、アイツが普通の棚から本取るとこ、見てたんですけど」
瑞希君はニコニコと笑いながら、小声でそう訴えてくる。
…心の中は多分「ふざけんじゃねぇええ!!」って感じで荒れてるんだろうな…。
「そう…でも、『疑わしきは罰せず』だよ。悔しいだろうけど、客商売だから」
「…わかってるんです、わかってるんですけど…っ」
納得出来ない。
それは僕も同じだ。
けれど、世の中は残念ながら正しいこと=していいことではない。
残念だけど、世界は商人に随分と薄情だ。
「ほら、そろそろ休憩の時間だよ。行っておいで」
そう言ってぽん、と、瑞希君の肩を叩く。
「……はい」
瑞希君は全く納得していない様子だったが、僕の言葉に力なく頷く。
良基はそんな瑞希に優しく微笑むと、自分の仕事を再開した。
「モンスター・ゲスト」は「モンスター・ペアレント」からヒントを得た造語です。補足までに、レジでこう言われたからといって普通に店員が間違って補充したり、お客さんが間違った場所に本を返したりして起こりうる事象なので、一概にこれとは言えません。