棚卸と万引き
万引き。
それは店の種類に関わらず、店を持つ者ならば一度は経験したことのある犯罪だろう。
「…今月も数が合わない」
古本屋「安心堂」の店長代理・安藤良基は、閉店後の店内で一人頭を抱えていた。
店舗では毎月末に棚卸という、商品の数を合わせる作業が行われる。
帳簿上の商品の数と、実際の商品の数を比べる、地味に大変な作業だ。
レジの打ちミスや商品の登録ミスで多少のズレはあるものだが、ここ数ヶ月十冊単位で商品が足りていない。
―これは明らかに、犯罪の匂いがする。
「…はぁ」
良基はその事実に、思わず今日何度となく出ているため息を漏らした。
お客様のことは、信じたい。
けれど、事実商品は確実に「無くなって」いる。
そして店員達のミスではないということは、つまり…
「……万引き、か」
考えたくない。
けど、残念ながらこの状況はそうとしか考えられない。
「…どうした、良基。帳簿、合わんのか?」
「…じいちゃん…」
珍しく店にいたじいちゃんが、マネージャールームを覗き込みそう尋ねてくる。
「そうなんだよ…ここ数ヶ月、毎月…」
言いながら再びはぁ、とため息が漏れる。
やはり入口にセキュリティを付けるべきだろうか?
あれは高いし(金銭的な意味で)、お客様を全く信用していないみたいで嫌なんだよなぁ…。
「そうか…良基。接客業の基本は覚えとるよな?」
「うん。『疑わしきは罰せず』だろ?」
どんなに怪しくても、状況証拠だけでは判断しない。
確実な『証拠』を得て初めて、お客様ではなく『犯罪者』になる。
それは良基が安心堂で働き始めた時に、耳が痛くなる程聞かされた話だ。
じいちゃんは僕の答えに、満足そうに頷く。
「そうじゃ。だからまずは、原因を徹底的に調べる。話はそれからじゃよ」
「……わかってるよ」
そんなの痛い位、わかってる。
だからこうして、閉店後も一人残ってるんじゃないか。
「…頑張れよ、良基」
「…うん」
じいちゃんは時々こうして、僕を試すような言動を取る。
意地悪みたいだけどそれが彼の優しさだって、僕は知っている。
「…さて、もうひと頑張りしますか…!」
そのままマネージャールームを去っていく祖父の姿を見送りながら、良基は再びパソコンと書面へと視線を向けた。