あるパイロットの独り言-8-
教官に言わせると、<雷電>は非常に扱いやすい戦闘機だという。しかし、移転前に零戦、九九艦爆、九七艦攻、下駄履機のパイロットからすれば、とんでもなく扱いにくいといえた。僕はこの世界でパイロットとして育ったからまだいいのだが、元からのパイロットには一通りの飛行ができるまでは相当な時間がかかると思われた。離陸して真っ直ぐ飛んで着陸するだけならそうではないだろうが、戦闘機動は難しいと思う。
特に僕を悩ませたのは左手である。僕は右利きだから操縦桿は右側にあるのは助かっている。しかし、<雷電>は否、<流星>でもそうであったが、左手で操作するボタンやスイッチが多すぎるのである。スロットルや兵装選択スイッチだけならともかく、ありとあらゆる操作をしなければならない。それが非常に困難なのである。
操縦席右側にはサイドスティック方式の操縦桿と各種発射スイッチがあるのだが、それだけでも数が多い。機銃発射は操縦桿の前面に引き金の形で、誘導弾発射スイッチは操縦桿の上面左側に二つ、爆弾投下スイッチは操縦桿の上面右側に二つ、爆弾庫開閉スイッチが操縦桿左側面に二つ、自動航行スイッチが操縦桿左即下部に二つといった具合である。後、外部燃料タンク投下スイッチもある。
操縦席左側、問題の左手操作だが、スロットル開閉レバー、エンジンが二基搭載されているので二本、補助翼操作スイッチ、兵装選択ボックスのスイッチ、機銃のモード選択スイッチ、レーダーモード切替スイッチ、電子戦切替スイッチ、燃料供給切替スイッチ、無線周波数切り替えノブなど覚えるだけでも一苦労だろうと思う。ちなみに、<流星>の場合はここまで複雑ではない。後席要員がいるので、スロットルレバー、補助翼操作スイッチ、兵装選択、機銃のモード選択、無線周波数くらいであろう。しかも、これら操作は目で追うことなくできなければならないのである。なぜなら、戦闘機動中にいちいち目で追って操作するわけにはいかないからである。
操縦席前面パネルはまた難しいといえた。高度計、速度計、水平儀といった飛行に必要な各種メーターの他に、メインディスプレイといわれる一二インチ大の液晶スクリーン、他に五インチ大の液晶サブディスプレイが三つある。メインディスプレイは切替スイッチにより、数十種類の情報が提示されるようになっていた。その中のいくつかをあげれば、レーダー画面、兵装の状況、前方の赤外線映像、機体後方の映像などである。サブディスプレイには兵装選択状況、無線周波数、電子戦状況などこれもまた切替スイッチでいくつかの情報が表示される。
つまり、操作によっていくつもの情報が表示され、その中から自分に必要な情報を得なければならないのである。そして、僕らの時代はテレビなどなかったため、ビジュアル情報を得るのは非常に困難なのである。判っていただけるだろうか、僕らがどういう状況で最新鋭の戦闘機である<雷電>に乗っているか。
これは何も戦闘機だけの話しではないのである。輸送機や対潜哨戒機、早期警戒管制機のパイロットはすべて同じような状況であるのだ。さらに、対潜哨戒機や早期警戒管制機の操作員などにもいえることであった。しかし、もっとも過酷な状況にあるのは、僕ら戦闘機のパイロットであるといえるだろう。正確に、かつ迅速に行わなければ、自らの命がないのだということを理解しなければならないのである。
その点、<流星>は確かに進んではいたが、僕らでも短時間で操縦できるようになっていたといえる。もっとも、聨合艦隊機動部隊用の<流星>と空軍のそれでは若干の差があったことは艦を降りてから知ったことであった。これは、旧日本国とその他の諸州との間に技術格差があったためのものだといえた。もし、旧日本国だけの世界に移転していれば、僕らはパイロットになれなかったかもしれない、そういうこともありえただろう、とは教官に聞いた言葉である。
とにかく、<雷電>と<流星>の格差は大きかった、そのため、海軍上層部はこの機種転換訓練の期間を最短で二年と見ていたようである。だからこそ、僕らの内心の焦りを抑えつつ、長期間の訓練を行っていたのだと思う。戦時であっても、本国でのパイロット養成は三年かけて行われていたといわれる。否、僕らが一年半で<流星>に乗れるように訓練が行われた、ということのほうが異常だったのであろう。当時の世界情勢と、そして、山本長官の意思であったのかもしれない。
いってみれば、<流星>海軍仕様は僕ら聨合艦隊所属パイロット向けに開発された特殊な機体であったといえる。僕らが乗っていた<流星>は一一型というタイプであったが、空軍機仕様は二一型であり、現在使用されているのは三二型であるという。違いは搭載されているFCS、搭載エンジンが異なるというのは艦を降りてから知ったことであった。
少なくとも、僕が乗っていた<流星>には液晶ディスプレイなど搭載されておらず、すべてがメーターであった。教官に負わせれば、アナログとデジタルの差だという。つまり、一一型はもっとも電子装備が少ない機体であったということになる。さらに、複座であったため、パイロットにはそれほど負担のかからない機体だったことになる。それが、いきなり最新鋭機である<雷電>に乗るのである。それを表す教官の言葉に、<セイバー>から<イーグル>に乗るようなものだ、という感想があった。最初はわからなかったが、調べてみてその意味が判った。
そうして、この機種転換訓練生の中にベテランパイロットと呼ばれる人たちがいないのも上のような理由があったのだと思う。ベテランパイロットといわれる人たちにとってはとんでもなく辛い訓練になったであろうし、脱落者も出ていたかもしれない。このとき、機種転換訓練を受けていた多くのパイロットの趣味がテレビゲーム、というのも関係していたのかもしれない。その多くが僕と同じく、この世界でパイロットとしてのスタートを切った人間であるということもその理由であろう。
教官いわく、<雷電>を乗りこなすことができれば、皇国の主力爆撃機となりつつある、F-15<ストライクイーグル>は簡単に乗りこなせるようになるだろう、ということであった。つまり、改良を重ねて皇国最強の戦闘爆撃機とされている<ストライクイーグル>よりも操作が難しい、そういっているのである。むろん、<ストライクイーグル>は複座であるが、その前進である、戦闘機<イーグル>以上に難しいということであろう。
重ねて言うが、<雷電>は皇国の最新鋭戦闘機である。かつ、空海共用機でもある。むろん、空軍仕様と海軍仕様とでは若干の差異がある。外見で大きく異なるのが主翼形状だといえる。空軍のそれは菱形であるが、海軍のそれは三角形に近い。しかし、ステルス性を考慮して、極端に異なるものではない。そのため、操縦特性が若干異なる。とはいえ、それほど気にする必要はないといわれている。フライ・バイ・ワイヤ方式であるためだろうと思う。僕らにとってどれほど対応が難しいかわかっていただけるだろうか。




