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あるパイロットの独り言-7-

 都合三年におよぶ欧州派遣から帰国した僕は、昇進とともに、艦を降りることとなった。飛曹長(海軍准尉に相当)という准士官になった僕は、F-6戦闘機<雷電>への機種転換の辞令を受けたのである。僕としては<流星>から降りたくないという気持ちが強い。なぜなら、F-6戦闘機<雷電>は単座戦闘機だったからである。しかし、命令とあればそれに従うのが軍人の務めであり、国民の税金から給料が支払われている以上、僕には拒むことはできなかったのである。


 ひとつよいことは、勤務時間が決まっており、常に家族の元から課業に向かうことができるということだった。初めて対面したときは既に二歳になっていた息子の雄一郎との時間を埋めることができるということが僕自身とてもよいことだと思うのだ。そう、欧州派遣前にタチアナは僕の子供を身ごもっており、僕が欧州にいる間に出産していたのである。八歳になったマリアも、兄弟ができたことで姉としての自覚が芽生えてきたようである。


 F-6戦闘機<雷電>は空海共用機として開発された最初の機体であり、その諸元は次のようになっていた。全幅一二m、全長一八m、全高四.二m、乗員一名、自重一万二八六○kg、全備重量二万五九○○kg、発動機石川島播磨重工F-7-IHI-100ターボファン推力九八○○kg×二、武装二○mmバルカン砲一基(弾数六三〇発)、空対空誘導弾×六、ASM-2対艦誘導弾×四など最大誘導弾八発を胴体内に格納、外部ポイントに三○〇〇kgまで搭載可能、最大速力M二.○、航続距離四八○○km(増槽使用)、戦闘行動半径一〇○○km、上昇限度一万八〇〇〇mというものであった。


 空海共用機として開発されたように、バリバリの最新鋭機であり、ハイテクが詰め込まれているのである。つまり、空軍がF/A-5戦闘攻撃機やF-15戦闘機の後継機として開発が進められた機体であり、僕にしては、隔世の感がある機体なのである。乗りこなせるかどうか自信はあまりないし、逆に乗せられてしまう可能性が高いと思われた。そういった機種転換課程に僕を含めて移転組から六〇人ほどが集められていたのである。その多くは若く、佐官は一人もおらず、最高階級で中尉であった。ちなみに、F-15戦闘機は戦闘爆撃機、つまり、<ストライク・イーグル>として改装されるということであった。


 とはいえ、<雷電>の配備は空軍が急がれ、僕らの元には先行量産型の一〇機があるだけで、しかも、空軍仕様であった。そう、降着装置が装備されていなかったのである。そんなわけで、実機訓練はもっぱら地上基地で行われ、離着艦訓練はシミュレーターに頼ることとなった。


 さらに、僕にはもうひとつの課程履修があった。士官候補生課程がそれであった。通常、海軍士官は海軍兵学校(空軍は空軍士官学校、陸軍は陸軍士官学校)を修了するか、民間の大学を卒業して志願した後、士官養成課程を経て少尉として任官することになる。それとは別に、兵から准尉(海軍航空隊の場合は飛曹長)に昇進した場合、希望者のみに一年間の士官候補生課程の終了後、少尉として任官するという三つのコースがあるのだった。僕自身は最初はそのつもりはなかったのだが、第一機動艦隊の主席参謀である大井中佐の半強制的な薦めもあって希望したのである。


 ちなみに、平時であれば、准尉から少尉に昇進するには六年間を要するという。戦時であれば、功績によってはそれより早く三年で昇進することもあるという。が、多くの場合陸軍であって海空では稀であるといわれている。また、兵として入隊、途中で下士官候補生課程への隊内試験に合格、二年間の履修を終えれば、通常よりも早く下仕官に昇進することができるというが、移転組ではこれまでいないという。その隔壁となるのが、エレクトロニクス関係だといわれている。今回の士官候補生課程には移転組から僕を含めて五人、僕以外の四人は艦艇乗員が二人に陸戦隊が二人であった。


 さらにいえば、僕の場合は他の四人と異なり、機種転換課程も同時に履修しなければならなかった。陸海と違って航空、特にパイロットはその感覚を失わないために、まったく飛行しないわけには行かないからである。さらに、戦闘機パイロットならなおさらで、母艦乗りであればさらに飛行訓練が必要であった。通常は機種転換課程に重ならないのであるが、今回はいずれも気づいたらこうなっていた、という形だったのである。


 士官候補生課程は通常は本土の呉で行われるのであるが、今回は移転組ばかりということもあって、本土から担当教官が出張するという形を取っているらしい。これは僕の考えであるが、移転組の兵に希望を与えるためのものだと思う。つまるところ、エレクトロニクス関係の問題がクリアできれば、誰でも士官になれるんだよ、ということを示したいという考えがあると思うのである。その根底には、戦後の軍縮を考えてのものであろうと思われた。軍縮により、兵の質を落としたくない、という考えがあったのだと思うからである。僕ら移転組にとって、軍を退役した場合、次の職を求めるのが難しいからであろう。そのために、海軍の軍縮は僕ら移転組以外の人員を削減するというつもりだと考えられた。


 つまり、僕ら聨合艦隊所属将兵の教育度が他の皇国人と格差がありすぎるということなのである。僕にしても、ここでの生活のための作法はタチアナに頼るところが大きいといえた。軍人としてなら他の皇国人と遜色ないとも思うが、一般的な生活能力はかなりの開きがあると気づかされていたのである。むろん、世界大戦がなければ、ここまでの格差が生じないような教育を受けられたと思うが、結果として、僕らに対する教育(一般的な生活能力を含めて)が不十分だと思わざるをえないといえた。


 結果として、僕らが曲がりなりにも人として生活できるのはこの地、中津島が本土や諸州と隔離されているということにあると思う。巷に出回っているあらゆる情報が入ってくれば、僕らはパニックにいたっていたと思われる。その例として、世界大戦中、中津島に残っていた多くの者が精神的な不安を抱え、精神科にかかる例が多いという。つまり、欧州など戦地に派遣されていたため、僕らは平静を保っていられた、ということになる。むろん、中にはこれらをクリアして生活しているものがいるが、その数は極少ないといえた。


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