2026年へのカウントダウン
「おじゃましまぁーす」
デパ地下の大きな紙袋にはオードブル。
玄関で靴を脱ぎながら、相変わらず綺麗な部屋だなと感心する。
モノトーンで整えられた室内は健のイメージ通りで、都会的。
私の部屋はもっと生活感があって、ごちゃっとしてる。
リビングからはテレビの音、紅白だろうか——
見つけた。
カウンターキッチンに、黒いエプロン姿の健が、待ち構えていたみたいにじっと見てくる。
「はい、ストップ」
「何?」
「この瞬間の美也を目に焼き付けてる」
呆れながら、持ってきた紙袋を持ち上げてみる。
「オードブル、限定50個のやつ間に合ったよ」
言いながら、健に近づいて、ぎゅっとハグした。
「テーブルセットまでしてある。すごいね」
「プロポーズしてから、初めての年越しだからな」
デパ地下パワーを借りて正解。
今年一年ちゃんとしてましたっていう感じがすごくする。
「で、健は?」
「もちろん、買ってきたよ」
有名ワインショップの¥2,980、お楽しみ福袋。
健が得意げにテーブルに置く。
福袋好きなのかな、すごく楽しそう。
これは、結果次第では恒例になりそう。
「じゃーあけよっか」
「うん」
袋の口をほどき、一本目が出てくる。
「うそ」
「……ドンペリ?」
「……すぐに乾杯しないと」
テーブルを挟んで、健。
うん、すごくかっこいい。
私、面食いだったのかな。
「2025はどんな年だった?」
「美也にプロポーズできた、最高な年だった」
「それってクリスマス、ついこの前じゃない。一年通してだよ」
「美也以外、考えられない」
こんな時、どういう顔をすればいいのか、ちっともわからない。
戸惑ってるのがバレないように、手元のドンペリを一口飲んだ。
「美也は?」
「私は……金属運がすごい一年でした」
一週間前に健と飛び込んだジュエリーショップで買ってもらったエンゲージリング。
健の目の前に指先を出して、キラキラをアピールしてみる。
「付けてくれてるんだ」
「気に入ってマス」
気のせいかな。
健の口元がニマニマしてる。
「このオードブル美味いな」
「でしょ?」
テレビのテンポのいい曲。
紅白の歌手って全部知ってるわけじゃないけど、年末年始っていう感じがする。
「健、もーいっぱいドンペリください」
「酔ってる?」
「……よってないよ?」
健はグラスを軽く押さえて、笑う。
「好きなだけ飲めばいいよ。これ飲んだら次は赤にしようか?」
「お蕎麦食べたい」
「そうだね、で、その後赤ワイン」
「だねー。えへへ」
健がそば用意をしながら会話は続く。
キッチンに立つ姿も素敵。
私のフィアンセ。
「年末年始の休みはいつまでなんだ?」
「4日まで。本当はもっと短いんだけど、今年は土日挟むからね」
部屋の中に出汁の匂いが広がって、肺を満たしていく。
出汁って、こんなに幸せな香りだったのか。
「じゃあさ、ずっと一緒にいようか」
「着替え持ってないよ?」
「着替えはなんとかなる」
「え?」
「ほら、年越しそば」
「健シェフ!」
二人で黙ってズルズルと蕎麦を啜るのは少し面白い。
きっとこれからも、面白いこと二人でしたりするんだろうな。
「お腹いっぱい」
「ほら、赤」
「何?どうしても飲ませたいやつ?」
「うん。イギリスのワインなんだよ」
「美味し」
「ロンドン駐在の先輩から教えてもらって——」
健の低い声で、ワインの蘊蓄を聞いているうちに、目がトロトロとしてきた。
(声もいいんだよね)
「なんか、しあわせ」
健の肩に頭を乗せて甘えてみる。
これは素面だと勇気のいる行為。
健はそのまま私を、受け入れてくれた。
「こういう時間を、二人で続けていくんだよ」
「……うん」
赤ワインは飲み切りで、少し酔ったかもしれない。
健がそっと、ブランケットをかけてくれた。
二人でひとつの時間を過ごす。
(いいな)
音を絞ったテレビからは、MISIAの『Everything』が流れてる。
大好きな曲。
「美也、眠いならベッドに行く?」
「……このまま、ちょっとだけ」
今の2人なら、このくらい甘えても大丈夫だよね?
健が私の頭をそっと撫でてくれた。
(好き過ぎて、どう愛したらいいかわからない)
春になったら、健がロンドンに移動して、少しの間遠距離になるかもしれない。
おしゃべりな二人の、静かなこんな時間。
紅白は紅組が優勝して終わった。
「美也、ゆく年くる年始まるよ?」
「うーん……」
新しい年が始まる。
テレビの中で、どこかの名刹の除夜の鐘が、ゴーンと低く響いた。
「健、初詣行こう!」
「え、今?」
「今!」
健は戸惑ってるけど、狸寝入りでズルをしていた私は、休養も十分。
コートを羽織って、二人で神社を目指す。
外に出ると、吐く息が白くて、一年で一番澄み切った空気が肺を満たした。
「さむ」
鼻の頭まで赤くなりそうな私たちを、神社へ続く街灯が、少しだけ優しく導いてくれる。
「混んでるかな」
「たぶんね」
外国人の参拝客もちらほらいて、列は思ったより長い。
やっぱり幸せ。
去年の今頃は、健は何してたんだろう。後で聞いてみなくちゃ。
列は少しずつ進んでいって、並んで、お賽銭を入れた。
チャリン。
二人とも、手を合わせる時間が少し長い。
「どんなお願いしたの?」
「美也と、ずっと一緒にいられますように」
「私も。健、これからよろしくお願いします」
お辞儀をして顔を上げると、
健がなんとも言えない顔で私を見てくる。
「美也、本当に可愛い。やばい」
私が健を大好きなのに、
時々こうして気持ちを伝えてくれる。
「お守り買って帰らない?お揃いのやつ」
「……買う」
「即答じゃん」
「美也とお揃いに、迷う理由がない」
健が私の手を取って、歩いていく。
Happy New Year
お揃いの御守りを手に入れた2人は、マンションに戻って日本酒で乾杯。




