充電池で知った、地味なアイツの裏の顔。俺の恋は、その72時間で終わった。
充電池で知った、地味なアイツの裏の顔。俺の恋は、その72時間で終わった。
I. 最高の償い
人通りの途絶えた放課後の廊下。湿った空気と遠くの部活の音が、俺の心臓の鼓動を大きく響かせた。
俺、ユウタは、タケルに「最後の言葉」を告げるために、ここに立っている。
「タケル」
俺は、浅はかな過去の自分を葬り去る、最高の償いを決意していた。この償いが、俺の恋の墓標となる。
タケルは、いつもの分厚い眼鏡越しに俺を見た。その目は何も語らないが、俺のスマホから、タケルのプライベートなデータが消滅したことを、お互いに知っている。俺は、その秘密を永遠に墓場へ持っていく。それが、タケルの孤独な優しさを守る、俺にできる最後の責任だった。
俺は、言葉を選び、タケルの目を見て言った。
「その弁当、美味いだろう。誰にもケチをつけさせない、最高の弁当だよ」
タケルが一瞬、息を呑んだ。その沈黙は重く、永遠のように感じた。タケルは理解したのだ。この一言が、かつて俺が公然と侮辱したあの弁当への償いであり、そして、タケルのすべての苦悩を理解した上での、俺からの「赦し」であることを。
――なぜ、俺はそこまで知っているのか?
すべての始まりは、俺が見下していたタケルから借りた、古びた予備の充電池だった。
II. 72時間の屈辱とデータ同期
物語は、三日前の昼休みに遡る。
タケルは今日も、ペッちゃんこの髪形にボサボサの服装。誰とも目を合わせない、冴えなさの極致だった。
「おい、タケル。それ、どうせまた地味な弁当だろ? お前らしい、声が聞こえないくらいセンスのない飯だな」
その瞬間、俺はスマホの充電切れに気づき、焦燥感が全身を襲った。大事なミサキとのLINEが途切れる。最悪だ。
そのとき、タケルが持っていた古びた充電池が目に入った。心の中で悪態をつきながら、俺はそれを奪い取るように借りた。
充電池を俺のスマホに接続した直後、教室の電子機器が一瞬ノイズを立ててフリーズしたような気がした。次の瞬間、俺のスマホの画面に、見たことのないフォルダが展開された。タケルの個人データだ。まるで、その充電池がタケルの心そのものを吸い込み、俺に接続したかのように。
最初に俺の胃の腑が冷たく締め付けられたのは、タケルのデータにあった、ミサキ――学校一の美人である俺の憧れの彼女――との親密なツーショットを見た瞬間だった。
「嘘だろ……」
さらに、タケルとミサキのLINE履歴を開く。画面に現れたタケルの文章は、学校でボソボソと話す彼の声とは全く違っていた。
タケル:「ごめん、すぐに調整する。でも、充電完了まで待ってて。満タンになったら、最高の俺を見せてあげるから(ウィンクスタンプ)✨」
軽快に、ユーモアと愛情に満ちたそのやり取りは、俺がミサキに送ることすらできなかった、完璧なものだった。屈辱の炎が、俺の浅はかな自尊心を焼き尽くす。
データに添えられたタケルの筆跡によるメモには、残酷な文字が残されていた。「この充電池の電力が尽きるまで。約72時間がリミット」。
俺の罪は、限界に達した。あの弁当は、ミサキの愛の結晶だったのだ。
III. 嫉妬の絶頂と「演技」
嫉妬と罪悪感に駆られた俺は、充電が続く限りタケルの秘密を探ることを決意した。残り約50時間。
タケルのメモに残された、遊園地での秘密の待ち合わせを頼りに、俺は尾行を開始した。
遊園地のゲートでタケルとミサキを発見した瞬間、俺は息を呑んだ。
そこにいたのは、学校で見たペッちゃんこで暗いタケルではない。髪型も服装も、背筋までもが洗練され、自信と魅力に満ちた**完璧な紳士的な「イケメン」**だった。彼はミサキをエスコートし、太陽の下で楽しそうに笑い合っている。彼の笑い声は、学校の「ボソボソ」とは違い、響きと深みがあった。
絶叫マシンの歓声とポップコーンの甘い匂いが漂う中、俺は孤独に影を潜めた。観覧車が頂上に達したとき、ミサキがタケルの肩に頭を預けるのを見た。
「ちくしょう……。あいつは、俺たちが知らないところで、こんなにも完璧だったのか。俺は、言葉でも、魅力でも、全てにおいてこいつに敗北している……。」
絶望的な敗北感に打ちひしがれたそのとき、タケルが一瞬だけ、周囲を見回した。その一瞬だけ、彼の目つきは学校で見せていた暗い、怯えたようなものに戻った。
俺は確信した。この楽しいデートは、タケルにとって、ミサキを完璧に幸せにするための**命懸けの「演技」**なのだと。
IV. 孤独な優しさへの降伏
**残り約10時間。**充電池の電力が尽きるタイムリミットが迫る中、俺はタケルのメモ帳を深く探った。そして、究極の真実が、俺の嫉妬と屈辱を完全に破壊した。
「ユウタのデータを見た。あいつはミサキを心から愛している。ミサキを幸せにする最善の方法は、俺が身を引いて、ユウタと付き合ってもらうことだ。それが、俺の優しさの、最後の責任だ。」
嫉妬の対象であったタケルは、自分のアイデンティティ(イケメンの裏の顔)を殺してまで、俺の恋の成就を願っていた。彼は、自分の冴えない表の顔と、完璧な裏の顔のギャップが、ミサキを傷つけるのではないかと恐れていた。
俺の感情は、嫉妬からタケルの孤独な優しさへの、深い尊敬へと一気に転換した。俺の恋は、彼の自己犠牲の優しさには到底勝てなかった。
俺はタケルの苦悩を終わらせるため、そして彼の優しさを守るため、自分の恋とタケルの秘密を永遠に諦めるという決断を下した。
V. 浅はかさからの卒業
そして、物語は冒頭のシーンに戻る。
俺はタケルに「最高の弁当だよ」と告げた後、彼の苦悩を完全に解き放つため、静かに充電池をタケルに返した。
「満タンになったから、最高の俺を見せてあげる」。タケルがミサキに送ったあのメッセージの通り、満充電された充電池は、タケルの「秘密」そのものだった。
俺が接続を解除した瞬間、データは元に戻り、俺のスマホには何事もなかったかのように日常が戻った。
俺の恋は叶わなかった。だが、俺は**「見えない優しさ」の本当の価値**と、タケルの孤独な愛の深さを知った。俺は、浅はかさからの卒業を果たしたのだ。
タケルはミサキの愛を守るため、静かに**「できないフリ」**を続けるだろう。
そして俺は、その秘密を知る**「共犯者」**として、静かに二人の関係を見守る。
廊下の角でタケルが立ち去る直前、彼が眼鏡の奥で一瞬、**「ありがとう」**の光を灯したような気がした。俺は、その小さな光を胸に刻み、静かに頷いた。俺たちの秘密の共犯関係は、始まったばかりだ。




