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疑念

 チームラプターの特殊車両の車内。

 彼等はまだ戦闘の余韻を引きずっていた。

 エンジンの低い唸りに混じって、大樹とミサキの吐息が重く響く。

 ユウとイサムも憔悴しきった表情を浮かべている。


 車両後部のランサー格納スペースの片隅で、

 イオがボディスーツの解除キーをおもむろに押す。

 プシュっという音とともにスーツの拘束が解除され、

 彼女の細いが引き締まった体がインナー越しに露わになる。

 キャリーケースから取り出したツナギに袖を通すと、

 イオは乗車スペースの窓際へと腰を下ろした。

 その前の席で大樹とミサキは目も合わせず苦々しい表情を浮かべている。


「結局あれは何だったんですか。どう見ても人間じゃなかった」


 大樹が切り出すと、

 後方席で窓の外を見つめてたいたイオは視線を動かさずに口を開く。


「禁忌。言わなかったっけ?」

「……その禁忌って、何なんです?あんなものがこの世にいるなんて……」


 ミサキが眉をひそめながらイオのほうに振り向く。


「日本では昔から陰陽師が悪霊退治とかしてたんじゃないの?

 そういう類のもの”だよ」


 イオは言いながら懐からタブレットを出しそちらをいじり始める。


「悪霊って……」

 ミサキは顔を覆った。


「いや、あれはそんなものじゃなかった。実体もあった。

 禁忌というからには詳しく言えないそういう事ですか?

 そもそも、俺たちはAIの暴走を止める部隊のはずです。

 こんなのあまりに勝手が違う」


「んー、それを私に言う?そういうことは上に聞いたら?」

 

 イオは窓の外に再び視線をやり、

 心ここにあらずと言った様子で街の明かりを眺めていた。

 そしてふと思い出したように口を開く。


「それより――あの子たち!ねえ、調べに行こうよ」


「あの子たち?ああ、オムニトロンの……いえ、報告が先です。

 あんなものを見た後ですよ?異常事態なんです!」


 ミサキは青ざめた顔でそうイオの提案を切り捨てた。

 フゥとイオは小さなため息をつき再び窓の外に視線を移す。

 重苦しい空気を抱えたまま、

 車両はSCSA蒼樹支局のゲートを潜っていった。


 センタールームは無機質な照明に照らされ、

 冷たい光が床に反射していた。

 そこでは、広い空間に支局長が一人、

 後ろ手に組みモニターを見つめている。

 彼の目の前にあるメインスクリーンは、SCSA本部と繋がっており、

 厳格そうなスーツの男が映し出されている。


「来たか。作戦統括局長の荒谷だ。

 チームラプターの諸君。

 O.A.S.I.S.エージェントのサポート、ご苦労だった」


 画面越しの男、荒谷局長は、鋭い目で大樹たちを見た。

 支局長が、彼らの到着を既に報告していたようだ。

 その有無を言わせぬ威圧感を見たラプターの面々は姿勢を正し敬礼する。


(荒谷局長……陸上自衛隊の特殊作戦群(SOG)に所属していた、

 元1等陸佐だったか……さすがに威圧感あるな)


 イサムが小声でユウに囁いている。

 大樹とミサキが状況報告を始める。

 支局長、荒谷作戦統括局長は何も言わず、

 深刻な顔つきでその報告を聞いていた。

 イオはセンタールームの適当なデスクに腰を下ろし、

 退屈そうにしている。

 状況の報告が済むと大樹はそれまでため込んでいた疑念を口にする。


「失礼を承知でお聞きしますが……

 俺たちはAIの暴走を止める部隊のはずですよね?

 それが“禁忌”だの“ヴァーミックス”だのって……

 今のSCSAはどうなってるんです?説明をお願いします」

 

 するとしばらくの沈黙の後、荒谷は口を開いた。


「なるほど、まずはご苦労だった。

 禁忌……に対しての迎撃の経緯も理解した。

 ヴァーミックスといい今回の禁忌といい君の憤りも理解する。」


「しかし禁忌はもとよりヴァーミックスについても現在調査中だ。

 それ以上のことは言えん。」

 

 それを聞いたミサキが食って掛かる。


「”あんなもの”と戦わせるだけ戦わせて何も教えてくれないんですか?!」


 荒谷は無言で首を振り彼等を見つめるだけだ。

 それを見て大樹がミサキを諫める。


「ではエコーズについては?荒谷局長は彼等をどう思っているんです?」


 荒谷は少し間をおいて答えた。


「君たちにはそこのエージェントをサポートする上で少し話しておこう。

 薄々気づいているだろうが、

 今のSCSAはITRAという企業の大きな影響を受けている」


「エコーズはその最たる例だ。

 私自身、SCSAの作戦を統括する立場としては本来許容できるものではない。」


「なっ……」


 支局長が慌てたような素振りを見せる。

 荒谷はまったくそれに構わず続けた。


「黒木長官とITRAには深い繋がりがある。

 私はこれを是正するべきと考えている。

 これで答えになるか?藤原捜査官」

 

 思いがけない答えにラプターの面々も支局長も動揺していた。

 荒谷は大樹の目を見据えている。


「はい、十分です。彼女は……O.A.S.I.S.とは何なのかを聞いても?」

 

 大樹はイオをちらりと見るとさらに質問を続けた。

 イオはその様子を少し見ただけでまたすぐにタブレットを触りだした。


「O.A.S.I.S.はアメリカ国防高等研究計画局DARPAの研究機関だと聞いている。

 彼女については私も詳しくは聞いていないが……

 サポートについては防衛省から依頼だ。

 彼女には地位協定以上の特甲保安レベルが適用されている。

 彼女の任務は全てに優先されるとのことだ」

「SCSAは彼女に対しハーミットの全情報にアクセスする権限も与えている。

 私から今説明できるのはこれで全部だ。他に何か質問はあるか?」

 

 荒谷は、そう言い切ると、大樹たちを見据える。

 センタールームに重い沈黙が落ちた。

 大樹は、唇を噛み締めた。

 

(……局長自ら、エコーズを是正するという、

 その覚悟は分かった。だが……)


 それはそれだ。肝心なのは、自分たちが今日、

 命懸けで対峙した「アレ」の正体だ。

 それについては、結局「言えない」の一言。

 これでは、何も解決していない。

 大樹が、なおも食い下がろうと言葉を探していると、

 隣でミサキが震える声で叫んだ。


「大ありですよ……全然納得できません!」


 全員の視線が、彼女に集まる。

「ミサキ!」大樹が制止するのも構わず、彼女は続けた。


「上の事情は分かりましたよ?でも、

 私たちが今一番知りたいのはそんなことじゃない!」

「 あの『禁忌』は何なんですか!?

  ヴァーミックスは?SCSAが対処できない化け物について、

 私たちは 何も知らされず、これからも戦えって言うんですか!?」


「桐谷捜査官、局長は調査中だと言ったはずだ」

 支局長が低い声で遮る。


「じゃあ、彼女は!? 『特殊権限』があって、

 SCSAの指揮系統も全部無視できる!

 私たちは彼女に全面協力しろ、ですって!?」


 ミサキの瞳に、悔しさと恐怖が浮かぶ。


「訳の分からない化け物のことは何も教えない。

 でも、その化け物のことを知ってるらしい、

 素性も分からない外部の人間の言うことは、

 黙って聞け。……そんな無茶苦茶な命令、

 どうやって納得しろって言うんですか!」

 

 荒谷も、支局長もその指摘に言葉を詰まらせる。

 ミサキの言う通りだ。

 それは、現場の人間にとって、あまりにも理不尽な矛盾だった。

 その様子を椅子を前後に揺らしながら見ていたイオが口を開く。


「そりゃそうだよね、局長さん。

 ちょっと無理があるんじゃない?皆こっち見て。」


 イオはそう言うと自分の目を指さし兆視に切り替える。

 やがて瞳が虹色に染まった。

 支局長の顔がぴくりと動く。


「……瞳が虹色に……」


 荒谷も目を見張る。

 ラプターの面々は現場でのイオをみていただけに、

 動揺はそこまでではない。


「局長さんさ。

 たぶん、言いたくても殆どのことを知らないんでしょ?

 だったら私から説明するよ。」


 イオは、画面越しの荒谷をまっすぐに見据える。


「ミス・ナナセ。例え君でも国家の安全保障に関わる内容だ。

 慎重に扱うべきだ」


 荒谷は深刻な顔つきでそう言った。


「いいじゃない。隠す理由が分からない。

 混乱を防ぐためってみんな言うけど、無理があるよ。

 私と行動を共にする以上、彼らは知ったほうがいい」

 

 イオは肩をすくめ、悪びれもせず言った。


「この人たちには私から説明するから。

 これは私の任務にとって必要事項。

 あなた達はどうする?席を外す?」

 

 イオは支局長と荒谷の2人に視線を送る。

 苦悶の表情を浮かべつつ荒谷は続けるようイオを促した。


「……よいしょっと」

 

 イオは椅子を回転させる。

 大樹とミサキに背もたれを向け腕を預けると、

 その上に顎を乗せ二人をまっすぐ見つめる。


「それで、何から知りたい?」


「見てる現実だけが全てじゃないってどういうことだ?」


 大樹は敬語が抜けていることに気が付いたが今更か、と開き直った。


「例えばさ、赤外線とか紫外線。

 目には見えないけどそういうものがあることは皆知ってるでしょ?

 知ってる、知らないに関わらず、

 この世界にはもっと色んな存在とか現象とかが折り重なってる。

 私の目には皆よりそういう物がちょっとだけ見えてる」

 

 そう言ってイオは自分の目を指し示す。


「世界にはまだ観測できないたくさんの物が存在してる。

 そういう目には見えないものを含めた世界のあり方を、

 私たちは”位相帯域”って呼んでるんだよ。

 厳密には違うらしいけど車の中で悪霊って言ったの、

 アレはあながち嘘でもないんだよね。」


 ミサキが引きつった表情を浮かべている。

 橋の上の光景を見たあとでは誰も否定できなかった。


「そうは言うが、”アレ”は悪霊なんて朧気なものじゃなかっただろ?

 ……もっと肉感のはっきりした……」

 

 大樹の脳裏には「吸血鬼」や「ゾンビ」といったワードが浮かんだ。

 がさっきから怯えた様子のミサキを見てそれを口にするのは控えた。


「禁忌……ん、まいっか、

 あいつらはO.A.S.I.S.では”調律者”って呼んでる。

 あれは”そっち側”に見染められた人間だったもの、ってとこかな?」

 

 大樹は何か言おうとしたが言葉を失う。

 荒谷と支局長、ユウとイサムも言葉を失っている。


「そっち側って何?!」


 ミサキはたまらず声を上げた。


「ん-これ以上の説明は私にも難しんだよなあ。

 ハーミット、だっけ?」


 イオは椅子をクルリと回しモニターへ向き直る。


「 レベル5クリアランス、コード『レイヴン』

 全情報ロックを解除。

 この人たちにオルターフェイズ'と'調律者'の基礎概念を開示して」


 モニターに様々なグラフや図が展開されると、

 感情の起伏を持たない声がスピーカーから流れ始める。


《ロック解除。了解しました。O.A.S.I.S.より提供された情報を開示します》


 モニターにハーミットが起動する。


《全ての物質は特定の周波数で”振動”しています》


 モニターで原子や電子の振れ幅を表す図解が展開される。


《量子レベルで、ある振動数帯域にないものはお互いを観測できません。

 これがイオの言う見えるもの、見えないものの違いです

 質問された”そっち側”についてですが、それは異なった位相、

 ”Alter Phaseオルターフェイズ”のことを指します。

 対して我々の住む領域を基底位相、ベースフェイズと呼びます。》


「オルターフェイズ……?」


 大樹は怪訝な顔で呟く。


《はい。それは人や現代の観測機が知覚できない領域です。

 O.A.S.I.S.から提供された解析データにより、

 その存在が“示唆されています”》


《その帯域には未確認の量子状態や元素、

 さらに意思のようなパターンを持つ波動が含まれるとされています》


「……そんなものがあるってのかよ……」


 それは大樹にとってとても信じられない荒唐無稽な内容だった。

 あの橋の光景を目にしていなければ、だ。

 大樹はハーミットの説明を受け入れてしまう今の自分自身に驚いた。

 じゃあ……と言いかけた大樹の声をかき消すようにミサキが声を荒げる。


「い、意思のようなパターンって、何??幽霊ってこと??」

 

 ミサキは目を泳がせながら問いかける。


「そこかよ……お前そんな怖がりだったのな」

 

 大樹があきれ顔で呟く。


「それはどうでもいいでしょ!大事なことなの!」

 

 ミサキの顔は必死だ。

 イオは椅子を揺らしながら、

 タブレットを片手になにか熱中するように見ている。

 

《回答できません。それについてはデータが存在しません》

 

「なんでよ、そこ大事なとこじゃない……」

 

 ミサキの顔が絶望に沈んでいく。

 が思い出したようにイオに向き直った。


「ミス・ナナセ、どうなの?……やっぱりそうなの?!」


 イオはタブレット片手に面倒そうに答える。


「まあ、そうなんじゃない?私そこまで知らないよ。

 とにかく調律者はオルターフェイズの干渉を受けた元人間ってこと。」

「そんで人間にとっては天敵なんだって。あと面倒だからイオでいいよ。

 七瀬って言われてもまだピンとこないし。」


「もう嫌だ……私、無理……」


 頭を抱えるミサキをよそに、

 イオは何食わぬ顔でタブレットを指先で操作している。


「まあ、それでもいいけど。正直誰か一人いればいいし。

 けど、そんなに怖いなら私のそばにいるのが一番安全だと思うけど?」


「う……イオ……ちゃんは平気なの?」

 

 憔悴しきった様子のミサキが尋ねる。


「うん、最初からそういう風に育ってきたからね」


 そうなんだ、と呟き縮こまってしまったミサキを見下ろしながら、

 大樹はイオに問いかけた。

 

「で、アンタは確か自分のことを”専門家”だと言ってたよな?

 その”調律者”を狩りにきたってことでいいのか?」

 

 ミサキとは裏腹に大樹の顔は少し高揚しているように見える。


「違うよ?まあ、専門家なのはそうだけど。

 だけど狩りに来たとかそういうのはない。

 別にあいつら無暗に人を襲うわけでもないしね。

 見かけたら追っ払うくらいはするけど」


 は?と大樹が口を開く。


「だってさっき散々襲われたばかりだろ?

 それに天敵だって言ったばかりだろ?何言ってんだ?」

「いや、あれはこっちがちょっかい出したからでしょ?

 あいつらは基本的に”アンカー”を目指してるだけ」


 はあ、とイオはため息をつく。


「とにかく、あいつらの相手をすることが私本来の任務じゃない。

 それはそのうち”別動隊”が来るよ。私の仕事はこっち!」

 

 と言いながら大樹に向かってタブレットの画面を翳す。

 タブレットには2人の女子高生「鈴掛ユリ」「真壁マキ」のデータ。


「ちょっと待ってくれ、アンカーって何だよ?

 あんな化け物ほっぽり出して女子高生の調査って言われても、

 ますます意味が分からない!」

 

 大樹はやっとのことで飲み込めた事態が、

 また振り出しにもどり驚嘆する。

 荒谷をはじめ他の面々も驚きを隠せない様子だ。

 イオは再びため息を1つ。


「めんどくさいなあ。アンカーは杭だよ。

 世界に7つある見えない杭。

 O.A.S.I.S.はアンカーを調律者の手から守ってる組織。

 さすがにこれ以上は言えない。」


 イオはタブレットを指先で弾きさらに付け加える。


「けど私の任務は今回それとは別。

 それにこの子たちが関わってるってこと。

 あと無視まではしないけど、

 あいつらの相手は別働隊がするってさっき言ったじゃん。

 そういうことで明日から潜入調査するから。」


 そういって再びタブレットを大樹に見せる。

 そこには「蒼樹大付属高等学校 転入届け」と書かれた、

 処理済みの判が押された用紙が映っていた。


「はあ!?」


 大樹はただ目を丸くするだけだった。

 荒谷は何か考え込んでいたが重い口を開いた。


「なるほど……色々と合点の行く話だった。

 別動隊の件も先ほど防衛省から打診があったところだ。

 そちらはアメリカ軍として展開するようだが。

 SCSAもそれに協力するよう要請が入っている。」


「私のほうでも少し動いてみよう。

 チームラプターは引き続きイオ・ナナセのサポートを。

 私はこれで失礼する。

 我々の知らない未知の敵がいるというのならば、

 これからそれに向けて備えねばならんからな。

 よろしく頼むぞ」


 荒谷はそう言うと通信を切った。


「そういうわけだから。よろしくね、チームラプター?

 あー疲れた。今日はもういいよね。ホテルに戻っていい?」


 イオはそう言うと立ち上がってセンタールームの扉へと歩いていく。

 支局長が内線を通じて車を手配している。 

 大樹たちはその自由すぎるエージェントの後ろ姿を見つめながら、

 大きなため息をついた。


「なんだかとんでもない話になってきたな……」

 

 とイサムが呟く。


「何も知らないで巻き込まれるよりはいくらかマシ?かもね」


 ユウが肩をすくめてそう答える。

 ミサキはまだ何やら考え込んでいるようだった。

 この日彼等の知る日常は終わりを告げた。

『調律者』、『オルターフェイズ』、『アンカー』、そして『女子高生』。

 決意もままならないうちに問答無用で彼等の知る世界は今後も変わっていくのだった。

 

 

 一方でその頃サイラス・マーサーは、

 蒼樹市中心地の高層ビル群に到着していた。

 ホライズンツリーの程近くに建つITRAビルは、

 螺旋のように捩じられた特徴的な風貌を持っている。

 国際技術研究機関、通称ITRAは多国籍企業や、

 国家が出資する国際的な研究機関である。


 バイオ、ロボティクス、医療と、

 様々な新技術の共同研究や開発を行っており、

 その技術はSCSAや警察、病院、蒼樹市というモデル都市の中で、

 様々な機能を提供していた。

 そのITRAビルの中程の一室の部屋にから淡い光が漏れている。

 斜めに切り立った窓のそば、

 蒼樹市の夜の街並みを見つめる壮齢の金髪の男が佇んでいる。


「ニコラ・ハスター統括理事。

 サイラス・マーサー氏が到着された模様です」


 秘書官らしき男がそう伝えると、

 ニコラは振り返り返事もせずに円卓の席着いた。

 会議室のドアが開き機械の頭部を持つ男が入ってくる。

 円卓にはニコラと制服姿の日本人男性。

 ペッパーズゴーストのようなホログラムで、

 さらに1人の日本人男性と白人男性、一人の白人女性が着座している。

 

「手ひどくやられたものだな?サイラス」


 ゴーストの一人、大柄な体躯の白人男性がそう声をかける。

 

「マクレガー……これだから軍属あがりは好かんのだ。

 アノマリー相手に通常兵器は無意味だと、

 シュミレーションでも分かっていた。

 この程度の被害は想定内だ」


 サイラスが合成音声でそう答える。

 

「アノマリーにアリューシャンの亡霊。

 この戦闘データで分散型量子認知マトリクス……DQCMと

 エイドロンインターフェイスは完全なものとなる。十分な成果よ」


 もう一人のゴースト、中年の白人女性がそれに対して意見する。

 

「Drソーン。プロトタイプの運用はもう始められるのか?

 アレに対抗する手段が早期に必要だ。

 エコーズをこのままにしてはおけない。内部反発を招きかねん」

 

 円卓に腰かけたSCSAのバッチを付けた日本人男性が重々しく声を上げた。


「来月はエリュシオン構想のセレモニーがある。

 そこには間に合わせよう。サイラスもそれでいいな?」

 

 ニコラがそう言うとSCSAの男とサイラスが頷く。


 センターのモニターにはイオとサイラス、

 そしてローンパックとの戦闘記録が再生されている。

 カメラにローンパックの異様な姿が映し出されると、

 議員バッチを付けた初老日本人男性が呟く。

 

「分かってはいたがこうして実際に見ると恐ろしいものだ……

 我々も万全の体制を整えよう黒木君。」

 

 SCSAの男、黒木はそれに頷く。


「日本は日本の組織の手で守るべきだ。

 我々はずっとこの為の準備をしてきた。

 O.A.S.I.S.の好きにさせるわけにはいかない。

 そちらのことは頼むよ、柳田経済産業大臣」


「分かっている。こちらのことは任せたまえ。

 私は今回の件で会合があるのでこれで失礼する。

 では黒木君、後ほど会おう。」


 大臣のゴーストが消え黒木もそれに伴って退出する。

 2人の日本人が退出したのを見届けたニコラも席を立ち窓の外を眺める。

 

「滑稽ね。国なんて概念はもはやなくなるかもしれないと言うのに」


 Drソーンは皮肉な笑みを浮かべてそう言った。

 

「日本は我々の新天地だ。

 DQCMが”不可視の塔”に接続されれば世界は変革される。

 もうO.A.S.I.S.に邪魔などさせんよ。」


 ニコラはそう言って瞳の奥に灯る野心を少しも隠さずに窓の外を見つめいた。


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