幕間:修道院のミオ4
5名のシグネチャーズが激しい攻防を繰り広げる最中。
グライダー型ドローンを駆るミオが、膠着した敵陣を視界に捉えた。
「とりゃー!」
「クソ、もう来たのかよ!」
レオが舌打ちと共に、巨大なロッドを振りかぶる。
先端のプラズマ球がみるみる膨れ上がった。
雷鳴のような音を立ててミオへと放出される。
「タン、タン、タン」
そう口ずさむとミオはドローンの動力を空中で停止させた。
ミオのドローンは推力を失いキリモミしながら自由落下を始める。
レオが放った光球は、標的を大きく外れ、
機体の数メートル上空を通り抜け、虚しく爆散した。
「ダンダダン!」
地面が眼前に迫る中、ミオは再点火ボタンを叩く。
再起動したジェットが火を噴く。
ドローンは地面すれすれを猛スピードで滑空しだした。
爆風の残滓を突き抜け、呆然とするレオたちの真横をすり抜けた。
「やばい!カノン、撃ち落せ!」
「りょ、了解!」
レオの怒鳴り声に応じ、カノンが泥の海から無数の槍を生成する。
ミオのドローンは右左と旋回しながら不可思議な動きでそれを回避していく。
「そっちにばっか気を取られていいのかな?」
手薄になった正面の弾幕。
その隙をアリサが見逃すはずもなかった。
射出された四つの杭がカノンの眼前に迫る。
杭はカノンの足元に突き刺さり、彼の運動エネルギーを奪い始める。
「しまっ……た……」
カノンが身動きを封じられた横を悠々とドローンが通りすぎ、
ミオが流れるような動作で地面降り立った。
彼女は訓練用ロッドを一閃させた。
カラン、と乾いた音を立てて、拠点の旗がなぎ倒される。
「ぶい!」
土煙が舞う丘の上。
倒れた旗を手にミオが丘の上でVサインを高らかに掲げた。
アリサが満面の笑みで駆け寄りミオにハイタッチする。
「よっしゃー!完勝だー!」
「やられた……せっかくエリザを封じ込めたのに……
またミオに持っていかれた……」
レオの手からロッドが滑り落ち、がっくりと膝をついた。
項垂れるレオにミオが旗を担いでパタパタと駆け寄ってくる。
「レオ兄!お疲れ様!最後のヘリオス・オービットすごかったよ!
こーんなだったもん!」
ミオが腕を精一杯広げてプラズマ球の大きさを表現して見せる。
「いや、当たらなきゃ意味ねえって……無茶苦茶だよ。
エンジン停止して回避するとかさ?」
「えへへ、びっくりした?」
「エンジンの再点火、地面まで残り三メートル切ってたぞ。
心臓に悪いから、あんな真似すんじゃねえよ」
レオが毒づきながらも、ミオの頭をクシャクシャと撫でる。
そこへ、カノンとシノンが肩を落として歩いてきた。
「アリサ姉の杭、苦手……。ミオは動きが予測できない」
「カノンはよくやった。ミオのウィスパーズはやっぱりズルい」
双子がぼやいているとその横に、アリサとエリザも合流する。
「ふふん、いやーまだまだだね、諸君!
ウチ等のチームワークはそう簡単にはくずせないから!」
アリサが誇らしげに胸を張ると、エリザが冷静に付け加えた。
「ミオ、あの自由落下はウィスパーズを信じすぎだよ?
万が一、空気が薄いスポットがあったら再点火できずに激突してたわ。
次はもっと安全マージンを取らないとね?」
「はい!エリザ姉!次から気をつけます!」
元気よく答えるミオを先頭に、一同は汗を拭いながら神殿へと向かった。
神殿に辿り着いた彼等はエレベーターでの指令室へと向かう。
そこでは腕を組んだエヴァンジェリンが彼等を迎え入れた。
彼女の背後では分析官が他の場所で行われている演習の様子を解析している。
エヴァの手に先ほどの戦闘リポートが白衣を着た分析官の手から渡された。
エヴァはリポートにざっと目を通すと彼等に視線を向けた。
「みんな、ご苦労だったね。
それぞれ課題はあるが総じていい動きだったよ」
第一声に彼等の顔に安堵の表情が浮かび顔を見合わせる。
「まずはそうだね、レオ」
「はい!」
レオが姿勢を正しエヴァンジェリンに向き直った。
「ヘリオン粒子との同期は以前より格段によくなってるね。
異相からの流入量も安定してきてる。
イェヒダー・ブリッジ、異相と現世を繋ぐ意識の架け橋が、
ようやく安定してきた証拠だ。
後は焦ると弾道が単調になるクセをもっと見直していくんだ」
「了解です!マスター!」
指摘を受けレオが胸に手を当てて答える。
エヴァはレポートに目を通しエリザの能力の項目で視線を止めた。
「オルソ粒子の半減期が1.2秒か。
以前よりはだいぶ伸びてきてる。あともう少し伸ばしていきたいね」
エリザはエヴァの指摘に頷き彼女の教えを復唱するように答えた。
「基底相はイェヒダーによる『観測の維持』を常に拒もうとする。
意識のピントがわずかにでもズレると、
粒子は元の未確定な異相へと還元して消えてしまう、ですよね。
戦闘時の量子コヒーレンスをもう少し見直してみます」
エリザの自己分析を聞いてアリサやレオが引きつった表情を浮かべる。
エヴァの隣の分析官はそれを聞いてにこやかに答えた。
「さすがは研究生主席。完璧な自己分析です。
しいて上げるならオルソ粒子は時空平坦化特性を持つ、
希少な粒子ですから1秒でもできる事は多い。
無理せず安定化を目指すのも手です」
「はい、ありがとうございます。半減期の延長と安定化に努めます」
エリザが胸に手を当て分析官とエヴァに敬礼する。
「知識に関しちゃもうエリザはもうアタシ以上だね……」
エリザの知識への造詣にエヴァは舌を巻いた。
エヴァは続けてアリサ、カノン、シノンの総評を終える。
そしてミオのレポートを目にしながらミオに向かって呟いた。
「ミオ……あんたは相変わらずデタラメな数値だね……」
エヴァのその言葉にミオが口を尖らせる。
「師匠!デタラメじゃないよ?
ちゃんと”囁く者”の言う通りに動いただけだもん」
「誉め言葉だよ、戦闘時量子コヒーレンス維持率99.8%。
カタリストもなしにこの数字だからね」
エヴァからの賛辞に、ミオは満足げに満面の笑みを浮かべる。
それを尻目にレオは不満げに呟いた。
「ホント、俺らも一応セミナリウム上位特権のカタライザーだってのに。
カタリストなしで”常時同期”とかデタラメだよな……」
レオは専用のロッド型カタリスト、”ヘリオス”を大事そうに労わる。
アリサと双子もそれに同意したように頷いてみせた。
「いいな、私もカタリスト欲しい!」
ミオは褒められて上機嫌な笑顔を見せている。
「ミオはまだ12歳でしょ?
カタリストはね、それぞれの特性に合わせた専用品。
ここでも上位の数名にしか配給されない。
しかも、カタリストを受け取るってことは、
戦場出ることに同意した証でもあるんだよ?
もうちょっとの間、姉さん達にミオを守らせてくれる?」
アリサが諭すように言うと、ミオは少し考えた末に、力強く答えた。
「うん、分かった!皆みたいにもっと強くなるまで待つね!」
そう言うミオの頭をエリザが優しく撫でた。
エヴァはその様子を目を細めて一区切り見届けるとパチンと手を鳴らした。
「……さて。総評はここまでだ。
全員、着替えて修道院に戻って食堂へ行きなさい。
今日の夕飯は、アリサが楽しみにしていた特製ビーフシチューだよ」
エヴァの言葉が終わるか終わらないかのうちに、
一同から「よっしゃー!」と歓声が上がった。
リフトで地上へ戻ると、そこは静寂に包まれた修道院の回廊だった。
地下のオイルとオゾンの匂いは消え、古い木と没薬の香りが漂う。
金属繊維のボディスーツのイジェクトボタンを押すと、
それぞれ質素な修道服へと着替えていく。
「エリザ姉ちゃん、おかえりー!」
「あ、アリサだ! 昨日のおやつ、またちょうだい!」
「ミオ姉、また本読んでー!」
中庭に出ると、年少組の子供たちがわっと集まってくる。
つい数分前まで戦場で火花を散らしていた彼女たちの表情が、
一瞬で優しい「家族」の顔へと切り替わる。
「こらこら、押さないの! エヴァに怒られるよー?」
ミオは子供たちの頭を撫で、抱き上げ、太陽のように笑う。
「今日のご飯なんだか知ってる?ビーフシチューだって!」
ミオがそう言うと子供達は跳ね上がって喜びを全身で表現する。
その微笑ましい光景を、エヴァも遠くから目を細めて見守っていた。
人間不信で失語症のミオはもういない。
ここでの出会いが彼女を明るい少女へと変えていた。
自分がかつて「異物」として親に捨てられた痛みを知っているからこそ、
エヴァ達が本気で愛してくれたからこそ、
彼女はこの場所と、ここにいる「家族」を誰よりも愛していた。




