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1部エピローグ:人間らしさと鳴動する翼

 蒼樹市の夜景が、ヘリの高度が上がるにつれて遠ざかっていく。  

 キャビンの中は、ローターの重低音だけが支配していた。

 ヘリに乗り込んだ後、イオは窓の外を見つめたまま、一言も発しない。

 その横顔は、夜の闇に溶けてしまいそうなほど静かだった。


「……いでで。あー、まじかよ」


 大樹が背中を押さえながら、呻き声を上げる。

 シートに深く体を預け、呼吸のたびに顔をしかめていた。


「はあ……肋骨やられてんじゃないのか、それ?」

「……にしたって二度も現役の女子高生にやられるとか、

 マジで報告書書くの嫌なんだけど」


 イサムとユウがコクピットのミラー越しにボヤく。

 

「そう言うけどな、只者じゃないぞ。あの子?

 七瀬ともそこそこやり合ってたし……いって」


 大樹は弁明しながら再び背中を押さえる。

 

「はいはい、大樹は『只者じゃない女子高生』に完敗したって、

 私が美辞麗句を並べて報告しておいてあげるわよ」

 

 ミサキが、皮肉を込めてため息を漏らす。

 通信機越しに聞こえてくる断片的な音声だけでは、

 オムニトロンの屋上で何が起きたのか完全には把握できていなかった。

 大樹の惨状を見るに、それなりに激しい戦闘があったことは推測できる。

 現場にいたのは壮年の男女にあとは3人の高校生。

 だが結果は大樹は負傷、ランサーは破壊されイオは心身喪失気味。

 現場を見ていない3人にしびれを切らしたように大樹が語りだす。


「好きに言ってろ。……現場を見てたらそんな事言えねーよ。

 空手ガールの蹴り、完全に肝臓狙いの一撃で仕留めにきてた。

 ほんの一瞬の隙を狙ってだぞ?

 大人しそうなお嬢さんだって何をしたのか七瀬を黙らせちまったし。

 ……何より、あの青い髪の子供だ。宙に浮くわランサーを鎮めるわで……」


「は……?宙に浮いた?」

「あの小さな子にやられたのか?どうやって?!」

 

 イサムとユウがそれに驚きに声をあげる。

 大樹がその時の異様な状況を説明し始める中、

 ミサキは視線を前方――イオの背中へと移した。

 イオは微動だにせずただ俯き加減で窓の外を見つめている。


 ヘリはSCSA本部のヘリポートに滑り込むように着陸した。

 エンジンが停止し、ローターの回転が落ちるにつれて静寂が戻ってくる。

 イサムとユウが地面に降り立ち、

 大樹がミサキに肩を借りながらゆっくりと立ち上がる。

 それでもイオだけが腰を上げようとしなかった。


「着いたよ。……イオちゃん?」


 ミサキが不審に思って顔を覗き込み、息を呑んだ。

 月明かりが差し込むキャビンの中で、

 イオの大きな瞳から、止めどなく涙が溢れていた。

 彼女は声を上げることもなく、

 ただ静かに、嗚咽をもらすように顔を歪めている。


「……えっ? 嘘? どこか痛いの? 怪我してたの!?」


 ミサキの狼狽うろたえた声に、イオは慌てて袖で目を拭った。


「……別に。なんでもない」


 強がるその声は、震えていた。  

 ミサキは、通信越しに聞こえたあの会話を思い出していた。

 鈴掛ユリという少女に何かを突きつけられていた瞬間。

 イオはいつになく取り乱し、叫び声を上げていた。

 目の前にいるのは、圧倒的な武力を持った、

 あの高慢なエージェントとはとても思えない。

 何かを失い、何かを求めて彷徨ってきた、

 か細い肩を震わせる年頃の少女だ。

 

 ミサキは黙ってイオの隣に静かに座った。

 そして、自分のポケットから真っさらなハンカチを取り出し、差し出す。

 イオはそれを受け取ろうとはしなかった。

 ただ、じっと俯きながらこぼれる涙を指で掬い上げる。


「指で擦ると目が腫れちゃうからさ。使いなよ」

 

 ミサキは困ったように微笑み、そのハンカチをイオの膝の上にそっと置いた。

 イオは膝に置かれたハンカチを黙って見つめていた。

 ぽたぽたと、白い布地にシミが広がっていく。


「私さ……」


 喉の奥から絞り出すような、掠れた声だった。


「親友が、いたんだ……」


 ミサキはただ「うん」と小さく頷いた。

 それを合図にしたかのように、イオは少しずつ、堰を切ったように語り始めた。

 アリューシャンという極寒の地での日々。

 兵器として作られた自分たちのこと。

 スペインの洞窟の最下層、天井を埋め尽くす絶望。

 自分を生かすために青い炎となって消えた親友――ミオのこと。

 嘘にまみれた英雄という肩書の元、

 死地へただひたすら赴いてきた孤独な旅路。

 

 キャビンの外で待機していたラプターの隊員たち。

 彼等もいつの間にか足を止め、その告白に聞き入っていた。

 自分たちの知らない場所で、人類の存亡を賭けて戦い、

 無数に散っていった少女たちがいたという事実。

 そして、この目の前の小さな少女が、

 その全ての犠牲を背負って戦い続けてきたということ。

 けれどこの少女が涙を流しているのは、

 そんな壮絶な運命そのものについてではなかった。


「悔しいんだ、私は……あの子の何を見てたんだろうって」

 

 髪飾りを手で抑えたイオの顔に苦悶が浮かぶ。

 

「一番大事にしてきたのに……他人に言われて、やっと気づくなんて」


「それなのに、救われたって……思うなんて……」

 

 ユリに「伝わってるよ」と言われた瞬間の、あの胸の疼き。

 その言葉はあの瞬間確かに救いだった。

 ただ時が経つにつれ何故自分は気づけなかったのだろうという自責の念が、

 ふつふつと湧き上がってきていた。

 イオはハンカチを握りしめ、顔を伏せた。


「私は、最低だ……」


 沈黙の中、ミサキが優しく、しかし確かな口調で言った。


「そんなことないよ……」


 イオが赤い目をミサキにむける。

 ミサキは続けてイオに語り掛けた。

 

「人間なんて、皆……そんなもんじゃないかな?」

 

 ミサキは、真っ赤になったイオの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「自分にとって本当に大事なものほど、自分じゃわけ分からなくなる。

 近すぎて見えないし、失うのが怖くて目を逸らしちゃうから。

 ……不器用で、格好悪くて、でもそれが”普通”の人間だよ」


「そういえば昔似たようなこと言われたきがする……」

 

 ミサキの言葉がイオの記憶の底に眠っていた既視感を呼び覚ます。

 イオの脳裏には、カイルの苦笑いが浮かんでいた。

 

『君のように論理的で迷いがないことが、”完成”だと言いたいのか?』

 

『葛藤こそが人間らしさなんだよ。

 無駄なことを選び、間違い、

 それでも何かを信じようとする意志が大事なんだ 。

 君にはそれをこれから学んでもらう。』


 ――そうか。


 イオは小さく息を吐いた。

 あの時、あの部屋で。

 カイルが、そしてミオが、自分に何を伝えたかったのか。

 システムのように最適解を選ぶことが正解ではない。

 泣いて、迷って、それでも誰かを想って立ち止まる。

 その不合理な心の揺らぎこそが、

 彼女たちが伝えたかった「日常」そのものだったのだ。


「無駄ばっかりで……間違ってて……まさに今の私の事だな」


 イオは、涙で濡れたハンカチで力強く目を拭った。


「……化け物とか英雄とか、そんなこと気にして馬鹿みたい」


 鼻をすすり、少しだけ腫れた頬をさすりながら、

 イオははにかんだように笑った。

 

「私も……人間なんだってやっと分かった」


 その笑顔は、これまでの誰かの真似事ではない。

 七瀬イオという一人の少女が、自分の意志で、

 今、この瞬間に生み出したものだった。

 

 その様子を静かに見守っていた大樹とイサムが黙って顔を見合わせる。

 イサムが先に口を開いた。

 

「大樹、どう思う?」

「普通なら……信じられないような話、だよな。

 けど、嘘だとは思えない。色々見た後だってのもあるが、

 あんな顔見ちまうと、やっぱ……な?」

「はあ、……これだから童貞は」

「は?なんでそうなる!?」

「いたいけな少女にほだされて信じちゃうなんてお可愛いな、大樹さん」

 

 イサムの茶化すような言葉に、大樹は苦笑いしながらも、

 ヘリの中に残る二人の影を優しく見守っていた。

 

「……いいじゃねえか。青臭いかもしれないけどさ。

 訳の分からないことだらけでこのまま嫌々任務をするより、

 いじっぱりで泣き虫のガキの尻ぬぐいをするほうが俺はよっぽどいい」

「まじかよ……お前感性中学生か」

 

 イサムは大樹のセンチメンタリズムについていけない様子で一歩後ずさりした。

 大樹はそれを見て苛立ちを垣間見せる。

 

「は?なら、そういうお前はどうなんだよ?イサム」

「正直話半分って感じかな。冷静に考えて。

 上が何か隠しごとしてるってのは分かるが、

 いきなり世界の滅亡って言われてもな。

 ……そういやユウはどうした?」


 そう言われて見回すと碓井ユウの姿が見えない。

 彼はすでにヘリから数百メートル離れた場所に歩きながら通信端末を耳に当てていた。


「ええ……ですね。ほぼ想定どおりっす。

 七瀬イオの”ルアハ”は覚醒しました。

 鈴掛ユリはいまのところまだ未知っすね。

 にしても幻視のオフィーリアってやっぱすごいですね。

 ここまで視えてたのかと感心しちゃいますよ」


 ユウの声が、夜の闇に溶けていく。

 その通信の先は、ロンドンのメイフィア。

 金色の翼が威厳を称える重厚な門。

 広大な敷地を持つ19世紀のネオ・ゴシック様式の石造りの邸宅の地下。

 ヴィクトリア王朝時代の様式に先進の設備が整えられた執務室。

 ティーカップを片手に紅茶をすする男の姿があった。

 ロード・レイブンスウッド。そして彼の前に佇むボサボサな髪の男。

 その男がユウに向かって返事をする。


「了解した。成果は上々みたいだな、引き続き頼むよ。ユウ・ウスイ」

「了解です。サー・カイル、ではまた!」


 ユウがそう言うと通信はそこで切れた。

 ボサボサの髪の男、カイル・マーロウはロードに向き直る。


「イオがついに”シェキナー”への第一歩……か。

 いよいよ次の段階に進めそうですね。

 しかし青い髪の子供か……アレはなんなんです?」


 ロードは紅茶を口に含むと間をおいて語りだす。


「さあな。”幻獣”についてはオフィーリアも口を濁している。

 もやがかかったように”視えない”とな。

 ただ、今のところ我々に害するものではない。とも言っている。

 アレを気にするのは後だ。

 七瀬イオをマルクトの門主ゲートマスターとして向かえる準備を進める。

 お前にはアレと共に日本に向かってもらいたい」


「はっ。……”天逆鉾あまのさかほこ”ですか。

 ミオの献身がようやく報われますね……。では、さっそく準備に……」


「待ちたまえ。日本にはこれから重大な転機が訪れる。

 それに対処する為、他にも同行してもらうものがいる。

 ちょうど、着いたようだな。」


 ロードが視線を向けた先。

 重厚な扉が、ギイという音を立てて開かれた。


「久しぶりね。カイル・マーロウ」


 高く、澄んでいるが、どこか現実離れした威厳を孕む声。

 扉を開けて入ってきたのは、白雪のような髪と肌、

 そして吸い込まれるような紫紺の瞳を持つ少女だった。


「あなたも……来ていたのか。リリア・レイブンスウッド」

 

 カイルが驚いていると、

 遅れてまるで精霊のような神秘を体現した、

 黒髪を腰まで伸びた長い髪の閉ざされた瞳の女性が入ってくる。

 彼女がうやうやしく頭を垂れる。

 

「ご無沙汰しています。ロード」


「リリア、オフィーリア長旅ご苦労だった。

 すまないが”天逆鉾”の調整が終わりしだい日本に発ってもらいたい」


 リリアがフゥとため息を漏らす。


「ほんとに人使いが荒いのね。

 日本に直行させてくれたらいくらかマシだったというのに」


「驚いた……2人を日本に送るなんて正気を疑いますよ。

 彼女の護衛ならエヴァンジェリンで良かったのでは?」


 カイルがロードに振り返り問いかける。

 それをリリアが遮った。


「エヴァは無理。私情が入り過ぎるわ。

 第一彼女にはウィスパーを見守ってもらわないとね。

 それに私が日本に行くのは女王の勅命。

 お義父さまの代理としての政務よ。

 何より……ミオの意思、英雄の覚醒は私が果たすわ」


 カイルは舌を巻いた。

 彼が知っていた頃のリリアとはまるで違う。

 今そこにいる13歳程度の少女は、

 誰もが圧倒されるロードの前だというのにまるで気おくれしていない。

 

「我々は日本でこれから発生する事案を機に王室の勅命を持って、

 未曾有の危機の全てを世界に公表する。

 そしてRSGとシグネチャーズが今後この危機管理にあたるものとする」


 ロード・レイヴンズウッドの声が執務室に響いた。

 扉の奥から5名の深い漆黒の修道服タバードを纏った男女が姿を現す。

 だが、その足取りや纏う雰囲気は、聖職者のそれとは程遠い。


「シグネチャーズの頂点……。

 セブンスゲートのマスターが6人……。

 ついに本気で動きだすつもりなんですね」


 魂の深淵”イェヒダー”を構成する”10の門”。

 そのうち深淵の下位に属するのが”7つの門”。

 その7つの門の名を冠するシグネチャーズの門主ゲートマスター

 空座となっている”マルクト”を除いた6つ門主がそこに勢ぞろいしていた。

 

 第4の門ケセド 慈愛の団マスター エヴァンジェリン・クロワ 。

 第5の門ゲブラー 峻厳の団マスター カイウス・アイアンサイド。

 第6の門ティファレト 調和の団マスター レグルス・アウレリウス。

 第7の門ネツァク 法則の団マスター ヘレナ・スターリング。

 第8の門ホド 具現の団マスター ヴァルカン・ウィーバー。

 第9の門イェソド 夢想の団マスター オフィーリア・コーダ。


 その誰もがシグネチャーズの中でも規格外の”異能”を持つ。

 全員が揃うことは稀だった。

 自身もシグネチャーズの一員であるカイルは場に充満する、

 特異な空気の変容を感じて額に冷たいものが落ちる感覚を味わっていた。


「こうして揃うとさすがに壮観ですね……

 ”サー・グランド”はさすがに不在ですか」


 カイルの言葉に金色の長い髪をたなびかせた男、

 レグルス・アウレリウスが落ち着きのある声で答える。


「アラステア卿なら”奴等”の対処をお一人でされている。

 我等の団で対処すると言ったのだが、あの方はまったく耳を貸さないのでな」


 レグルスの言葉に巨躯の銀髪褐色の女性、

 エヴァンジェリン・クロワが高らかに笑い声を上げた。

 

「あの爺さんらしいね。

 それよりも聞いてたよ、リリア様。

 ……言うようになったじゃないか。

 ま、こっちのことは任せてくださいよ。

 日本で思う存分使命を果たすといいさ」


 エヴァンジェリンは白い歯を見せてニカっと笑う。

 リリアは短く「うん」と告げた。


「リリア様の護衛は我が団から精鋭を数名とオフィーリアが就く。

 ご安心を。」


 エヴァンジェリンを上回る巨漢。

 黒髪の短髪、いかにも武人といった風貌の男カイウスが短く告げた。


「カイウス、オフィーリアありがとう。よろしく頼むわ」


 リリアもそれに短く応える。

 フードを被った奥で冷徹な眼光を宿す細身の男、

 ヴァルカン・ウィーバーが低い声で呟く。

 

「リリア様の設計した”天逆鉾”の調整リウィーブはもう少しで終わる。

 カイル、日本に着いた後はお前に任せるぞ。仕上げて見せろ」

「はい、七瀬イオに適合させるよう必ず仕上げます、マスター」


 ヴァルカンはカイルが所属する”具現の団”のマスターだった。

 彼の冷徹な視線にカイルはいつもの彼らしくない冷や汗を流す。 


「それで……残った私達は”高位”に備えて各地のアンカーに配備、

 それで良かったかしら?」


 黒いベールで顔を隠した妖艶な声の主、

 ヘレナ・スターリングがロードに尋ねた。


「その通りだ。

 ”アッシャーの光輪アッシャーズヘイロー”も表立って動き始めた。

 これまでアンカーはO.A.S.I.S.に任せていたがそれも終わりだ。

 もはや”高位調律者”と奴等を別々に対処する段階ではない。

 ”世界の修復”は必ず我等の手で行う。

 5000年に及ぶ因果をここで断ち切ってみせろ」


 ロード・レイブンスウッドの号令にマスター達が胸に手を当てて答える。

 日本から遠く離れたイオやユリ達の見知らぬロンドンの空に夕闇がかかる。

 漆黒の修道服タバードを纏ったマスター達がそれぞれの使命を胸に動き出す。

 そしてリリア・レーベンスウッドと日本で因果を結んだ少女たちとの邂逅が迫っていた。

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