揺り籠に咲く花2
「全部……」
悲痛な叫びがミオの最後の囁くものの慟哭と、
シンクロしたようなドス黒い情動を渦巻いていた。
「――無くなってしまえ!!!」
その叫びにランサーが反応し花弁が展開する。
花弁が射出され6角形の陣が組みあがる。
ピリピリと空気が震え世界を裏返すような異質な空間が出現しようとしていた。
「それは……!そいつは駄目だ……七瀬!!」
大樹の脳裏に灰燼と化した鶴鳴橋の様子が浮かぶ。
大樹は立ち上がりイオを止めようとしたが体が思うように動かない。
堅牢なコンクリートにヒビが入り地震のような揺れを感じる。
ビリビリと刺すような振動がマキの肌を震わせる。
「何!?これ、イオがやってるのかよ?!」
異常な事態を感じたマキはイオを睨みつつもユリに肩を貸し後ずさりする。
「こいつは……まずい……ここから離れるぞ」
そう言って反対側にベンが駆けつける。
リナがエレベーターのボタンと押しどこかへ連絡を取っている。
タケルはノアの頭に覆いかぶさるようにその場で低い体勢を取った。
イオはただその様子を見ながらユリへと視線を向ける。
それぞれ大事なものを庇おうと必死な大人達とユリの友人達。
(……なんだ……これ。私、何しようとしてるんだ……)
(……こいつらを許せないってそう思って……)
(そうだ……全部壊してしまえば……それで終わりにって……)
イオは照準を向けながら感情がどんどん裏返っていくのを感じた。
左手が、苦しくなる一方の心臓を掴もうと藻掻いた。
自分が手に入れられなかったものを持つ同じ化け物への嫉妬という感情。
初めて知るその感情に飲まれてく。
(こんなの知らない……怖い……)
ただただ、そうイオは感じた。
(…みー、怖い……たすけてよ…)
前に突き出したその右手。
みーを失った時と同じ姿勢。
同じ呻き声。
「う……ああ……」
あと一握りするだけでこの場にいる物全ての命を握りつぶせる。
この場の絶対的な強者であるはずのイオ。
その顔に浮かんでいるのは余裕でも愉悦でもなかった。
ただ命を懇願するような真逆の立場の人間の表情だった。
ユリがマキとベンの手を振りほどいてく。
「ごめん、マキ。私、七瀬さんと話さなきゃ……」
「だめだよ!あれはやばい……逃げなきゃ!」
ドン!
ユリは精一杯の力でマキを押し飛ばした。
「ごめん!ノアを、皆をお願い……」
何か覚悟めいた表情でマキにそう言うとイオに向き直った。
「ユリ!」
マキがそう名前を呼んだがユリは振り返らない。
もう誰の言葉も自分の意思を曲げることはできないという決意。
アドとのエンタングルを決めた時のユリの表情を彷彿とさせる。
「くそ!本当に強情なんだから……信じてるから、無理すんなよ!」
マキは苦悶を浮かべながら皆を避難させる。
ユリは今にも壊れそうなイオを見つめている。
「……七瀬さん……思い違いだよ。
それ、憎しみなんかじゃないよ……」
イオの瞳がぴくりと動く。
「……何……言ってんの?」
わなわなと右手が小刻みに震えた。
「アンタ、どこまでボケてるの!?この手を握れば……。
アンタはこの世から!跡形もなくなるんだよ!!」
ユリのその様子にイオは怒りを覚えた。
”日常”とは、”平和”とはここまで人を愚かにするのか。
「ずっと聞こえてる。私達が憎いって。
でも……伝わってくるのは……それとは全然ちがう」
「悲しさ、寂しさ、何かに飲まれてしまいそうな恐怖」
「憎しみなんかじゃない。
あの時の私と同じ、助けを求める……それは懇願だよ」
ユリは感じとった想いを言葉にし始める。
それは自分の想いだけではない。
「ふざけんな……聞こえてるって?伝わるって?
アンタは……人の思考が読めるって言うのかよ!」
伝えなきゃいけない。
笑顔の似合うイオの中にいる少女の想いも。
「”囁くもの”って言うんでしょ?これ?」
ユリは自分の頭を指で指し示す。
イオにしか分からないはずのその能力の名を口にした。
「なんで、あんたがそれを……」
イオは怯えたように首を振る。
「違う、ウィスパーズは……」
ミオの能力は生きた人間の心を読むようなものではない。
確か、残響の声を聴くもの。
鈴掛ユリが何を言ってるのか、意味が分からない。
ユリはさらにイオに問い詰める。
「……私達、親友だよね?」
「そう”彼女”は言ってたんだよね?!」
イオは声もなく首を振り言葉を拒絶するのが精いっぱいだった。
ユリはイオをまっすぐ見つめ叫ぶ。
「親友!だったんでしょ!!」
イオの右手が震えて重力に逆らえなくなったようにだらんと落ちた。
唇が震え、うまく言葉が出ない。
「……待って……あんた何……が聞こえて」
自分の思考?
それともみーの残響?
分からない。何が起こっているのか。
「ミオ…さん?大事な人だったんでしょ?!」
激しい動悸がイオを襲った。
イオは片手で顔を押さえ、もう片手で胸を押さえつける。
「ちがう……私は……」
馬鹿げてる。
はっきりミオと口にされたことで、そう言いたい自分の意識が遠のく。
いつもの冷静な自分が遥か遠くの存在に感じる。
もう無理だと、しまい込んだはずのもの。
叶わない”懇願”が表に出ていこうとするのを止められない。
「言えなかった…んだ」
何を言っている?
何を言おうとしてるんだ?私は?
「だからそれを伝えたくて…でも……みーはもういないから」
何故そんなこと言い出す。
やめてくれ。
誰にも聞かれたくない。
聞いて欲しくなんかない。
それが、口から勝手に漏れ出していく。
イオの願いは聞き入れられず全てを”聞いて”いるユリが小さく呟く。
「大丈夫だよ……」
今聞こえていることだけではユリには分からないことが沢山ある。
七瀬イオがどんな風に生きてきたのか?
笑顔の似合う少女が何と戦い、何の犠牲になったのか?
でも確かに。
この人は自分達の知らない世界の果てで苦しんできたんだ。
こんなにも悲痛な声を上げているこの人を。
誰も救わない世界であってほしくない。
マキが……ノアが……自分を救ってくれたように。
この人にも……。
「伝わってるから……」
「知ってるよって。”囁く者”がそう教えてくれてる」
ユリが伝えた言葉。
イオが身を焦がしてずっと追い求めていた答え。
風が吹いた。
イオの熱をひんやりとした5月の夜風がさらっていく。
「え…?」
イオの手の震えが止まった。
「すごく小さな残響がね……七瀬さんの傍で伝えようとしてるんだよ」
「彼女を救ってくれって。教えてあげてって」
ユリの脳裏で笑顔の似合う少女の幻影が微笑む。
イオの膝がゆっくり地にくずれ落ちる。
「みーが…傍に?」
イオはそっと髪飾りに触れる。
「その髪飾り、ミオさんからのプレゼントなんだね。
きっとそこに七瀬さんを見守ってる彼女の残滓が留まってるんだよ」
(生きて、イオ。そして、いつか……また会った時には私の知らない“日常”の話を、聞かせてね)
ミオの最後の言葉がありありと聞こえるようだった。
あの慈愛に満ち満ちた最後の声。
彼女は日常を聞かせろと言った。
任務の結果なんかじゃない。
バディとしてではなく親友として馬鹿な話をしようとそう言っていた。
初めて「ありがとう」と言った時。
べったりくっ付くミオを引きはがさなくなった時。
ミオのウィスパーと競い合い高揚した時。
シュミレーターで思わずハイタッチした時。
言葉にはできていない。
けれど、イオは体いっぱいで、表情で伝えていた。
(みーがそれに気づけないわけがない……)
(なんで、そんなことも分からなかったんだろう……)
(ああ、そうか……)
目の前にある”親友”達の姿を見る。
あの部屋で、みーとカイルと過ごした日々。
学校でのユリやマキ、その友達。
何も変わらなかったのかもしれない。
「そっか……伝わってるんだ……」
「私は……馬鹿だ……」
吐息が漏れる程度の小さな懺悔。
潤んだ瞳からとめどなく水滴が落ちていく。
膝が落ち、地面にぺたりと力なく座り込む。
「あーもう、なんか意味わからねえけど大体分かった」
そう言うとマキが立ち上がりイオへと歩きだした。
「歯、食いしばれよ!!」
「マキ?!」
ユリが絶句した表情で見つめる中、マキはつかつかと歩いていく。
その拳がイオを襲う。
イオは無防備に膝をついたまま動かない。
マキの拳はイオの頬を貫いた。
イオの小さな体が地面をバウンドする。
「あーいてぇ…」
とマキは拳をフルフルと震わせながらイオを一喝する。
「お前、馬鹿なんじゃないのか?!」
「どうせ、そのミオとか言うのとユリが似てたんだろ?
でもこいつは違うんだって!お前の親友じゃないんだよ!」
「仲良くなりてーなら最初からそう言えよ!ややこしいんだよ、アンタは!」
ユリはその様子を見て頭を抱える。
「違うよ…マキ、そんな単純な話じゃ……」
とマキを窘めに歩み寄ろうと近づいた。
イオは項垂れたまましばらくぐったりと横になっていた。
「七瀬さん……大丈夫」
ユリが足を引きずりながら近寄る。
イオが手を前に出してそれを遮る。
後ろを向いたまま目を擦る。
頬が赤く腫れていた。
遮っていた手と目を擦る手がだらんと下がる。
「はあ……」
とイオは深いため息とともに空を見上げた。
「は、はは……」
イオの自嘲的な笑いが漏れ出た。
「七瀬……さん?」
ユリがそう問いかけた後、イオはこれまでの自分がどれだけ滑稽だったかを思った。
「あははははは!」
突き抜けたような笑いが響く。
「真壁マキ」
「あんたもバカなの?全然違うし……そもそも私、仲良くしたいって言った。
ほんとアンタ勝手すぎるでしょ……」
「んだとー!!」
いきりたつマキをユリが辛うじて抑えこむ。
カラっとした笑いを浮かべるイオを見てユリは思う。
イオから悲痛な叫びが消えた。
彼女は救われた、のだろうか?
風が落ちた花びらを舞い上がらせる。
月明りに照らされたそれを見つめるイオの目。
先ほどまでの怨嗟に取りつかれたような光はもうない。
ようやく静寂の戻った庭園。
どうやら窮地を脱したようだとベンとリナも顔を見合わせる。
だがそれを引き裂くような警告音が響く。
《マスターに甚大なダメージを検出。対象を排除します》
ランサーだった。
ランサーのモニターがイオの身体ダメージと、
神経接続デバイスの異常を検知している。
再び花弁からパキパキっと次元が裂けるような異音があたりに響く。
ランサーがマキを敵性対象と認識してターゲットをロックした。
その様子を見てイオがハッと我に返る。
「駄目だ、ランサー止まれ!!」
そう言ってランサーに手を伸ばしたが思いのほかマキの拳が効いている。
うまく立ち上がれない。
(ナノチップに異常?だめ……止められない)
先ほどの打撃で壊れたのだろうか?遠隔操作も効かない。
「駄目!!」
イオが悲痛な叫びをあげる。
再びコンクリートに亀裂が走る。
ランサーの花弁の奥、コアが臨界を迎えたように青く輝く。
「あれ?ノア?!」
タケルが妙な声をあげる。
ノアを抱きかかえた腕の重力が急に消えた為か、
バランスを崩し前のめりの姿勢でキョロキョロとしている。
「ノア!!」
ユリが叫ぶ。
ノアはいつの間にか臨界を迎えようとするランサーの前に悠々と浮かんでいた。
青く輝くファイバーを無数の尻尾のように風にたなびかせている。
月を背に宙に舞う姿は月夜に現れる幻獣のようだ。
(なに……?この子、浮いてる?いつ、現れた?)
イオは事態が飲み込めないまま、その幻獣に目を奪われる。
「ユリ?これ、良くない感じがするの」
ノアがランサーを指さしてユリにそう呟いた。
「ノア、ダメ!危ないから逃げて!」
ユリがノアに手を伸ばそうとしたその瞬間。
「危ない?」
ノアが指で唇を押さえ首を傾げる。
「じゃあ、君?行儀良くしよ?」
ノアはランサーに向き直り友達にでも送るような笑顔でそう言った。
瞬間、ノアの2本の尻尾がドス、ドスっとランサーのコアを貫く。
ランサーがシューっと言う機械音を残し沈黙し力なく地に落ちる。
ノアはその傍らに近づき、尻尾でつついている。
「うん、そうそう。いい子だね」
ランサーの残骸を撫でている。
沈黙したランサーの”花弁”からなにかが生み出されていく。
芽が吹き、枝をはやしやがて花が咲いた。
ランサーの花弁は文字どおりの庭園の花の一部になった。
「なんなの……どういう……」
イオが驚愕した表情でランサーと月夜の幻獣を見比べる。
ランサーから花が咲いている。意味が分からない。
「ちょっと…。これは…さすがに」
その異様さのあまり、イオは乾いた笑いが込み上げてくる。
兆視しなくても分かる、視界に映るその存在の”異様さ”。
一瞬で移動し、しかも宙に浮かんでいた。
ランサーという兵器のその存在自体を”書き換え”た。
ホテルから見たビルを覆うばかりのあの巨大な青い柱の正体――。
あれは間違いなくこいつだ。
イオは警戒態勢を取ろうとしたが足がもつれて上手く立てない。
ノアは音もなくふわっと尻尾を使って近づいていく。
「ノア、その子は…」
ユリがそういって手を伸ばす。
ノアは一度ユリを振り返った。
「だいじょうぶだよ」
ノアはいつもの屈託のない笑顔で答える。
ノアの手がイオに伸びる。
イオの顔に冷汗が浮かぶ。
近づいてくる手をただ見ていることしかできない。
(だめだ、なんで…抗えない)
イオは観念したように目を閉じた。
――スリスリ
頬を撫でられる感触。
髪を触られている感触。
そのあと肩、腕、脇腹と触られたところで目を開ける。
「ちょっと、なにして…」
と、目を開けると眼前にノアの青い瞳。
まっすぐにこちらを見つめている。
そう思ったのもつかの間ガバっとイオの顔面にノアが覆いかぶさってきた。
「わたし、ノアって言うの!あなたは?」
「ふぁ!?」
応えようにもノアのお腹が口を塞いでいて声がでない。
(何何何!!?)
急転直下。
自分でも驚くほどイオは気が動転していた。
イオはなんとかノアの脇腹を支えて顔から引き離す。
ノアはまるで高い高いをされるように両手を広げて喜んでいる。
(なんだよ……これ……?)
この小さな子供のような化け物。
そして自分自身の混乱。
こんなことは初めてだ。
イオは2重に驚いていた。
「この子はノア。七瀬さん、名前……教えてあげて?」
ユリはイオのその様子を見て、
まるで友達に向けるような笑顔でイオにそう囁いた。
「イ、イオ。」
イオはユリのその表情に戸惑いを覚えつつも、
渋々、と言った様子で目も合わせずにそう答えた。
ノアは丸い目で不思議そうにイオを見つめる。
「ニオ?」
「違う、イオだよ。七瀬イオ」
思わず振り返ったイオはノアと視線が合う。
気まずそうなイオ。
「イオね!分かった!ねえ、イオ?」
ノアはにっこり笑ってそう言うと再びイオを見つめる。
「な、何?」
イオはそのまっすぐな目から視線を逸らしつつそう言った。
「ノアと友達になってくれる?」
ゆっくりとイオはノアを見上げる。
ノアはイオに抱えあげられたのその姿勢で両手をまっすぐイオに伸ばす。
ニッコリと無邪気に微笑みながら。
(……なんだこれ?)
イオは何も言わずにそっとノアは地面に下ろす。
無邪気に微笑むその子供を見つめながら。
(……ともだち?わたし……と?)
ノアの手を取りしばらく握った。
『私達、親友だよね?』
ふとミオの声が聞こえた気がした。
そっとノアの前に出された手を下ろさせる。
(今度は……ちゃんと……)
その唇は小さく僅かに動く。
「そうだね」
たった4文字の言えなかった言葉。
それを発した後、イオの口は固く結ばれている。
ユリの目にはその閉じた口に浮かんだ笑みがとても柔らかいものに映った。
その刹那、風を切る轟音と共にSCSAのヘリが低空飛行で近づいてくる。
タラップでミサキが手を伸ばし大樹を拾い上げる。
ベンとリナはそのSCSAという刻印に戦慄を覚えていた。
「わあ……すごーい!!何あれ?おっきい鳥?!」
ノアが目を丸くしてその様子を見て喜んでいる。
「鈴掛ユリ、真壁マキ」
イオはヘリへと歩きながらそう言って振り返った。
「明日、時間をもらえる?話が……したいんだ」
その顔には以前の揶揄うようなものではない一途な真剣さが見て取れた。
マキはため息とともに肩をすくめユリを促す。
「うん……いいけどノアのことは……」
ユリが言いかけたのを見てイオが少し俯いて呟いた。
「ともだち……」
そう言ってイオは少し肩をすくめ笑った。
「その子はもう”ともだち”だから。安心して」
そう言うとイオはヘリへと乗り込む。
ヘリは蒼樹市の闇へと消えていった。
「はあ……つかれたー!!」
そういうとマキは大の字にその場に寝転んだ。
「何が”ともだち”だっつーの……ほんとめんどいわ、あの女」
そう言いつつも口の端には笑みがこぼれている。
ユリもそこに寝転んだ。
「そだねー。でもさ、分かり合えたってそんな気もするよ。
ノアのおかげだね!」
ノアを抱きかかえたタケルが横に腰を下ろす。
「うん!ノアいっぱい友達できた!」
「イオもあの子もいい子!」
ノアは嬉しそうに微笑みながら、
庭園の花の一部となったランサーを指さす。
ランサーの花が風に揺れている。
「そういえばさ、本当に花開いたじゃん、蕾がさ」
マキがランサーを見ておどけた笑いを浮かべる。
「あれが?そうだったのか……」
タケルが歩み寄り思慮深そうな素振りで相槌を打つ。
「いや、あれはそういうのじゃなくてさ……。
まあ、でも。……それもいいかも」
とユリが複雑な表情でそう答えた。
ノアが嬉しそうに微笑むと大きくあくびをする。
「皆楽しそうでノアも嬉しい!
でもまた眠くねってきたー……」
そう言うやいなやタケルの腕の中ですやすやと寝息を立て始める。
3人はその様子を見ながら笑い合っていた。
一方で大人達は頭を抱えている。
「やっかいなことになりそうね……」
リナはため息交じりに呟く。
「SCSAとはな……どう手を打つつもりだ?」
ベンがリナの様子を見て不安を口にした。
「まあ、手はつくしてみるわ。どこまでやれるかは……分からないけどね」
エレベーターから警備員が下りてくる。
リナは状況を説明して彼等に指示を出している。
5月の月明かりの空の下。
静けさを取り戻したオムニトロンの屋上庭園を月光が優しく照らしていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように。
今はただ穏やかな夜風が芝生を撫でる音だけが聞こえる。
タケルの腕の中では、生まれたばかりの小さな奇跡、
ノアが、すやすやと安らかな寝息を立てている。
ユリは、マキと顔を見合わせ、どちらからともなく小さく笑った。
信じられないような一日だった。
待ち望んだノアの誕生、そして予期せぬ来訪者との激しい衝突。
思いがけない和解。
疲労困憊のはずなのに、心は不思議な達成感と、温かいもので満たされている。
空の彼方に去っていった、もう一人の少女の姿を思い出す。
――ともだち
そのぎこちない約束が、今は確かな温もりとして胸に残っていた。
ユリは、眠るノアの青い髪をそっと撫でる。
この小さな手が、壊れた心を繋ぎ、新しい関係を紡ぎ始めた。
これからどんな毎日が待っているのだろう。
大変なこともあるかもしれないけれど。
きっと、今日生まれたこの温かい光があれば大丈夫。
そんな確かな予感を胸に。
ユリは隣で同じように空を見上げるマキと、もう一度、微笑み合った。
揺り籠の天蓋に新しく生まれた花が夜風に揺れていた。
ここまで読んでくださった方がいらっしゃるか分かりませんが、
もしいたらありがとうございました。
自分にとって初めて書いた物語でした。
本来3部構成でひとまず書きたかった始まりの部分は全部書けたと思います。
第2部のプロットはできているのですが執筆に手を付けるかは今は未定です。
幕間と1部のエピローグは近いうちにアップすると思いますので、
よかったらお付き合いしていただけると嬉しいです。




