Our small genesis2
ひとしきり泣き腫らしたユリとマキ。
どちらからともなく顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。
「……ひどい顔」
マキが鼻をすすりながら言う。
「マキもね」
ユリもそう言い笑い返す。
鏡を見なくてもわかる。
涙と安堵でぐしゃぐしゃになった自分たちの顔。
それでも、心は不思議なくらい晴れやかだった。
「ノアはとってもいい顔だと思う!」
不意に、無垢な声が二人の間に割り込んだ。
ノアが、ユリの腕の中から小さな顔を覗かせる。
きらきらした瞳で二人を見上げている。
あまりにも無垢な笑顔。
ユリとマキは再び顔を見合わせ、
今度は本当に幸せそうな笑みを浮かべた。
「ノア、この子がマキだよ」
ユリが、少し照れくさそうにしているマキをノアの前に促す。
「私の、一番の”親友”なんだ」
マキは、まだ赤みの残る目元を手の甲で拭いながら、
優しく拳をノアの前に差し出した。
「よろしくね、ノア」
それは、彼女なりの、最大限の親愛の証だった。
ノアは、差し出された拳を不思議そうに見つめる。
それをとても大事そうに、そっと両手で包み込んだ。
その小さな額を、マキの硬い拳にこつん、と触れさせる。
まるで祈るように。
「わたし、ノア」
吐息のような、柔らかな声。
「いつもありがとう、マキ」
その瞬間、マキの全身を今まで感じたことのない、
温かい電流のようなものが駆け巡った。
言葉にならない感情が胸の奥から込み上げてきて、彼女はたまらず叫んでいた。
「ノア……ダイスキっ!!」
マキは、嗚咽混じりの声でそう叫ぶと、
ノアの小さな体を力いっぱい抱きしめた。
その周りに、リナやベン、タケルが、温かい笑みを浮かべて集まり始める。
マキに抱きかかえられたノアを、タケルがおずおずと覗き込んだ。
ノアは、マキに抱きしめられたまま、じーっとタケルの顔を見つめている。
「その子はタケル。その子も私の友達だよ」
ユリがノアに教える。
「すっごく頭がいいんだよ!」
タケルは、少し緊張した面持ちでしゃがみこみ、ノアに視線を合わせた。
「よ、よろしく、ノア」
タケルが手を指し出す。
その手には目も触れずノアはじーっとタケルを見ている。
視線の先にあるのはよく見ればタケルの顔ではない。
彼がかけている、メガネのほうだ。
ノアは、小さな手を一生懸命に伸ばす。
が、マキが羽交い絞めにしているせいで、メガネに手は届かない。
「……?」
戸惑うタケルに、ユリがくすくすと笑いながら目配せする。
タケルは、はっと気づいたように、無言で自分のメガネを外す。
そっとノアに手渡した。
「これ、なに??」
ノアは、初めて見る不思議な物体を、両手で受け取り、興味津々に眺め始める。
ひっくり返したり、レンズを覗き込んだり。
「メガネだよ?」
タケルが半笑いで答える。
「へー!」
ノアは、目を輝かせてメガネを色々な角度から観察する。
偶然フレームのボタンに触れた。
ピコン、と小さな電子音と共に、レンズにゲームのアイコンと、
いくつかの通知ウィンドウが浮かび上がった。
「なんかでた!」
ノアが目を一層キラキラと輝かせる。
「ノア?おもしろい?」
ユリが優しく尋ねると、ノアは満面の笑みで頷いた。
「うん、おもしろい!」
ノアは、名残惜しそうにもう一度だけレンズを覗き込む。
そしてタケルにメガネを丁寧に返した。
「タケル、ありがと!よろしくね、わたしノア!」
その後ろからぬっと大きな影がノアに近寄ってくる。
「はじめまして、ノア。私はベン・ハーパーだ」
ノアから見ると山のような大きな影。
「わあ……」
ノアは唖然としてベンを見上げる。
「この人は、ベン教授だよ。ノアの体を作ってくれた、すごい人だよ」
ベンは、彼なりの精一杯優しそうな笑顔を作り、大きな手を差し出す。
「んー……べあ?」
ノアはベンを指さしユリにそう尋ねた。
ノアから見るとベンはあまりに大きく、人として認識されなかったようだ。
「……ベン・ハーパーだ」
苦笑するベンに、ノアはまったく気にせず、満面の笑みで続ける。
「べあは、おっきいね! ノアとなかよくしよ!」
ノアはベンの大きな手を両手で掴んで握手する。
そのあまりにも無垢な姿を見てマキにまたしても電流が落ちる。
「かわいいっ!!」
とノアを強く抱きしめた。
そのせいでノアの顔がむぎゅーとつぶれていく。
ユリがいいかげんノアを解放してあげてとマキを窘める。
マキは名残おしそうにノアを手放した。
張り詰めていたクレイドルの空気が、完全に和やかなものへと変わっていく。
最後に、ユリはリナとサオリを紹介した。
「こっちがリナさん。私たちを、ずっと助けてくれた大事な人だよ。
こっちはサオリさん、いつも私の体を見てくれるんだ」
2人はノアの視線に合わせるようにしゃがむと優しく微笑みかけた。
「はじめまして、ノア。会えて嬉しいわ」
ノアは、2人を代わる代わるじっと見つめた。
くんくん、と鼻を動かすような仕草をした。
そして、最高に嬉しそうな、無垢な笑顔を浮かべる。
「2人ともおひさまの匂いがする! あったかい!」
その言葉と温もりに、リナの顔が、驚きと、
そして母のような深い愛情に満ちた笑顔で綻んだ。
ユリの生きる意味を探したいという願いから始まった小さな創生の物語。
彼女達のとても小さな創生は、
人とそれ以外の知性を持った存在との家族のような絆を生み出していた。
「ねえ、ノア。自分で立てるかな?」
ようやくマキの抱擁から解放されたノア。
その横に立ちあがると、ユリはノアにそう尋ねた。
ノアはキョロキョロと自分の体を見渡す。
すると何かに気づいたように明るい顔で、
「うん、立ってみる!」
と笑顔で答えた。
ポッドからノアに繋がれていたファイバーケーブルが、
淡い青に輝きだしウネウネと動き出す。
「……え……?」
ノアは皆がその光景に驚愕するのを尻目に、
そのままファイバーケーブルに持ち上げられるようにふわっと宙に浮き始める。
「どお?うまくできてる?」
ノアがニコニコしながらユリに尋ねる。
「ノア……」
ユリは目を丸くしながら口から漏れ出したようにつぶやく。
「なーに?ユリ」
とノアは相変わらず無垢な笑顔を振りまいている。
「あのね、人間は宙に浮けないんだよ?
ノアはお外にも行きたいでしょ?ちゃんと人間らしくしなきゃ」
他の面々がその光景に圧倒される中、
ユリは幼い子供を窘めるように真面目な顔でノアに説明する。
アドとのエンタングル以降、量子フィールドでの経験が、
ユリの超常的な現象への耐性を身に付けさせていた。
「そと……」
とノアはその言葉を呟く。
「町とか?がっこうとか?」
ノアはユリに尋ねた。
「うん!あとは海とか、森とか、山とか!」
ユリは楽しそうに付け加える。
「お外!行きたい!」
ノアは満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、ちゃんと足で歩けるようにならないとね」
ユリはその笑顔に答えるように優しく諭した。
「うん、わかった!」
ノアはそう言ってようやく自分の足で立ち上がることを覚えた。
しかしそのお尻のほうで無数のファイバーが揺らめいている。
フリフリと意思をもったまるで尻尾のように。
「……あとその尻尾もちゃんと隠せるようにならないとだね」
ユリは苦笑いを浮かべていた。
その一方で大人達は頭を抱えている。
ベンとリナが葛藤していた。
「これを外に出す?のか……」
「考えましょう……なにかいい方法があるはず……」
この光景を見守るということがどれほど難しいことなのか改めて感じていた。
「リナさん……あの……ノアに少しだけ空を見せてあげられませんか?」
そんな2人の苦悩を尻目にユリは2人にさらなる試練を与える。
リナは少し悩まし気な表情を浮かべたがすぐに表情を切り替えた。
「……いいわ。
ここからなら専用のエレベーターがあるからクレイドルの庭園に行きましょう。
いいわよね、ベン?」
「あ、ああ……」
急に同意を求められたベンはついそう言ってしまう。
だがいまだ迷いのある表情を浮かべている。
リナはサオリを促して庭園へのエレベーターのボタンを彼女が押す。
「ありがとう!リナさん!ノア、少しだけお外を見れるよ」
ユリがノアに嬉しそうに伝える。
「!」
ノアの目がキラキラと輝く。
両手でマキとユリそれぞれの手を握りエレベーターへとノアは二人を引っ張る。
その様子をサオリが微笑ましく見守っていた。
浮かない顔のベンの肩に手を乗せてリナが囁く。
「大丈夫よ、クレイドルのプライバシーは保たれているわ」
「そうだな。」
それぞれの思いを乗せエレベーターはクレイドルの屋上へと向かった。




