The Ghost of the Aleutians
深く、深く落ちていく。
意識が遠のいて行く。
走馬灯のように、あの異質なミオ達のいた部屋の明かりが脳裏をよぎった。
ゲームの電子音、カイルの呆れた声、そしてミオの屈託のない笑い声。
止まらない涙が溢れ出た。
(嫌だ……一人は……嫌だ……)
バディと親友、何が違うのか分からない。
そう言った自分の言葉が、呪いのように木霊する。
(ああ……そうか……)
この胸をえぐるような喪失感。
これが、親友を失うということなのかもしれない。
そこでイオの意識は途切れた。
どこまでも落ちていったイオは洞窟の最深部で
地底湖によって命を受け止められた。
程なく陸軍のヘリで到着したマクレーン達がイオを救出した。
目を覚ました時、イオはO.A.S.I.S.本部の白い病室のベッドにいた。
後から聞かされた報告は無慈悲なものだった。
オペレーション・“フォーリン・スノー”は失敗。
スペインは海沿いを中心に暗い雲に覆われ、
「赤熱化した氷塊」が降り注ぐ甚大な被害が出ているという。
だが調律者は完全にアンカーを覚醒することができなかったらしく、
アフリカの災害と比べればその範囲は小さかった。
もしもイオ達があの時すぐに撤退していれば、
被害はこれではすまなかっただろう。
アリューシャンネストから派遣された30名のドールは、イオを残して全滅。
(”みー”は……馬鹿だよ)
乾いたシーツを握りしめ、イオは思う。
なぜあの時、自分を”贄”として使わなかったのか?
自分のほうが、才能も能力も劣っていたのに。
あと少しだった。
きっと自分の犠牲だけで済んだはずだ。
ミオならアンカーすらなんとかできたのかもしれない。
(”みー”が食われてしまったら……こうなるって分かってたろ……)
「なんで……」
イオはシーツに包まると小さな呻き声だけが病室に響いた。
O.A.S.I.S.の上層部は責任の所在を巡って紛糾しているらしい。
元々ドールの扱いを巡っての派閥対立があったこともそれを後押した。
アリューシャンネスト局長、レイモンド・ヴァンスは更迭。
レイモンドが属する派閥、協力していた企業、研究員たちが粛清された。
アリューシャンのネストは解体される。
あの部屋も、もうない。
カイルからもあれきり何の連絡もない。
数日後、病室に新しく就任した長官が現れた。
彼は、調律者を追い詰め被害を最小に抑えたとして、
唯一の生き残りであるイオの功績を称え、勲章を授与した。
そして、彼女のアメリカ本土O.A.S.I.S.への異動と、
残る5つのアンカーを守る先兵としての活躍を期待する、と告げた。
長官が去った後、イオは、胸元で虚しく輝く勲章を見つめた。
その冷たい金属の輝きは、失われた29人の姉妹の命と、
ミオが遺した最後の温もりと引き換えに手に入れた、
呪いの証のように思えた。
アメリカへと移動した後、
新しい施設のドールたちにとってイオは畏怖と羨望の対象となった。
唯一の生き残りでドールの中で唯一、高位の調律者との実戦経験者。
誰ともなくイオは「アリューシャンの亡霊」、そう呼ばれるようになった。
O.A.S.I.S.はイオを最も価値あるドールとして扱った。
ドール達の指揮官として優遇しつつも彼女は休むことなく戦地へと送り続けられた。
アンカーを巡る戦いは熾烈を極め泥沼化していく。
オセアニアアンカー フンガ・トンガ。
南米アンカー ギアナ高地・サリサリニャーマ。
スペインの高位調律者ほどの脅威が現れなかったことも幸いし、
現れた調律者は辛くも撤退へと追い込む。
しかしいずれのケースも部隊は半壊、アンカーは具現化する。
被害は最小に留められてはいたものの、アンカー周辺は封鎖。
サリサリニャーマは巨大な虫のような影が跋扈する異界と化した。
多くのドール達がギアナ高地でその後始末に追われている。
トンガ周辺の海は赤く染まり、多くの海の生物達が死に絶えた。
彼女達の死と隣り合わせの戦いは公表されることなく隠蔽された。
世界に起こった災害は捻じ曲げられて世の中に伝えらる。
世界を知り、イオは思う。
自分達は英雄などではない。
化け物と戦う為に用意された使い捨ての化け物でしかない。
イオは再び孤独の中にいた。
バディをつけることをイオは頑なに拒んだから。
孤独な戦いの果て彼女は心身ともに疲れ果てていった。
世界の誰も知らないところで次々と死んでいく姉妹達。
自分達はなぜこうも苦しまなくてはならないのか?
もはやイオは、自分の生きる理由を一つしか見つけられなかった。
あの時――ミオが選んだ兵士としての合理性の欠けた選択。
自身の命を投げ出してまでイオを生かしたあの行動が、
彼女のずっと口にし続けた「友情」の為だと言うのなら。
イオは、それを知りたいと思った。
理解したいと思った。
世界の行く末など、知ったことか。
彼女がくれた髪飾りをつけ、
彼女が好きだった漫画やゲーム、ドラマを片っ端から見てみよう。
あの頃、彼女が何を感じ、何を見て、どうしてあんな選択をしたのか。
その答えを探すために、彼女の真似をすることから始めてみよう。
喋り方、笑い方、立ち振る舞い。
そうして今の「七瀬イオ」という仮面が出来上がっていった。
ユリ達との別れ際、あの時湧き上がってきた感情。
奈落へと落ちた時に感じたあの気持ちと少し似ていた、
とイオは今になって思う。
ただ近くにあるだけで良かったのにそれが遠のいていくあの感覚。
なぜ、似ていると感じるのか?
今日会ったばかりの調査対象に?
そんな感情を抱くはずもない。
何も似ていないではないか。
思考の迷路に囚われそうになり、イオはかぶりを振った。
「あー……もういい。めんどくさい」
ボスッ、と枕に顔を埋める。
これ以上考えても、答えなど出ない。
そう思考を放棄しようとした、その時。
窓の外から、肌を粟立たせる静電気じみた感覚が、
イオの背骨を突き抜けた。
「……ッ!?」
弾かれたように跳ね起き、窓の外を兆視する。
都市のはずれ、山間いに立つ“ガラスの箱”――オムニトロン本社ビル。
規格外の青い光柱が、オーロラのように天を貫いている。
「……うそ。あれ……」
あの時見た、ミオの最期の青い光。
それとは比べものにならないほどの質量と密度。
イオはサイドテーブルの端末をひったくる。
「ダイキ、ミサキ、出る。すぐ準備して」
応答を待たずに通信を切る。
壁際のハンガーにかけていた戦術ジャケット”センチネル”。
滑るように袖を通すと、躊躇なくベランダのガラス戸を開け放った。
ホテルの階下。
路地裏に潜む黒塗りのボディカラーに”偽装”したSCSAの特殊車両内部。
藤原大樹と狭間ミサキは、叩き起こされたように計器に向き直っていた。
「もう、今度はなんなのよォ!?」
ミサキが悪態をつきながら、コンソールの最終チェックを急ぐ。
「知るか。ハーミットもだんまりだ。姫様に従うしかないだろ」
大樹は悪態で返しながら、後部天井のハッチを開放した。
その直後、ホテルの中層階。
ベランダに立つイオの眼下に闇が揺らめいた。
ステルス迷彩を解除しながら、重翼とカーボンの躯体。
ランサーが無音で滑り込んでくる。
躊躇なく、イオは夜空へと身を躍らせた。
重力に従って落下するイオ。
その軌道を縫うように、ランサーが垂直に上昇し、空中で交差する。
頂点に達したランサーが反転し、グリップ(ハンガー)を展開して急降下を開始。
イオは空中で体を捻り、落下速度に合わせてそのグリップをキャッチした。
センチネルとランサーのジョイントが接続される。
「……っ! あの子、何してんの?!……」
車両のモニターの片隅。
その人間離れした光景を捉えたミサキが、短い悲鳴を上げた。
「飛び降りやがった……化け物め……」
大樹は舌打ち1つ打つと感嘆を押し殺し、車両を急発進させた。
獣の咆哮のようなエンジン音が、深夜の路地裏に響き渡る。
イオは眼下に小さくなっていく黒い車両を一瞥もしない。
瞳はただ一点、街の向こうで天を突く、巨大な青い光柱だけを捉えていた。




