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オペレーション・フォーリンスノー4

 ミオの異能”Whispersウィスパーズ”が何かを囁いていた。

 彼女の顔から血の気が引いていく。

 

 《 ...Alt 80000... 60000... V-Max... 》

 《 ...Mass... Infinite... Impact... 》

 《 ...FALL... 》


「……みー?」

 

 不意に、イオが足を止めた。

 隣でミオが青ざめた顔で天井を仰いだ。


「……何か、来る」

 

 ミオが青ざめた顔で天井を仰いだ。


「おい、どうしたアリス? 忘れ物か?」


 デルタの隊員が声をかけるが、返事はない。

 直後。地下遺跡の空気が、一変した。


 キィィィィン……という耳鳴りのような音が、脳髄に直接響く。

 世界が悲鳴を上げているそんな感覚。

 そして間を置いて強烈な嘔吐感。

 深海に放り込まれたような、

 内臓を押し潰すプレッシャーが空間を満たしていく。


「な、なんだ……!? 気圧が……!」


 デルタの隊員が膝をつく。

 イオは脂汗を浮かべながら、虹色の瞳を見開いて叫んだ。

 


「来る……ッ! 上!!」


 彼女が指差したのは、分厚い岩盤に覆われた天井のさらに向こう。

 遥か上空。エル・カスティージョ目掛けて一直線に飛来する「何か」。

 それは、先ほどまで相手にしていた影たちとは次元が違う。


 分厚い岩盤ごしにもはっきりと深紅に輝く見たこともない巨大な赤い光。

 イオの全身が一瞬で粟立つ。

 絶望的なまでのエネルギーの塊が、この地下へと墜ちてくる。


「総員、壁際に散開!」


 マクニールの声が辺りに響いた。

 本能が、ここから逃げ出せと警鐘を鳴らしていた。

 直後、頭上の岩盤が赤熱し、融解した。


「!!」

 

 部隊は素早く端へと散開する。

 広場の中央にはボタボタと真っ赤に溶けだした岩盤が崩れ落ちた。


 ズドン!

 

 赤く溶けた穴から何かが轟音と蒸気とともに降り立った。

 溶岩と化した瓦礫の中からゆらりと何かが這い出てくる。

 現れたのは、燃え盛る人のような形をした黒ずんだ物体。

 露出した皮膚はすでに炭化し、赤黒く燃え上がっている。


「な、何!?……炭化して……人間……なの?」


 パニック気味にドールの一人がそう呟いた。

 が、マクニールが大声で否定する。

 

「うかつに近づくな!警戒しろ!」


 今にも崩れ落ちそうな真っ黒な体。

 しかしそれが灰になることはなかった。

 燃え尽きた端から、空気中の水分が瞬時に凍結し、

 白く硬質な「氷の皮膚」となって再生していくのだ。

 炎と氷が肉体の上でせめぎ合い、蒸気を噴出させている。

 

 人影が、ゆっくりと顔を上げた。

 そこには、もはや人の顔と呼べるものはなかった。  

 眼球はとうに蒸発し、空っぽの眼窩がんかの奥で、

 超高温のプラズマが狂ったように明滅している。

 開かれた口の中は、まるで燃え盛る窯の火床のようだった。


「……ア……ガ……」


 喉の奥から漏れたのは、声帯が焼け焦げる音だった。

 バキン、という乾いた音が響く。

 人影の上顎から上が、頭蓋骨ごと焼け落ちて床に転がった。

 だが、首から上は虚空ではなかった。

 

 焼け落ちた頭蓋の断面から何かが爆発的に膨れ上がった。

 脳から伸びる視神経や中枢神経の束。

 それが白く発光しながら、瞬時に凍てつき、硬質化していく。

 バリバリバリ、と音を立てて、神経の束はさらに枝分かれし、広がり続ける。

 

 やがてそれは、顔のない頭部から生える、

 巨大な「ヘラジカの角」のような、「管状の翼」のような形状へと固定された。

 白く凍てついた神経の冠。

 

 その先端から、微細な氷の結晶と、赤いプラズマの火花が散る。

 下顎の先に繋がった食道からは今だ業火が燃え続けている。

 アノマリーではない、人などでは到底ありえない。

 

 調律者がそこにいた。


 

 

「こいつ……調律者……なの?」

「うん、それもかなり高位のヤツだよ……。

 こんな高位の調律者は私も初めてみる……」

 

 イオが粟立つ肌を抑えながら呟くと、ミオが戦慄した表情でそう答えた。

 イオの発言にデルタの隊員が息を飲むように呟いた。 


「調律者……黙示録的にはラッパの天使……なんだよな?」

「こんなのが御使いの姿だっていうのかよ?冗談だろ……」


 存在するだけで周囲の空間を歪ませる圧倒的なプレッシャー。

 ”それ”の周囲は空気中の水分が氷付き、蒸発を繰り返している。

 

 怪物が、神経の冠を戴いた頭部をゆっくりと巡らせ、

 広場に集まった30人のドールと10名のデルタを「認識」した。


 《……模造品……》

 

 イントネーションの狂ったカタコトの声。

 脳の視床下部に直接響く、複数のノイズが混じり合ったような思念。

 子供にようにも老人のようにも聞こえる不可解な音。

 それが何重にも重なって頭を揺らすように鳴り響く。

 

 《……排除 スル……》

 

 怪物が、ゆっくりと右手で天にかざした。

 それと同時に、広大な地下空洞の天井に開いた大きな穴が、

 別の物理法則に従うように景色を歪めていく。

 数万年の時を刻んできた鍾乳石の先端が何かに飲まれ、

 別のどこかにでも繋がっているかのような波紋が広がっていく。


「フェイズシフト?!規模がでかすぎる?!」


 ドール達がその光景に驚嘆の声を上げる。 


「退避! 全員出口まで走れ!」


 しかしその判断は遅すぎた。

 天井の波紋が揺らぎ降り注いだのは、

 摩擦熱で蒸気を巻き上げながら超高速で降り注ぐ氷石の雨。

 

 触れれば極低温で凍結し、超高温で焼却されるという、

 別の次元の物理法則からやってくる未知の破壊エネルギー。

 それが逃げ場のない地下空間を埋め尽くした。

 

「ギャァァァァッ!!」

「熱い、冷たい、いやだ、カロリス助け――」

「シールドを維持して!ルナ!ルナ!」


 イオの耳にこれまで聞いたこともない、

 姉妹たちの断末魔が奔流となって溢れ出した。

 死にゆく少女たちの悲鳴。

 デルタ隊員も、すでに半数が犠牲になっている。


「クソ、一旦体勢を立て直す!広場入り口まで下がれ!」


 作戦本部のモニター室ではマクニールの叫びと共にバイタルサインが、

 一つ、また一つと、急速に「LOST」へと変わっていく状況を、

 成すすべもなく見つめていた。


「くっ、うぅぅぅッ!!」


 イオは歯を食いしばりひたすら耐えていた。

 ランサーの出力を限界まで上げて中和シールドを展開する。

 降り注ぐ赤熱の氷がシールドに触れては激しい火花を散らす。

 防ぎきれない余波がボディスーツを焦がし、衝撃が骨をきしませる。

 隣ではミオが”囁く声”に従い右に左に飛び交い、

 ウィスパーを展開して防御壁を構築しながら回避している。


 永遠にも感じる数分間の爆撃が止んだ時、

 広大な地下遺跡は、赤く燃える岩と、氷と、蒸気に覆われていた。

 広がっていたのは凄惨な地獄絵図だった。

 辺りに転がるのは焼け焦げ黒く炭化し、凍り付いた姉妹達の骸。

 

 その姿はほんの少し前まで笑みを浮かべ、

 帰路を歩いていたはずの彼女達とは、

 まるで似ても似つかない無残なものだった。

 

 40人いた部隊の中、立っていたのはイオとミオ、

 負傷したカロリスとマアトの4人のドール。

 通路まで退避できたマクニールを含めたデルタ隊員4名の計8名。

 調律者はゆっくりと角を旋回させて回りを確認する。

 

《……摘果……完了……》

《オトナシク……シテイロ》


 再び調律者の意思が、直接脳内に響く。

 調律者はドール達への興味を失ったように祭壇へと歩いていく。

 マクニールは凄惨な光景を見渡して歯噛みする。

 第二波が来れば今度こそ防ぎきれない。

 マクニールは叫び声をあげる。

 

「お嬢さん方、アンカー破壊は成功した、長居は無用だ!」

「でも!こいつを野放しにできない!」

 

 イオが死を覚悟し立ち上がった、その時だった。

 調律者はおもむろに首のないドールの腕を掴み祭壇へと引き摺っていく。

 調律者の腕から血管のようないくつもの管がドールの体を突き刺した。


「クソ野郎……マクスウェルに……何しやがる!!」


 バディへの冒涜に叫びをあげたマアトが足を引きずりながら祭壇へと向かう。


「くっ……」

 

 イオもランサーを起動しマアトの後を追う。

 その時ドール達の虹色の瞳にはあり得ないものが見えた。

 祭壇から湧き上がる緑の光。

 赤い光を帯びてビクビクと奇怪な動きを始める首のないマクスウェル。

 イオの顔に絶望の色が浮かぶ。


「なんで……なんでまた光って……」

「どうした?!何が起きてる?」


 マクニールの声がインカム越しに耳をつく。

 

 「何してんだ!お前――!!」

 

 マアトが絶叫しドローンに捕まると調律者に飛び掛かった。


 ドス、ドス、ドス。


 鈍い音が響いた。

 マクスウェルの腕から伸びた枝のようなものが無数に分岐し、

 マアトを貫いている。

 彼女の腕が力なく垂れ、血が地面に滴り落ちる。

 額と全身にその一撃を受けたマアトは声を上げることなく、

 地面へと転がった。

 マクスウェルは今やくっきりと浮かぶ赤い光を纏っている。

 イオは苦悶の表情でマクニールに状況を伝える。

 

「マクスウェルが調律者になった……アンカーも復活してる……」

「そんな……バカな……」


 モニタールームのざわめきがインカムごしに伝わってくる。

 その時再び脳に直接声が響く。


 《……模造品……アンカーは壊レナイ……無駄なコト、ヤメロ》

 《ワレ……贄から学ンダ……模造品達消えルの怖イ》

 《お前タチのうち一人ハ残ル……全部ハ消えなイ……安心シロ》

 

 脳に響く声が鎮まるとマクスウェルはゆっくりと立ち上がった。

 のそり、のそりと静かに緑の光柱の中へと入る。

 マクスウェルはドール達のほうへと振り返り木のような両手を、

 天へとかざした。

 

 彼女の下肢から枝状のモノが無数に飛び出し地面へと突き刺さる。

 上半身の内部からも次々と枝のような蛇のようなものが飛び出し、

 螺旋を巻きながら天井を突き破ってみるみる巨大化していく。

 

 天井を破るほどまで達した彼女の成長は一度ゆっくりしたものとなる。

 しかし今だその身体は蠢き、確実に成長していた。

 それは部隊の誰もがブリーフィングで見た光景だった。

 アフリカの黒い巨塔、具現化したアンカーと瓜二つの姿。

 マクニールはインカムで叫んだ。

 

「アンカーが具現化した……残念だがミッションは失敗だ。

 ドール隊、撤収するぞ!この経験を次に生かすためにも生きて戻れ!」


 イオは足元で放心しているカロリスを見る。

 現実と虚構の入り混じったアンカーは具現化してしまえば現状打つ手はない。

 マクニールの言う通り残る5つのアンカーを守ることのほうが重要だろう。

 

 しかし、納得ができない。


 この日の為”使命”に生き、”日常”も知らずに散っていった姉妹達。

 ようやく何かが変わりかけていた彼女達が虫けらのように散っていった。

 

 無駄なこと?消えないから安心しろ?模造品?

 ドールの全てを否定されたまま何もできず、

 その全ての命を無駄にして終わっていいのか?

 

 一発くらい、殴っておかなければ腹の虫が収まらない。

 そう思ってイオは隣で妙に静かなバディの顔を見る。

 

「みー、私このまま帰るわけにはいかない」

 

 ミオはひどく落ち着いた様子で、イオの方を向いていた。


「うん、分かってる」


 そう言ってミオは小さく頷いた後、調律者へと向き直る。

 

「イオ、少しだけ目を閉じて。耳を塞いで」


 ミオが何か呪文めいた言葉を呟いていた。

 彼女の専用武装” Whispers”が、

 これまで見たことのない禍々しい形態へと展開していく。

 棺桶のようだった装甲が花弁のように開き、棺の中の暗黒のコアが出現する。


「……想いが、無念が、場を満たしてる。

 今なら……みんなの力を借りてなんとかできるかもしれない」

 

 イオの「兆視」が、その光景を捉えてしまった。

 ウィスパーのコアに、不可思議な力が収束していく。

 それは、この戦場で散っていった27人の姉妹たちの残響レシーダだった。

 最期の瞬間の恐怖、痛み、絶望、生への執着――その全ての負の感情が、

 濁流となって暗黒のコアに吸い寄せられていく。


「痛かったよね。悔しかったね……聞こえるよ、分かってる。

 皆の命、無駄にしない。だから力を貸して」

 

 イオは戦慄した。

 ミオの優しい言葉とは裏腹に怨嗟にまみれた黒い渦。

 おぞましさと言う点で調律者に引けを取らない。


「それ……レシーダ……なの?」


 イオが散々見てきたそれとはまるで別物だった。

 渦が収束し、剥き出しとなったコアからは、

 普段の比ではない50以上の腕が這いずり出ようと藻掻いている。

 

 這い出てきたのは巨大な口と長い髪だけが目立つ、

 50以上の腕を持つ身の毛もよだつ漆黒の怪物。

 ずりずりと這い出たそれは長い髪を辺りに巻き散らし叫びをあげる。

 形容しがたいその叫び声は気を失いそうなほど禍々しく、

 声を聴いただけで魂が刈り取られるようだ。

 

 これは英雄的な力ではない。

 死者の無念を燃料とする、冒涜的とも言える力。

 これがミオが持つ異能の本質だとでも言うのだろうか?

 普段の明るいミオには似つかわしくない、

 おぞましい奔流が彼女を満たしていく。


「直接見たり聴いたりしたらダメだよ。コアに持っていかれる」

「分かった」


 イオは頷くと調律者に向き直り耳を塞いだ。

 

「――貫いて」


 ミオの囁きと共に、ウィスパーから放たれた「絶望の奔流」が、

 高位調律者を襲撃する。

 

《……ヤメロ……価値アル者……邪魔スルナ……》

 

 調律者は「絶望の奔流」の行く手を塞ぐように両手を広げる。

 位相が揺らぎ、波紋が立ち空間の揺らぎが調律者の前面へと無数に広がった。

 ぐつぐつと波紋が煮えたぎり、赤熱化した氷塊が辺り一面に解き放たれた。

 

 「絶望の奔流」の顎が大きく開く。

 そのまま渦を巻き突進していく。

 長い髪を螺旋に巻き上げながら赤い氷塊を飲み込む。

 祭壇全体に広がった無数の黒い腕が調律者を掴んだ。


 ――ガブリ

 

 調律者の体が、姉妹たちの怨嗟の声と共に食い散らかされていく。

 バリバリっという豪快な租借音。

 調律者のものなのか絶望の奔流のものなのかも分からない絶叫。

 撤退の指示を出したデルタが遺跡の通路からまだイオ達を見守っている。


 「少佐!あのドールならやれるんじゃないですか!」

 「駄目だ、よく見ろ……」

 

 調律者の体は削られた所から、別位相の扉が開き、

 時間が巻き戻るように驚異的な速度で再生を始めていた。

 さらに別の位相が揺らぎ再生する調律者を波紋が包む。

 そこからマグマが噴出するように無差別に激しい弾道が辺りを襲う。

 弾道は遺跡全体に行き届き、デルタの目の前までせまってくる。

 通路入り口が被弾しパラパラと天井が崩れ始め、崩落が近い。


「少佐……限界です……撤退しましょう」

「くっ……やむを得ない……一旦撤退して上空から救出に戻る。

 なんとか持ちこたえてくれ」

「クソ……アリス達、死ぬな!必ず救出に戻る!」

 

 イオはインカム越しにマクニール達の声を聴いた。


「なんとかって……やるしかないか……」


 残る力を振り絞ってイオは両手をかざす。

 ランサーのコアが光り輝き増幅された中和バリアが展開される。

 頭上に降り注いだ火の雨がバチバチと激しい火花を散らす。

 自分とミオ、二人の間に中和バリアを展開するのがイオにはやっとだった。

 バリアで守れなかったカロリスが無残にも燃え尽きていく。

 

「う、くぅ……」

 

 苦悶を浮かべるイオの表情が赤く火花に照らされる。

 耳を抑えることを止めたイオの耳に、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

 

「あともうちょっと……なのに……」


 ミオが苦しそうに呻く。

 彼女の身体から、どんどん力が抜けていくのが分かった。

 限界が近い。これだけの力を振るっているのだ。

 どれだけの代償を払っているのか想像もつかない。


「悔しいな……あと少しが届かない……」

 

 ミオはふらりと呟いた。


「ねえ、イオ……」


「私さ、この1年間……楽しかった」

 

「私にとって……イオは掛値なしの親友だよ……」

 やっぱりバディとはちょっと違うもの……」


 絶望の怨嗟の声と混じってミオの声が耳を撫でる。

 魂ごと削られるような怨嗟の混じった力の渦中で、

 ミオの声だけが、ひどく優しく響いた。

 ミオは膝を折り立膝でかろうじて堪えていた。

 

「待って……何……言い出すの……」


 初めて感じる感覚。

 喪失への予感にイオは焦りと恐怖を抱いた。

 ミオがイオに向けるその瞳は憔悴しながらも優しい。


「だから私、イオには生きてほしいって思うんだ。

 任務なんかじゃない。私が……そうしたいって思う……から」


 彼女がイオの後ろに回りそっと寄り添う。

 ミオの手が、イオの目を覆った。

 

「待ってよ!みー、何する気……」


「生きて、イオ。そして、いつか……。

 また会えた時には私の知らない“日常”の話を……聞かせてね」


「嫌だよ!この手をどかして!みー!!」

 

 一瞬の静寂。

 

「ウィスパー……インプット”テスタメント”」

 

 ウィスパーのコアが青く輝く。

 コアから青く光る何かが伸びてミオを包み込んだ。


(ごめん、リリア……約束守れなかったよ)

(ごめん……イオ。きっとたくさん苦しめてしまう……)


 ――ドプン。

 

 何かの音が聞こえイオを包んでいた手の平の感触が消えた。

 

 彼女の言葉は、それっきり聞こえなくなった。

 光で目が眩む。

 

 イオはゆっくりと目を開く。

 ――見たくない。

 ――知りたくない。

 そう思いながら。

 

 そこに、ミオの姿はなかった。

 そこには、力を使い果たし、沈黙したウィスパーが鎮座しているだけだった。

 

「あ、あぁ……」


 イオは、ミオがいたはずの虚空に手を伸ばした。

 だが、指先は虚しく空を切るだけ。

 

 気が付けば火の雨が止んでいる。

 振り返ると、姉妹たちの残響が燃え盛るような青い光を宿している。

 

 より獰猛さを増した「青い炎を纏った絶望」が調律者の体を引き千切る。

 調律者は再生も間に合わないほどにに貪り食われている。

 やがてただの肉の断片と成り果てた調律者が、そこら中で蠢いていた。


「……おわらせ……なきゃ」


 感情が抜け落ちた虚ろな心で、イオは思う。

 とどめを刺さなければ。

 彼女がよろりと立ち上がった瞬間だった。

 「赤熱化した氷塊」の余波によって脆くなっていた地盤が、崩壊した。


 足場が消え、イオの体が宙に浮く。

 そのまま、遺跡の底知れぬ闇へと転落していく。

 青い絶望は青い炎となって調律者の断片を残らず焼き払っている。

 

「結局……みーには……最後まで……」

 

 深く、深く落ちていく。意識が遠のいて行く。

 走馬灯のように、あの異質なミオ達のいた部屋の明かりが脳裏をよぎった。

 ゲームの電子音、カイルの呆れた声、そしてミオの屈託のない笑い声。

 止まらない涙が溢れ出た。

 

(嫌だ……一人は……嫌だ……)


 バディと親友、何が違うのか分からない。

 そう言った自分の言葉が、呪いのように木霊する。


 (ああ……そうか……)


 この胸をえぐるような喪失感。

 これが、親友を失うということなのか。

 そこでイオの意識は途切れた。

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