オペレーション・フォーリンスノー3
エル・カスティージョ洞窟。
15万年以上前に人が住んでいたとされる先史時代の洞窟群。
O.A.S.I.S.が特定した欧州アンカーの反応は、そのさらに奥地、
誰も足を踏み入れたことのない、封印された地の底から発せられていた。
投入されたのは、アリューシャンネストで育成された最高傑作。
ヴァンガードクラスのドール30名からなる一個大隊。
さらに実践経験に乏しい彼女たちのサポート役として陸軍最強部隊、
デルタフォース10名が同行。
イオとミオはドールのエースチームとして参加していた。
封鎖された洞窟に到着すると一般開放されたエリアの奥、
最近発見された亀裂の内部へと部隊は進んでいく。
石の壁に書かれた壁画と鍾乳石、冷えた空気が充満していた。
鍾乳石が牙のように垂れ下がる暗闇を、
デルタフォースがクリアリングしつつ進む。
デルタフォース隊員たちが身を隠す岩陰のすぐ後ろを、
ドールたちは躊躇なく通路中央を進んでいく。
瞳を虹色に輝かせながら、彼女たちは兆視で不可視の存在を警戒していた。
60の光る眼光が無言のまま背後に迫るその光景は異様であり、
デルタの隊員にしてみれば背中に微かな寒気を感じさせるものだった。
「圧巻だね、獣に追い立てられてるみたいだ」
「あれじゃいい的だけどな」
「『兆視』だったか。俺たちの居場所も、魂の色で丸見えってわけだ。
アノマリーもそうなら隠れる意味ねえのかもな」
デルタフォースの隊員達が洗練された動きで前進していく。
そう様子を見てイオが呟いた。
「まどろっこしい……」
「人為的なトラップは私達じゃ見分けられないから。
多少ゆっくりになるのは仕方ないよ」
と、ミオがイオを窘める。
やがて通路の終わりに差し掛かると奥に開けた空間が現れる。
自然の造形とは明らかに異なる、巨大で異質な遺跡が広がっていた。
ドール達の間に緊張が走った。
ドール、クラス4位のカロリスがインカム越しに告げる。
「いる……100か、いや200はいる。
およそ300m先にアンカーの反応も確認」
イオの兆視にもはっきりと映っていた。
微動だにせず遺跡で待ち構える無数のぼんやりした赤い光。
遺跡の最奥、祭壇と思われる場所に煌々と立ち上る緑に光る塔。
「あれがアンカーか……でも守りは大したことなさそう」
「調律者は?見当たらない?」
ミオが怪訝な表情でイオに尋ねた。
「うん、強い反応は見えない。殲滅してアンカー破壊しよう」
「……了解。けど油断はしないで」
イオの返答にミオは緊張の色を浮かべそう答えた。
デルタ隊員たちはもの影から暗視装置越しに確認する。
「……ターゲット、視認。これは――」
遺跡のいたるところに火の粉をはらんだ灰のような黒い渦。
それが物の怪のように人の形に集まっている。
「影だ。アノマリーを確認。アフリカとは違うタイプだ」
マクニール少佐の冷静な声が飛ぶ。
「デルタ、位相共鳴弾を使用。ドールは温存、ルートを確保しろ」
デルタが無駄のない動きで突入しようとした時。
その命令をミオが遮る。
「待って。いくらデルタでも位相共鳴弾だけで、
あの数のアノマリー相手は自殺行為だよ。
アフリカの惨状を知らないわけじゃないでしょ?」
ミオの意見にイオも同意する。
「そうだね。私達が先行するべき。
ドール隊は私とみーを先頭にフォーメーション・ウェッジで。
中央を食い破り散開して各個撃破する。
デルタは援護射撃で対応してほしい」
ドール達は静か頷き、了解とだけ告げる。
「待て待て、そうは言ってもな。
アフリカの件は重々承知だが年端もいかぬお嬢さん方が、
目の前で散るとこなんざ、皆見たくないんだよ」
デルタ隊員がそう言ってドール達を諫めようと道を塞いだ。
マクニールは振り返り沈黙したままその様子を見つめている。
別のデルタ隊員がマクニールに尋ねた。
「どうします?少佐」
「O.A.S.I.S.司令部にドール部隊は温存せよと言われているが……
正直なところ我々も軍も君達の力を図りかねている。」
マクニールは少し間を置き再び口を開く。
「いいだろう。本当に君達の力がアレに通用するのかどうか、
世界を救う英雄の実力をとやらを見せてもらおう。
だがむざむざ死なせるわけには行かない。
少しでも危険があれば退いてもらうが構わないな?」
「構わない。私達ならアフリカの二の舞にはさせない」
暗闇に自信に満ちたイオの虹色の瞳が光る。
後続のドール達にも迷いは見えない。
マクニールは首を傾げつつも肩を竦める。
「了解だ、君達の突入後にデルタも後方に続く。
意気込みは買うが無理はするなよ、お嬢さん方」
マクニールの言葉に続き、道を塞いでいた隊員が、
端に避け軽く敬礼を送る。
「仕方ねえな。だったら先導を頼むぜ、アリス達。
ワンダーランドでの遊び方を俺たちに見せてくれ」
そう言うとデルタの隊員がニカっと笑みを浮かべる。
「了解。ならよく見てて」
イオは短く答えると、ドール部隊と目配せを交わす。
イオがランサーのコントールバーを掴む。
「行くよ。エンゲージ」
イオの短く、静かな号令が、凍てついた遺跡の空気を切り裂いた。
静止していた30の影が、爆発的な加速で解き放たれた。
先頭はイオとミオ。
二人は並走し、互いの呼吸すら完全に同期させている。
爆発的な速度で地を蹴り進んでいく。
その背後斜め後方に、残る28名のドールたちが規則正しく続いた。
上空から見れば、それは巨大な一つの矢、完璧な「楔」の形を成していた。
彼女たちの虹色の瞳が、暗闇の中で光の帯となって流れる。
ギリギリ足が着かない低空を滑るような疾走。
その集団が巻き起こす風圧だけで、周囲の砂塵が舞い上がった。
遺跡中央。50体程の火の粉を巻き散らした灰の渦が人型を形成している。
さらに100体を超えるアノマリーが少女たちを飲み込まんと押し寄せる。
デルタは無駄のない動きで遮蔽物に身を隠し、
位相共鳴弾を装填したライフルを構える。
「ドール部隊アノマリーに接敵。援護射撃用意」
激突の瞬間。
後方で見守るデルタフォースの隊員たちは覚悟して身構えた。
響き渡ったのは、空間そのものが悲鳴を上げるような、甲高い異質な音。
「……フェイズシフト」
楔のトップに立つイオが、そう呟く。
ランサーがキュイーンと甲高い音を鳴らす。
速度を一切緩めず、コントロールバーを手放す。
目前に迫る影の壁へと両手を広げる。
両手周りの空間が歪んだ。空間位相が書き換わる。
無数のアノマリーがイオに襲いかかった。
イオは着地したのと同時に両手で灰の影を薙ぎ払う。
彼女を中心に、竜巻のごとく灰が渦を巻いた。
イオの身体に触れようとした影たちは、その輪郭を維持できずに霧散し、
バチバチとプラズマを放ちながら消失した。
「薙ぎ払うよ!!」
イオがこじ開けた裂け目を、ミオの操るウィスパーから湧き出た、
”無数の黒腕”がさらに押し広げる。
ブオン、と砂塵が舞い上がりレシーダがアノマリーをかき消していく。
現実世界に影響力を持たない黒腕はアノマリーにとって凶悪な武器だった。
その強引に作られた突破口へ、後続のドールたちが雪崩れ込んだ。
彼女たちは一切の無駄な動きなく、左右に展開しながら、
楔の側面を襲おうとする影を次々と処理していく。
掌から発生した歪みがアノマリーを次々と搔き消す。
ドール達は生まれて初めての実践で確実な手応えを感じていた。
「……いける」
「うん。シミュレーションより脆い」
誰かの呟きが通信機に乗る。
誰もがそう感じていた。
私たちの力は通用する。
その確信が、彼女たちの足を前へ前へと進ませた。
まるで熱したナイフがバターを切り裂くように。
あるいは、巨大な砕氷船が氷海を割り進むように。
少女たちの楔は、速度を緩めるどころかさらに加速し広がりながら、
黒い影の群れを中央から鮮やかに分断していった。
その光景は、戦闘というよりは、一方的な蹂躙であり、
同時に、完成された芸術品のような機能美すら感じさせた。
「……おいおい、マジかよ」
岩陰からスコープ越しにその様子を見ていたデルタの狙撃手が、
信じられないものを見るように呻く。
「援護射撃? 冗談だろ、俺たちの入り込む隙間なんて、1ミリもありゃしねえ」
マクニール少佐は無言のまま、
圧倒的な速度で遠ざかっていく少女たちの背中を見つめていた。
彼の脳裏に、ブリーフィングでのヴァンス局長の言葉が過ぎる。
『人類の切り札』。
その言葉が、決して誇張ではないことを、彼らは理解した。
最後の影が、イオの放った歪みに飲み込まれ、霧散した。
あとに残されたのは、静まり返った遺跡と、舞い上がる砂塵だけ。
「……クリア」
イオが短く告げると、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
ドールたちが歓声を上げる。
ハイタッチを交わし、互いの健闘を称え合う姿は、
先ほどまで冷徹に敵を屠っていた殺戮兵器とは程遠い、
今まで見たこともない年相応の少女たちのそれだった。
「すげえな……本当に、俺たちの出番なしかよ」
遺跡中心へと遅れてやってきたデルタフォースの隊員が、
呆れたように、しかし確かな敬意を込めて呟く。
イオとミオは隊員たちと合流すると、遺跡の最奥へと視線を向けた。
そこには、石造りの祭壇があり、
不気味なほど鮮やかな「緑の光」が立ち上っている。
――欧州アンカー、コードネーム『ベシュテル・ノード』。
一行は慎重に祭壇へと近づく。
遺跡の最深部と思われる広大な玄室。
その中心には、何か重要そうな「遺物」が鎮座していた。
見た目は古びた石板のようだが、表面には脈打つような幾何学模様が刻まれている。
「こいつが元凶か。……確保するぞ」
デルタの爆発物処理班の男が、サンプル採取用のケースを取り出し、
遺物に手を伸ばした。だが。
「ぐっ!?」
指先が触れる寸前、バチッという激しい音と共に、男の手が弾かれた。
空気が焦げたような臭いが漂う。
「大丈夫!? ……だめ、下がって。そこ、位相がズレてる」
ミオが警告する。
遺物の周囲数センチメートルだけ、空間が陽炎のように揺らめいていた。
局所的な異相空間境界。
通常の物質である人間が触れれば、指ごと別次元へ削ぎ落とされかねない拒絶の壁だ。
「私がやる」
イオが前に出る。
彼女は躊躇なくその「拒絶の壁」に手を差し入れた。
バチバチと緑の火花が散るが、イオの掌を覆う対位相膜がそれを中和していく。
イオの手が、しっかりと遺物を掴んだ。
「……終わり」
イオが右手に力を込める。
彼女の掌から放たれた逆位相の波動が、遺物の構造を一瞬で崩壊させた。
パリン、と硬質な音が響き、石板が粉々に砕け散る。
同時に、洞窟内を照らしていた不気味な緑光が、
硝子の破片のように弾け飛び、そして消滅した。
「司令部。こちらジュピター・イオ。
アノマリーを排除しベシュテル・ノードを破壊した」
『こちら司令部。アンカーの反応消失を確認。よくやった、諸君。ただちに撤収せよ』
インカム越しに届いた賞賛。
音声の向こう側で無数の拍手の音が聞こえる。
ミッション・コンプリート。
誰からともなく安堵の息が漏れ、軽いジョーク交じりの会話が戻る。
晴れ晴れとした顔のドール隊、マクスウェルとティル。
そこにデルタの隊員が帰ったら何がしたい?と尋ねる。
「帰ったら熱いシャワーとコーラだな」
「私はアイスがいい」
「いいねえ、俺が奢ってやるぜ。何でもお姫様たちの望むままだ」
え、いいのか?とマスクウェルとティルが何にしようかと思い悩む。
イオの2つ上の世代のドール、マクスウェルがイオに声を掛ける。
「いい動きだったよ、お前達のおかげだ」
「うん、あなた達もね」
「褒め合うとか気持ち悪いな、お前ら?」
彼女のバディ、マアトがイオの肩を叩く。
先輩として、かつてランキングで苦渋を舐めた思いも今や清算されていた。
皆の笑顔がイオの目に映りこむ。
(少し前まで、こんな光景は想像できなかった)
(ミオが来て、皆変わった。私も変わった……のかな)
ミオという一人の人間がドール達に与えた変化の兆し。
共通の目標とそれを達成したという満足感が変化をさらに助長した。
イオはこれからネストの何かが変わっていきそう、そんな予感を感じた。
帰路に就くため、一行は遺跡の中央広場を歩き始めた。
誰もが成功の余韻に浸っていた。
一人浮かない顔をしているミオ以外は。
彼女の異能”Whispers”が何かを囁いていた。
ミオの顔から血の気が引いていく。
《 ...Alt 80000... 60000... V-Max... 》
《 ...Mass... Infinite... Impact... 》
《 ...FALL... 》
「……みー?」
不意に、イオが足を止めた。
隣でミオが青ざめた顔で天井を仰いだ。
「……何か、来る」




