オペレーション・フォーリンスノー2
アリューシャンの孤島に作られた対調律者育成施設”ネスト”では、
イオとミオのバディを単独班、残るバディを2組ずつ4人チームとし、
エル・カスティージョ洞窟のシュミレーション訓練が始まった。
四角い真っ白な空間。
ゴーグル越しに鍾乳石と壁画に彩られた洞窟の風景が生成される。
そしてアフリカで確認された調律者が呼び起こすとされる黒い影。
「アノマリー」がワラワラと洞窟の壁から現れる。
ドール達は強化スーツ、センチネルの機能”異相の中和”によって、
次々とアノマリーを攻略する。
問題は狭い空間でのドローンの扱いだ。
ドローンにぶら下がったりするスペースがない分、扱いに苦労していた。
しかし数日もするとイオは低空飛行したランサーの上に腹ばいで乗ったり、
コントロールバーにできるだけ密着し狭い場所でもランサーを上手く使いこなす。
他のドール達もイオに触発されるように狭い空間での戦闘に順応していった。
さらに数日の後アリューシャンにアメリカ陸軍の輸送機が到着する。
輸送機から降りてきたのは米軍最強の特殊部隊、
陸軍「デルタフォース」から選抜された一個チーム、10名だった。
彼等は実践経験に乏しい彼女たちの初陣を現場で指揮するために、編成された特別チームだった。
歴戦のプロフェッショナルである隊長のマクニール少佐は,
ドール達を視察しに訓練場に訪れていた。
訓練場ではドール達がミックスリアリティ用のゴーグルを身に着け、
低空飛行するドローンを操り縦横無尽に駆け回っている。
その姿を見たデルタ隊員がため息まじりに呟く。
「確かに動きいいけども、あんな子供を前線に送り込むだなんて。
俺たちは後ろでサポートしろって言われても想像できませんよ。
位相共鳴コーティング弾でしたっけ?
そいつで俺たちが前線で戦闘したほうがいいんじゃないんですか?」
マクニールは首を振るとイオを指刺した。
「彼女をよく見ておけ」
そう言われて隊員がイオを目で追う。
イオが空間に手をかざすと奥の風景に”歪み”が生じる。
歪みに触れた敵がモニター上で次々と消滅していく。
かと思えばその隣でミオのドローンから、
突然氷の結晶体が現れ壁を作る。
壁は役目を終えると数秒で粉々に消えた。
歴戦の強者ぞろいであるデルタの隊員もこの光景に驚きの声を上げる。
「なんだありゃあ……まるで魔法じゃないか……」
マクニールがガラス越しの彼女達に視線を置きながら言う。
「彼女達は”空間位相”を変化させるという特殊な能力を持っている。
”別次元”相手の戦闘だけを想定して訓練されたプロフェッショナルだそうだ。
俺たちが別の次元にいる相手をどうにかできると思うな。
位相共鳴コーティング弾では”アノマリー”の足止めが精々だ。
俺たちの仕事は彼女達が戦いやすいよう戦場の土を慣らすことに徹することだ」
隊員は帽子の位置を直し、乾いた笑いを漏らした。
「へえ……空間位相、ですか。
俺たちが泥にまみれてドアを蹴破ってる間に、
彼女たちは魔法で部屋ごと消し飛ばすってわけだ」
「魔法ではない。科学だそうだ。
……我々の理解を超えるレベルのな」
マクニールは隊員に振り返りながら答える。
「あれが科学ですか……。ですが少佐、一つだけいいですか?
もし現場であのお嬢ちゃんたちがご機嫌斜めになって、
魔法の矛先が俺たちに向いたら?」
「その時は、神にでも祈れ。
……もっとも、祈る暇があるかは保証できんがな」
マクニールの冗談とも本気ともつかない言葉に、
周囲の隊員たちは肩をすくめた。
その時、別の隊員――チームの狙撃手が、
鋭い視線をイオたちに向けたまま口を開いた。
「……少佐。俺が気になったのは、能力の方じゃありません」
「ん?」
「あの動き……。
ドローンの操作や超能力を使う瞬間の、あの黒髪の子の目を見ましたか?
あれは、戦場で遊ぶ子供の目じゃない。
呼吸、重心移動、索敵の視線……徹底的に叩き込まれた所作だ。
あの年齢であの動作……普通じゃない」
マクニールは無言で頷く。部下の観察眼は正しかった。
「ああ。彼女たちはO.A.S.I.S.の『ネスト』で、
産まれた瞬間から対位相戦闘のためだけに調整された工作員だ。
表向きは人道的に扱われているが、
実際のところ彼女達は住民票も戸籍すらない。
”Designed Operative s Last Line”
最終防衛線用に設計された工作員、通称”DOLL”。
見た目は子供だが、中身は俺たちと同じ……いやむしろ、純粋な兵器だよ」
隊員は複雑な表情を浮かべて、
ミオがイオとハイタッチをして無邪気に笑う様子を見つめた。
「兵器、ですか……。 あんな風に笑う兵器を護衛するのは、骨が折れそうだ」
彼らの視線の先で、イオは再びランサーを操り始める。
常識外れな軌道で空を駆けていく。
その美しくも異様な光景は、歴戦の兵士たちに認識させた。
彼女たちが「守るべき少女」ではなく、「共に死地へ赴く兵器」であると。
ドール達の訓練が終わり、全体ミーティングが始まる。
訓練の熱気が冷めやらぬ中、ドールたちとデルタフォースの隊員は、
ネスト地下の円形ホールへと招集された。
階段状の座席に、まだあどけなさの残る30人の少女たちと、
歴戦の屈強な兵士たちが分かれて着席する。
その異様なコントラストが、部屋の空気を独特な緊張感で満たしていた。
照明が落ち、中央に巨大なホログラム地球儀が浮かび上がっている。
登壇したのは、仕立ての良いスーツに身を包んだ、鋭い眼光の男だった。
「諸君、くつろいでいる時間はない。状況は刻一刻と悪化している」
男の声は、よく通るが温度を感じさせない。
彼はO.A.S.I.S.作戦局長、レイモンド・ヴァンス。今回の作戦の総責任者だ。
「アフリカでの悲劇は周知の通りだ。我々は二度目の失敗を許されない。
……次のターゲットが特定された」
ヴァンスが手元の端末を操作する。
スクリーンの地図が欧州地図へとズームし、
スペイン北部の山岳地帯を指し示した。
「場所はスペイン、カンタブリア州。『エル・カスティージョ洞窟』。
この世界最古級の洞窟壁画の奥、未踏の深層域に地底遺跡を発見。
その最深部に、欧州アンカー、コードネーム『べシュテル・ノード』の反応を確認した」
スクリーンの地図が切り替わり、スペインの地図と、
地下深くに潜む不気味な反応が表示される。
べシュテル。その名前に、ドールたちの間にさざめきが広がる。
座学で学んだ、最も戦闘的で強大な天使ミカエルを表す名。
ヴァンスが指先で空中のホログラムを操作すると、
洞窟内部の複雑な立体構造図が展開される。
既知のエリアから先は点線で示され、その深部に赤い光点が明滅している。
「突入ポイントは、一般公開エリア最奥の”手形の回廊”のさらに先、
新たに発見された亀裂だ。そこから先は人類未踏の領域。地図はない」
ヴァンスの視線が鋭くなる。
「デルタフォースは先行して降下し、
ラペリングにてルートを確保。
暗視装置とソナーを駆使し、
物理的なトラップや障害物を排除せよ」
「ドール部隊はその後方に続き、『兆視』を常時展開。
岩盤の向こうに隠された空間構造や、位相の歪みをいち早く察知し、
本隊をアンカーの直上まで誘導しろ」
彼はホログラムの深部、赤い光点を指し示す。
「目標地点は深層の中央にあるとされる巨大空洞。
そこに到達次第、ドール部隊は全火力を以てアンカーを破壊。
デルタフォースはその間、周囲から湧き出る”アノマリー”の迎撃にあたれ」
そこまで言うとヴァンスはこれは余談だがと付け加える。
「観測班のデータによれば、このアンカーが完全に覚醒した場合。
予想される災害は『第1のラッパ』。すなわち『赤熱化した雹』だ。
これは、異相次元から現れる、
超高速の小型隕石が降り注ぐような災害が予測される。
スペインは焼き尽くされ、周辺の国家もただでは済まなしだろう」
ヴァンスは淡々と、国家の滅亡を告げた。
そして、冷徹な視線を最前列のイオたちドールに向ける。
「敵は、物理法則を無視した攻撃を仕掛けてくる。
既存の軍隊では手も足も出ないことは、アフリカで証明済みだ。
だからこそ、君たちがいる」
ヴァンスは両手を広げ、最前列のイオやミオたちを讃えるように見渡した。
「君たちは、ただの兵士ではない。選ばれた『英雄』だ。
世界を守ると誓った祖先の血を受け継ぎ、現代の科学によって研ぎ澄まされた、
いわば、この地上における絶対最終防衛戦力だ。
君たちの力だけが、この試練を払い、世界に希望を取り戻すことができる」
ドールたちの瞳が輝き静かに皆頷く。自分たちが世界を守る。
その刷り込まれた使命感が、恐怖を凌駕していく。
「デルタフォースの諸君には、この英雄たちの『露払い』を頼む。
彼女たちが万全の状態で決戦に挑めるよう、全力でサポートせよ」
「……Sir, Yes Sir」
マクニール少佐が短く答える。
「作戦名は『オペレーション・フォーリン・スノー』。
作戦開始は0800(マルハチマルマル)。
輸送機にて現地へ急行、ただちに降下・突入を行う。以上だ。
……人類の未来は、君たちの双肩にかかっている。
……以上、解散。ドールたちは装備の最終チェックへ」
少女たちが紅潮した顔で敬礼し、賑やかにホールを出ていく。
(ついに来たんだ……でも私は……絶対にイオと帰ってくる)
ミオは少し思い詰めたようなそぶりを見せたが顔を叩き自分を戒める。
「いよいよだね、イオ」
「……うん。任務を遂行する。そして必ずまたここに帰る」
イオは短く答えた。
その指先は無意識に、ミオから貰った赤い髪飾りの感触を確かめていた。
ミオはそんなイオを見て微笑む。
「うん、絶対帰ってまたゲームしよ!」
「はあ……。ま、少しくらいなら……」
扉が閉まり、少女たちの姿が見えなくなると、
ホールにはデルタフォースの隊員とヴァンスだけが残された。
瞬時に、ヴァンスの表情から「熱」が消え失せる。
そこにあるのは、事務的で冷徹な管理者の顔だけだった。
「……さて、マクニール少佐」
ヴァンスは手元のタブレットを弾き、別のデータをホログラムに投影した。
それは地図ではなく、DOLLの研究にかかった「開発コスト」と「資産価値」のリストだった。
「ここからは大人の話だ。 先ほどはああ言ったが、
貴官らの真の任務は”英雄の護衛”などではない。超高額精密兵器の運搬だ」
マクニールは眉一つ動かさずに聞いている。
「彼女たちは、一人一人が、
最新鋭のステルス戦闘機一機分以上の予算で出来ている。
特に、個体名イオとミオ。
この2人には、代替の利かないRSGの試作技術が組み込まれている」
ヴァンスは冷ややかに告げる。
「アノマリー程度なら、貴官らの装備でも足止めは可能だ。
ドールに無駄な消耗をさせるな。
彼女たちは、最深部のアンカー破壊のために温存させろ。
道中で彼女たちを傷つけるなよ?
個体の消失一つにつき、君らの退職金が消し飛ぶと思え」
隊員たちの間に、微かな動揺と不快感が走る。
自分たちの命よりも、少女たちの「機体価格」の方が重いと言われているのだ。
「……質問は?」
「ありません。荷物を無傷で届け、塔を破壊するスイッチを押す。
……それだけです」
マクニールが抑揚のない声で答える。
「よろしい。期待している」
ヴァンスが背を向ける。
マクニールは部下たちに向き直り、低く唸るように命じた。
「聞いた通りだ。……行くぞ、野郎ども。
世界一高いお姫様たちのお守りだ。傷一つ付けさせるな」
「 Yes Sir!!」
デルタフォースの隊員達が規律正しく返答する。
ハンガーでは先に退出したドール達が出撃の準備を進めている。
ランサーとウィスパーのチェックをしていた2人にカイルが声を掛ける。
「よ、お二人さん。初陣の準備は順調かい?」
「カイル!どこ行ってたの?ブリーフィングにも顔出さないで」
ミオがカイルを小突きながらそう呟く。
イオはそれを横目にちらっと見てまたランサーの整備を始める。
「まあ……
ロードからちょっとな。俺はこの後すぐにロンドンに戻らにゃならなくなった。
用が済んだらまた戻ってくるから、ちゃんとミッションやり遂げろよ?
土産は買ってきてやるからさ!」
イオが手を止めてカイルとミオを見る。
めずらしくミオが浮かない顔をしている。
「このタイミングで?……そんなの職場放棄だよ」
「そう言うなって。向こうも欧州アンカーは他人事じゃないんだ。
各ゲートマスターとサブマスターは全員集まれとさ」
カイルの顔にも無念の表情が浮かぶ。
カイルにとってもそれが本意ではないと如実に語っていた。
「そっか。カイルも一応、第7ゲートのサブマスだし仕方ないね」
小さくため息をついた後、ミオは軽く拳でカイルの腹部叩く。
「絶対戻ってきて。帰って来た時、土産なかったら許さないからね!」
「おう!戻ってくるさ。お前も絶対負けんなよ」
ミオとカイルが拳を突き合わせる。
イオがその様子を見ておずおずと近づいてくる。
「カイル……その、色々ありがとう。ちゃんと戻ってきてよ」
目は合わせない。照れ隠しに髪飾りに手を伸ばし指でなぞっていた。
カイルはその様子を見て珍しく優し気に呟いた。
「ああ、イオもよく頑張った。お前ならやれる。やりきって帰ってこい」
イオは頷くと目を合わせないまま拳を横に突き出す。
カイルは軽くその拳にタッチした。
「心残りはなんとかランサーのポテンシャルを引出せるようになってきたが、
アバランチモードまでは間に合わなかったことだな……」
「アバランチ……モード?」
「ああ、カタリストの裏モードさ。
基底位相を雪崩のように崩壊させて異相次元の力を行使するモードだ。
こいつはより精神の状態が”魂の根源”イェヒダー”に近づかないと使えない」
イオはそう言われてカイルの以前の説明を思い出す。
「魂の5階層とかってやつか……確か心の在り様が重要とか言ってた」
「そう、良く覚えてたな。要はより人間らしくあれってことさ。お前はまだ強くなれる」
カイルはそう言うとイオの頭をわしゃわしゃと撫でる。
イオは少し嫌そうにしつつ猫のようにカイルから距離を置く。
それを見てミオとカイルが和やかに笑う。
「俺はもういくぜ。見送りはいらないからな。
お前たちはやるべきことに集中して、さっきはああ言ったが……。
やり遂げなくてもいいから生きて戻れ!
何かあっても”俺たち”が尻ぬぐいくらいはするさ。じゃあ、またな!」
カイルはそう言って手を上げると彼女達に背中を向けた。
その背中越しにイオは小さく息をつく。
「やり遂げなくていいとか。やっぱカイルは意味分からないな」
「カイルなりの優しさなんだよ。命を守れってこと。でも……」
そう言うとミオは拳を前に出す。
「尻ぬぐいなんていらないくらい、完璧にやって驚かせてやろ!」
「当然」
イオとミオは互いに拳を軽く触れさせると、
無言で頷き残った最終チェックへと戻る。
それぞれの決意と不安を乗せて、運命の歯車が回り始める。




