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オペレーション・フォーリンスノー1

 カタリストがO.A.S.I.S.に届いて数か月が経った。

 イオとミオは共に競い合うようにその実力を伸ばしていった。

 それに呼応するかのように他のドール達も能力を開花させていき、

 O.A.S.I.S.の戦力はかつてない水準へと達しつつあった。

 ミオとイオは自他共に認める最強のバディとして君臨していた。

 


 相変わらず訓練後には自室に戻りミオとカイルのサブカルチャー講座が始まる。

 最近はイオのゲームの腕も上達していた。

 モニターの中、無機質な電子音と共に「VICTORY」の文字が踊る。

 FPSゲームのチーム戦。

 ミオとイオの連携は、対戦相手を完膚なきまでに翻弄していた。

 ランキングもついに、最上位クラスへと更新される。


「ふふん、実戦でもゲームでも最強じゃない? 私達♪」


 ヘッドセットを外すなり、ミオが上機嫌でイオの背中に抱きついた。


「……異論はない。けど、くっつくな」

「えー、いいじゃん減るもんじゃないしー」


 イオは不満げに眉を寄せるが、引き剥がす動作には移らない。

 半ば諦めてされるがままでいるのが、最近の常だった。


「ねえ、イオ。私たちってさ、さすがにもう親友だよね?」


 ミオはたびたび、確認するようにそう聞いてくる。


「んー……どっちでもいい。バディと何が違うのか、私には分からないし」


 イオにとって、ミオは既に十分すぎるほど信頼できる相棒だ。

 背中を預けられる存在であり、いつか超えたい目標でもある。

 だが、「友情」という概念は、知識として漫画や映画で見たことはあっても、

 実感としては理解できていなかった。

 

 極寒の地、アリューシャンで兵士として育てられたイオにとって、

 信頼と友情の境界線は曖昧だ。

 わざわざ名前を変えて特別な意味を持たせようとするミオの心情が、

 イオにはまだ掴めない。


「ま、今はそれでもいいよ。そのうち感じてくれたらさ。

 ……そうだ! これ、受け取ってくれる?」


 そう言うと、ミオはガサゴソとバッグを漁り、小さな包みを取り出した。


「はい、これ!」

「ん? ……何」

 

「日本の髪飾りだよ。なにかイオにプレゼントしたくてさ。

 ここじゃプレゼントする習慣とかないでしょ?

 カイルに頼んで日本から取り寄せてもらったの」


 包みからミオが取り出したのは、赤い水引細工の髪飾り。  

 赤と黒、二色の固くられた飾り紐が、四方へと広がる四つの輪を描いている。

 それは一見すると、幸福を運ぶクローバーのようであり、

 同時に、縦横に交差する鋭利な十字架のようにも見えた。


 閉ざされた世界で生きてきたイオにとって、

 その複雑で意味深な意匠は、見たこともないほど鮮やかに映った。

 イオの目が釘付けになり、頬が微かに上気する。


「はい、どうぞ。絶対イオに似合うと思ってたんだ♪」


 イオは両手で受け取ると、壊れ物に触れるように恐る恐る指先でなぞった。


「つけてあげる」


 ミオの手が伸び、イオの漆黒のショートヘアに、そっと赤い髪飾りを添える。

 鏡の中、無機質だった自分の横顔に、一輪の花が咲いたようだった。

 イオは目を丸くして、鏡の中の自分を見つめ返した。


「あはは! 何そのびっくりしたみたいな顔」

「……うるさいな。こんなの……初めてだから」


 イオは髪飾りにそっと触れる。

 その顔には、冷徹な兵士の仮面ではなく、

 14歳の年相応な少女の、拙い表情が浮かんでいた。


「気に入った?」

 

「……うん ……ありがと」


 ボソリと呟いたその言葉に、ミオが弾かれたように飛び跳ねた。


「やったー! イオがデレたー!!」

 

「……は?」


 近くで端末を操作していたカイルが、無言でスッと手を挙げる。

 ミオは満面の笑みでその手にハイタッチを交わした。

 イオはその様子を見て苦々しい表情を浮かべる。

 けれど、胸の奥には温かい何かが満ちていた。

 初めて貰った”プレゼント”。

 このくすぐったい喜びの名前を、彼女はまだ知らない。

 

 しかしその優しい世界もそう長くは続くなかった。

 世界情勢は、唐突に激変の時を迎える。

 

 発端はアフリカ大陸南部。最初の厄災が顕現したのだ。

 「地球の裂け目」グレートリフトバレーの最南端。

 大地を引き裂いて突如出現したのは、天を衝く黒い巨塔だった。

 

 巨大な蛇か植物のようにも見えるそれは異常な速度で成長し、

 数日で雲を突き抜けると、上空に禍々しい巨大な円環を展開した。  

 地響きと共に、世界の終わりを告げるホルンのような鈍い重低音が轟き、

 円環はマラウイ湖を覆い尽くした。

 

 直後、アフリカ南部一帯は重苦しい暗雲に閉ざされ、

 空からは熱を持った”黒ずんだ石”が雨のように降り注いだ。

 豊かな湿地帯は、瞬く間に死の水域へと変貌した。

 水は黒く濁り、猛毒を帯びた。

 

 それを口にしたあらゆる生命が苦悶の中で死に絶え、

 数百万の人々が安全な水を求めて難民となった。  

 空を覆う巨大な円環と、響き渡るラッパのような音。

 人々はそれを、黙示録の始まりのようだと口々に語った。


 周辺諸国と国連は事態を重く見て、即座に現地を封鎖。

 大規模な多国籍部隊を派遣した。

 表向きには地中からの有毒ガス噴出と公表し、

 厳しい情報統制を敷いた上での作戦だった。  

 だが、派遣された部隊を待っていたのは絶望だった。


 最新の防護服や浄水装備も無意味だった。

 未知の毒素は装備を透過し、兵士たちの体と精神を蝕んだ。

 原因不明の体調不良と錯乱が続出し、部隊の統制は内部から崩壊した。  

 追い打ちをかけるように、湖底からは「黒い影」が現れる。

 

 黒い泥が人型になったようなその奇怪な軍勢は、

 部隊の兵士に対して明確な敵意を向け襲い掛かった。

 通常兵器が物理的にすり抜けてしまう異形の群れを前に、

 国連軍は為す術もなく壊滅的な被害を受け、撤退を余儀なくされた。

     

 国連軍は巨塔の影すら踏むことなく、毒と超常の力によって壊滅した。

 歴史的な大敗北だった。

 アフリカ大陸の半分が死の土地と化す未来が、現実味を帯びて突きつけられた。

 この絶望的な状況下で、アメリカ合衆国が唯一の解決策を提示する。

 

 国防高等研究計画局DARPAに属する極秘の超常科学研究部門、O.A.S.I.S.

 彼らが初めて、歴史の表舞台に姿を現した。


 O.A.S.I.S.の代表者は、世界の首脳たちが集う緊急会議の場で、

 アフリカの惨劇をある古い預言に例えてみせた。


「第三の御使がラッパを吹き鳴らすと、

 燃える大きな星「苦よもぎ」が空から落ち、

 水源の三分の一を毒に変えた。

 そのために多くの人が死んだ ――ヨハネの黙示録の一節です」


「順序こそ前後していますが……」

 

 と彼らは続けた。

 あの黒い巨塔は、黙示録の”ラッパ”そのものであると。

 普段は”不可視の存在”として世界に遍在するが、

 御使い――O.A.S.I.S.が言うところの「調律者」との接触によって具現化し、

 預言のような災厄を引き起こすのだと。

 

 そして、これは始まりに過ぎない。

 世界にはまだ6つのラッパ――「アンカー」が眠っており、

 それらが次々と吹き鳴らされれば、世界は確実に終わりを迎える。


 神話のような説明に、会議場は驚愕と懐疑に包まれた。

 だが、アフリカから届けられる凄惨な映像とデータが、

 それが単なるお伽噺ではないことを残酷に証明していた。

  残る6つのアンカーは、欧州、北米、南米、中東、オセアニア、アジアの各地に存在するという。

 

 もはや選択肢はなかった。

 首脳たちは、パニックを避けるため情報を厳重に秘匿し、

 O.A.S.I.S.主導で秘密裡にアンカーを無力化していく計画に、

 重い沈黙の中で合意した。

 

 アフリカの「アンカー」が具現化され厄災が起こって以降、

 O.A.S.I.S.では残るアンカーの特定が急がれた。

 そんな折、スペイン北部エル・カスティージョ洞窟の、

 さらに奥深くの未踏領域に、欧州アンカーの反応が特定された。

 O.A.S.I.S.はDOLLドールたちの実力を議会に示すため、

 ヴァンガードクラス30名を一個大隊としてヨーロッパに投入することを宣言した

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