孤島のイオ2
イオがミオの部屋で暮らすようになってから一か月が過ぎていた。
日中はヴァンガードクラスの合同訓練とテストが行われる。
射撃、格闘、座学、能力開発。
過酷な訓練とテストの後、肩で息をするもの、倒れこむ者。
中には担架で運ばれる者もいる。
イオは息を整えながらテストの結果をタブレットで確認する。
(実技テスト30人中5位……今はこのくらいでも仕方ないか……)
イオは1年早くヴァンガードに昇級したのもあって最初こそ苦戦していたが、
徐々にその頭角を現し始めていた。
(あと2週で全員追い越してやる)
「わあ、もう5位に食い込んでるんだ!さすがイオ」
背後からの声に振り返るとタブレットを覗き込む”みー”の顔。
訓練後のテスト終わりだと言うのにいつもの飄々とした表情。
”シグネチャーズ”。確かそんな名前だったか。
レイブンスウッドにはこんな化物がごろごろいるのだろうか?
「主席の”みー”に言われても嬉しくない」
「そんなことないよ!私達くらいの年齢だと1年の差でもすごく大きいんだから!
みんなイオより年上のお姉さんなんだよ?すごいって!」
実際ミオの言う通り新しい世代が先輩格を超えるのは容易くない。
イオの上の世代の主席と次席でもそれぞれ、
マーズシーズンのフォボス、ダイモスは18位と19位。
ヴィーナスシーズンのマクスウェル、マアトが14位、16位。
マーキュリーのカロリス、ティルが2、3位。
ヴィーナスのマクスウェルはイオとミオに苦々しい視線を向けている。
「さ、訓練は終わり!そんなことより昨日の続き、しようよ!」
「はあ……ほんと、この時間さえなければ……」
ミオはイオの手を引いて訓練ルームを出ていく。
宿舎ではカイルがすでにゲームをしている。
2人のデスクにそれぞれのゲーム機。
カイルはノートPCを持参している。
「お、遅かったな。それじゃあ、”常夜の君主”攻略戦はじめるぞ」
「おおー!」
ミオが元気よく返事をしてデスクに腰掛ける。
イオもため息をつきながらも文句も言わずにコントローラーを握る。
常夜の君主は強敵だった。
今週に入って3人は何度もこのボスに敗れていた。
攻略情報を知り攻撃パターンを知り、役割を決めトライする。
いくつかの作戦を捨てこれぞという作戦ができたのが昨夜遅く。
単純なワンミスが続き攻略できそうでできないそんな挑戦が続いた。
幾度もの挑戦を続けついに常世の君主にイオの刃が突き刺さる。
「っしゃぁぁー!!」
「やったっー!!」
君主が膝を付きカイルとミオが雄たけびを上げる。
イオはようやくか、と天井を見上げる。
その背中をミオが抱きしめた。イオは突然の抱擁に慌てて抵抗する。
「これぞ!友情、努力、勝利、だよ!!」
「いや、そういうのいいから、離れて!」
「なんでよー、もうこの戦いを乗り越えた私達は戦友、いや親友なんだからいいじゃん♪」
「親友とか分からない、バディでしょ?とにかく離れろ」
「もう、ほんとイオはシャイだねえー」
「”みー”は距離感がおかしいんだよ」
イオはミオの腕からすり抜け距離を取る。
ミオは再び羽交い絞めにしようと狙いを定める。
イオはじりじりと壁に後退しつつミオを警戒する。
カイルはその様子を笑いながら見ていた。
このひと月、こんな生活が続いている。
この取り組みに何の意味があるのか相変わらずイオにはまったく分からない。
ただ、なんとなく。
その取り組みに参加するようになってからイオの中の何かが変わり始めていた。
読めと言われた漫画も見たし、いくつもゲームをした。
正直彼等が言うほど熱中することはなかった。
ただ、ミオとカイルがこうして楽しそうにしているのを見るのは嫌いではない。
そう思うようになっていた。
3か月の時が流れた。
イオはヴァンガードクラスではついに2位になった。
ミオが1位。2人のチームがトップに躍り出た。
想定した以上に時間がかかってしまった、とイオは感じる。
しかしそれでも周りからすれば驚異的なことだ。
イオはまだ13歳、他のヴァンガードクラスは14~18歳。
その誰もがこの小柄な少女に勝つことが難しいと感じた。
そんな折、レイブンスウッドから装備が配給される。
ボディースーツ”センチネル”。
極細の金属繊維で編み込まれニューロチップに連動し伸縮する。
着用前はブカブカだが着用すると体にフィットした。
「ピタピタすぎて落ち着かないな……」
「まあ、馴れだよ、馴れ」
まだ不慣れなイオを尻目にミオはぴょーんと飛んでみせる。
軽い跳躍で2Mは飛び上がっている。
「ね、これくらいは余裕でできるようになるんだから。
それに多少のダメージも全部受け止めてくれるよ?
あとね、足裏と掌には”フェイズシフト”機構って機能がついてるんだ」
ミオが掌と足裏をイオに向けて見せる。
イオが聞きなれない言葉に不思議そうな顔をする。
「フェイズシフト?」
「そ。O.A.S.I.S.だと位相共鳴コーティングされた弾丸が普通だけどさ、
それじゃあオルターフェイズの存在に対して効果が薄いんだよ。
フェイズシフト機構はオルターフェイズの逆位相を発生させるの。
打ち消して中和するってイメージ。
ただし直接ぶち当てる必要があるんだけどね」
「ふーん。なるほど……」
イオがフェイズシフトを起動すると微細な振動とともに掌が淡く発光する。
カイルがそれを見て近づいてきた。
「その仕組みを拡張したドローンが近々届く。
シュミレーターには反映してあるから馴れとけよ?」
イオは姿勢を正し敬礼する。
ドール達は最初こそセンチネルに振り回されながらも適応していった。
中でもイオの適応力は群を抜いていた。
センチネルでの格闘戦ではミオとも互角に渡り合った。
普段のタスクに加えて新型ドローンのシュミレーター訓練も進められた。
ぶら下っての滑空にフェイズシフト機構を使った逆位相の展開。
さらにそれを応用した位相制御によるシールドの展開。
ドール達の戦略の幅は確実に広がっていた。
やがて演習場に新型のドローンが運び込まれた。
中でも一際目を引く2台のドローン。
縦に長い六角形型の白いドローンと黒い重翼のドローン。
『Wisper』と『Lancer』。
ミオとイオの専用ドローンだ。
イオはしげしげとLancerを見つめ手で撫でる。
めずらしくその表情からは高揚感が垣間見えた。
「やっときた。これでイオに差をつけられるかな♪
最近はやられることも増えてきたしね」
ミオは届いたウィスパーを見つめ呟く。
「Ignite the Whisper(点火せよ)」
ウィスパーの両側の翼が展開し浮かび上がる。
ホバリングしたその姿は宙に浮かぶ棺のようだ。
その様子を見ていたイオがカイルに尋ねる。
「随分変わった形……ですね」
「ああ、あいつはミオの能力の拡張ユニットだからな。
兆視で見てるといい。中々面白い光景が見れるぞ」
ミオから青い光が立ち上る。
その光と共鳴するように棺の蓋の部分が風車のように展開する。
扇上に広がったウィスパーには空間から揺らめく影が集まっていく。
空間に冷気のような気流が這っている。
棺の最後の扉がガタガタと揺れていた。
瞬間、イオの肌にザーっと鳥肌が立った。
と、カイルがミオの頭を小突いた。
「いたっ!」
「ミオ。その辺にしとけ?集めすぎるとロクなことにならん」
「えー、せっかくイオに見せてあげようと思ったのに……」
ミオの様子はいつも通りだ。
しかしその背後に浮かぶウィスパーから漂う、
”黒い影”の存在にイオは寒気を覚えていた。
「カイル……あの影はなんでなんですか?」
「ミオがアクセスできる波長は、
イオの兆視の波長とは少しずれている。
君にはあれが恐らく黒い靄のように見えてるだろ?」
イオは静かに頷く。
「一言で言うならアレは”霊魂”と呼ばれてるものに近いものだ。
我々は残響と呼ぶがね」
「レシーダ……」
「レイブンスウッドの根幹はカバラにも通じる神秘主義でね。
最新の科学、量子重力論と神秘主義の研究の成果があれだ。
O.A.S.I.S.がオルターフェイズと大雑把に呼ぶ世界を、
僕らはもう少し詳しく分類してる。
まあ、それはまた今度でいいか。
イオは魂の5階層というのを知ってるか?」
「階層……?」
「ああ、僕らは魂を量子状態の粒と波の塊として観測に成功した。
その結果、魂は階層構造になっていることが分かった。
それはカバラにおける”魂の5階層”という概念とほぼ一致したんだ。
肉体に近い順から、
ネフェシュ、ルアハ、ネシャマー、ハイヤー、そしてイェヒダー。
多くの人の”魂”はネフェシュからネシャマーまでの3層で構成されている。
通常は観測できないのがハイヤー、さらにその上の階層イェヒダー」
カイルは、イオの虹色に輝く瞳を見つめ返した。
「君の『兆視』は通常観測できない高次の層を知覚する力だ。
君がオルターフェイズの存在から見る『赤い光』……
あれは、彼らがアクセスしている”ハイヤー”の光だ」
イオの表情が、わずかに強張る。
「じゃあ……”みー”のあの光は……」
「……そうだ」
カイルは重々しく頷いた。
「彼女、ミオ・アシュクロフトは、
”イェヒダー”という魂の最も根源にアクセスできる。」
「”シグネチャーズ”とはそういう人としては規格外の存在なのさ。
といっても”人の身”ではそのアクセスはかなり限定的だがね。
ミオの場合せいぜい囁く声が聞こえる程度だ。
だからWisperを通してアクセスを拡張する。
彼女は「拡張された意思」よって根源の力の一部を用い、
浅い層の残響を制御できる、というわけだ」
イオがそれを聞いてミオを見る。
「なんだ……あれ」
棺の最後の扉が少し開き隙間からは、
黒い靄でできた腕のようなものが出てきているのだ。
それを見て彼女は戦慄を覚える。
「君とミオのドローンのコアには、
意思を拡張する神秘と科学の結晶、
聖遺物片が内蔵されている。
君達のドローンはシグネチャーズのみに与えられる、
”カタリスト”という特別な名前のついた兵装だ。」
「私のLancerにも?」
「Lancerに使われているレリックを、
シグネチャーズでは今まで誰も使えなかった。
レリックは誰にでも扱える物じゃない。
特にそいつは日本の血筋に強く結びつけられているんだ。
だから君に白羽の矢が立ったのさ。
だが、感情なき者にレリックは力を貸さないからね。
君がランサーを上手く使う為には、
ここまでの”日常”で得た”無駄”が必要だった」
「もう、カイルは話が長いよ。
説明聞くより体験してみるほうがずっと早いって!
模擬戦してみようよ♪」




