孤島のイオ 1
夜の帳が下りた蒼樹市の街並み。
高層ホテルの窓が、まるで額縁のように切り取っていた。
部屋の主である七瀬イオは、シャワーを終えたばかりの姿で、
その窓辺に静かに佇んでいた。
湿り気を帯びた黒髪が、街の灯りを吸って鈍く輝く。
バスタオルの隙間から覗く肌は、
激しい戦闘の痕跡を微塵も感じさせない、滑らかな白さだ。
彼女の視線は、眼下に広がる夜景ではなく、
窓ガラスに映る自分自身に向けられている。
(……この感覚は何?)
別れ際、鈴掛ユリ達に抱いた妙な感覚。
イオは胸に詰まるような違和感を覚えていた。
今日の昼間に起きた、鈴掛ユリを巡る一件を思い返す。
あの真壁マキという少女の、剥き出しの感情。
何の勝算もなく、ただ守るという衝動のためだけに、
格上の相手に牙を剥く。
兵士として見れば、それは自殺行為以外の何物でもない。
無駄で、未熟な行動。
昔の自分ならそう結論づけていた。
ふと、彼女は窓辺を離れ、ベッドサイドに置かれた髪飾りに手を伸ばす。
それを手に取った瞬間、イオの記憶の片隅で、あの頃の景色が明滅する。
白い壁、消毒液の匂い。
そして自分とよく似た名前を持つ、その髪飾りを付けた少女の笑顔。
(ミオ……)
胸の奥が、僅かに軋むような感覚。
感傷という名のノイズ。
イオは再び窓辺に戻り、階下の街を見下ろす。
あの少女、真壁マキの言葉が、耳の奥で再生される。
『こいつはな、私の幼馴染なんだよ!
小さい頃から同じ道場で一緒に汗流して、
泣いて、笑ってきた仲なんだ!』
一緒に汗を流し、泣き、笑う。
自分とミオも、そうだったのだろうか。
流したのは血と汗だったが。
泣くことは許されず、笑い方も知らなかったが。
それでも、あの時、自分はマキの行動をなぜか「納得」していた。
あれが「友情」なのだと、瞬時に理解していた。
あの頃知ろうともしなかった自分が、だ。
イオは、そっと髪飾りを握りしめる。
指先に触れる硬質な感触が、引き金になった。
遠い昔、自分に投げかけられた、答えられなかった問いが、鮮やかに蘇る。
「ねえ、イオ。私たちってさ、親友だよね?」
あの頃の自分は、その言葉の意味を、分かっていなかった。
いや、分かろうとしなかった。
ミオ・アシュクロフト。
O.A.S.I.S.最大のパトロンである、
「レイヴンズウッド主権財団」が連れてきた異能の子供。
彼女との出会いが今のイオを形作っている。
イオの記憶にある最も古い原風景。
それはカルデラと断崖絶壁と灰色の高い壁。
閉ざされた施設の無機質な白い天井と壁だ。
アラスカのアリューシャン列島に浮かぶ孤島。
孤島に作られた「ネスト」と呼ばれた施設で彼女は生まれ、育った。
そこで繰り返されるのは絶え間なく続く能力テストやあらゆる戦術教育。
定期的なメディカルチェック。
白衣の研究者は彼女を名前では呼ばなかった。
「ShugenDoll-07。バイタル安定。ニューロチップ同調率、98.4%。異常なし」
ガラス貼りのモニター室の中で研究者がそう読み上げる。
ネスト内のアカデミークラスという年少組の卒業試験の日。
これを突破するとヴァンガードクラスというエリート組織に組み込まれる。
ガラスの向こうではまだ幼さの残るイオ。
首元には埋め込まれたニューロチップ。
チップを経由して彼女は小さなドローンを脳波で制御していた。
ドローンは適格にコースにあるチェックポイントを通過しつつ、
ペイント弾で的を射抜いていく。
隣にいるイオと似た顔の子供達はチェックポイントを通過できずに、
次々に墜落させていた。
「……セカンド、フィフス、ナイン、失格。退出してください」
墜落させた「姉妹達」が、無言で立ち上がり、扉を出ていく。
イオは、その姿にも、モニター室の研究者にも視線を向けず、
ただ淡々と言った。
「次、早く。」
その感情のない声に、モニター室の研究者たちが小さく息を呑む。
続けて、目隠しが渡される。
複数の分厚いコンクリートの箱の中の一つに、
奇妙な生物のホルマリン漬けがランダムに配置された。
目隠しを取ると、イオの目に虹色の光が宿る。
「2」「7」「13」
イオは、次々と正解を引き当てていく。
「……全問正解。アカデミーのカリキュラム、全行程を予定より1年早く修了」
研究者が、感嘆とも畏怖ともつかない声で呟く。
「セブン……さすがだな。」
「だが、どうする?まだ彼女のバディが見つからないのだろう?
これでは、ヴァンガードクラスの教育課程に、
支障をきたすんじゃないのか?」
「……いや、ロード・レイヴンスウッドが、解決策を『用意』するそうだ。」
「RSGが? てことは、まさか『シグネチャーズ』と組ませるとでも……?」
モニタールームの会話はイオの耳には入っていない。
基本的にイオ達”ドール”はチューターという教育係以外との
接触が禁じられていたからだ。
イオのチューターが彼女に近づきイオに声を掛ける。
「おめでとう。歴代最速でのヴァンガード昇級だ。私も鼻が高いよ」
「ええ、ありがとうございます。」
「私が教えられるのはここまでだが、
ヴァンガードでも更なる活躍を期待している」
アカデミークラスのチューターとの関係もこれが最後だった。
3年を共にしたチューターのその言葉にイオは特に感傷もなかった。
イオは彼がよく言っていた言葉を思い出す。
「君たちは日本にルーツに持つ、『兆視の一族』の血を受け継ぐ者だ。
かつて、その力は『神祇院予兆局』として日本軍を支え、
大戦時、連合軍の脅威として恐れられた。
だが、GHQによる神祇院の解体の後、兆視の一族は我々に”保護”された。」
「そしてアメリカに渡った君たちの祖先は悟ったのだ。
平和のためにこそ力は使われるべきである、と。
我々O.A.S.I.S.は、その崇高な志に感銘を受け、
君たちの血脈を守り、次世代に受け継ぐために組織された。」
「遠からぬ未来。
我々は調律者という未知の脅威にさらされることが分かっている。
通常兵器の通用しないこの敵に対して君たち兆視の一族の力が必要だ。」
「君たちは、祖先の意志と平和の為に戦う運命を継承するために、
生まれながらにして選ばれた『英雄』なのだ。
その誇りを、一瞬たりとも忘れてはならない」
英雄として誇りを持ち崇高に使命を全うする。
その為だけに生まれ、育てられた。
感傷などという感情をイオは知らない。
数日後、イオには新しい宿舎の個室が与えられた。
白い壁、白い天井。無機質なベッドとデスクと椅子だけがある個室。
イオは分解した訓練用ライフルのメンテナンスを行っていた。
規則正しい、機械のような動き。
その時ドアがスライドする音がした。
チューターだろうか?あるいはメディカルチェックか。
イオは、顔も上げずに問いかける。
「何の用件?」
返事がない。
ただ、コン、コーン、と、自分達とは違う足音。
軽やかな足音が部屋に入ってくる。
イオは、ライフルの整備の手を止め、兆視を展開する。
敵意こそ感じないが、何の変化もないこのネストにおいて、
違和感はそれだけで異常だ。
イオは音もなく立ち上がった。
振り返った視線の先に、一人の少女が立っていた。
自分より少し大きい背丈。
自分達とは違う、カラフルな着衣。
そして、ピンクがかったプラチナの髪に、青い瞳。赤い髪飾り。
何よりも目を引いたのは、彼女を取り巻く”色”だった。
イオの”兆視”には、その少女から、
これまで見たこともない揺らめく「青白いオーラ」が見えていた。
「……誰?ここはヴァンガード区画。あなた所属は?」
イオは、いつでも制圧できる間合いを取りながら問いかける。
少女は、イオの警戒を気にも留めず、
むしろ面白そうに、部屋の中を見回した。
「うわ……。聞いてはいたけど、ほんとに何にもない部屋。
白すぎて目が痛くなりそう」
「応答しろ」
イオが、一歩踏み込む。
その瞬間、少女はイオに向き直った。
イオの、最短距離での制圧の動き。
それを、少女は、まるでダンスを踊るかのように、
ひらり、ひょい、と最小限の動きで躱していく。
そのたびに彼女が履くヒールのついた靴が、
コン、コン、コーンとリズミカルな音を鳴らす。
「わ、わっ。早い、早いね!」
イオは、自らの完璧な動きが、ことごとく空を切ることに、
初めて驚愕を感じていた。
少女は、数回それを繰り返した後、すっとイオに顔を近づける。
両手を腰に当て、澄ました顔で、いたずらっぽく小首をかしげた。
「あなたが、セブン?」
「……!」
「ふーん。思ったよりカワイイ顔」
少女は、そう言って屈託なく笑うと、イオに手を差し出した。
「私はミオ・アシュクロフト。よろしくね、”バディ”」
「……バディ?」
「……どういうこと?」
ネストにいるどのタイプの人種とも違う。
しかも青い陽炎のような光を纏った少女。
警戒しないほうがおかしい。
イオは、差し出された手を握り返すこともなく警戒を解かない。
「おっと、そこまでだ、ミオ。O.A.S.I.S.の最高傑作が固まってるだろ?」
不意に、部屋の入り口から、緊張感のない、
飄々(ひょうひょう)とした声がした。
イオが素早くそちらを向くと、
一人の男がドアフレームに背を預けて立っていた。
白衣でもO.A.S.I.S.の制服でもない、
ラフなシャツにジーンズ。三十代くらいだろうか。
ボサボサの髪に無精ひげ、額と頬には古い傷が見える。
彼が浮かべる笑みは、この施設の空気とはあまりに不釣り合いだった。
「あなたは……?」
イオが低い声で問う。
「僕はカイル・マーロウ。
レイブンスウッド主権財団から派遣された君とミオのチューターさ。
よろしく、イオ」
男――カイルは、イオの警戒など意にも介さず、くだけた笑いを受かべる。
彼が肩に掛けた上着のポケットには、
ヴァンガードクラスのチューターである徽章が付けられている。
イオは警戒心を抱きつつもその徽章の持つ意味を考えると、
彼の言うことを信用せざるを得なかった。
「イオ?」
「そう第5世代、ジュピターシーズン主席の君には、
”イオ”というコードネームが与えられたんだ。
今日から君はイオだ。」
「そう……。分かった」
イオは特別喜びを表すでもなく淡々と受け止める。
ミオが、待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「へーイオかあ!おめでとう!けどさ、
バディでイオとミオって名前似すぎてない?!ちょっと紛らわしいかも?
ね、私もっとカワイイ名前考えてあげようか?!」
後ろからミオが覗き込む。ミオを無視してイオは尋ねた。
「それでこの騒がしいのが私のバディって言うのはどういうこと?」
カイルはミオを放置したままイオの質問に答える。
「君は優秀すぎたから。
ネストの最終過程ヴァンガードは基本ツーマンセルで進めていくんだが、
君に釣り合う”ドール”がここにはいない。
だから君の為にロード・レイヴンスウッドは、
特別な人材を用意したというわけだ」
「ロード……レイヴンスウッド?」
「僕たちの頭首だよ。
レイヴンスウッドとO.A.S.I.S.は古くからの協力関係なんだ。
僕らはO.A.S.I.S.よりも古い時代から調律者とアンカーと言う、
”禁忌”の存在に関わってきた。
同じ敵を持つ同志として、
君たちが困った時には手助けをしているってわけだ。」
ミオがさっとカイルとイオの間に割り込む。
「で、ロードが君の為に用意したのが私ってわけ♪」
イオの目に映るのは相変わらず楽し気に笑いかけるミオ。
しかし能天気さとは裏腹に青白く淡い光を放つ姿はイオにとって異様に映る。
「それで彼女は何者?」
「あ、やっと興味でてきた?ふふん、私はねー」
と言いかけたミオの口をカイルが塞ぐ。
「彼女はミオ・アシュクロフト。
レイヴンスウッドの精鋭シグネチャーズの一人さ。
彼女達シグネチャーズは世界から集められた、
選りすぐりの”異能”を持つ集団だよ。」
「異能?」
「そう、君たちでいうところの兆視能力のような特殊な能力を、
”シグネチャーズ”も持っている。
君たちは訓練と様々な調整で能力を発現させていくが
彼等は生まれつき能力を持って生まれてくる。
彼等は君たち兆視持ちの人間には、
”青い光”をまとっているように見えるそうだ。
ミオの異能は……」
カイルがその続きを話そうとした時、ミオがカイルの手を振りほどく。
「The Whispers!って言ってね、能力は……」
そこまで言いかけたミオの口を再びカイルが塞ぐ。
ミオはモゴモゴと何か言ってるがさっぱり分からない。
「”囁く者”の声を彼女は聞くことができる。
ちょっとした未来のことだったり、
その空間に残された過去のことだったり色々だ。
もちろん、エージェントとしても優秀だ。君に匹敵するくらいにはね」
「ちょっとカイル、自己紹介くらい自分でさせてよ」
ミオはやっとのことでカイルの手を逃れて頬を膨らませている。
「ミオは”必要ない”ことまで言うだろ。大人しくしてろ」
カイルは鋭い眼光をミオに向けて制止する。
「大丈夫だよー。それくらい分かってるし!まあ、少しは信用して?」
カイルは仕方ないといった様子で頷いた。渋々了承したようだ。
イオの目にはこの2人のやり取りが不可解なものに思えた。
彼女の知るチューターとのやり取りとあまりに違う。
必要なこと以外あまり会話する習慣のないイオにとっては不思議な光景だ。
「んー……。でもカイルが私の事は大体説明しちゃったからなあ……。
そうだ、イオのことを聞かせてよ!
あ!でもちょっと待って、その前に愛称を決めよう!」
「愛称?」
イオは怪訝な顔で尋ねる。
ミオは相変わらず楽し気だ。
「そう!これから私達はバディになるんだし、
少しでも距離を近づけたいじゃない?
その為には二人だけで通じる特別な呼び名があるといいと思う!」
「うーん……必要なの、それ?」
「必要だよ!」
「私の呼称はイオ。それで、何も問題ない」
「えー、でもそれじゃつまんない!じゃなくって……
私の名前はミオだよ?イオとミオ? 戦闘中に聞き間違えたらどうするの?
『イオ、右!』『ミオ、左!』って、絶対混乱する!作戦に支障が出る!」
ミオが、妙に説得力のある早口でまくし立てる。
イオは、その主張を数秒間、冷静に考えてみる。
「確かに……認識上のコンフリクトの可能性はある」
「でしょ! だから、イオの愛称を……」
「いや」
イオはミオの言葉を遮った。
「混乱の要因が名前が似てるってことならあなたの呼称を変えればいい。
あなたの呼称を”みー”とかにすればいい」
「はぁ!? なんで?私が イオの愛称を考えてたのに!イオりんとか!」
「作戦での効率を考えたら長くしてどうするの?短くするべき。
だとしたら”いー”は発音しづらい。よってあなたが”みー”と名乗るべき」
「あはは、論理的な解決策だ。”みー”反論は?」
横で聞いていたカイルが思わず声を上げて笑う。
「うぐぐ……」
ミオは頬をこれでもかと膨らませる。
「……いいよ!でも『me』じゃなくて『mii』だから!
そっちのがカワイイから!」
「了解した、"みー"」
イオはこのどうでもいい争いに勝利したことを満足げに頷いた。
「はいはい、茶番劇はそこまでにしとこうか」
カイルが、面白そうに見ていたのをやめて、パン、と手を叩いた。
「さてイオ。君への最初の任務を伝える」
イオはカイルに向き直り姿勢を正した。
「今日から、君はこの無機質な部屋を出て、
”みー”の部屋で共同生活を送ってもらう」
ミオがと小さくガッツポーズをする。
イオは、その命令の意味が理解できず、硬直した。
「……何故ですか?共同生活はナセリ―クラス(幼年組)で経験済みです。
ヴァンガードクラスはより自立性を高めるために、
個室が与えられてるんです。
主旨に反します。」
「いやこれでいいんだよ、イオ。
必要なのは個別の特性に合わせた指導なんだ。
それが僕たちのやり方だ」
カイルの声から、先ほどの飄々とした響きが消えた。
「君はO.A.S.I.S.の最高傑作だ。だが、今の君には感受性が足りない。
その為にまず君には、ミオから人間らしい『日常』を学んでもらう」
その言葉は、イオにとって、今までのどんな言葉より理解し難いもだった。
「なんですか……人間らしいって。私は最も完成されている”ドール”です。
結果が証明しています。そんなものが必要なんですか?」
「君のように論理的で迷いがない事が完成だと言いたいのか?
O.A.S.I.S.のチューターはそう教えたのかもしれないが、
レイブンスウッドではそれを強さとは呼ばない。」
「葛藤こそが人間らしさなんだよ。
無駄なことを選び、間違い、
それでも何かを信じようとする意志が大事なんだ 。
君にはそれをこれから学んでもらう。」
「……言いたい事が良く分かりません。ですがそれが命令なら従います」
イオはカイルに冷淡な眼差しを向ける。
ミオはそんな2人のやり取りはお構いなしにイオの手を取る。
イオは急に手を取られ本能的に手を引き抜こうとするが、
ミオがそれを許さない。
「カイルの説教は聞いてると眠くなるからあんまり真に受けなくていいよ!
とりあえず、私の部屋に行ってみようよ!」
ミオに半ば強引に手を引かれるまま、
イオは個室を出て、曲がりくねった廊下を走る。
しばらくすると、来賓用なのか少し規格の違うドアの前に立った。
「じゃじゃーん! ようこそ、イオ! 私たちのお城へ!」
ミオが、誇らしげにドアを開ける。
イオは、その光景を前に、完全に思考を停止した。
それは、イオの知る部屋とはまるで違った。
壁という壁は、色とりどりのポスターや、漫画で埋め尽くされている。
支給品のベッドは、ファンシーなカバーがかけられ、
無数の縫いぐるみに占拠されていた。
床には、「ゲーム機」と、そのソフトウェアが散乱している。
白い壁も、天井も、ほとんど見えない。
そこは、イオが知る「ネスト」のどの空間とも異なる、
混沌と非効率の塊だった。
「すごいでしょ?これ全部、イオ達のルーツでもある日本の文化なんだよ!
カイルも私も大好きなんだ!これからイオが学ぶ”日常”だよ!」
ミオは、ベッドに飛び乗ると、誇らしげにそう言った。
「そう、これが人間の暮らしってやつだ」
カイルが、いつの間にかイオの背後に立っていて、
砕けた笑顔を向けていた。
イオは、その「日常」という名の、あまりにも異質な空間の入り口で、
ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「イオはね、まずこれを読んで学んでね!えーとキメツとワンピと、
んーチェンソーマンはまだ早いか……」
イオの腕の中にうず高く漫画本が積まれていく。
やがてイオの顔は漫画で見えなくなった。
「何……これ……。筋力のトレーニング?」
「あはは!違うよ!それは『心』のトレーニング!
その”漫画”は友情がどれだけ素晴らしいか教えてくれるんだよ♪」
ミオは楽しそうに笑っていた。
カイルがイオの腕から漫画の塔を半分ほど回収する。
「ワンピはともかくキメツはそんなに友情賛歌でもなかったろ?
まあ、後でゆっくり読んでいけばいいさ。それよりまず先にこっちだな」
カイルはそう言うと、散らかった床から、
ゲーム機に繋がったコントローラーを二つ拾い上げた。
「ミオ、手本を見せてやれ。一番得意なやつで」
「オッケー! 任せて!」
それからは延々と新しいチューターとバディからのゲーム、漫画、アニメ。
サブカル講座が一日中続けられた。
イオはそれを拒否しようとしたがこれも任務という一言で片づけられた。
イオは仏頂面でその与えられた任務をこなしていたが、
2人の異端者は終始楽しげだった。
こうしてイオとミオの共同生活が始まった。




