シャノン、その後を語る。
よし、逃げよう! 別にこの王国にはそれほど愛着はないし、あのひどい伯爵家も守らなくてもいいと思う!
私なら一昼夜休まず山中を進めるから追手も振り切れるはず。
……問題は、この場を切り抜けられるかどうか。
私もソファーから腰を上げつつ魔力を引き出す。
それを見ていたレイリスさんが大きなため息をついた。
「……シャノン様、何か勘違いをなさっていませんか? 私はあなたと戦う気などありませんよ」
「え、そうなのですか? では、どうして魔力を……?」
「あなたに魔力の細かなコントロール法を教えるためです。ヴァネッサさんから頼まれたのもそのことですよ」
これまで私は、ひたすら体を鍛え、魔力の量を増やす鍛錬ばかりをさせられてきた。ヴァネッサ先生はそろそろ次の段階に入ろうと考えていたらしい。それは、魔力の緻密な操作術の習得と、これを活用した魔獣との実戦。
しかし、その計画は私の婚約者の凶行によって実施できなくなった。先生は「あの気狂いトーマスが余計なことをしなければ最高傑作を私が仕上げられたものを……!」と悔しがっていたそうな……。
「あ、危なかった! 魔獣との実戦なんて洒落にならないわ! ……何気に、ナイフを構えて突進してきてくれたトーマス様に感謝するべきなのかも」
崩れるように再びソファーに座る私を見て、レイリスさんは真面目な顔で。
「いいえ、間違っても感謝するべきではないかと」
「分かってますよ……」
「魔獣とは戦わないにしても、魔力はきちんとコントロールできるようになった方がいいと思います。そうすれば、魔力を引き出した際に人を気絶させずに済みますので」
「本当ですか? じゃあ、教えてもらおうかな、操作術」
「では、明日以降も毎日ここにいらしてください。素質のあるシャノン様でも数日は要するでしょうから」
どうやら今日からしばらくレイリスさんが付きっきりで私を指導してくれる模様。彼女は明らかに仕事ができる感じでおそらく多忙なはずなのに、私のために時間を割いてもらうのは申し訳ない気がした。そう言って頭を下げると、彼女はもう一度大きなため息を。
「騎士団団長からも頼まれていますので気にしないでください。私は大体いつも面倒事を押しつけられていますし」
……私は面倒事ですか。まあ、きちんとコントロールできない大量の魔力を保持した令嬢の世話なんて、面倒事以外の何ものでもないわね……。
話の最後にレイリスさんは「追加でご検討いただきたいのですが」と切り出してきた。
「シャノン様がこのような能力を獲得してしまったのは当騎士団のヴァネッサさんのせいですし、また、彼女からの推薦もありまして、シャノン様には新たに作る予定の第六師団団長に就任していただきたいのですが」
「…………、お断りします」
私は即答していた。
手元に置いて管理したいという意思がありありと……。やっぱり私は危険人物扱いなんじゃない。
申し出を跳ね返されたレイリスさんは残念そうに呟く。
「惜しいですね、それだけの力がありながら」
「レイリスさんだって私に劣らない力をお持ちではないですか」
「いいえ、魔力の総量ではシャノン様に劣っていますよ。現時点で戦えば、技術面を考慮しても私が勝てる確率は半々といったところ。あなたはこれから魔力の操作や魔法を習得するのですから、末恐ろしいなんてものではありません」
「ほ、褒めていただいているのでしょうが、あまり嬉しくありません……」
「近頃、魔獣の力が増してきて、シャノン様は稀有な逸材なので本当に惜しいです。が、まあ今すぐに決める必要はありません。あなたもまだ十五歳ですし、今後の選択肢の一つとして考えておいてください」
レイリスさんがそう締めくくってこの日の面会は終了となった。
――――。
少しこの後の話をしておくと、レイリスさんが言った通り、魔獣の勢いは日を追うごとに増してきて、もう人と魔獣との戦争と言ってもいい状態に。これに伴って、結局は私ものんびりしていられなくなった。
何だかんだ言っても、私は家族も王国も見捨てられなかったということ。
狂気の夜会より二年後、十七歳になった私は、ヴァネッサ先生に鍛えられた体と魔力、レイリスさんに教えてもらった魔法の数々を携えて騎士団に入団した。
私の力が社交界で知れ渡っていて結婚の申し込みが全く来ない状況でもあったので仕方ない。
そうして王国初の令嬢師団長となった私率いる第六師団が戦線に加わり、王国軍は徐々に魔獣達を押し返し始めた。
私の師団は劣勢の団を救援するのが主任務で、この日も第四師団の応援に来ていた。
補佐をしてくれている女性騎士が伝令から通達書を受け取る。
「シャノン様、第四の師団長より要請です。廃村で孤立している約五百名を救出してほしいと」
「……ヴァネッサ先生、相変わらず無理難題を押し付けてくるな。分かりました、こちらに被害を出すわけにはいかないので今回は私一人で臨みます」
「またですか……。シャノン様がそう言い出した時は止めるように、私は隊長達から言われているのですが」
「私なら大丈夫ですって。ほら、噂にもなっているでしょ?」
「……王国の最終兵器、ですか?」
近頃、私は全て王国側によって仕組まれていたような気がしてきた。
十年も騎士団を空けていたヴァネッサ先生がたった一日で元のポストに戻れるだろうか。トーマス様の凶行で予定は狂ったものの、これ幸いと魔法を教えるのに適したレイリスさんが引き継ぐことになったのでは?(彼女は本当に魔法指南が上手だったわ)だから先生は引き継ぎの際に「私が仕上げられたものを」とこぼした。
これを裏付けるように最近、私は来たる危機に備えて王国が育成した最終兵器である、という噂が流れている。
いずれにしろ、それならそれで私の方も現在の立場を利用してやろうと思うようになった。
今は戦場を忙しく駆け回る日々だけど、あと少しの我慢だわ。
やがて訪れる勝利の暁には、国を救った最終兵器、じゃなくて英雄令嬢として結婚の申し込みがわんさか来るはずだから。(……く、来るわよね?)
「少なくとも、今から助けにいく五百人のうちの何人かは申し込んでくるでしょ。(もう別に貴族じゃなくてもいい)よし、じゃあ未来の夫を救出にいってきますね」
意気揚々と私が足を踏み出すと補佐の彼女はため息まじりに、「たかだか結婚のために、命がいくつあっても足りないような任務をこなすのはシャノン様くらいですよ」と呟いた。
……そう、かしら?
うーん、最初の婚約者がトーマス様だっただけに、次はまともな相手を、と私は意地になっているのかもしれない。
でも、大変な戦いだし、何か希望を持っていた方がいいと思うのよね。たとえそれが、人から見れば滑稽なものであっても。
私は、幸せな結婚を勝ち取るためにこの戦争を勝利に導く。




