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シャノン、逃亡を考える。


 スカートを払ってトーマス様を払いつつ周囲に視線を向けると、他の貴族達も目を覚ましはじめている。

 私は全員に向かって深々と頭を下げた。


「皆様、本当に申し訳ありませんでした。今後は不用意に魔力を纏ったりしないよう気をつけます」


 それから、先ほどヴァネッサ先生が立っていた窓際に移動。夜空に浮かぶ月を眺めながら深呼吸をした。


 まあ結婚はおいおい考えるとして、先生もいなくなったことだし、とりあえず普通の令嬢としての生活を送ってみたい。

 私は全然普通じゃなかった。

 きっと皆、もっとソフトな鍛錬をしていたのね。


 普通の生活を送るために必要なのが家族の説得。いえ、今回は説教になるかもしれない。ヴァネッサ先生と共謀して私を騙していたこと、一言文句でも言わなきゃ気が済まなかった。



 夜会から自宅である伯爵家の屋敷に戻った私は、早速家族を自室に呼び出す。

 椅子に座る私の前に、お父様とお母様、お兄様、お姉様が並んで立つ。まずお母様がおろおろした様子で私をなだめにかかってきた。


「シャノン、怒っては駄目よ……! あなたが本気を出したらこの屋敷なんて簡単に壊れるのだからね!」

「……怪物扱いはやめてください。誰のおかげでこんな風に育ったと思っているんですか」


 私はずっと目を合わせようとしないお父様の方に体ごと向き直る。


「ヴァネッサ先生は逃げましたよ。どういうおつもりで私をあの人に任せたのですか?」

「……一騎当千の娘がいれば当家は安泰だと思ったのだ」


 くっ、この人の娘に生まれたのがそもそもの運の尽きだったわ。他家ともめた際には迷いなく私を投入しそう。

 呆れ果てる私に対し、今度はお兄様がなだめに。


「トーマス様はどうやらとんでもないお方だったようだし、もういっそずっと家にいればいいじゃないか。何なら次期当主の座をシャノンに譲ってもいい。末永く伯爵家を守護してくれ」


 あの父にしてこの子ありね……。なだめる気あるのですか?

 重ねて呆れていると、すでに結婚して他家に嫁いでいるお姉様が笑みを湛えた。


「私の家が困った時にも救援に来てくれると助かるわ」


 ……駄目だわ、この家族。謝るどころか、開き直っている雰囲気すらある……。

 ため息をつきながら私は椅子から立ち上がった。


「とにかく、私はこれから普通の令嬢になります。話の続きは明日にしましょう。もう夜の鍛錬の時間ですので」


 私の言葉に家族は全員がぎょっとした表情に変わった。


 え、私、何かおかしなことを言いましたか?


 結局、身についた習慣は容易には抜けないということ。

 すでに体の芯から戦士になってしまっていた私が、今更普通の令嬢になれるはずなかった。そのことを自覚するのはまだ先の話になる。


 さて、翌日になって、もう一度家族会議をと思っていた私だけど、それどころではない事態に。


 山から帰ってくると(毎朝暗いうちから走るのが日課)、王城から使者がやって来ていた。昨晩の夜会の件で、私に城まで足を運んでほしいという。


 こ、これは、出頭要請だわ! 思えば、私は魔力で貴族達をことごとく気絶させているんだから、騎士団に拘束されても不思議じゃない!


 内心ビクビクしながら王城を訪れると、意外にも通されたのは数ある客室の一つだった。そこで待っていたのは、スラリとした体型の女性騎士で、彼女は私にソファーに座るように勧めてきた。


「私は調査局局長のレイリスです。昨晩のことについてはすでに周囲からの聞き取りで状況を把握していますので、シャノン様からは事実確認で少しお話を伺う程度になります。お気を楽にしてください」

「あの、私は罰せられたりはしないのでしょうか……?」

「もちろんです、あなたの事情も把握していますのでご安心を。……ヴァネッサさんの道楽にも困ったものです」


 そう愚痴りつつレイリスさんも向かいのソファーに腰を下ろす。

 気持ちも落ち着き、私は改めて彼女を観察しはじめた。

 年齢は二十代の半ばくらいで、切れ長の目をした結構な美人だわ。そんな外見的特徴よりも、私の魔力が告げている。……この人は相当な使い手だと。

 私が暴れた時のことを考えて腕の立つ人が受け持つことになったのかしら? 怪物扱いは心外だけど、とにかく大人しくしておこう……。


 前置き通りレイリスさんは昨晩のことについていくつか尋ねてきたので、私は質問の一つ一つに答えていった。

 そういえば、刃物を振り回していたトーマス様にはどんな処分が下されるのか、ほんの少しだけ気になったので逆にこちらから尋ねてみた。


「トーマス様はまず精神を治療することになります。その後はしばらくこの城にて拘禁する流れになるでしょう。シャノン様のおかげでことなきを得ましたが、危険な行為でそれなりの重罪ですので」

「そうですよね、一歩間違えば他の方を傷つけていたかもしれませんし」

「罪を償った後もシャノン様に近付くことは禁止されるはずです」

「そんな措置も取っていただけるのですね」

「まあ、近付いたところであなたに一蹴されるでしょうが」


 レイリスさんは変わらず真面目な顔でそう言ったので、私にはそれが冗談で言ったものなのかどうか判別できなかった。

 やがて彼女からの質問は終わり、「事実確認は以上です」と告げられた。

 最後に私からもう一つ尋ねてみることに。


「ヴァネッサ先生とはどういう人なのですか? 騎士団に戻ると仰っていましたが」

「はい、昨晩のうちに戻ってきましたよ。自分の後任者を打ち負かして、十年ぶりに第四師団の師団長に復帰しました」


 あの人、師団長だったの! 若くして出世したと言っていたけどそこまで上ぼり詰めていたなんて!

 騎士団の序列は割と実力主義で、強ければぐんぐん上に行く。騎士団団長をトップに、次いで五人の師団長がいてそれぞれ約一万人の兵を預かっていた。師団長一人あたり、王国総兵力の約七分の一を自在に動かせることになる。

 私の中に素朴な疑問が浮かび上がった。


「ヴァネッサ先生に総兵力の七分の一も預けて大丈夫なのですか……?」

「何の心配もいりません、とは断言できませんが、……まあ大丈夫です。あれでも仕事はきちんとこなす人なので。実は、彼女からシャノン様に関して頼まれていることがあるのですが。本日お越しいただいたのはこの件がメインでもあります」


 ソファーから立ち上がりながらレイリスさんはそう言った。

 この瞬間、彼女の纏う空気が一変する。


 ……ちょ、ちょっと待って、どうして魔力を引き出しているの? しかもこれはかなり本気のやつだわ! 私何か失礼をしましたか!

 調査局と聞いた時から嫌な予感がしていたのよ……。騎士団の中でも影の掃除屋と呼ばれる危険な機関なんだから。不祥事を起こしてひそかに闇に葬られた貴族は数知れず……。

 トーマス様は葬られても仕方ないにしても、なぜ私まで? ……まさか、貴族にあるまじき魔力を保有する危険人物だから?


 冗談じゃない! 大人しく処分されてなるものか!

 こうなったら国も家も捨てて逃げてやるわ!


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