シャノン、暴漢(婚約者)に襲われる。
私、伯爵家の次女シャノンは今日もいつものように夜会に出席していた。
現在十五歳の私は最近になってこの催し物に出るようになった。しかし、はっきり言って毎回とてもつまらない。それは私がまだ子供だからなのか、とにかく刺激が足りないように感じる。
ところが、この日は夜会が始まって間もなくのこと、貴族達の中から突然悲鳴が上がった。
振り返ると私の婚約者であるトーマス様がナイフを手に立っている。その目は血走っていて、どう見てもいつもの彼じゃない。
さっき挨拶を交わした時は普通だったのに、どうして急に!
こんな刺激は望んでいない! ひとまず何か事情があるなら聞いて落ち着かせないと!
「トーマス様、どうしたのですか……? とりあえず、ナイフから、手を離しましょうか……?」
「やっぱり、君には僕の他に気になる男性がいるんだね……」
……全く心当たりがない。トーマス様はいったい何を言っているのかしら。
疑問をそのまま口に出して尋ねると、彼は感情を爆発させたように大きな身ぶり手ぶりで。
「嘘をつかないでくれ! これまでだって今日だって何人もの男と視線を合わせて親しげに微笑んでいたじゃないか!」
…………、目を合わせて微笑むくらいするわよ、挨拶だもの。え、そんなことで乱心しているの?
「……トーマス様とも、視線を合わせて微笑みながらご挨拶したでしょう」
「僕は婚約者だから当然だよ! 他の男と同じことをやっているのが問題なんだ!」
「待ってください、他所の令嬢方もあなたと視線を合わせて微笑みながら挨拶してきますよね?」
「そう、僕は常に誘惑に耐えているというのに……、君ときたら!」
駄目だわ、私には全然理解できない。トーマス様は私には理解できない理屈で行動に及んでいるということしか理解できない。
周囲の貴族達に目を向けると、私同様、全員が信じられないものでも見るような視線を彼に送っていた。
……まあ、そうよね。
トーマス様とは婚約してまだ間もないけれど、こんな人だとは思わなかったわ……。
私が侯爵家の次男であるトーマス様と婚約に至ったのは二か月前のこと。それから、彼とは一緒にお茶をしたり夜会に出席したりしてきたものの、ここまで嫉妬深い人だなんて全く気付かなかった。ナイフまで持ち出して、どうして急に……。
「これは今まで溜り溜まったものが一気に噴出した感じではないでしょうか」
私の隣に立つ三十代半ばの女性がそう呟いた。
彼女は私の家庭教師でヴァネッサ先生という。ここ十年ほど、勉学の他にいざという時の護身術なども教えてくれている。何でも騎士をしていた経験もあるのだとか。
そうだわ、今日はヴァネッサ先生がいるじゃない! いつもは私に同行して夜会に出てもひたすら料理や菓子を食べているだけの人だけど(今日もそうだけど)、一緒にいて今ほど心強いと思ったことはないわ!
「ヴァネッサ先生! トーマス様を何とかしてください!」
「私が手を貸すまでもありませんよ。シャノンお嬢様お一人で充分に対処できます」
「ですがナイフを持っていますよ!」
「武器を携帯した者が相手の場合の護身術もしっかり教えたでしょう」
「それはそうですけど、現実に実践するのは初めてですし……」
「その点を差し引いても、あの程度の暴漢ならお一人で大丈夫です」
暴漢って、一応は私の婚約者なのですが……。
確かに、私に対する教育の多くの時間は体を鍛えることに割かれていた。先生が言うには、貴族たるものいつ命の危険に晒されるか分からないので鍛錬は怠ってはならない、とのこと。
まったくその通りだったと実感しているけれど、今は先生がいるのだから守ってくれてもいいのでは?
私の心の声が聞こえたように、ヴァネッサ先生は小さくため息をつく。
「今日はたまたま私が豪華な食事をしたかったので一緒にいるだけですよ。いない時もあるのですから頼ってはいけません」
この人、食事目的で夜会に来ているとついに認めたわ。