第7話『王宮の秘密と、月の肖像画』
王都でのひとときを満喫した日和は、従者ラオに連れられ、王宮の奥――“禁の回廊”へと足を踏み入れていた。
「えっと……ここ、ちょっと雰囲気ちがうね?」
王宮の他の場所と違い、壁の装飾も少なく、やけに静かだった。風の音すら感じない、時が止まったような空間。
その先にあったのは、一枚の大きな肖像画だった。
描かれているのは、一人の女性。漆黒のドレスに、月光を思わせる瞳。どこか――日和に、よく似ていた。
「この人……だれ?」
「……“月姫”です。かつて、夜の王国を照らしたと言われる、伝説の第三王女」
ラオが語るその声には、どこかざらついた哀しさがあった。
「数百年前、この国に“光”をもたらしかけた王女がいたのです。ですが――彼女は、消えました。王家の歴史から、姿ごと」
「どうして?」
「……彼女は、**『吸血鬼であることをやめようとした』**からです」
静寂が、辺りを包んだ。
吸血鬼の国で、吸血鬼であることを拒んだ王族。
その在り方は、あまりにも異質で、異端だった。
「……でも、それって……私と似てる……」
太陽の光を平気で浴び、血を飲まずとも生きられる異質な存在。
日和は、まるでその“月姫”の記憶が転生してきたように感じた。
すると、肖像画の月姫が――ふと、微笑んだような気がした。
「――っ!? う、動いた!?」
驚いた日和がのけぞった瞬間、肖像画の背後にあった古い石扉が、音を立ててゆっくりと開いた。
そこには、さらに古びた回廊が続いていた。
「……今、王家の血が、月姫の意思を継いだのです」
ラオは深く頭を下げた。
「日和様……貴女には、この国を変える力がある。そして、“月姫の願い”を、果たせるのは――貴女しかいません」
吸血鬼の王家。
滅びかけた“希望”。
日和の目の中で、左右の瞳がゆっくりと光を帯びた。
左の藍――人間としての優しさ。
右の紅――吸血鬼の血に宿る誓い。
「月姫さん……私、がんばるよ」
ふわりと笑ったその顔は、肖像画の“月姫”と重なった。