第5話『バンパイアの王と月下の塔』
「ねえねえ、ラオさん! あの塔、すっごく高いよ!? てっぺんまで登れるかなっ♪」
森を抜け、月明かりに照らされた広大な谷間に、一本だけそびえる漆黒の塔があった。
風に揺れる銀の草原の中央。まるで空を突き刺すように、静かに、凛と、そこに在る。
ラオが驚きつつ、苦笑した。
「……あれが“月下の塔”。王家に連なる者しか入れない、聖域です。日和様、貴女には――」
「入れるねっ! だって私、第三王女なんでしょ!?」
「……まあ、はい」
ラオは額を押さえた。
日和の笑顔は明るくて、天然で、そして無自覚に王族らしい“貫禄”をまとっている。
「でも、なんか……思い出せないんだよね」
塔を見上げながら、日和はぽつりとつぶやいた。
「前の世界のことも、あの蝙蝠さんの声も……夢だったみたい」
ふと、風が吹き抜けた。
日和の藍と紅のオッドアイが、月光を反射する。
塔の重い扉が、音もなく開いた。
――塔の最上階。
石造りの階段を昇った先、月光の差し込む静かな空間に、ひとりの男が立っていた。
銀の髪、血のように赤い瞳。王の衣を纏い、背中には巨大な黒翼。
彼こそが――バンパイアの王、《アルゼリオ・ノクト》。
「来たか、日和。いや……“新しき魂”よ」
日和はピョコッと首を傾げてから――
「おじさ……いや、違うか。えっと……王様! はじめましてっ!」
と、元気よくお辞儀をした。
アルゼリオは目を細め、静かに微笑む。
「その笑顔……まるで、かつての“光”のようだな」
日和は、訳がわからずニコニコしながらも、何か胸の奥が温かくなるのを感じていた。
――そして王は告げる。
「お前は“特異なる存在”だ。血を必要とせず、太陽にも屈せず、この世界で生まれ直した“禁忌の魂”」
「……ゆえに、お前は“選ばれる”。この国を救うか、滅ぼすか、その鍵として」
日和は、きょとんとした表情のまま、手をあげた。
「えっと……つまり?」
「つまり……」王が目を細めた。
「お前は、自由に未来を選べるということだ」
日和はしばらく考え込んで――
「よしっ! それなら私、この国の屋台ぜんぶ巡ってから考える!!」
「……は?」
その天然発言に、王の後ろで控えていた老臣たちが盛大にこけた。
――だが、不思議と。
その無邪気な宣言は、誰よりもこの闇の国に“光”をもたらす声だった。