第4話『灰喰いの咆哮(ほうこう)』
夜明け前、まだ星の瞬きが残る蒼い空の下。
リィナの案内で、日和とラオは森の外れへ向かっていた。
「この先に“灰喰い”が出るって噂があるの。……たぶん、また誰かが倒れてる」
リィナの声は震えていたが、それでも足を止めることはなかった。
――ザザ……ザザザ……
森を踏み分ける音が、徐々に変化していく。
音ではない何かが混ざり込んでいる。不穏な空気。腐臭のような、乾いた血の匂い。
「来る……!」
ラオが叫ぶと同時に、森の奥から這いずるような気配が現れる。
それは人の形を保っていない。
肌はひび割れ、干からびた灰色。目だけが爛々と紅く光り、牙を剥き出しにして、異様な叫びを上げる。
「グゥオオオアァァァァ!!」
「……“灰喰い”!」
リィナが身をすくめる。
だが、日和は一歩前に出た。
怖くないわけじゃない。むしろ、全身が震えていた。
けれど、それ以上にこの存在に――強く、哀しみを感じていた。
「この人……こんな姿になるまで、誰にも気づかれなかったの?」
ラオが構える。
「無理だ、日和様。あれはもう言葉も理性も失っている……ただの“怪物”だ」
「……じゃあ、せめて」
日和の瞳が紅く輝く。右目の“バンパイアの瞳”が、灰喰いを見据える。
「……あなたの哀しみを、感じさせて?」
光が、日和の手から溢れ出す。
それは太陽でも月でもない、微かに温かい、彼女だけの“命の灯火”。
「――眠って。もう、苦しまないで」
灰喰いの足が止まり、狂ったように唸っていた声が、次第に静まっていく。
やがてその躯は、音もなく崩れ落ち、灰となって風に舞った。
「……なに、これ」
ラオは呆然と立ち尽くす。
“倒した”わけではない。だが、確かに“終わらせた”。
日和の力は、ただの吸血鬼のそれではなかった。
「ラオさん……お願い、教えて」
日和が振り向く。
「“灰喰い”は、なぜ生まれるの? どうして放っておかれてるの?」
ラオの表情が、かすかに曇る。
「……日和様、それは……この国の“禁忌”に触れる話になります」
その言葉に、日和の胸の奥で、何かが鳴った。
この国には、まだ知らされていない“闇”がある。
――彼女の第二の生が、ついにその核心へと触れ始めた。