第3話『リィナと夜の約束』
第3話『リィナと夜の約束』
リィナは、日和に手を引かれて屋台の明かりの中を歩いていた。
さっきまで震えていた小さな背中が、ほんの少しだけ真っ直ぐに伸びていた。
「……ほんとに、お姫様なの?」
「あはは、うん。なんだかそうなっちゃったの。気づいたら、ね」
「へんなの」
くすっと笑ったリィナの顔に、ラオは警戒を少しだけ緩めた。
彼女──日和が持つ力は、ただの“癒し”ではない。
それは人の心に届く、まるで水が染み込むような“温もり”だった。
そしてその力に、ひどく懐かしい感覚を覚えていた。
その夜、屋台通りのはずれにある教会跡に、日和とリィナは腰を下ろしていた。
「リィナちゃんは、ひとりでここに住んでたの?」
「うん……でも、夜は怖い。外には“灰喰い”がいるから」
「灰喰い?」
ラオが警戒するように身を乗り出した。
「……“灰喰い”は、元は吸血鬼だった。でもね、血を失いすぎて……人の姿を忘れたの」
リィナはぽつぽつと語った。子供とは思えないほど落ち着いた口調で。
それはまるで、自分もいつか、そうなることを受け入れていたような──諦めを含んだ声だった。
日和はそっとリィナの手を握る。
「大丈夫。もう、ひとりにしない。私があなたの家族になる」
「……ほんとに?」
「うん。私、吸血鬼のくせに血を飲めないの。あなたと同じ、ちょっと変わってるでしょ?」
リィナの目が、わずかに潤んだ。
そして──
「じゃあ、私も。日和のこと、“お姉ちゃん”って呼んでいい?」
「もちろん!」
二人の笑い声が、静かな夜空にやさしく響いた。
ラオはその光景を見つめながら、胸の奥で何かが動くのを感じた。
日和という少女は、もしかすると──この国を変える“灯”になるかもしれない。
そしてその夜、日和は小さな誓いを立てた。
──この国から、“灰喰い”をなくす。
“血を奪わなくても生きられる道”を、皆に届ける。
それが、命の灯を繋いでくれた蝙蝠への、最初の“お返し”だった。
その夜、吸血鬼の国の星は、いつになく瞬いていた。