第18話『月光の後継と、忘れられた扣結(こうけつ)』
旧王宮の書庫、深き沈黙の中――
日和の掌に在る『月契の書』は、じわりと熱を帯びていた。
「……わたしと、同じ顔……?」
頁をめくるたびに浮かび上がる、歴代“月姫”たちの肖像画。
そこには時代も種族も違う少女たちが描かれていたが、どの顔も日和と――瓜二つだった。
「これって、どういう……?」
ラオが一歩前へ出る。
「月姫は、“一つの魂”が転生し続ける存在なのです。……姫様、貴女もその一人」
日和は黙って頁を見つめた。
やがて視線が止まる。
そこには、彼女がよく知る少女の姿が――そう、ネレイアの過去が絵で綴られていた。
琥珀の髪に深紅の瞳。
誇り高く微笑むその横顔の隣には、柔らかく日和に似た少女が寄り添っている。
二人は手を取り合い、月下に誓いを立てていた。
『――また巡り会えたなら、この世界を“未来”に繋ごう。』
そして、次の頁。
【月姫たちの契約】
月姫の力は、記憶と夢を媒介として次代へと継がれ、
最後の一人が「誓約」を破った時、永きに渡る封印が解ける――と記されていた。
「“最後の一人”……」
ラオの声に、日和の胸が締め付けられた。
「わたし……なの?」
「はい、姫様。“月の契約”を破るのも、果たすのも、日和様しかおりません」
日和は口をつぐみ、息を飲んだ。
その時――
パラリ、と頁が風に捲れた。
その先に現れたのは、“封じられた扣結”。
魂と魂を結ぶ、ただひとつの紋。
それは――ネレイアとの絆そのものだった。
「ネレイアお姉ちゃん……」
「ねえ、今でも……わたしのこと、覚えてくれてる?」
その問いに応えるかのように、書の中央が淡く光った。
そこに現れたのは、ネレイアの微笑む幻影――
『私は、忘れてなんかいない。あの時交わした約束も。あなたの手の温もりも。全部、忘れていないわ。』
日和の目から、ひとしずく、透明な涙が零れた。
「もう一度……会いたい。姉妹として、家族として、もう一度――」
『なら、来なさい。月の祭壇へ――私が待っている』
書はその言葉を残して、静かに光を収めた。
ラオが言う。
「月の儀式が……本当の意味で始まります」
日和は静かに頷いた。
「うん、迎えに行く。ネレイアお姉ちゃんを、わたしの手で」
――物語は、ついに“月の終焉”と“新たな契り”へと向かう。