第15話『影の王女、再臨』
王宮の広間に重く響く警鐘が、祝福の空気を裂いた。
即位式の真っただ中、天井に浮かぶ王家の紋章が、じわりと血のように赤く染まっていく。
「これは……封印の間が、破られた?」
ラオの表情が険しくなる。魔力の揺らぎは、尋常ではない。
「誰かが、封印を解いたのです!」
近衛兵たちが動き始めるが、それよりも早く――
冷たい風と共に、闇の衣をまとった一人の女が、玉座の間の扉を破って姿を現した。
「久しいな、“日和”」
女の名は――ネレイア。
王家に記録すら残されていない、“影の王女”。
「ネレイア様……あなたは、禁忌の血筋の……!」
ラオが即座に日和を庇うように立ちふさがる。
「……誰?」
日和は、戸惑いながらも一歩、前へ進んだ。
ネレイアは静かに微笑み、そして語る。
「我は、正統なる月姫の血を継ぎし者。
――だが王家はその存在を恐れ、私を封印した。
貴様のような“偽りの命”に王冠が渡るとは、滑稽だな」
「偽りなんかじゃない……!」
日和が、強い声で言い返す。
「私は、確かにここにいる。ちゃんと、生きてる!」
ネレイアの目が揺れる。
「……生きてる、か。……そうか、まだ“そう”言えるんだな」
次の瞬間、ネレイアの足元に黒炎が舞い、影から何かが這い出る。
召喚された影の獣が、広間を包囲する。
「さあ、選べ。退くか、燃えるか」
兵たちが動こうとしたそのとき――
「やめなさい!」
日和の声が響き渡った。
「戦うつもりなんてないよ! わたし、お姉ちゃんと話したいだけなのに!」
ネレイアの動きが止まる。
兵たちも、剣を抜いたまま凍りつく。
「お姉ちゃん……?」
「うん。だって、あなた……わたしと同じ“王女”なんでしょう?」
ラオが驚きに目を見開いた。
「日和様……」
ネレイアは、しばらく無言だった。だが――
その目に、ほんの一瞬、痛みが宿ったように見えた。
「貴様は、ほんとうに……愚かで、優しい」
その言葉とともに、召喚された影の獣たちは静かに消えた。
「今は退く。だが次に会うとき、貴様が“真に選ばれし者”かどうか、試させてもらおう」
そう告げると、ネレイアは黒き霧に姿を溶かし、広間から消えていった。
――そして静寂が戻る中、日和はそっと呟いた。
「ありがとう。……ちゃんと、名前で呼んでくれて」
ラオがそっと、日和の背中に手を添える。
「姫様……今の貴女の言葉が、どれだけの人を救ったか。忘れないでください」
日和は静かに頷いた。
「……うん。ネレイアお姉ちゃんと、もう一度、ちゃんと話す。約束だもん」
月の光が差し込み、広間に希望のような温かさを残していた。