二十二話
「魔法を、作る…だと?」
本当に魔法を作る訳では無いのだが、ここで自信なさげにしてしまうと揚げ足を取られてしまうかもしれない。
父様に限ってそんな事は無いと思うが、警戒はしておいて損はない。
何故なら、此処が正念場であるのだから。
と言う事で、わたくしは気を引き締めて堂々とする事を意識した。
「ええ。無いのなら、作れば良いのです。」
隙を見せないために、わたくしは淑女らしくにっこりと笑いかける。
その効果は覿面のようで、父様は見事にわたくしの言葉に操られた。
「これはまた、奇妙な事を…だが、本当に出来るのか?」
だと言うのに父様はもう一度、わたくしに問いかけてくる。
わたくしを信じていないわけではなく、ただただ驚いて再確認するためのものみたいな雰囲気だけど、流石に面倒臭くなってくる。
変なところで慎重な性格がここに出てきてしまったか、父様。
…常識の枠に囚われすぎると、疲れちゃうのにね。過労で倒れるんじゃない、その内。
そういうのは早いとこ思考放棄してしまえばいいのに、それをせず几帳面に行動するのがいかにも父様らしい。
まぁ、疑うのも当たり前だ。魔法を作るなんて、黄金時代以来の試みと言えるのだから。
…今回はやらないけど、いつか自分で魔法を作ってみるのもアリかもしれない。
何だか楽しそうだ。
と、それはさておき。
ちょっと話が逸れてしまった。危ない危ない。
そんな考えを封じ込めて、わたくしは父様に交渉を持ちかける。
「勿論、任せてください。信じられない様でしたら、取り敢えずわたくしに余った食事をくれる権利をくださいな。
他の者達からすればゴミをわざわざ買っている様に見えるでしょうから、特に失敗してもこれといったデメリットはありませんでしょうし、良いでしょう?」
わたくしは今日、その許可を貰うためだけにここまで来たのだ。
何としてでもぶん取…いや、頂戴しなければ。
父様は、暫く考える素振りを見せた後「良いだろう。」と、肯定の意を示した。
「権利は与えよう。だが、後はアイティアの手腕次第だぞ。
…余がしてやれる事はあまり無いが、くれぐれも気をつけてくれ。」
父様は、まるで前世のお母さんみたいに心配性なセリフを言った。
全く、父様ったら。
…そんなに言われなくても、わかってるのに。
でも、それだけきちんと自分の事を気にかけてくれているということに嬉しさを覚えないこともない。
結局、わたくしはなんやかんやで父様が嫌いじゃないんだなぁ、と実感した。
そして、先程父様ができる事は無いと言っていた様に皇帝が一定の皇族に肩入れする事はよろしく無い。
後々後継者争いが起こる事を考えると、勝手に後継者候補だと勘違いされて争いへ巻き込まれかねないので距離を置いておくのが正しい。
その方がむしろ、わたくしにとっては丁度いいと思う。
これで父様にバレる可能性はなくなるのだから。
「それだけで十分です。ありがとうございます。」
言質は取った。
目的を達成したので、父様の側近達が来る前にすたこらさっさと立ち去る事にしよう。
「では。おやすみなさい、父様。」
わたくしはそう言い捨てて、再び窓から飛び出した。
「え、あ、もう行くのか?!ちょっと待て!アイティア、言いたいことだけ言って勝手に出ていくな!」
父様の驚いて、引き留める声は聞こえなかったふりをした。
それにしても、あの驚きよう。こちらもびっくりするほどの間抜けさだ。
表情管理のひの字もないじゃないか。
…あの人が、本当に大陸最大の帝国の皇帝なのだろうか?
わたくしが話してみる限り、父様は翻弄されっぱなしの世話焼きさんみたいな、威厳なんてほぼ無い姿しか見た事無いんだけど。
そう思いながらもわたくしは自分の離宮へと歩みを進めて。
「ただいま〜」
またしても窓から自室に入り込む。
流石に夜遅くに誰もこの部屋には来ないだろう、と考えて気を抜いてご丁寧にただいまと言ってしまったのが非常に不味かった。
振り返ると、そこにはドアップな真顔のエリスが。
「アイティア様お帰りなさいませ、覚悟はできていますかできていますよね、さぁ今夜は寝かせませんよ!!!」
まるで呪詛のようにひとしきり言い終えた後、エリスはわたくしを引きずって床に正座させる。
「ひゃあぁっ、エリス、ごめんなさい〜!!!」
謝るが、流石に同じ様な事をなん度も繰り返したからだろうか、エリスはわたくしを引っ張る手を緩める事はない。
思った通り、怒ったエリスの顔は凄く怖かった。
思わずお漏らししちゃいそうだったね。まぁ、前世の自分の羞恥心が勝って我慢したけど。
「そう言われても、今日という今日は許しませんっ!!」
エリスの雷が盛大に落ちて、結局わたくしはしっかり夜更かしをすることになってしまったのだった。
…さて、なんやかんやで一晩明けて。
「さぁ、余ったご飯貰いに行くよ!」
わたくしは朝一番、そう言って離宮から早足で駆けていく。
お転婆な妹を見る呆れた姉の様な瞳で、エリスはわたくしに向かってはぁとため息を吐いた。
「貴女というお方は…全く懲りてませんね。
私もお手伝いしますから……………置いて、いかないでくださいよ。」
何故か最後あたりの声は、ただ今走っているわたくしに言い聞かせているだけでなく、得体の知れぬナニカを憂いた、重みがあった。
…?エリス、急にどうしたんだろう。変なの。
不思議に思って振り向くと、一瞬顔を俯かせて唇を噛んでいたエリスはすぐにいつもの鉄仮面みたいな仏頂面になる。
…ほんと、何があったのかな?あのエリスが表情を崩すなんて。よっぽどの事だ。
「どうかしましたか?」
だが、わたくしの心配を他所に、エリスは普段通りわたくしに言いかける。
エリスがわたくしに言うつもりは無さそうだ。
…いつか、エリスの悩みが解決しますように。
エリスに無理強いをしてまで言わせるつもりはないので、わたくしはただ祈ることしか出来ない。
あまり深刻な表情をしてエリスに余計な心配をかけるわけにはいかないので、わたくしもいつも通りの調子で返事をする。
「…ううん、何でも無い。じゃ、一緒に行こっか。」
わたくしはそう言って、エリスに手を差し出す。
「はい、アイティア様。」
エリスは淡々と、でも暖かい手をわたくしの手の平に重ねた。
…さぁ、始めよう。
わたくし達の、改革を。
例え、どんな事がこの先に待ち受けていようとも。
全ては、愛する民の為に。
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