第十五話
久しぶりに会った娘は、大きな変貌を遂げていた。
昔は太ももくらいしか無かった背丈が、今は腰の辺りにある。
顔立ちも随分とはっきりとしてきていて、随分と若かりし頃の余に似ている事が分かる。
だが、流石に異性だからかアイティアの方が丸みのあるパーツを持っていて可憐さがある。
…余は中性的な顔で良かった。
もしもっと男性らしい濃い顔だったら、余に似たアイティアは可哀想だろうから。
生まれて初めて、あまり威厳のない顔で生まれた事を神に感謝した。
覚醒により髪も白銀から黒銀に変わり、益々自分にそっくりになっている。
誰が見ても一発で皇族だと分かるだろう。
しかし、外見は余にかなり似たが中身は違う様だ。
…どうやら、自我を取り戻したらしい。
アイティアの芯のある瞳、身体から溢れる覇気から察する。
報告では覚醒するのが早すぎて、未熟だったアイティアの精神に負担がかかり、自我が無くなった事で《《無気力》》になったのだと聞いていたが…
元気そうで、ホッととした。
アイティアをよく観察してみると、紅茶を飲んだり、座ったりする動作は間違いなく優雅で、サリエラの癖が所々に出ている。
そして、余に対して物怖じしない態度は特に、サリエラそのものだった。
サリエラの子だからか、どうしても亡き妻とアイティアを重ねてしまう。
…まぁ、取り敢えず良かった。性格は、自分に似なくて。
今までのみっともない自分の生き様を、子も同じ様に経験してしまうと云うのは気の毒だ。
チラリとアイティアを見てみる。
以前はこちらを興味深そうなクリクリした瞳で見ていたのに、アイティアは冷ややかな目で余を見てくる。
何を言ったら良いか分からず、ひたすら黙っていると
「陛下、早く話をなさったらどうですか!ただでさえ仕事が滞っているというのに…」
いつも通り、セバスチャンに急かされる。
分かっている、と返そうとしたがアイティアの言葉が出る方が先だった。
「…父様、お忙しいのでしょう?わたくし、今日はお暇しましょうか?」
「ま、待ってくれ!」
思わず引き留める。我ながら、諦めが悪い…。
いや、本当に、話さないまま終わろうとするなんて思いもしなかったからだ。
だが、アイティアはそんな余を絶対零度のジトっとした目で睨みつける。
余はその半眼が何故か恐ろしくて固まってしまい、言葉が出ない。
「す、すまん…。」
サリエラのことやラーゼロットとの事、そして、今まで受けてきた扱いの事…
色々話したいことはあったはずなのに、余の口から出たのは只の謝罪の言葉のみだった。
だが、アイティアは訳が分からないと言う様にコテンと可愛らしく首を傾げて、尋ねてくる。
「…それは、何に対して謝っているのでしょう?」
そう言う彼女の目は、本当に疑問を持っている様で何故自分が此処に呼ばれたかも、全く理解していない様だった。
一応、今までの事について話すと前触れしていた筈なのだが。
…まさか、冷遇されるのに慣れすぎて自分がどれだけ酷い環境で過ごしているのか、分からないのか?それとも、不満を表せないほど、
ラーゼロットに報告された、アイティアが受けていた悲惨な冷遇生活を過ごしていたとは思えない程のあどけなさだ。
予想していたものとは違う反応に、側近達も驚きを隠せなかった。
…余の行動の皺寄せが、こんな所にまで及んでしまっている。
謝って済まされる事ではない。だが、せめて誠意だけでも伝えねば。
一生、軽率で馬鹿な男だったと言われ続けない為にも。
そう思い、重い口を開く。
「…余が、其方を気に掛けなかった所為で、其方は冷遇され続けてしまった。
サリエラが亡くなった事に気を取られすぎて、周りの事に目が向いていなかったのだ。
今回の件も、ラーゼロットから聞いてようやく惨状を知る事になってしまった。
……本当に、今まで申し訳なかった。」
そう言って、頭を下げる。
一国の主が軽々しく頭を下げるのは、大変頂けない事だとは知っている。
だが、今までしてきたことを思えばこんなことでは足りない。
このままでは、サリエラに申し訳が立たない。
それに、此処は公の場ではないし、何も無かったと言い張れば誤魔化せるのだから。
「陛下…」
「…やめておきなさい。」
側近達が、頭を下げた余を諫めようとして、セバスチャンに止められる。
その様子を見て、不思議そうな顔を浮かべたアイティアだったが、先程よりも雰囲気が柔らかくなり、一安心する。
「別に、全く気にしておりませんので大丈夫です。
むしろ、毒を盛られる危険が無かったので感謝しているくらいです。」
…が、さらにアイティアは物騒なことを言い出した。
その言葉に実際経験しような重みがあったので、更に驚く。まだ、8歳の子供の言う事では無い。
余は震えている声を自覚しながら、アイティアに聞いてみる。
「…その口ぶりだと、盛られたことがあるのか…?」
アイティアは、にぱっと可愛らしく笑いながら、信じられないことを言った。
「えぇ。これでもわたくし、第一皇女ですから。
暗殺しようとする者の一人や二人くらい居ますよ。
父様にもそんな輩はごまんと居るでしょう?
…わたくしは普段から毒キノコなどに挑戦していたのが幸いしましたね。」
「ど、毒キノコ…?」
脳が処理を拒み、呆然と復唱することしか出来なかった。
…まさか、食べるものが無いから毒キノコを食べでもしないと生き延びれなかったのか。
気づいた瞬間、吐き気がした。
いくらなんでも、劣悪すぎる。
こんな事にした自分も、虚偽の報告を行なった侍女も許せない。
きつく拳を握りしめる。
だが、そんな余や側近達に構わずアイティアは淡々と言う。
「お腹が空いていたので。生きる為ならどんな物でも食べれますよ、案外。
味と安全は保証されませんが。」
興味がお有りでしたら食べてみますか、と提案されたが即却下した。
危険すぎる。ウキウキとしているアイティアには悪いが、そんな物を仮にもこの国の皇族が軽々しく食べられない。
…いや、本題はそれでは無かった。危ない、忘れる所だった。
アイティアの想像を絶するような生活環境は、これから確実に改善していく所存だ。
それはそうとして、今日はもう一つ聞かなければならないことがある。
余は、慌てて咳払いをして焦った心を誤魔化した。
「ゴホン。ところで、最近ラーゼロットと仲がいい様だな。一体、どんな事を話したりしているのだ?」
ラーゼロットは、かなり自分にも他人にも厳しい性格で、誰かを可愛がったり自分から懐いたりする事はほぼ無い。
余も、よく責無責任な行動をして叱られている。
だが、アイティアの話をするときだけはしきりに「とても愛い」と言い、かなりの頻度で通っているようなのだ。
一体、何を話しているか、そして何故アイティアが気に入ったのか首を突っ込みたいのも仕方のない事。
アイティアは、思い出すように宙を見つめた後、楽しそうに言った。
「ラーゼ姉様とですか?…そうですね。エリスとの馴れ初めや、わたくしの過去の話、アカデミーの様子や恋の話なんかもしておりますよ。至って普通の話です。」
……は?あの堅物のラーゼロットが、恋?!
側近達もぴきりと固まって、信じられないような顔をしている。
幼い頃から彼女を知っていたセバスチャンは、言わずもがな。
「こ、恋の話だと?!あの、ラーゼがか?!」
軽々しく発言するのが許されない立場の彼らに代わり、余が盛大なリアクションをする。
アイティアは、更にキラキラした笑顔を浮かべ、とても詳細にラーゼロットの想う相手について説明してくれた。
「えぇ。ラーゼ姉様は、フォルテ=ドゥ=スカリーグ公爵令息がお気に入りの様です。
最初は向こうから熱烈なアピールをされたらしく、今ではなんやかんやでお互いを好いているみたいですね。
スカリーグ令息から求婚までされたらしく、じきに婚約の申し込みがされるのではないでしょうか。
彼のことを語るラーゼ姉様は、完全に恋する乙女で、それはそれは可愛らしいのです。あれを見たら、堕ちない男はいないんじゃないかと思う程です。」
ラーゼロットの恋する顔か…想像も出来ん。
ただ、アイティアの言う通りならラーゼロットは自分の美貌と魅力をこれでもかというほど発揮しているのだろう。
ラーゼロットは顔だけなら典型的な美女顔な為、そんな顔なんてしたら破壊力がえぐいのだろうと考える。
…そうか。あのラーゼロットも、恋をしたのか。
随分とラーゼロットも大人になったのだなぁ。時の流れとは、恐ろしや。
つい最近まで幼子だったというのに。
出来れば可愛い娘の想いは叶えてあげたいと思うのが親心。
しかし、我らは皇族。
想うだけでそんな夢が叶う訳がない。
「そ、それ程なのか……だが、ラーゼロットは隣国に嫁がせるつもりだったのだが…」
既に、皇女の誰かを嫁がせるという確約はしてしまっている。
そして、嫁ぎ先の王太子と歳の頃が合うのはラーゼロットだということから、彼女で決定しようと思っていた。
ラーゼロットには悪いが、国の為に嫁いで貰うつもりだったのだ。
だが、それはアイティアには不服だった様で暫く考えた様な素振りを見せた後、こちらに向かって脅しのような発言をする。
「…あら、じゃあ先程の謝罪は受け入れない事とします。
わたくし、ラーゼ姉様が幸せになれる相手と結ばれるように出来るならば《《今までの事》》は全て水に流そうと考えていたのですけれど……今の様子だと、ねぇ?」
…前言撤回とは、これまた小癪な。
しかも、こちらの弱みをしっかり握ってくれている。
この辺りも、サリエラに似ているなぁ、と懐かしく思う気持ちは、次の発言で吹き飛んだ。
「このままだと、二度とわたくしと話せないかもしれませんよ?」
そう揶揄っているアイティアの目は本気だ。
…それだけは、避けなければ!
強く思ってしまう事があると、余は深く考えずになんとかしようとしてしまう癖がある。
今回も例に漏れず、
「わ、分かった。隣国への輿入れは他の皇女に当たらせるから、許してくれ!!」
と、軽々しく約束してしまった。
…あぁ、また事態をややこしくしてしまう予感がする。
余は、誰にも気づかれぬ様、こっそりため息を吐いたのだった。
*この小説は、小説家になろうでも掲載しております。
ご覧いただきありがとうございます!
ブクマや評価ボタン押していただけると嬉しいです!