第十四話
結構内容重めです。
苦手な方はすみません!
「またな。アイティア。…我が愛しの娘よ。」
余は、去っていく黒銀の背中に向けて、コッソリと呟いた。
…それにしても、八歳とはいえアイティアは少々大人びすぎているのではないか?
仮にも皇帝である余に向かって、あの堂々とした物言い。
余程の胆力の持ち主でなければ、あれほどズバズバとイイ笑顔で実の父親の心を抉ったりはしないと思う。
流石、サリエラの子なだけある。
…散々冷遇されたからだろうか。
それとも、自分が積極的にあの子と関わろうとしておらず、周りに信頼できる者も極端に少なかったからだろうか。
…まぁどちらにせよ、アイティアを孤独にしたのは自分の所為である。
余は昔の自分のしてしまった事を酷く後悔しながら、人生最悪の日を思い出した。
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サリエラが死に、アイティアが“無気力皇女”になったあの日。
ウィリアムは、サリエラに会いに行こうと丁度事件の起こる茶会を開いている庭園の入り口に居た。
「また、皇后殿下の所へ行くのですか?そんな事ばかりしていたら、他の妃達に恨まれてしまいますよ?」
そう苦言を呈してくるのは、余の幼い頃からの執事であるセバスチャンだ。
今では彼しかこの件について、強く叱ってくる者はいない。
皇太子までは、何か良くないと思われる事をしたら直ぐに周りの側近や貴族に注意を促された。
だが、皇帝になってからはそう言ったことが一切ない。
皆、余に向かって無言で頭を垂れるだけだ。
昔と比べ、虚しさが余計に増す。
それだけ、皇帝という立場は重かったのだろうと、後になってから気づく訳だがこの時の自分は考え足らずなので、勿論気づかない。
そして余はその足りない頭でこう思っていた。
…確かに、ここ最近サリエラの所にばかり通っているのは自覚している。
だが、その時はそれが後々大きな問題になるとは想定しておらず、「サリエラは皇后なのだから、仕方ないだろう。」と無理やり言い訳しては癒しを求めて彼女にばかり構っていた。
そして、サリエラは余の事を只の恋人の様に扱うものだから、皇帝という立場に多少嫌気が差していた余は普通の人として気軽に接してくれる彼女に甘えすぎていた、というのもある。
実際、どの妃よりもサリエラは地位が高いので、余と公務で話し合う機会も多く、冒険者としても国の最重要人物であるが故に側近達も強く注意することが出来なかった。
…そうして今日までのらりくらりやってきた訳だが。
そして、庭園に入ろうと足を踏み出した瞬間。
ガッシャァァァァァアン!!!
何かが大量に割れた音がした。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「何ですの、これは?!」
「た、助けてぇ!」
「お、おがぁさまあぁぁっ」
グシャッ、ボキっ
「い、嫌ぁ!!死にたくな…」
グギッ、バキバキッ
「ギャァァァァァァァァァッ!!」
グルルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
化け物の大きな雄叫びが、曇った大空にこだました。
何か、黒いモノが空に浮かんでいる。
それからは、今まで感じたこともないほど膨大な魔力を放っていた。
その魔力の濃さに、気分が悪くなる。
側近達の顔色も悪い。
下級貴族は特に、倒れている者もいる。
魔力量が少ないからこそ、高密度の魔力に適応出来なかったのだろう。
そしてそれは、お茶会に参加していた女性達を次々と食い潰していく。
肉が噛まれて引きちぎれる音、骨が粉々に砕かれる音、怯える人たちの叫び声がこちらにまでハッキリと伝わってきた。
皇帝として場を諌めるべきだったが、余は恐怖に襲われて正しい思考が出来なかった。
「…い、一体、何が…」
未知の事態に只々怯えて硬直する事しか出来なかった。
「皇帝陛下、お下がりください!危険です!!」
突っ立ったまま動かない余を、周囲の者達がかなり強引に下がらせ、護衛が余を囲んだ。
…サリエラは、何処だ?
そう思っていると、見慣れた白銀が空へ飛び出した。
「覚悟なさい、邪神ノア!!」
かつて聞いたことが無い程切羽詰まった声で、剣を持ったサリエラが駆けてくるのが分かった。
「邪神、ノア…」
書物や御伽噺に出てくる、架空の存在。
そう思っていたものが、今、ここに居ると云うのか。
神話とは違い美しい男性の容姿ではなく、魔物の様な、形が常に変わり続ける、とにかく悍ましい姿をしていた。
見るだけで気を失いそうな程の状況の中、サリエラだけが邪神に立ち向かう。
…そうだ、あれだけ強いサリエラならあんなモノ倒してくれる筈。
今までの無双ぶりを思い出し、大丈夫だと無理やり自分に言い聞かせる。
…が、あの最強の冒険者サリエラは、神を相手に次第に劣勢に追い込まれていった。
その差は歴然。
まるで、大人と赤子の様だった。
「ま、まさかそんな…っ」
気づけば、サリエラは満身創痍になっていた。
片目は潰れ、片腕が無くなっている。他にも全身に走る切り傷などが、もう直ぐ起こってしまうことを予感していた。
もう良いからやめてくれ。頼むから、逃げてくれ。
何度も叫んだ。喉が枯れて掠れた声しか出なくなって、咳き込みながらもずっと言い続けた。
だが、あのサリエラにそれが聞こえるはずもなく。
ある瞬間、急に立ち止まってふっと哀しそうに笑った後。
サリエラは邪神ノアに、喰われた。
「ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!サリエラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
一瞬、誰の声だか分からなかった。
それくらい、我を失って余は発狂していたのだ。
サリエラの美しかった白銀の髪は真っ赤な血で染まり、頭蓋骨を割られ、脳味噌が見えてしまっている。
身体は既に邪神に喰われ、ほんの少しの骨しか残っていない。
余りにも、惨い。
これが、最愛の人の姿だとは認めたくなかった。
目の前の出来事が、信じられなかった。
「…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だァッ!!」
そこからはもう、自分が何を言ったか、何をしたかなんて覚えていない。
只、側近達に無理矢理押さえつけられて口を塞がれただけだった。
…それから何日かは、公務すらまともに出来なかった。
食事すら喉を通らなくて、頬がこけた様子は皇帝の威厳なんて微塵もない。
毎日部屋に篭り、サリエラを思い出しては泣いて、呆然とする。
アイティアの覚醒についての報告もあったが、さっぱり聞き流してしまっていた。
それから暫くして、第四皇妃にビンタをくらい、ラーゼロットからアイティアの現状を聞くまで、余は皇帝としては全くの役立たずだったのだ。
そしてつい先程、あの日から大きく変化したアイティアと対面したのである。
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