第十二話
怒涛の冒険者登録とエリスとの出会いから、数ヶ月が経った。
そんなわたくしが、何をしているかというと…
「こんにちは、ラーゼ姉様。」
わたくしが挨拶する先には、尊大な雰囲気漂う金髪碧眼美女。
ラーゼロット姉様である。
「あぁ。また遊びにきたぞ。元気だったか?」
ラーゼ姉様は、口調が男っぽいのだが、そこが魅力として更に姉様の美しさを引き立てているのが不思議だと常々思う。
わたくしは淑女らしく、優雅に微笑ラーゼ姉様を離宮の中に案内した。
「えぇ。姉様とお茶会をするのを、とても楽しみにしていたのです。
お菓子もエリスが作ってくれましたから、温かいうちに食べてしまいましょう。」
「エリスの手料理か。美味しそうだな。」
「えぇ、わたくしの自慢の侍女ですからね。」
うふふと笑い合いながら席へ着く。
ラーゼロット=リターシャ=ベル=ラヴィーリンド第四皇女。
わたくし達の中で年齢だったら長女の頼りになるお姉様である。
彼女は、ゲームには出てこなかった人物だが、社交界や巷では男前皇女として人気があるらしい。
ラーゼロット姉様と知り合ったのは、つい最近の事だ。
剣の素振りをしていた時、偶々ラーゼ姉様の愛猫のリゼがわたくしの離宮に入り込んできて、それを追いかけていた姉様とバッチリ目が合ってしまったのだ。
父様そっくりの顔なので、明らかに皇族の一員だと分かったらしい。
「お前は、妾の異母妹なのだろう?仲を深めて何が悪い?」
と、なんの遠慮のかけらも無く、わたくしに近づいてきた。
その時は驚いたが、今はとても仲が良い。
わたくしは姉としてラーゼ姉様を慕っているし、ラーゼ姉様もわたくしを妹として扱ってくれる。
その事がほんのちょっとだけ嬉しいのは、心の中だけに秘めている秘密だ。
「ところで、ティア。使用人がエリス以外見えない様だが、一体どうなっているんだ?」
何気なく、ラーゼ姉様が問いかけてくる。
ちなみに、ティアはわたくしの愛称である。
確かに、ラーゼ姉様は常に側近を引き連れている。
今だって、後ろに2人ほど執事と侍女が控えているのに対し、わたくしは一人。
エリスは厨房で準備を進めているので、今此処にはいないのだ。
ラーゼ姉様の方が皇族として標準ならば、わたくしは少なすぎるのかもしれない。
「…もしかして、使用人は沢山必要なのですか?」
「そうに決まっている。でなければ、皇族として生きる上で不便だろう。知らなかったのか?」
ラーゼ姉様は、逆にそんな事も知らないのかと不思議そうな顔をしている。
確か、母様は死ぬ前は沢山侍女がいて、至れり尽くせりだったような気がする。
幼過ぎて、余り憶えてないけど。
「…そういえば、昔は沢山侍女がいました。全員、もう居ませんが…」
「何処にいる。信用なる者なら、呼び戻せば良いだろう。」
「皆、信用できる良い人たちでしたよ。まぁ、母様と一緒にわたくしを守り、先立ってしまいましたから…“もう、居ない”のです。」
そう言うと、ラーゼ姉様ははっと気づいた様子を見せ、少し申し訳なさそうな顔をした。
「…失言だったな。すまん。」
「いえ。もうだいぶ昔の事ですから、気にして居りませんよ。それに、わたくしは一日3食のご飯と時々のお風呂があるだけで幸せなので。」
「…いや、待て。それは、人として最低限必要な物だろう。そんなものを望むとは、謙虚過ぎないか?」
やはり、良い人ではあるのだがラーゼ姉様も生粋の皇族なので、その二つが無いことの辛さを知らないのだろう。
そんなの、分かれなんて言う方が無理があるけども。
「そうでしょうか?わたくし、エリスに来てもらう前はご飯が有りませんでしたから、暫く我慢したり自分で調達していましたが…
案外、飢えと汚さは耐え難いのですよ。わたくし、気づきました。
結局、健康と清潔さが何よりも大事なのだと。ですから、わたくしは今幸福だと言いきれると思っています。」
と言うと、ラーゼ姉様はバンっと机を叩いて立ち上がった。
その表情がとても険しくて、ビクッとしてしまう。
「何だと?!食事が運ばれていないのか?!」
「えぇ。そうですが、何か?」
わたくしはそう言って、首を傾げる。
本当に、今更すぎて、正直何とも思わない。
というか、もうそれが当たり前なのだ。
それに、母様の葬儀の日、その食事ってやつに毒盛られて、思いがけず母様の処に逝ってしまいかけたし。
そんな危険な目に遭うよりも、わたくしはエリスの暖かいご飯の方が食べたい。
ラーゼ姉様は、厳しい表情のままで、呟いている。
「皇女が食事を貰えないなど、有り得ぬ。それをした者には、即刻罰を与えないといかん。この事は、父上に報告する。…アイティア。今まで気にかけてやれず、すまなかった。大変申し訳ないのだが、妾は此処で退室させてもらう。」
今にも突撃しに行きそうな勢いで、ラーゼ姉様は部屋を出て行こうとする。
…わたくし、ラーゼ姉様と会うのを数えて待つくらいには楽しみにしていたのに。
思わず眉が寄ってしまう。
わたくしは転生者とはいえ、まだ八歳の少女。
我儘の一つや二つくらい、言いたいのだ。
慌てて引き止める。
「え、何で。ま、待ってください。そんな事はどうでも良いので、お茶会をさせてくださいませ、ラーゼ姉様!わたくし、本当に今日を心待ちにしていたのです!!
…姉様は、わたくしがお嫌いですか?」
そう上目遣いで訴えると、ラーゼ姉様がグッと息を詰まらせ、「そんなことは無いが…」と言う。
「だったら、わたくしと楽しくお話ししましょう?報告は、終わってからでも構いませんよね?」
と、半ば強引にラーゼ姉様を説得させる。
ラーゼ姉様は「わ、分かった…」と折れてくれたので、それからわたくしはずっとご機嫌で姉様と話をしたのだったのだった。
それから暫くして、侍女が新しくわたくしの所に派遣された。
十中八九、ラーゼ姉様のお陰だろう。
しかも、侍女頭はエリスだという。
わたくしが、信用できる人が近くにいて欲しいと言ったことがそのまま反映されている。
まさに良いことずくめ。
エリスの負担が減って、侍女頭というわたくしと一緒に過ごせる大義名分を得て、二人の時間が増えたので感謝しかない。
次会った時は、たくさんお礼をしないと。
そう思いながら、わたくしは次に姉様がやってくるまでの日を毎晩数えているのだった。
アイティア、案外可愛いところあんじゃん、と見直しました。
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