第十一話
アイティア怒髪天回です。
数日後。冒険者ギルドに行ってみると、全員の視線がわたくしに集中した。
恐らく、ランクアップの件を聞き及んだのだろう。
すると、お馴染みのなんか出来る風の受付嬢が「アーズさん!」とわたくしを呼んだ。
「何だ?久しぶりだな。」
「お久しぶりです。…えっと、その。先日は失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!」
思い詰めた様に彼女は言い、頭を深々と下げた。
引き留めた時のことを言っているのだろう。
でも、彼女はわたくしの身を案じて言ってくれただけだから、むしろそれを無視して危険に飛び込んだわたくしに落ち度がある。
申し訳なくなり、わたくしも頭を下げる。
「大丈夫だ。貴女は正しい事をしたと思う。
実際、そういう人がいなければ死んでいる者は多いだろうしな。私も、勝手に飛び出してしまいすまなかった。」
「…有り難うございます。それから、聖級へのランクアップ、おめでとうございます。」
「あぁ、有り難う。」
そう言って和やかに会話を終わらせるつもりだったが、横から野次が入ってきた。
「おいおいおい、お前なにアリアちゃんに頭下げさせてんだよぉ!!」
「そうだ!謝らせて、良い気になってんじゃねえぞ!!」
「アリアちゃんは俺たちのモンだ!手出しはさせねえよ!」
「ちょっと、やめてください!」
そう受付嬢…アリアさんは注意するが、そいつらはわたくしにも絡んでくる。
「なあ、お前が聖級だなんて、おかしいよなぁ?」
ドスを効かせて言ってくる。が、別にギルマスほどの恐さは無いので、わたくしは何とも思わない。
まぁ、肩をガシッと掴まれたところに関しては思うところがあるが。
…だが、困った。ルカルドに極力手は出すなと言われたばかりだし、下手に怪我をさせたら非難されそうだ。
やはり、頑張って弁明するしか無いのか。
はぁ、とため息が出る。
「ランクアップの件に関しては、帝国本部のギルマスに言ってくれ。私がどうこう言う権限は無いのだから。」
と、ギルマスに丸投げする方針で言ったのだが、何故か彼らは顔を真っ赤にしている。
…もしかしなくても、言う内容間違えた?!
わたくしはどうやら彼らの地雷を踏み抜いてしまったっぽい。
何人かのうち、一人の冒険者が怒鳴った。
「お前、俺たちがギルマスに相手されないって分かってて言ってるだろ?!
舐めんなよ、新入り如きが!!」
あ、ギルマスに相手されないのは分かってるんだなぁ。と感心していると、その内の一人が、わたくしに向かって拳を振り上げた。
全力の敵意というおまけ付きだ。当たったら絶対アザができそう。
…でもまぁ、この位なら我慢できるし、殴られてしまうか。
痛みを予想して、受け身を取ろうとしたわたくしだが、「待ちたまえ!」という声が彼らの動きを止めた。
声の主は、一人の青年だった。
銀髪緑眼に凛々しい顔つきと、女性受けしそうな容姿だ。
彼は、そこそこ名の知られた冒険者なのだろう。
ギルドのあちこちで、「あの方は…」とか、「本物の聖級冒険者だ…」と言う声が聞こえる。
いや、わたくしも聖級冒険者なんだけどと思わず言いかけた。
どれだけ信じられてないんだろう、と若干悲しさを感じる。
そんなショックを受けているわたくしに構わず、青年はご丁寧に自己紹介をする。
「僕の名前はカイン。聖級冒険者だ。“白銀を継ぐ者”とも呼ばれている。
…アーズとやら、僕と試合をしないか?本物かどうか、見極める為に。」
そう言言っているカインの瞳には、疑いの念が視える。
“白銀を継ぐ者”。恐らく、“白銀姫”の母様の二つ名から由来したものだろう。
髪の色も似ているし、実力もまあまああるので結構それっぽく見えるよねぇ。
…でも、なんか悔しい。何でだろう。多分、母様の威を借りてる狐みたいだからかな。
母様は自分の名称とかを使われるのを凄く恥ずかしがって、昔母様の事を二つ名含めて説明しようとしていた父様は張り倒されていたような思い出がある。
だから、母様の死後勝手に名乗り出したのだろう。
じゃなければ、今頃母様にボロボロにされている。
のうのうとしてて少し腹が立つから、一泡吹かせてやりたい。
わたくしも、戦う気は満々だ。
堂々と勝負を受けることにした。
「あぁ。受けてたとう。」
そして、闘技場に移動する。
…結構広いな。使い勝手が良さそう。
取り敢えず今回は黒銀魔法は使わない方向でいこうと思い、貸し出し用の剣を選ぶ。
というよりかは、多分黒銀魔法は発動しないと思うんだよね。
民が危険に晒されるわけでもないから。だから、それ以外で乗り切らないと。
すると、カインに声を掛けられる。
「アーズ君。」
「何だ?」
「僕は、君が聖級冒険者になれる程の実力者ではないと思っている。
見栄を張りたいからって、聖級になんてなっちゃダメだよ。
今だってきっと、不安なんだろう?棄権したらどうかな。僕、弱い者いじめはしたくないんだ。」
「……」
「嘘は良くないよ。これ以上粘るようなら、あの“白銀姫”の一番弟子である僕が、叩きのめしてしまうよ?」
「…は?」
わたくしの中で何かがブツっと切れた。
こいつ、今、なんて言った?
『白銀姫の一番弟子』?
それは、わたくしが毎日駆けずり回り汗水垂らしながら、必死で母様の訓練を突破して、初めて母様から貰った称号だ。
それを、こいつが勝手に名乗った。
ふざけんな。
それを手に入れる為にどれだけわたくしが努力したと思っている。
それに、聖級程度の実力で母様の弟子を名乗るなど、片腹痛い。
わたくしが言うのも説得力は無いが、長く冒険者をしているなら最低でも帝級か超級ランクにまでなっておかないと、母様の弟子として務まらないぞ。
更に、実力を確かめようともせず、自分がいかにも正しい事を言っているかの様な傲慢な口ぶり。
その様な者が母様の弟子、だと?
本当に、どれだけ母様を愚弄すれば気が済む?
そして、どれだけわたくしを舐め切っている?
こいつ、叩きのめしてやらないと気が済まない。
やっ|《殺》ちまおう。そうしよう。
わたくしは、込み上げる怒りを抑えつけながら、冷えた声でカインに話しかける。
「…お前、何おかしな事言ってるんだ?カイン、お前の脳みそは空っぽなのか?
あぁ、空っぽだったな。当たり前のことを聞いてすまない。…ほら、さっさと始めよう。」
いきなり口が悪くなったわたくしを、カインが驚いた様に見る。
「ア、アーズ君、今何を言っ…」
ガキィィィィィン!!
剣と剣がぶつかり合う音が響いた。
わたくしは、問答無用で素早くカインの懐へ潜り剣を弾き飛ばした後、自分の剣をカインの首筋に当てた。
「動くな。」
「…え?」
カインはこれしきのことに反応出来ず、ようやく自分の状況を理解した様だ。
「し、勝者、アーズ!!」
審判の焦った様な声を皮切りに、聴衆達も現実に戻ってきた。
「嘘だろ、あのカイン様が!」
「負けた、だと?!」
「今の攻撃、見えなかったぞ?!一体、どうなってやがる?!」
そんな声をBGMに、「嘘だ…そんな、だって僕は“はく…」と、わたくしにとっての禁句ワードを再び言おうとする。
わたくしはそれを言わせまいと、カインの髪を掴み、此方に引き寄せる。
「ぎっ」という苦しそうな声が聞こえたが、どうでも良いので放っておく。
「てめぇ、今すぐにその”白銀姫の弟子“と名乗るのをやめろ。“白銀を継ぐ者”もだ。
お前こそ嘘つきじゃないか。白銀姫なんて、本当は会った事ないだろう?
白銀姫は、自らの名を騙って威張っている奴は許さない。そんな事も分からないなら、今すぐに殺してやるぞ。分かったな?」
威圧しながらそう言うと、カインは怯えた顔で必死に頷いた。
…うわ、失禁してるじゃん。
失禁してる奴にそこまで言う必要もないだろう。
脅しは切り上げて、わたくしは依頼を幾つか掻っ攫っていき、エリスの食費のためにガポガポ報酬を稼ぐのであった。
…魔物を倒しまくっただけなのに、それが民に感謝され、気づいたら“黒銀の英雄”なんて二つ名がつけられる事を、この時のわたくしはまだ知らない。
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