第十話 ルカルド視点2
…なんだ、こりゃあ。
俺は此処に土竜がいると聞いてやって来たのに、土竜が暴れている気配が一切ない。
眠る様に静かに横たわっているではないか。
だが、苦悶に苦しんだ顔のまま固まっているのを見るに、既に死んでいる。
一体誰が、と思い見回すと黒いフードを深く被った人物がいた。
それ以外に人の気配はないから、こいつが倒したので間違い無いだろう。
駆け寄って、聞いてみる。
「大丈夫か?!土竜は…まさか、もう倒したのか?」
「あぁ、そうだが…いけなかっただろうか。」
そいつは、男とも女とも区別がつかない、音を何重にも被せた様な声を発した。
やはり、奴が土竜を倒したらしい。
…だが、外傷を一切つけずに、だと?
これ程大きい魔物となれば、必然的に普通の毒が効きにくくなる。
毒が効かないとなれば、剣や魔法だが、どちらを使うにせよ傷が付いていたり、魔法で出した水や土やら雷やらの痕跡は残る。
更に、謎はある。こいつ自体、俺は見た事がない。ある程度の強さがある者は、全て記憶している筈なんだが…
そう考えていると、目の前のフードから視線を感じた。
あぁ、そういえば待たせちまうなと思い、声をかける。
「いや、民への被害を考えるとむしろ良くやってくれた。感謝する。ところで、お前の名はなんだ?それだけ強ければ名前を知ってるはずなんだが、分からん…」
ついでに、名前も聞いてみる。
すると、そいつは物凄く衝撃的なことを言いやがった。
「分からないのも無理はない。私はアーズ。今日冒険者登録をしたばかりの駆け出しだ。」
「か、駆け出しだと?!」
しかも、今日始めたばかりの。
前代未聞過ぎて、何時ものポーカーフェイスが完全に抜け落ちるくらい驚いた。
…いやだって、流石のサラも初回から聖級魔物討伐なんてぶっ飛んだことはしていない。
俺は確信した。
こいつ、サラよりやばい奴じゃん。
そして、心の中でヤバい奴認定したばかりのアーズが、俺に話しかけて来た。
「そうだ。ところで、お前も誰なんだ?かなり強いようだが…」
「…!」
俺は、密かに息を呑みつつ、一瞬で警戒心を最大まで引き上げた。
俺は普段、余程のことがない限りは実力を見せない様にしている。
立ち振る舞いも、部下たちのお墨付きがあるぐらい元帝級冒険者とは思えないようにまで上達したから現在気づくことが出来るなら、それは異常だともいえる。
…未知数の実力に、得体の知れない魔法を使っている人物。
警戒するなという方が無理がある。
ひとまず、これはギルドに戻って詳しい話を聞いた方が良いだろう。
俺はいつもの人の良さそうに見える笑顔を作り、自己紹介をする。
「俺はルカルド。冒険者帝国ギルドの、ギルマスをしている。これからよろしくな、アーズ。」
俺はアーズを連れて、応接間へ入る。
そして椅子に座るなり、俺は即座に一番気になった事を問う。
「この土竜、外傷が見当たらなかったがどうやって討伐したんだ?」
だが、アーズは「只の魔法を使っただけだ。」としか答えない。
…そんな馬鹿みたいな只の魔法なんてあってたまるか。と、全力で心の中で突っ込む。
只の魔法であんなことが出来るなら、皆魔物狩りに苦戦する訳が無い。
「…そんな訳あるか。俺は騙されないぞ。」
と言い、アーズに向かって殺気を出す。
殺気に気付いた様で、アーズは此方を向く。
どちらかが譲るまで終わらない、と言わんばかりの睨み合いが始まった。
…俺は、絶対譲らないからな。
とっとと洗いざらい吐きやがれと思っていると、遂にアーズが口を開いた。
「これは、私しか使えない魔法だ。詳しくは言えないが、こちらに殺意を向けた対象しか殺せない魔法だから、人間には害はない。安心してくれ。」
十分危険じゃねぇか。
そう言いかけたが、魔法の条件を聞けただけでも上々だ。
「…本当なんだな?」
「ああ。神に誓って。」
嘘をついている可能性もあるが、アーズが民の為に行動したのは事実。
今回は、チャラにしてやるか。
「分かった。なら、安心してランクを飛び級させれる。俺は、ギルマス権限でお前のランクを聖級までひきあげようと思っている。
他の奴らから不満の声が上がると思うが、できる限り手を出さないようにしてくれ。」
と言うと、アーズは反対の声を上げた。
「ランクはこのままじゃダメなのか?」
俺は、その提案をバッサリ切り捨てる。
「ダメだ。昔、同じような事を言った奴がいる。言う通りにしたら、そいつと同じランクの馬鹿があいつに出来るのだから自分も出来ると勘違いして、死地に突っ込んでいく愚かな奴等が居たんだよ。」
俺がギルマスになってから、ギルドには経験の有無に関わらず、実力さえあればランクを飛び越えさせることが出来る飛び級制度を義務付けた。
サラの時は、ランクを一つずつ上げなければならなかった上、年功序列が成り立ち気味だったからこそ悲劇が起きた。
あの二の舞は絶対に避けたいからこそ、無理矢理でもランクは上げさせるつもりだ。
…まぁ、そんなあいつも呆気なく死んじまったが。
俺が譲らないことを悟ったのか、アーズは割と直ぐに頷いた。
「分かった。じゃあ、ランクは上げておいてくれ。」
「あぁ、了解した。」
「ところで…ルカルド、その私と同じ事を言い出した奴とやらに思い入れがあるようだな。いったい、誰なんだ?」
「…見られていたか」
本日二度目のポーカーフェイスの崩壊が起こった。
まさか、そこまで表情管理ができない無いとは。
また今度特訓しなおした方が良いかも知れないな、と本格的に思う。
それはさて置いて、意外にもアーズが少し興味を持っている様に見える。
こいつなら別に言ったとしても大して問題は無いだろう。
言う前に悟られるよりも、自分から言った方がマシだと思い、サラの名前を出す。
「…サラ、いや、サリエラだ。白銀姫とも言われていた、帝級ランクの冒険者だった。
既に死んじまったがな。」
そう言った瞬間、アーズの纏う雰囲気が変わった。
「ルカルドは、白銀姫と仲が良かったのか?」
かなり食い気味に聞いてくる。
もしかして、サラの知り合いだろうか。
だが、サラからはこう言う様な奴とつるんでいると聞いたことはない。
恐らく、ファンか何かだろう。
まぁ、アーズがサラの何だったとしてもいい。
久しぶりに出た話題だからか、口が滑り、つい思ったままの言葉が飛び出した。
「あぁ。しょっちゅうこき使われたな。自分勝手な奴だったが、実力は確かだった。皇后とは思えない破天荒さだった……なんだ、アーズもファンだったのか?」
「へ?いや、あ…そ、そうだ。」
アーズは、少しつっかえた後そう言った。
理由は分からないが、まぁいい。
どうせ秘密主義のこいつに何を聞いても無駄だ。
「まぁ、気が向いたらサラについて話してやるよ。」
俺はそう言い残し、応接間を去った。
そして部下達を集め、指示を下す。
「先程の冒険者アーズを、聖級ランクに引き上げることにした。」
そう言うと、予想通り反対の声が出る。
「ギルマス!正気ですか?!」
「土竜を倒したとはいえ、まだ駆け出しですよ?!」
「せめて、もう一つ下のランクの方が良いのでは…」
…流石に3つ飛ばしは許せないのかもしれないな。
自分で言っておいてなんだが、もし別の奴が急にこんな事を言い出したら俺も強く咎めると思う。
ただ、今回は俺もれっきとした理由があるので、説明する。
「だが、アーズにはそれだけの事をする価値があると思っている。
数時間前、地方ギルドから一日で何個も依頼を達成した駆け出しがいたらしい。
それだけじゃなく、ついでに土竜を倒す余裕も有ったらしいぞ。
…此処まで聞いて、あいつが只の冒険者だと思うか?」
勿論、これはアーズの話だ。
土竜を倒しただけでなく、そこらの冒険者には出来ないほどの依頼の数を一日で達成しきっている。
アーズが腕が立つ冒険者であることを証明できる材料を提供した。
「っしかし…」
が、未だ反対する者は残っている。
別に反対されてもどうでもいいのだが、直属の部下くらいは説得しておかないと。
アーズがいつか面倒臭い事態に巻き込まれたとき、1人くらいは味方が多い方が良い。
まぁ、余り意味はないかもしれないが、何もないよりかはマシだろう。
とっておきのアレを言うことにした。
「それに、あいつは俺の実力を見破って来やがったぞ。」
その言葉に、部下達が大きくどよめく。
「?!それは、本当ですか?!」
「あの偽装を見破れるだなんて…」
「只者じゃ、ないな…」
その一言だけで、一気に賛成の流れが出てきた。
…やはり、部下達にとっても俺の偽装に気づかれるとは想定していなかった事のようだ。
「これで、納得したか?」
ざわめきが収まり、聞いてみると、今度ははっきりと肯定の応えが返ってきた。
「…はい。反対する者はおりません。」
「では、アーズをこれから聖級冒険者として扱う。」
こうして、アーズを聖級ランクに引き上げる事が満場一致で決定した。
…これから、また忙しくなりそうだ。
そんな予感を胸に、俺は今日も仕事をこなしていった。
次は主人公視点に戻ります!
ブクマと高評価、よろしくお願いします!!