第5話:魔法って?
最近はVAMPSのEVANESCETって曲にハマってます。ずっときいてる
「やっぱりヴィーラさんが淹れると美味しいですね、同じ茶葉を使ってるのになんでこう違うんだろう」
「うーん、気持ち、とか」
早朝、日課の生活用水を集落の貯水棚と各世帯へ配って回っていた。すぐそこの小川から運ぶだけで、子供でもできる仕事だ。ついでに皆の健康状態を確認して回り、族長に報告してから朝食を作り始める。最近はよくヴィーラさんの家で息抜きを勧められる。10分ほど談笑し、仕事に戻る。そんなちょっとした時間だが人生にはこういう時間が必要不可欠だと思う。
「へえ、どんな気持ちを?」
気持ちかあ、案外馬鹿にならない。ここに流れ着く事が出来たのも、言葉を覚えたのも、料理が上達したのも、何もかも何かしらの気持ちが強かったからだ。最近は気の持ちよう一つで人は自分を変えていけると強く実感する日々を送っている。感情の無い人形ならここまで出来なかっただろう。
「え、えっとね・・・」
「ふふふ、淹れ方についてだけど、お湯の」
「パパ」
「あっはい」
彼らが知る淹れ方のコツがなにかあるのだろう、それを教えてしまっては自分の立場がなくなると焦ったヴィーラさんのひとにらみが僕の前の男に疾った。
相変わらず家庭内ヒエラルキー最下層のお父さんの姿がおかしくて笑ってしまう。ここに居る人たちは皆穏やかで、ユーモアがあり話していて心地がいい。
足りないものを埋めようとするとやる事はいくらでも見つかるし、危険はあるが刺激的で退屈もしない。前いた地球の居心地が悪かったら迷わずここで生きる事を選んでいただろうと思う。
(きっと今も、父さんや母さんは僕を探してるんだろうな)
愛されて育った自覚があった。ホームシックなどではないが、後ろ盾も無い、言葉も通じない、相談もできない日々を送る内、無償の愛をくれる存在がどれだけ貴重だったかをようやく理解することが出来た。
(帰ったら恩返ししよう)
家族の事を考えるたびにそう思う。厳密には、『帰れたら』なのだが。
「みたいな・・・気持ちかな」
「えっ?あ、ごめんなさい!ぼんやりしてました」
「・・・・・・もうパパ!」
そんな怒りの声を受け、えっ今の俺かな?と疑問符を浮かべた男と目を見合わせた。しばらくの沈黙の後耐え切れなくて吹き出してしまい、ずっとこんな生活でも悪くないよなあと思う自分の存在に気付いて小さな、本当に小さなため息をついた。
今日は二番目に年の若い警護団員が魔法についてレクチャーしてくれる事になった。17歳と言っていたか。ここでは十分な大人だが、草原にある集落の外れへ出ていく際に皆から教官とか言われて茶化されていたのがちょっと面白かった。
魔法については遠目に彼らの仕事ぶりを見てきたが、困ったらフィジカルで解決する方が魔法を使うのより早いというのが僕の見解だったため、魔法の使い方を知らないと伝えるとちゃんとこうした時間を設けてくれるのが正直意外だった。
「じゃあ基礎を教えていく。もしこれからいう事が出来なくとも、話す内容を理解すれば今日はそれでいいからな。」
そう言って手を胸元で握りこみ、何かを集中しはじめた。
「俺たちは風の令素を使った風属性を扱うのが得意だ。どこに長く居るかとかで付臓の質が変わってくるんだってな。で、風の魔法を撃ちやすくなる付臓になるって。」
そのまま腕を横に移動させ、ふっと指を上に突き付けるとビュンッと鞭をしならせるような音が鳴り、教官の隣に太ももほどの枝が落ちてきた。切断面は水面を映したようにまっ平でささくれ一つない。放たれた魔法の鋭利さを表していた。
「基本、魔法は何かを傷つけるものだと思ってくれ。扱いに注意だ。まあ魔人や■魔と比べて俺たち人間はあんまり強い威力は出せないし、魔力切れになったら気分が悪くなるから、風法を覚えても届くなら自分で切った方が早かったりする。」
僕は魔素により得られるエネルギーを魔力と呼ぶ事にしていた。そしてここで出てきた『魔力切れ』という言葉。僕の力にも連発するのに限度があるのは知っていたが、気分が悪くなることは無かったので疑問を覚える。講義を受けるにあたり把握している自分の力についてどれくらい話すべきか迷ったが、必要になる時が来てからでいいかなとも思っていた。つまりここに来てからずっと、皆健康体そのもので自分の力について使う機会も話す機会が無かった事になる。あともう一つ、『■魔』というのは?
考え事をしていると教官の方からビシュッと再度音が鳴り、先ほど落とした枝から輪切りにした一枚を持ってきて、それに小刀で文字を掘り始めた。ここでの基本的な、記録に残しやすい筆記のスタイルだ。
「基本は風とあと、火、■、土の4つだ。俺は火以外使えるが、令素を入れたのを何度もやると例によって疲れちまうんで今日は無しだ。分かるまでお前らに例を見せる必要があるからな。
とりあえず令素無しのを撃てるようになってもらう。まずは」
「こう?できた!」
「説明させてくれ」
ピカッと隣で何かが光ったと思ったら先程落とされた太枝に当たり、それが鮮やかに飛散した。流石のヴィーラさんだ。最近気付いたがこの子は何をするにしてもセンスがいいらしく、なんでも要領よく覚えていく。
「手が■れるだろう?いずれ慣れる。」
「うん。びりびりする」
「それでいい。狙いも正確、うまいもんだ。・・・で、まずは胸元で」
「こう、かな」
「説明させてくれ」
隣と同じように手を出して放ってみる。先程のと比べやたらと黒い塊が大気にふわりと浮かび、そのまま霧散した。実は昔試した事があったのでこうなるのは分かっていて、僕以外の使い手が何とコメントを付けてくれるか反応を知りたかった。先ほど放たれた二発と様子が全然違うと感じていて、痺れなども感じたことが無い。14年抱え続けた疑問が明かされる期待が僕を急かしているようだった。
「出来てはいるが・・・んー?」
「くっろいね」
「そうだな・・・」
ヴィーラさんのはほぼ透けていたが青紫の綺麗な色だった。対して僕のは、なんというかどす黒くて危なそうだった。
「ふむ。これは魔■って言ってな。魔力そのものを放つんだけど、自分で作る令素ってのが込められてたら込められてるほど濃い色になるんだ。だからヴィーラのように意識して放たなければ半■■になるのが普通なんだが・・・」
そう言いながらかなり不思議そうな顔をしていた。かなり変だったらしい。少しの時間考え込み、まあいいやという顔をしたのが見えた。
「とりあえず今日はここまでにしよう。質問はあるか?」
「えっ」
「俺もあんまり詳しくないんでな。ちょっと族長と話してみる。魔法は奥が深いからな、お前に合った使い方を学んでいけばいいさ。
本当のことを言うととりあえず形だけでも魔■を放てれば良いと思ってたから・・・これ以上の予定を立てていない。筋が良すぎるのも考え物だな。」
「へええ、セキくん筋が良いって」
ヴィーラさんがえへへと笑ってハイタッチ求めてきた。ヴィーラさんもそう言われたんですよと思うが茶々を入れるのも何なので、みたいですねと言ってそれに応えた。
その後は説明の中の分からない言葉をいくつか解説してもらったが、正直難しくて半分くらいしか分からなかった。仕方がないのでとりあえず単語だけ覚えて頭の隅に置いておく事にする。
「そうだ、魔弾とは関係ないんですけど、魔人や悪魔ってあんまりどういう人達か聞いたことなくて」
知らない言葉と魔をかけあわせた、先程出ていた『■魔』と言う言葉。けなすような嫌な感じの響きに感じたので悪魔に呼ぶ事にした。
「ああ、イレン半島では滅多に見かけないが、悪魔といえば人間の天敵だな。やつらは人間を好んで食べる。」
「人間を?」
「恐ろしいぞ。まあ俺は見たことがないが、族長はあるらしい。昔、都でギルドで役人をやっていたらしくな、海から少数で攻めてくるのを対何百人か■■して何とか返り討ちにしたことがあるんだってよ。」
族長はずっとこの遊牧民なのだと思っていたので、この話は意外だった。だが考えてみれば子供たちの都行きを許したのも族長のはずだし、やはり人は見かけによらないようだ。
人を食べるメリットはなんだろうか、前に話に出ていた付臓を食べる事で何かを得ているのかもしれない。これについては余り考えたくなかった。僕の勘が告げている、知らない方がいい。
「見た目は人間に近いのから化け物みたいなのまで大小様々、ずる賢くて、人間以上の付臓活量と■■な肉体を持つ上、何やら体を自分で治したり強くさせちまうとか。族長の話のやつも、圧倒的に有利な■■戦だったからなんとかなったとか言って、失敗してたら今頃イレンは悪魔の楽園だって話だ」
「なんで今でもイレンでは悪魔が居ないの?」
自分の角の根元を触りながらヴィーラさんが不思議そうに尋ねた。初めて見た時よりなんとなく伸びている気がする。成長していて痒いのかもしれない。
「たぶん、魔人の存在がデカいな。唯一の陸路は魔人が作った■■で封鎖されてて、悪魔でも触れると消し飛ぶらしいぞ。海路でも魔人を使って何度も■■を成功させてるとか。
本当かどうかわかんねえが、イレン以外じゃ悪魔がほとんどで、人間は家畜同然なんだってよ」
「へえ、魔人って凄いんですねえ」
「体は弱っちいらしいがな。前の魔人の代表さんは膝の骨が折れた時にそのままうっ血して死んだって話だ」
その話を聞いて、前に川辺で絡まれた時に怪我をしていた魔人の肩を治しておいて本当に良かったなと思った。結果は見ていなかったが、何もしていなかったら多分今頃後悔していただろう。
「さて、そろそろ戻ろうか。ああ、子供の前では魔■を撃つなよ、出来ないだろうが真似したら困る。それと一日に何発も打つな、今はせいぜい二発までだ。
いつか体験すると思うが、魔力切れになると本当にきついからな。しんどい思いをするのはそん時で良い」
そこまで語って話をまとめ、これ以上質問はなさそうだと判断した教官がぱんと手を打ち、終了の合図を出した。今日はここまでらしい。自分でも文字を刻み込んだ枝の板を拾って帰路についた。
帰りの途中、「私が守るから、いつか一緒に警護団になろうよ」とこっそりと耳打ちをしてきた。まるで同じ部活に入ろうとでも誘う感じだ。こういう風に、稀に見た目に反してすごく子供っぽいところを見せるヴィーラさんがその都度可愛く見えてしまい、ガラにもなく考えてみますと返事した。僕はちょっとそういうのに弱いのかもしれない。
できしだ